エボルブルス
一歩
1話
窓から差す太陽の光は、教室の蛍光灯よりも明るくて眩しく見える。
蝉の鳴き声が締め切った窓から流れ、教室に響く。
蝉の鳴き声とエアコンの音をBGMにして、先生が話をしている。
窓側の席に座っている雨宮は、先生の話を聞かず外の景色を眺めている。
窓に映る人物は、心ここに在らずといった様子だった。
時折、教卓の近くにある青崎の席を見ている。
青崎の上に、花束と色紙が置いてあった。
雨宮は、それが目に入り視線を窓に戻した。
先生の話が終わり、日直が教卓に立った。
日直の号令で、全員が立つ。
日直の後に続き、さよならが教室に大きく響いた。
青崎の席には、人が集まっていた。
雨宮は、青崎の席には目もくれず、バックを持って教室を出ていった。
────────────────────
青崎は、教室を出て階段を降りている。
いつもより多く荷物を持っている。
「体調は、大丈夫か? 保健室の王子様」
下の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
視線を下げると、そこには青い花柄のタオルを首にかけている雨宮が立っていた。
青崎は、思わず笑みが溢れた。
階段を降りて、雨宮の目の前に立った。
「前から思うんだけど、そのあだ名やめてよ」
「俺がつけているわけじゃねぇーし、女子達が付けたやつだ。なんで、お前ばっかりモテるんだよ」
雨宮は、ムスッと顔をしかめた。
「それは、僕はあっくんよりモテるから」
青崎は、煽るように笑った。
「あっそう」
2人は、昇降口に向かって歩きながら話している。
「あっくん、部活どうしたの?」
青崎が話かけてきた。
「……今日は、サボり」
「大丈夫なの? 来週卓球の大会じゃなかった?」
「俺は、強いから休んでも大丈夫なんだ」
雨宮は、自信満々に答えた。
「すぐ調子に乗るんだから」
青崎は、少し呆れている。
「お前こそ、明日誕生日だからって調子乗るなよ」
「噛み合ってないよ。まぁでも、あっくんほどじゃないので大丈夫です」
青崎は、笑っている。
───────────────────
昇降口に着き、雨宮が先に靴を履き終えている。
青崎が履き終えようとしたとき──。
「荷物多そうだな。俺、手ぶらだし持つよ」
雨宮は、青崎の方に手を差し出した。
「いいの? ありがとう」
青崎は、雨宮に荷物を渡した。
2人は、昇降口を出た。
「そういえば、もうすぐ夏休みになるよね。今度一緒に遊ばない?」
青崎が話かけてきた。
「……」
雨宮は、黙り込んでいた。
「どうしたの?」
「悪りぃ、ちょっと考え事してた」
「そう」
2人は、久しぶりに話しながら帰路につく。
────────────────────
青崎の家の前に着くと、雨宮は青崎に荷物を渡した。
青崎は、受け取る。
「荷物持ってくれてありがとう」
「別にいいよ」
「なぁ、明日ヒマ?」
「明日? 大丈夫だよ」
雨宮は、嬉しそうだった。
「じゃあ、明日10時にあの場所でいいか」
「わかった」
「じゃあ、また明日」
雨宮は、家の方に向かって走って帰った。
青崎は、寂しそうに雨宮の後ろ姿を眺めた。
「うん……。じゃあまた」
────────────────────
次の日
山中にある公園
大木の下の木製のベンチに、青崎は座っている。
スマホで写真を撮っている様子だった。
スマホの画面は、晴天が広がりその下にはこげ茶色の柵と地面。
その間に町が見える。
カシャ。
青崎は、写真を一枚撮ると反対側を向いた。
カメラアングルを合わせていると、遠くから雨宮が走ってきた。
青崎は、スマホをかばんにしまった。
雨宮は、汗だくになっていた。
青崎の隣に座って、肩で息をしている。
しばらくしてから、青崎は声をかけた。
「何していたの? かなり待っていたんだけど……」
雨宮は、汗を青い花柄のタオルで拭いながら答えた。
「そんなに待ってないだろう。俺は、これ探すのに時間かかったんだ。……待たせたのは悪かった」
雨宮は、バックからモナカアイスを2個出した。
青色の花が目立つパッケージのモナカアイスで、この地域でしか売っていない限定物だった。
「アオ……このアイス好きだろ? ほら、アイス溶けるから食べよう」
雨宮は、青崎にモナカアイスを渡した
「う、うん。ありがとう」
青崎は、アイスを受け取った。
2人は、モナカアイスを食べている。
「珍しいな、あっくんがアイス買ってくるなんて……」
雨宮は、視線を少しずらして言った。
「……今日は、アイスが食べたい気分だったんだ。つーかさ、その言い方だと俺がけちみたいだろう」
「けちみたいじゃなくて、けちなんだよ」
青崎は、笑いだした。
「何がおかしいんだよ! 証拠でもあんのかよ!」
雨宮は、ムスッとした顔で青崎を見た。
「え? 覚えてない? ハンバーガー事件のこと……?」
「バッカ……それは……この話はなし! なし!」
顔を真っ赤にして雨宮は、話を打ち切った。
青崎は、また笑いだした。
しばらく、2人はアイスを食べ終わるまでぼんやり景色を見ていた。
「そういえば、ここ小さい頃からよく一緒に遊んだね」
青崎は、懐かしいそうに話している。
「……そうだな」
