「賞品は膝枕でどうですか?」と彼女は言った

綾乃姫音真

「賞品は膝枕でどうですか?」と彼女は言った

 日曜日の夕方。私の所属する卓球部は練習を終えてとっくに解散している。体育館に残っているのは私と、後輩の与志乃よしのの二人だけ。散々ラリーを繰り返し、そろそろ帰ろうかと思ったタイミングで彼女がある提案をしてきた。


茉耶まや先輩。最後に勝負しませんか?」


「勝負?」


 タオルで汗を拭きながら聞き返す。正面に立つ与志乃は私より身長が頭ひとつ低いために自然と見下ろす形に。目つきが悪いと言われることの多い私はなるべく威圧的にならないように気をつけながら答えを待った。


「たまには賞品でも賭けて勝負どうかなと思いまして」


 両拳を胸の前で握りながらそう言ってくる。私の視線は自然と釣られて彼女の胸元に。

 ……後輩のくせに私より胸が大きいのよねこの娘。ラリー中も打つたびに胸が揺れるのを見せられ続けてたこともあって、思わず自分の胸を見下ろしてしまう。学校指定の緑ジャージの上からでも一応はあるとわかる膨らみ。無くはない。でも間違っても大きいとは言えない。


「体操服で寒くないの……?」


 漏れかけたため息を誤魔化すように咄嗟に浮かんだ疑問を口にする。冬も終わりが近づいてるとはいえ、体育館の中は肌寒い。私はずっと上下ジャージを着てるし。まぁ、流石に一日運動していれば体が火照って汗をかいているけれど与志乃ほどじゃない。彼女はジャージを脱いで学校指定の半袖シャツにハーフパンツという体操服――の袖を肩まで捲くって、ハーパンも太ももの大部分が露出するレベルで捲くりあげている。それでも体が火照り、朱が差しているし、なにより汗で額や首筋に髪が張り付いているのがわかる。一番の問題はシャツが透けて薄ピンクのブラが浮き出てるのよね。それがまた私の視線を引き寄せてしまう。


「先輩、知ってて言ってますよね? わたしすぐ汗びっしょりになっちゃうから運動するときにジャージ着るの嫌いなんですよ」


 そう、よく知っている。先輩後輩以前に幼馴染なんて関係が続いているわけだし。


「だったわね。流石に男子がいるときはそういう格好してないけれど」


 冬でこれだから、夏は本当に大変そうなのよね。私の前ではガードがユルユル……私の部屋に来るときなんて同性でも気にしなさいよって薄着のときがあるくらいだ。まぁ他人の目があるところでは割とガード固めだけど。


「先輩、誤魔化そうとする時に頭に浮かんだ疑問を口にするのやめたほうが良いですよ? 何度も同じことを訊くんですから」


「わかってる。それで友達に怒られたこともあるし」


「でしたね……それで話を戻すんですけど、勝負しませんか?」


「内容は?」


「卓球マシーンの設定を、左右首振り、回転方向、打ち出し間隔をランダムで十球やって失敗数の少ないほうが勝ちでどうですか?」


「私に有利じゃない?」


 一応、私の方が卓球歴長いし、実際に部活内のランキングも私の方が上だし。そもそも、この部に一年長く居る私の方がマシーンの癖がわかっている。例えば首振りランダムと言いつつ中央はほぼ来なかったり、横回転はほぼ外に逃げていく等。


「わかってます。なので、ラケットを二本持ちます」


「は?」


「台の右半分は右手で。左側に来たのは左手で返します。二刀流ですね」


「……お互い右利きだから左に偏った方の負けになると?」


「先輩より運がいい自信ありますから」


 すっごくいい笑顔で言ってるけれど、運が悪いと言われたも同然の私としてはジトーっとした目を向けることしか出来ない。反論できないのは自覚があるからだけど!


「いいじゃない、乗ったわ」


「やっぱり先輩なら受けてくれますよね。負けず嫌いさん?」


「言ってなさい。それで何を賭けるのよ」


「賞品は膝枕でどうですか?」


「一応訊くけど、どっちがされる方?」


「勝ったほうが選べるってことで」


 多分この娘がされたいだけね……与志乃って結構、スキンシップ好きで甘えん坊なところあるし。


「そう」


 まぁ害は無さそうだしいいわ。頷いて準備を始める。用具倉庫からマシーンを持ってきて台に載せる。その間に、与志乃が壁際に置いてあるボックスからボールを十個持ってきていて、マシーンに補充した。特に言葉をかわすこともなく役割分担できるのは幼馴染の良いところよね……お互いの行動も癖も考えも感情も筒抜けという大きな欠点にもなるけれど。


「先輩、先と後どっちがいいですか?」


「ここは後輩が選んでいいわ」


「ならわたしが後攻でお願いします」


「理由は?」


「先輩って負けず嫌いなので後攻にすると強いから、です」


「……あんた人のこと負けず嫌いって言うけど――」


「わたしも負けず嫌いですけれどなにか?」


 セリフを途中で奪われた。無言で視線が絡み合う。


「「……ぷっ」」


 傍から見ると睨み合ってるように見えるって言われることも多いけれど、私達にとってはいつものこと。同時に吹き出して終わり。


「選んでいいって言ったのは私だもんね。いいわ、先にやるわ」


 右手に使い慣れているマイラケット。左手にラバーが違う予備のラケットを持って台の前に立つ。どうせ左手だとまともに打てないだろうし、普段と違うラバーが良い方向に作用してくれることを願うしかない。もっとも、不慣れな左手で使い慣れないラバーと悪さをする予感しかないけれど。これはマシーンの振り分けが右に来てくれますように……っと。

