第6話 那遊のせいで、俺の休日はめちゃくちゃだ

「えっと……それで、この子が、再婚相手の連れ子の那遊ちゃん?」

「そ、そうなんだ」


 隼人は対面している幼馴染――春奈に言った。

 彼女は、青色の上着に、黒色のジーンズ。どちらかと言えば、暗いイメージに服装ではある。

 だが、青や黒は彼女の雰囲気に合っているためか、あまり地味な感じはしない。

 春奈は一度、二人を交互に見やると、スマホの画面を見て、時間を確認していた。


 午前十一時頃の街中。

 待ち合わせ時刻ギリギリである。

 春奈からは怒られることはなかったが、それよりも、気になっていることがあるらしい。

 詳しく話をするため、デパート前の歩道の端っこのところに、三人はいた。


 春奈からしたら、想定外の人物が視界の前にいる。

 元々、春奈は隼人と二人っきりで遊ぶ予定をしていた。

 小さな乱入者にちょっとばかし、硬直しているのだ。


 そんな中、隼人と春奈を前に、特に気にせず、笑顔を振りまいている那遊。

 小学生の彼女は、天然というわけではない。

 わかっている上での、その笑顔なのだ。

 だからこそ、少々扱うのが時折面倒に感じる。


 隼人は、那遊と同居し始めてから、まだ、一週間も経っていない。

 けど、那遊は親し気に、隼人に絡んでくる。

 それはいいのだが、少々距離が近すぎて困っていた。


「お兄ちゃんッ、どこかに行くんでしょ? 早く行こッ、どこがいい?」


 那遊のテンションが上振れている。

 多分、三人の中で、ダントツ、テンションが高いと思う。

 勝手に話は進めているし、連れてこない方がよかったかもしれない。


 隼人は春奈を見やった。

 彼女は苦笑いを浮かべ、少々現状を受け入れづらいといった顔を見せている。

 実際のところ、春奈には迷惑をかけていると思う。


 那遊と一緒に行ってもいいかくらいは、事前に連絡しておくべきだったが、時間的に余裕もなく。

 そもそも、那遊と一緒に行くと決まったのが、家を出る数分前なのだ。

 連絡を取ってる暇もなかった。

 結果、急いで自宅を後にし、今、このような状況になっているというわけだ。


「まあ、そうよね。そろそろ、行きましょうか、隼人。那遊ちゃん……」

「うんッ」


 那遊は元気よく頷いている。

 だが、発言者である、春奈はショックを受けている感じであり、普段よりも元気のない表情を見せていた。


「ごめんな。なんか、こうなってしまってさ」

「え、んん、私は大丈夫だよ……」


 春奈は首を横に振り、気にしないでといった素振りを見せている。


「だったら、いいけど」


 隼人はそう呟き、そして、背丈の低い、小学生の那遊へと視線を向けた。


「どうしたの、お兄ちゃん? 私の顔になんかついてる?」

「いや、な、何でもない」


 隼人は那遊に心内を見透かされる前に、サッと視線をそらした。

 那遊と目が合ってしまうと、彼女のペースで話が進んでしまう。

 あまり、彼女を見ないようにした。


 はああ……。

 なんかなあ。

 実際のところ、春奈と二人っきりで遊びたかったと内心思う。


 まだ、春奈とは恋人同士ではないが、デート気分を味わい、今日の別れ際に告白しようと決めていたからだ。

 そのスケジュールも何もかもがボロボロである。

 はああ……三週間前から色々と考えていたんだけどなあ。


 数週間にわたる恋愛ゲームでのデート訓練。

 それが一気に水の泡になった。


 まあ、那遊を一人で留守番させて、後々、義母に叱られるよりかはましだ。

 そもそも、温厚な感じの義母が怒るところを想像はできないが、普段から冷静な人ほど怖いと聞いたことがある。

 今のところは、那遊と街中に来て、正解なのだろう。


「ねえ、ねえ、二人は何をするの?」


 那遊は、二人の間に割って入ってくる。そして、交互に見てくるのだ。


「何って、えっと……食事できる場所にでも行こうか? そろそろ、お昼だしさ」

「そ、そうね」


 隼人の問いに、少々遅れるような形で、春奈が相槌を打つ。


「それとさー、二人は手を繋がないの?」


 突然のセリフ。

 隼人は、ドキッとした。


「えっと……」

「繋ぐって……ど、どうする、隼人。私は……別に、いいけど」

「え?」


 片思い相手からの予想外なセリフ。


「なに、嫌なの?」

「嫌じゃないけど」


 本音で言えば、本当に嬉しい。

 まだ、恋人というわけではないが、一緒に手を繋いで街中を歩けることに喜びを感じていた。

 でも、気恥ずかしい。

 どうしようか、隼人は迷ってしまう。


「えー、どうしたの? 繋がないなら、私が貰っちゃうけど」

「え⁉」


 那遊の突然の言動に、春奈が目を大きく見開き、動揺していた。

 出遅れたといわんばかりの顔を見せている。


「わ、私も、繋ぐから」

「え?」


 右手に那遊。左手に春奈。二人の女の子から手を繋がれ、隼人自身が一番驚いていた。


「なに、動揺しちゃってるの、お兄ちゃん?」

「べ、別に、動揺してないし」


 隼人は咄嗟に否定する。

 内心、嬉しいと思っているが、そんなことは表面には出さなかった。


「へえ、そう?」


 なぜかニヤニヤと企んだ笑みを見せる那遊に、少々戸惑う。

 どうせ、よからぬことを考えているに違いない。

 そんな顔だ。


「ねえ、二人は付き合ってるのー?」


 さりげなく那遊が話題を振ってくる。


「え、そ、それはね……まあ」

「え、そうだな。なんというか、そこまでは」


 気まずい。

 左手を繋いでいる春奈の頬が紅葉している。

 隼人も、どきまぎしていた。

 意識してしまうと、やはり緊張するし、うまく話せなくもなる。


「ま、まだかな」

「そ、そうよ」


 隼人の発言に続くように、春奈も言う。

 なんでこんなにも、告白する前から緊張しないといけないんだよ。

 心臓の鼓動が高まってくると、隣にいる春奈の顔すら見れなくなった。


「どうしちゃったのー? なんか、私、変なこと言っちゃったかな?」


 那遊は申し訳なさそうな顔をする。

 少しだけ、俯きがちになっていた。が、それは悲し気な表情を隠すためじゃない。


 隼人の視線からしかわからないところで、ちょっとだけ舌を出していたからだ。

 どう考えてもワザとである。

 申し訳ないとも思っていないし、二人をからかって、心の底では楽しんでいるに違いない。

 隼人はそう思った。


 そう考えれば考えるほど、イラっとしてくる。

 だがしかし、街中で小学生の女の子に怒るのも、周りにいる人からの非難を買いそうで怖い。

 そもそも、那遊のことだ。

 どうせ、ウソ泣きをして、同情を買うに決まっている。


 ここで、安易に感情を晒すのはよくない。

 隼人は一度深呼吸をして、心を落ち着かせた。


「お兄ちゃん? どうしたの?」

「な、何でもないから」


 隼人は苦笑いをして、その場を済ませたのだった。


「ふーん、そう……じゃあ、行こッ」


 急に右手を引っ張られる。


「お、おい」


 隼人は転びそうになった。


「お兄ちゃん、なに転びそうになってるのー」


 那遊からバカにされた感じに笑われてしまったのだ。

 後で、どうにかした方がいいと、隼人は決心するのだった。

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