第8話 隼人さん? 那遊が迷惑かけてない? 大丈夫かしら?
「隼人さん? あの子とはどう? うまくいってる?」
綺麗で透き通った声が響く。
「まあ、それなりには……」
隼人は気まずげに返答した。
平日の学校帰り。
春奈との帰宅途中、義母の亜弥と街中でバッタリと出会い、今、自宅近くの喫茶店にいた。
春奈は気を利かせ、一人で帰ってしまったのだ。
今はテーブルの反対側で、義母がコーヒーを飲んでいる。
義母は、肩までかかる程度のヘアスタイルで、自然な感じにメイクをしていて、四〇代とは思えないほど、綺麗でスタイルが良い。
二十代後半と言っても、誰もが信じてしまいそうな美貌を持っているのだ。
それに加え、今まで父親と再婚した女性と違い、他人を思いやる優しさを持ち合わせている。
一緒の空間にいても、嫌な感じもしないし。安心して会話もできる。デートをしているような雰囲気に、父親に申し訳ない気がした。
「だったら、よかったわ」
義母は落ち着き払った態度で言う。
「え?」
「あのね、那遊は見かけによらず、悪戯好きだから、何か困ってることがあるんじゃないかなって。それが不安だったの。それに、今はあなたとお父さんと一緒に、仕事の手伝いもすることもあるし。夜しか家に帰れないから。大丈夫かなって」
義母は丁寧な口調で言い、隼人の事を気にかけているようだった。
「……」
隼人はあのことを言おうかどうかで迷う。
「どうしたの?」
義母は首を傾げている。
「え、いや、何でもないです……」
「もしかして、那遊のこと?」
「まあ、そうですけど……その、嫌だとかじゃなくてですね」
言った方がいいのかな?
口にしてよいかどうかで、途轍もなく迷う。
「まあ、その、明るい子ですよね、あはは」
隼人は普段から悪戯をされていることを素直に話そうと思ったが、やはり、義妹のことを悪く言えなかった。
昨日の夕方。脱衣所で、那遊の裸体をチラッと見てしまったからだ。
全部ではないが、肌を見てしまったことに、申し訳なさを感じていた。
その時から、少々、距離を感じる。
今日の朝も、那遊の方から絡んでくることもなかったし。
まあ、おとなしくなってくれたのはいいのだが、自宅にいると監視してくるようにジーっと見てくるだけ。
見るというよりも、睨まれていると言った方が正しいかもしれない。
隼人の方から、話しかけた方がいいのだが、そんな勇気もでず、平行線的な関係になっていた。
昨日の夜から、あまり話さない二人を気にかけ、今、喫茶店で義母から心配されているのだろう。
隼人は義母を見る。
彼女はニコッと軽く微笑みを見せてくれた。
「でも、本当に那遊が迷惑をかけているなら、ちゃんと言ってくださいね」
「あ、はい……」
隼人は素直に頷いた。
なんか、目先にいる義母は、どこか実の母親のような雰囲気があり、不思議と懐かしさを感じる。
「え、ど、どうしたの?」
戸惑いの目を見せていると、義母から疑問がられてしまう。
「なんでもないです。こっちのことなんで」
「そう? もしかして、やっぱり、那遊が迷惑を?」
「そうじゃないです」
隼人は一旦、深呼吸をした。
「その……亜弥さんが、昔亡くなった母親と似ているところがあるなって、思って。でも、そんなの失礼ですよね」
「いいえ」
「え?」
隼人はふと顔を上げ、義母を見た。
「隼人さんも、色々なことがあったのよね。そういうことは、忠司さんの方からも聞いてるわ。大変だったでしょ? お母さんがいなくなって。寂しくなったら、いつでも甘えてきてもいいからね」
「……はい」
気恥ずかしくなり、隼人は義母から顔を背けてしまう。
彼女は綺麗な人だ。
この人が本当に、今の母親になったとは、まだ受け入れられないところもあった。
嫌というわけじゃない。
嬉しいという感情が勝り、素直になれていないだけである。
「そうだ。あと、ケーキとかはいい? 今日はなんでも買ってあげられるけど?」
「大丈夫です……申し訳ないので」
「隼人さん? もう、家族なんだから、普通に頼ってもいいのよ。今まで、一人で頑張ってきたのよね?」
「……はい」
隼人は母親がいなくなってから、ずっと、一人で料理をしたり、掃除をしたり、洗濯なども、色々なことと向き合ってきた。
大変だったと隼人も思ってはいるが、父親ばかりに迷惑なんてかけられない。そんな一心で、今までやってきたのだ。
今思えば、人生の学びにはなっていると感じていた。
「遠慮しないで頼んでもいいからね」
そう言うと、義母はテーブルに置かれていたメニュー表を広げ、見せてきたのだ。
「……はい」
隼人は一応、頷いておいた。
すでに家族なのだ。
あまり遠慮しない方がいいだろう。
憶測でしかないが、多分、この人なら、父親とも何とかやってくれると思った。
「では、これでお願いします」
隼人は簡単なコーヒーを一つだけ選び、義母に告げた。
「これでいいのね」
「はい」
「すいません――」
義母は喫茶店のスタッフを呼び出し、注文を行っていた。
「すぐ来ると思うからね」
「はい。ありがとうございます……」
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ、隼人さん」
「そう、ですよね。すでに一緒に住んでいるのに、他人行儀なのも変ですよね」
「そうよ。色々とあると思うけど、困ったことがあったら普通に相談してもいいからね」
「その時はお願いします」
義母は、軽く微笑んでくれている。
それにしても、那遊とは大違いだ。
母親の方が、こんなにも温厚な感じなのに、なぜ、娘の那遊は、あんなにも悪戯じみたことをするのだろうか?
「どうしたの、何か考え事?」
「え、いや、その……那遊のことなんですけど」
「やっぱり、那遊が、隼人さんの嫌がること?」
「そんなに大げさなことじゃないですけど。その……質問なんですけど。那遊ちゃんは、父さんと再婚するまで、どんな子だったのかなって」
「どんな子? まあ、家では明るいんだけどね。なんか、学校ではあまり馴染めていないみたいなの」
「え? そうなんですか?」
「ええ。昔からね、学校の先生からよく言われるのよ。もう少し積極的に、お友達を作れるように努力してくださいって」
義母はため息を吐き、少々困った表情を浮かべ、淡々と事の経緯を話してくれた。
やっぱり、馴染めていないのか……。
だから、休みの日とかに、友達と遊ぶ約束をしていなかったというわけか。
この前抱いていた疑問が解消された気がする。
そうこう考えている内に、隼人の目の前には、先ほど注文したコーヒーが置かれるのだった。
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