 私の準備ができたことを確認した与志乃が台とマシーンを挟んだ対面に立ってマシーンのスイッチを入れた。ウイーンと機械音を発しながら首を振り始めた。私はフォアでもバックでも対応できるようにラケットを構えながら、左右に振られても良いように腰を落とす。

 問題は発射間隔よね……最短で一秒、長くて三秒。一秒の間隔で左右に振られたらまず追いつけない。そして、リズムを崩してアウトと。

 一球目は、フォア側に上回転で飛んできた。素直にフォアハンドでストレート返球。狙い通りのコースに決まり、ホッと安堵の息をつく。流石に初球からミスったりしたら恥ずかしい。


「いーち」


 与志乃の得点をカウントする声が耳に届く。その余韻が残るうちに二球目が飛んできた。中央のネット際に下回転。


「ちょ」


 咄嗟に前に出てバックのツッツキで返す。しっかりと返球できたけどカウントが無い。


「先輩。今のは台左半分なので左手じゃないとダメです」


 代わりに届いた言葉に唇を噛む。あの辺はいつもバックのツッツキで返してるから癖で……これ、マズいかもしれない。

 三球目は、私から左に逃げていく横回転。初めて左手で打ったボールは台から大きく逸れて飛んでいく。


「……」


 あ、左手って思ってた以上に難しい。四球目、五球目はポンポンと短い間隔でフォア側に飛んできたから最初と同じように素直に返す。まぁ最初よりも慎重になっていたのは否めないけれど。


「にぃ、さん」


 六球目はバック側、台の端に下回転のボールが飛んでいくのを、静かに見送る。あんなの追いかけても、不慣れな左手で返せるわけがない。最初から捨てる。

 間を開けずに飛んできた七球目は真逆にフォア側に速い上回転のボール。アウトにならないようにラケットに当てるだけで返す。これ六球目を追いかけてたら返せてないわね……。


「よーん」


 チラっと与志乃を見るとニヤニヤとした笑みを浮かべていた。ムカつく。

 八球目は同じくフォア側に特に回転の掛かっていない浮いたボール。思いっきりスマッシュを決める。台でバウンドしたボールが対面でカウントを取っている与志乃の胸にぶつかった。ふにょんと音が聞こえそうな弾力を目にしてしまい謎の虚しさと敗北感が……。


「ごぉ……先輩、今のはわざとですよね?」


「そんな余裕ないわ」


 あわよくば狙ったけれど。


「そうですか」


 あ、これ私もぶつけられるわね……。

 九球目はまた真ん中のネット際に下回転。左手でバックハンドのツッツキ返球。きれいにネットにかかった。ボールとネットの擦れる音が聞こえないってことは、回転が掛かってないということで、そりゃネットよねと。というか振り分けの引きよ。この機械、中に来るのは少ないはずなのに。左右に来た場合もバックハンドだと辛い角度と、とことん引きが悪い。

 ラストの十球目は、再び左に逃げていく横回転。左手のラケットには当たったものの返っていったボールが台の上で弾むことはなかった。


「半分か……」


「次はわたしの番ですね」


 嬉々として私と位置を交換する与志乃。結果は見るまでもない。与志乃に機械が忖度しているのかというくらいに彼女の得意なコースにボールが集まる。一応、左手で打つこともあったけれど器用に返し、最終的に失敗したのは一本だけ。

 ちなみにしっかりとスマッシュを胸に当てられた。地味に痛かった。


 結果――。


「はい、先輩」


 そう言って与志乃は床に正座すると、ハーフパンツを捲くり上げて居るために剥き出しの自分の太ももをペチペチと叩いた。


「――っ」


 てっきり逆だと思っていたから言葉に詰まる。しかし勝負に乗ったのも負けたのも自分だと。渋々、頭を載せて横になる。与志乃の火照った体温が心地よい。


「すー、はぁー」


「先輩っ!」


 せめてもの嫌がらせで与志乃の体側を向いて顔をお腹に埋めるようにして、思いっきり深呼吸してあげた。彼女の甘い香りと汗の酸っぱい匂いがブレンドされたもので肺を満たす。この娘の汗って臭いとは思わないのよね……結構好きな匂いだ。

 もっとも汗っかきなのを気にしてる与志乃としてはものすごく嫌だろうけれど。だけど与志乃から提案してきたんだから仕方ないわよね?


「私は与志乃の女の子らしい甘い体臭も、汗の匂いも好きよ」


 私の言葉に与志乃の身体がビクンと跳ねた。


「……わたしも先輩の意外と子供っぽいところ好きですよ」


 そう言ってきた彼女の表情は見えないけれど、きっと恥ずかしそうにしながら真っ赤になってるに違いない。これは断言できる。だって年下の女の子に頭を優しく撫でられている私も、まったく同じ表情をしているから。



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