第7話 那遊、なんで、この時間帯に入ってるんだよ…

「はああ……」


 隼人は大きなため息を吐いた。

 夕方近くの時間帯。だが、まだ、外は明るい。


 隼人は春奈と街中で遊んだ後、自室に向かい、勉強机前の椅子に座り、頭を抱え、項垂れていたのだ。

 今日は何もかも終わった感じがあった。


 あらかじめ決めていたスケジュールも狂ってしまい、失敗に終わったと思う。

 義妹の那遊を、春奈との待ち合わせに連れて行ったことで、思い通りの展開にはいかなかったからだ。


 那遊は、隼人が春奈と一緒にいる時に、いちいち、いたずら的なことをしてくる。

 彼女はニヤニヤして、隼人の姿を見てこっそりと楽しんでいた。

 二人の仲がうまくいかないように、邪魔しているような感じだ。

 なんでそこまで、嫌がらせを受けなければいけないのか不明である。


 というか、確実に、春奈へと告白するタイミングは失った。

 幼馴染ゆえ、明日、学校で一緒に出会うのだが、しっかりと謝っておいた方がいいだろう。

 今日はもう、嫌なことが多すぎて、げんなりしている。

 夕食も食べる気がしない。

 隼人は、一旦、椅子から立ち上がり、ベッドに仰向けで横になった。


「なんかなあ……父親が再婚したら、今回はよくなると思ったんだけどなあ」


 思っていたのとまったく違う。

 つい最近までは、父親と二人暮らし的な感じで生活していた。


 大方、父親は仕事の都合上、家には帰ってこないので、実質、一人で生活しているようなもの。

 その生活と比べれば、家族が増えたということで、家の中が明るくなったのは確かだ。

 ただ、義妹が悪戯をしてくるような、そんな女の子ではなければよかったと思う。


 父親が決めた再婚相手の連れ子なのだ。

 親のことを非難するわけにもいかず、まだ、ため息を吐いてしまう。

 父親は仕事ができるものの、女性との付き合いには疎いところがある。

 そういう風なところは、遺伝的に、隼人も受け継いでいるのかもしれない。

 まあ、父親に不満がなければいいのだが……。


「……」


 仰向けになっている隼人は、一旦、自室の天井を見、そして、窓の外へと視線を向けた。

 次第に外の景色が暗くなり、日が暮れ始めているのがわかる。

 今日、うまくいかなかったことばかりを考えてしまい、心が淀んでくるのだ。


「それにしても、やけに静かだな」


 今思えば、自宅に帰ってきてから、那遊が比較的静かだと思う。

 義妹は確か、帰宅するなり、リビングに向かって行ったような気がする。

 多分、一人でテレビを見ているのだろう。

 その方が、隼人的にも楽である。


「よしッ、少し起き上がるか」


 一先ずベッドから状態を起こす。

 立ち上がるなり、自室から出る。

 階段を降り、一階リビングに入るのだが、誰もいなかったのだ。


 那遊の姿が見当たらず、辺りをキョロキョロと見渡す。

 どこに行ったんだろう。

 一応、リビング内を回って歩き、探る。


 隼人の自宅はそれなりに広い。

 父親が会社の社長ということもあり、大きな家を購入したからだ。


 広いということはそれなりに、掃除するのも大変だということである。

 ただ、再婚相手の義母がいることで、殆ど誇りが残らないほどに、丁寧に掃除してもらっているのだ。

 義母に助けてもらっている感じがあり、感謝しかない。

 父親が再婚してよかったことと言えば、多分、家事のできる義母の存在が大きいだろう。


 その前に、那遊のことだよな。

 義妹がいなくなってしまったら、一番の責任に問われるのは、隼人自身である。

 いつも悪戯をされ、不快な感情を抱いている隼人だが、少々心配しつつ、リビングに隣接する部屋の扉を開く。


 そこの部屋は畳の部屋になっていて、十畳間ほどの広さがある。

 その室内の奥には、大きな仏壇があった。

 黒色の大きなもので、定期的に父親がお供え物を交換しているらしい。

 隼人はその場所に近づいていく。


「……」


 無言になりつつ、仏壇近くにある遺影を見た。

 それは六年間に亡くなった母親の写真である。


 母親がいなくなったのは、隼人が小学五年生の頃。

 ちょうど、那遊と同い年の時くらいだ。

 写真を見るだけで、一緒に母親と会話していた時のことを思い出す。


 悲しくなってきて、写真からふと顔を背けてしまった。

 苦しい気持ちになりたくないからこそ、この場所に長居はせず、普段から距離をおいているのだ。

 数年ほどの時は流れたが、自分の中では、まだ消化できていないような気がする。


「でも、今は普通に生活できてるし、心配しなくてもいいから……」


 隼人は素直な感じではなく、ボソッと呟き、本心を隠すような感じに、その部屋から立ち去った。


「というか、本当に、那遊はどこに行ったんだ?」


 玄関の方にも行ってみるが、靴はあるし、内側から玄関の扉も閉められている。

 那遊が外に出ていないことは確かなのだ。


「他の方にも行ってみるか」


 キッチンや、客間などにも向かう。

 だが、那遊の姿は見当たらない。

 一体、どこなんだ?


 まだ訪れていないところがあった。

 それは脱衣所である。

 いるかどうかはわからないが、一先ず向かうことにした。


 隼人は何も考えずに、脱衣所の扉を開ける。

 まだ、夜ですらないのに、風呂に入る人なんていない。

 そう思っていたのは、隼人の思い込みだったようだ。


 脱衣所には、少しだけ霧がかかったように、隼人の視界には湯気が見える。

 ただ、問題なのは湯気ではない。

 今の時間帯にお風呂に入っていたということも驚きなのだが……。


「……え?」

「……ん?」


 脱衣所には、数秒ほど前にお風呂場から出てきたといわんばかりの恰好の那遊が佇んでいたからだ。

 隼人は那遊とちょうど視線が合う。

 バスタオルで体を拭いていて、大事な部分は見えていないものの、初めて見た小学生の裸体に困惑し、隼人は後ずさる。


 今、どんな反応を見せればいいのだろうか?

 言葉選びに迷い、どこへ視線を向ければいいのか焦ってしまった。

 那遊はみるみるうちに、頬を赤らめ、そして、悲鳴を出す。


「きゃあ、きゃあああああッ」

「う、うわあ、ご、ごめん。いや、そういうつもりじゃなくてさ」


 隼人は咄嗟に両手で顔を隠した。


「な、なに、は、入ってきてるのッ」

「ご、ごめん……お、俺はみ、見てないから」


 隼人はサッと振り向き、背を見せる。

 すると、背後に何かがぶつかった感触があった。

 石鹼ケースやシャンプーのボトルのようなものを投げつけられていたのだ。


 普段は生意気な態度で弄ってくる那遊だが、今に至っては本当に恥ずかしいようで、なかなか、悲鳴を抑えることはしなかった。

 那遊も恥ずかしがることがあるのだと思い、隼人は少しだけ気が楽になる。


「もう、出て行ってッ」


 那遊から強い口調で言われ、隼人は逃げるように脱衣所から立ち去るのだった。

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