第10話 あのね…私…学校で…

「あ、あのね……」


 隼人のベッドの端に腰かけている、小柄な女子小学生――那遊が小さな口を動かし、悩みを話し始めた。

そういや、義妹と一緒に、しっかりと会話したことなんてなかったと思う。


 ようやく本心を知れる瞬間である。

 那遊からしたら、もっとも勇気がいる行為だろう。

 隼人は、彼女の目を見るようにした。


「私、そんなに……馴染めていないというか。でも、別に学校が嫌いというわけではないの……」


 たどたどしい口調。


「そうなんだ。じゃあ、どういうところに悩んでるの?」

「い、虐めというか……」

「虐め? えっと、どんなことをされたんだ?」

「……」

「え? どうしたの?」


 急に無言になったことで、隼人は首を傾げた。

 不安になる。


「でも、虐めだったら、誰かに相談したの?」

「んん」


 那遊は首を横に振るだけで、言葉を発しなかった。


「それだと、何も解決しないんじゃ?」

「……別にいいし」

「いや、よくないだろ。虐めとかだよね?」

「でも、それも違う……かも……」

「え? どういう?」


 隼人は那遊と会話していて、意味が分からなくなってきた。

 最初は、学校に馴染めないと言い、次には虐められていると言い、さっきは虐めとも違うと言い出したのだ。


「よくわからないんだけど?」

「……」

「いや、話してもらわないと、俺も困るというか、相談に乗れないじゃんか」

「……」

「どうしたんだ?」


 那遊は俯き、口を動かしてくれなくなった。


「私ね……その、人前に出るとね、うまく話せなくなるの……」

「話せなくなる? え? でも、俺とこうして普通に話してるじゃん」

「……そうだけど……それは、一緒に住んでいるし、多少は馴染んでるから、話せるだけ……」

「ん? でも、クラスの子たちとも長年一緒にいるんでしょ? だったら、話せるじゃないの?」

「違うし」

「じゃあ、那遊ちゃんの母親が、俺の父さんと再婚したことで、学校が変わったってこと?」

「違う」

「違う? じゃあ、俺の家に住む前と同じ学校に通ってるってこと?」

「う、うん」

「じゃあ、問題ないような気がするけど? さっきの馴染めていないとか、虐めって言うのは?」

「皆、私のこと、素直に受け入れてくれないから」

「受け入れてくれない? 自分からは話しかけたの?」

「んん……」


 那遊は首を振るだけだ。


「もしかしてさ、それって、那遊ちゃんの思い込みじゃないのか?」

「ち、違うしッ、本当だから……本当に、虐め」


 那遊は強い口調で言い放った後、委縮するように、声が小さくなっていく。


「そうか……な?」


 隼人は首を傾げた。

 実際、隼人も昔、思い込みで人間関係をこじらせたことがある。


 話してみれば、何とか解消できそうな気もするが……。

 那遊は小学生なのだ。

 まだ、人生経験が浅く、そこまで勇気を出せないのだろう。


「どうせ、わかんないでしょ。私の気持ちなんて」

「ごめん……」

「ふんッ」


 那遊は少々お怒りのようだ。

 でも、このままではいけないと思う。

 なんの解決にもなっていない。


 刹那――

 隼人は、この状況、どこかで見たような、そんな既視感を覚えた。


「……」

「なに?」


 那遊は睨んでくる。

 そんな表情、見せないでほしい。

 隼人は、那遊を軽く見やった後、椅子から立ち上がった。


「那遊ちゃんさ」


 隼人は彼女の左隣に座る。


「な、なに……」


 那遊はいきなりの隼人の行為に、少々困惑している。

 そして、隼人は、自身の手を那遊へと向かわせた。

 彼女は何が起きているのかわからず、咄嗟に瞼を閉じるのだ。


「那遊ちゃんって、こういうことされたことあまりなかった?」

「んん、く、くすぐったい」


 隼人は那遊の頭を右手で撫でる。


「な、なに、なに、急になに? 隼人の事だし……エッチなことしてくると思ってたのに……」

「そんなのしないから。でも、頭を撫でられるとさ。なんか、気持ちいいだろ?」

「べ、別に……」


 素直じゃないなと思う。

 頬を赤らめ、瞼を優しく閉じる那遊の顔を見ながら、隼人は軽く微笑んでしまった。


「な、なんで、こんなことをしてくるのよ」

「俺さ。母親が昔いたんだけどさ……俺が困ってる時とか、よくやってもらってたんだよ」

「へえ、隼人にも、そういうことがあったの?」

「それはあるだろ。こういうのをされたのは、那遊ちゃんと同じ、小学五年生くらい頃までかな」

「ふーん、そうなんだ」

「嬉しいと思ったら、素直になってもいいんだよ」

「わ、私は普通に素直だし」

「そういうところがあるからさ、学校に馴染めていないと思い込んでるんだよ」

「ち、違うし……私は、本当に……んんッ」


 髪を触ってあげていると、那遊は我慢できなくなったようで、次第に頬が緩くなってきて、口元から軽く息を出していた。

 しまいには、那遊は嬉しそうな笑顔を零す。


「なんか、嬉しそうだけど?」

「こ、これは……その、違うからぁ……」

「那遊ちゃんってさ。もしかして、素直になれないから、俺に強く当たってきたの?」

「違うし」

「違うの?」

「別に……」


 なんか、素直じゃないなあと思う。

 やはり、本心を晒すことにまだ抵抗があるようだ。

 隼人は、那遊の髪から手を放す。


「な、もう終わり?」

「やっぱり、触られて嬉しかったじゃん」

「べ、別に……違うからぁ……」


 彼女は本当におとなしい子なんだと思う。


「まあ、なんかあったら、また、触ってやるからさ」

「触ってあげるとか、なんかエッチっぽい」

「そういう意味じゃないからな」


 隼人は念のために言っておいた。


「……私ね」


 那遊は頬を赤らめながら、何かを言おうとしていた。


「そろそろ、夕食だから。二人とも降りてきてくれない?」


 そんな中、一階の方から義母の声が聞こえてくる。


「あ、はい。今行きます」


 隼人は大きな声で言った。


「ん? そういえば、さっき、何かを言いかけていなかった?」

「んん、何でもないし」

「なんでもないのか? 言いたいことがあるなら、聞くけど」

「別に、何でもないし……」


 那遊は何かを隠すようにベッドから立ち上がると、隼人の部屋を後に、自身の母親の元へと先早に向かって行く。


 隼人も、彼女を追いかけるように、ベッドから立ち上がったのだった。

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