第11話 隼人お兄ちゃんは…どれがいい?

「那遊ちゃんは、何がいい?」

「えっと……」


 那遊は、棚にある商品を前に、悩み考えている。


 今日は土曜日。特に用事がなかったことで、義母から那遊と一緒に出掛けてくれないと頼まれ、街中にやってきていた。

 今はデパート内の五階。キーホルダーや、ぬいぐるみが置かれているフロアへ訪れていた。


「私は……これがいい」


 那遊は小さい手で、キーホルダーを手にする。

 それは花の形をしたもので、バラを模したデザイン。銀色に加工される。


「それでいいの?」

「う、うん……」


 那遊はただ頷くだけ。

 少しだけ頬を赤らめている。

 どうしたんだろうと思う。


「隼人お兄ちゃんは?」

「俺か? 俺は別にいらないかな」

「一緒にしたい」


 那遊は小さく呟く。


「お揃いにしたいってこと?」

「うん」


 那遊はジーっと、隼人の方を見つめている。

 まあ、お揃いにしたとしても、特に問題が生じるわけではない。


「じゃあ、俺も買うかな」


 そう言い、隼人も、バラのキーホルダーを手にした。


「これで一緒だね」


 那遊は微笑んでくれる。

 以前より、悪戯っぽい感じではなく、優しい感じだ。

 心内を晒したことで、少し温和になったのだろう。


 那遊は本来、おとなしい子なのだ。

 自分の意見を素直に伝えられないところがある。

 だからこそ、友達が出来づらいのだろう。


 でも、少しずつ、人と関わることに慣れてくれればいい。

 隼人は、その手助けができればいいと感じていた。


「ほかに欲しいものはない?」

「ほかにもあるけど……隼人お兄ちゃんは、大丈夫なの?」

「お金がってこと?」

「う、うん」

「大丈夫だって、気にするなって」


 金銭面的には問題ない。

 そもそも、父親が会社の社長ということもあり、お金に不自由したことなんて全くないからだ。


 それに自宅を出る前に、義母からそれなりのお金を貰っている。那遊との遊び相手代として、押し付けられた感じだが。

 最初は受け取れないと、家族だからそんなに気を使わなくてもいいと、断りを入れたのだが、最終的に義母に押し付けられ、受け取ることになった。


 義母には本当に世話になっている。

 この前も、奢ってもらったし、夕食も作ってもらっているのだ。

 何から何まで申し訳なく思ってしまう。


 でも、那遊とこうして街中に行くことを許して貰えているということは、義母から信頼されている証拠だ。

 隼人は、那遊を見、軽く笑顔を見せた。


「大丈夫だよね? じゃあ、いいのかな?」

「いいよ。なんでもね」

「やった」


 那遊は愛らしく微笑んだ。

 他にも欲しいものがあるのなら、買ってあげたい。

 隼人は、那遊の頭を軽く撫でる。


「んんッ、くすぐったいって」

「何が欲しいんだ?」

「えっとね、あのぬいぐるみが欲しいの」


 那遊は張り切りだす。

 隼人は那遊の小さな手を軽く握り、ぬいぐるみコーナーへと向かう。

 そこには、色々なぬいぐるみが棚に置かれている。


 このデパートの五階フロアには、動物系のぬいぐるみが多い。

 女の子が好きそうな感じのデザインであり、那遊は楽し気な笑みを見せつつ、三十センチくらいのぬいぐるみを手に取り、触って確認していた。


「えっと……どれにしようかな」


 那遊はイルカや、ライオンなどがデフォルメされたぬいぐるみを交互に見ている。

 他にも、猫や、アザラシなどもあり、迷いながらも選んでいた。


「ゆっくりと選んでもいいから」

「うん。隼人お兄ちゃんは何がいいと思う?」

「何って、えっと……俺が選んだ方がいいのか?」

「うん。選んで」


 那遊はイルカと、アザラシのぬいぐるみを見せてきた。

 可愛らしい感じの瞳をした、ぬいぐるみである。


 販売されている棚のところを見ると、女子小学生に人気と書かれたポップのようなものがあったのだ。

 というか、どんなぬいぐるみにすればいいのかわからない。


「ねえ、私にはどんなぬいぐるみが似合うと思う?」

「何かな……」


 那遊は、イルカや、アザラシ以外のぬいぐるみにも触り、手に持ち替えていた。

 今、見せてきているのは、ペンギンやワシのぬいぐるみである。


 那遊はどちらかというと、おとなしい女の子。

 似合いそうなぬいぐるみと言えば、アザラシかもしれない。

 けど、怒ると睨んでくることもあるので、ワシが似合っているとも思えた。


「んん……」


 隼人は悩む。


「どうしたの、決められないの?」

「いや、ちょっと待って」

「ええ、もっとしっかりしてよ。隼人お兄ちゃん」

「ごめん。那遊のことを考えてたらさ。どんなぬいぐるみでも似合いそうな気がしてさ」

「私のことを考えてた? ちょっと、隼人お兄ちゃん……私ばかりじゃなくて、ぬいぐるみのことを考えてよー」

「ごめん。ぬいぐるみを持ってる那遊が可愛くてさ、つい……」

「んッ、もう……ここで、そういうのは、やめてよ……」


 那遊は本当に嫌がっている感じではない。

 どちらかというと、隼人の行為を受け入れている感じだ。


「じゃあ、那遊だったら、猫のぬいぐるみでもいいんじゃない?」

「え? この猫?」

「ああ」


 那遊には、気まぐれな猫の方があってる。

 そう感じたからだ。


「うん……隼人お兄ちゃんが言うなら、この猫のぬいぐるみにする」


 那遊は微笑んでくれる。

 そんな笑顔に、隼人はドキッとした。


「それでいい?」

「う、うん。あ、そうだ、お兄ちゃんは、これにしてよ」

「え?」


 那遊からアザラシのぬいぐるみを押し付けられた。

 貝を持ち、仰向けの態勢のぬいぐるみ。

 デフォルメされているゆえ、愛くるしい瞳を見せている。

 どこか、嫌いには慣れないデザインだ。


「じゃあ、俺はこれにしようかな」

「これで、決まりね。隼人お兄ちゃん」

「あとは欲しいものはある?」

「ん……他にはないかな」


 那遊は隼人の手を掴んできて、会計カウンターへと向かうことになった。

 会計を済ませるなり、袋に入れて貰ったぬいぐるみやキーホルダーを、隼人は受け取る。

 二人はエスカレーターのあるところまで歩む。


「そういや、学校はどうだった?」


 歩きながら、気になったことを隼人は口にする。


「……普通だった」

「そうか。友達とかはできた?」

「それなりには……」


 あまりハッキリとしない口調する。

 今繋いている那遊の手が、微妙に震えていた気がした。


 大丈夫なのかなあ。

 色々な問題をまだ抱えているような、そんな印象を受けてしまう。


「大丈夫ならいいけどさ」


 なんか不安だなあ。

 そうこう考えていると――


「あれ? 那遊ちゃん?」


 義妹の名前を呼ぶ、女の子の声が聞こえた。

 遠くの方へ視線を向けると、小学生くらいの女の子が二人、佇んで手を振っていたのだ。


 しかし、那遊はそんなに笑顔じゃない。

 少々躊躇っているような雰囲気を見せている。

 握っている手がさらに震えていた。


 やっぱり、うまくいっていないのかな。


 隼人が不安に感じていると、女の子二人が歩み寄ってきたのだった。

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