「ねぇ、あっくん。フリスビー持って来たからやらない?」
青崎は、かばんからフリスビーを取り出した。
「あぁ、うん」
雨宮は、空気が抜けたように返事をした。
2人は、立ち上がりそれぞれの位置についた。
最初に、青崎が投げて雨宮が受け取る。
次に、雨宮が投げて青崎が受け取る。
青崎が受け取る。
「久しぶりだね。こんなにあっくんと遊んだの」
投げた。
雨宮が受け取る。
「……そうだな」
投げる。
青崎が受け取る。
「お互い忙しくて、遊ぶ暇なんてなかったから……。あっくんと遊べて良かった」
投げる。
雨宮は、受け取り小さくつぶやいた。
「俺も良かった。……本当に夢みたいだ」
「あっくん、なんか言った? 小さくて聞こえない」
「なんでもねーよ」
投げた。
青崎が受け取る。
「今日のあっくん変だよ」
投げる。
雨宮が受け取る。
「アオと久しぶりに話して、距離感が掴めないんだ」
投げる。
青崎が受け取る。
「ウッソだー。この前も話したよ」
投げる。
しばらく、2人はキャッチ&スローをしていた。
しかし雨宮は、フリスビーを落としてしまった。
フリスビーを拾いゆっくりと眺めたボロボロであちこちキズがあった。
塗装が剥がれていて、ロゴは消えていた。
雨宮は、悲しそうな表情を浮かべていた
フリスビーの上に水滴が落ちた。
一滴ではなく、何滴も落ちた。
────────────────────
9年前。
山中にある公園で、雨宮は母親とピクニックをしていた。
「おにぎりおいしい?」
母親は、雨宮に聞いた。
「……うん」
雨宮は、元気なく答えた。
「よかった。私、あっくんが好きなものたくさん作ったの」
母親は、明るく嬉しそうに話している。
「……」
雨宮は、ポロポロと涙をこぼしていた。
「あっくん、元気出して」
母親は、雨宮の背中をさすった。
雨宮は、最近幼稚園の友達から避けられていた。
友達曰く、一緒に遊んでもつまらないと言われ、幼稚園にいるのが気まずくなり、一ヶ月以上行ってない。
母親は、気分転換になるかと思って雨宮を公園に連れ出した。
「今日のおやつは、アイスにしたの。後で食べよう」
「……」
「あれ、何かしら」
母子の方に何か飛んできた。
雨宮の足元にフリスビーが着地した。
雨宮は、手を伸ばしてフリスビーを拾った。
「ごめんなさい」
青崎がこちらに向かって走ってきた。
雨宮の目の前に立った。
「ひろってくれて、ありがとう」
「……はい」
雨宮は、フリスビーを返そうとした。
「ねぇ、いっしょにあそぼ」
「えっ……」
雨宮は、母親の方を見る。
「いいわね、行ってきなさい」
母親は、嬉しそうにしていた。
「ありがとうございます。こっちにきて」
青崎は、雨宮の手を引いてた。
「ちょっ! え! え!」
雨宮は、青崎に引っ張られて広場の方に連れ出された。
「ちょっと、ここでまってて、うごかないでよ」
雨宮を置いてどこかに行った。
青崎は、すぐに戻ってきた。
「ねぇ、これでいっしょにあそぼ」
青崎は、雨宮が持っていたフリスビーを指した。
「……これ、どうやるの?」
雨宮は、フリスビーを青崎に渡した。
「しらない?こうやるんだよ」
青崎は、雨宮と距離を空けた。
フリスビーを思いっきり投げた。
フリスビーは、空高く飛んだ。
雨宮の近くに落ちた。
「うわぁ、すごい!ぼくもできる?」
「できるよ。おしえてあげる」
しばらく、2人で遊んでいた。
時間は、あっという間に経過した。
気づいたら、夕方になっている。
「ぼく、きみといっしょにあそべてたのしかった」
青崎は、楽しそうに言った。
「ぼくもたのしかった。ぼくは、アメミヤ アキヒト。ねぇ、きみのなまえおしえて?」
「アオサキ ハルト。アキヒトくん
ぼくとともだちになってよ」
────────────────────
「どうしたの、あっくん。なんで泣いているの?」
青崎は、雨宮を心配して駆け寄った。
「泣いてねぇーよ! これは、汗が目に入っただけだ」
手で涙を拭っている。
「嘘だよ、どう見たって泣いているよ。ごめん。 僕、あっくんになにか悪いことした?」
雨宮は、顔を上げて青崎を見た。
「謝んなよ! お前は、なんも悪くない」
青崎「でも──」
青崎が何か言いかけようとしたが、雨宮が遮った。
「いいかアオ! 俺は一度しか言わないからしっかり聞けよ!」
雨宮は、走り出し青崎からかなり距離をとった。
大声で話し始めた。
「俺は……アオに会えて本当によかった。アオが、あの時俺に……声かけてくれて、俺はすごく嬉しかった……」
雨宮は、大きく息を吸って最後に言葉を放った。
「ハルト! 俺と友達になってくれて……ありがとう!」
雨宮は、思いっきりフリスビーを投げた。 空高く飛んだフリスビーは、風に煽られてあらぬ方向に行ってしまった。
青崎は、フリスビーを追いかけて走った。
腕を限界まで伸ばして、指が触れ掴んだ。
バランスを崩して、転んでしまった。
青崎は、すぐに立ち上がり軽く服を叩いた。
フリスビーを高く掲げた。
「僕の方こそ、ありがとう。アキヒト」
青崎は、笑顔で答え投げ返した。
【終】
エボルブルス 一歩 @kazuho0228
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