第3話 えっと…那遊ちゃん…一体、どうしたのかな?

「ただいま……」


 夕方、五時ごろ。

 隼人は自宅の扉を開けた。

 玄関には、小さな可愛らしい靴がある。


 そういやと思う。

 そもそも、父親が再婚したのだと振り返り、その靴は小学生の義妹のモノだと察した。


 しかし、義母の靴はなかったのだ。

 多分、外出しているのであろうが、夕食の買い出しなのだろうか?

 一旦、家に上がると、キッチンの方から、小さく走ってくる音が聞こえた。


「おかえりなさい……」


 そこに現れたのは、私服を身に纏った背丈が低く、小柄な女の子。ツインテール風の髪型をした小学五年生の義妹であり、昨日から一緒に生活することになったのだ。


「た、ただいま」


 隼人は緊張した面持ちで言った。

 そして、玄関近くの廊下辺りで義妹と対面する。


 えっと……。

 何を話せばいいのだろうか?

 隼人は初めての小さな女の子との接触に戸惑う。


 自分よりも六歳も年下なのだ。

 子供と関わるのは、少々困る。


 義母の亜弥が居れば、何とか沈黙の間を紡ぐこともできたであろうが、今はおらず、関わり方がわからない。

 は、早く帰ってきてくれ。


「えっと……お、お兄ちゃん……?」


 義妹の口から、ポロっと予想外のセリフが飛び出る。


「え、え⁉ い、今なんて?」


 聞きなれないセリフに、隼人は反応してしまう。


「ご、ごめんさない……そんな発言よくないですよね。まだ、一緒に住み始めてから、一日しか経ってませんし」


 義妹は消極的に、距離をとろうとする。

 彼女は頬を赤らめていた。


 というか、さっき、この子、お兄ちゃん発言をしたのか⁉

 隼人は内心、衝撃を受けていた。

 時間が止まった感覚。


 まさか、リアルでお兄ちゃん呼びされるとは夢にも思ってもいなかったからだ。

 嬉しいような恥ずかしいような。心がやけにくすぐったくなった。

 どういう風に、この感情を表現すればいいのだろうか?

 隼人はキョどってしまう。


「どうされましたか、隼人さん……」

「え、ああ。いや、気にしないでくれ……俺の勝手な妄想なんだ」

「妄想ですか?」


 義妹は可愛らしく首を傾げる。


「あ、いや、変なことじゃないよ、あはは……」


 って、初対面の子になんてことを言ってんだろと、隼人は焦り、さらに変な緊張感に苛まれてしまう。

 隼人はサッと義妹から視線をそらした。


「隼人さん。ここより……リビングの方に行きませんか?」


 義妹から気にかけられてしまう。


「あ、ああ、そうだな。というか、隼人じゃなくてもいいよ」

「え?」

「その……なんていうかさ」


 隼人は気恥ずかしくなる。


「あのさ、お兄ちゃんって呼び方でもいいから」

「い、いいんですか?」

「ああ。一応、兄妹になったんだし、気軽に呼んでよ。いつまでも真面目な呼び方だとさ、逆に変だし」

「そ、そうですよね」


 小学五年生の義妹は軽く頷いてくれた。

 嬉しそうに微笑んでくれている。


「えっと、那遊ちゃんでいいのかな?」

「え、は、はい……」

「那遊ちゃん、一緒にリビングに行こうか」

「はい」


 那遊は笑顔を見せてくれた。

 おとなしい感じだが、笑顔は愛らしい。


 年齢は大幅に違うが、一瞬だけ、心の距離が縮まったような気がした。

 リビングに入ると、昨日と同じように、テーブルを挟み、対面するようにソファに腰かける。


「……」

「……」


 二人は無言だった。

 ひと段落はついたものの、なんて言葉を切り出せばいいのかわからない。


 今時の小学生は何が好きなのだろうか?

 変な事を言うわけにもいかないし。

 そうこう考えている家に、無駄に時間だけが消費されていく。


「えっと、その……お、お兄ちゃんは、その……好きな人。いるんですか?」

「え? 好きな人?」


 想定外のセリフ。

 なんで急に⁉

 おとなしい雰囲気ながら、大胆な発言をする子だなあと思ってしまった。


「俺はまあ、いるけど」


 素直に話す。

 昨日から一緒に住み始めた仲だ。

 個人情報を少しくらいなら、教えても問題はないだろうと思った。


「え? そ、そうんですか?」

「ああ」

「……」


 あれ? どうしたんだろ?

 リビングの空気感が一瞬変わった。

 義妹のオーラ的なものが暗く淀んできたような気がしたのだ。


 な、なんだ?

 隼人はわけがわからず、現状に戸惑う。

 そして、俯きがちな義妹――那遊を見やった。


「そうなんですね。お兄ちゃん……好きな人って、いるんですね」


 口調もさっきと違う。

 おとなしく、淡々とした話し方ではない。

 何か、睨まれているような、そんな気さえも感じる。


「お兄ちゃんは酷い……」

「え? なんて?」


 小さく聞こえづらかった。

 でも、那遊のイメージとはかけ離れたセリフだったと思う。


「あのことを忘れたんですか?」

「忘れたって? えっと、どういう」

「わからないんですね」


 那遊は小学生とは思えないような、重量感のあるセリフは吐く。


「そもそも、那遊ちゃんと出会ったの。昨日が初めてじゃないの?」

「……本当にわからないんですね」

「ご、ごめん……」


 なんだ、これ?

 小学生に頭を下げる高校生とか、現実にいるのか?

 隼人は困惑してしまった。


「ねえ、そんなに私のこと忘れて、好きな人がいるとか、最低なお兄ちゃんですね」

「な、なんだよ」


 隼人は、那遊の言動に、若干引いてしまう。


「そんなお兄ちゃんに、私。しつけてあげますから。色々な意味で、ね♡」


 ど、どうなってんだ⁉

 隼人は、どうすればいいのかわからない。


 おとなしい感じの女の子からの急激な豹変。

 この子は、本当に先ほどまでの那遊なのか?


 昨日は、いきなり再婚相手がやってくるし。今日は、おとなしい義妹が、Sっ気の強い子になるし。

 一体、どうなってんだよ。


 隼人は、現状を理解するまで時間を要するのだった。

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