王立ハーマス魔法学校編
第1話・後編:山本伍郎
...ここは。どこだ。
...いや、そんなこと、言われなくてもわかっている。
俺は、十年以上暮らした保護施設を出て、飲食店のバイトをするため、面接に向かう最中だった。
...親の顔も知らず、ただ言われるままに生きてきた。施設の職員の言うことを聞き、先輩の言うことを聞き、先生の言うことを聞き。とにかく人の言う通りにした。
そうしたら、面倒なやつは寄って来なくなった。大人たちからの評判も上々だ。
言う通りにしていれば、間違いない。だって、それで間違えたところで悪いのは俺じゃなくて俺に指示したやつなんだから。
今回の仕事先を決める時だって、俺は最初は大学進学を目指していたが、色々な理由で、突如進路を変えざるを得なくなったが、言われた通り就職することにした。
...所詮人生なんてこんなもの。
そうして割り切らざるを得ない子たちを、保護施設で何人見てきたことか。
親に捨てられた子もいれば、両親を早くに亡くしてしまった子もいる。だが、そんな彼らの事情など、世の中は聞いてもくれない。ただただ決められたレールの上を走らされる人生が、彼らを待っているのだ。
努力の末に県下一の進学校に入学し、さまざまな大学を目指す同級生たちを見て、期待に胸を弾ませ、勉学に打ち込んだ。
しかし蓋を開けてみれば、そんなものは儚い夢であった。
国から最低限の予算しか割かれずギリギリの経営をしている保護施設は、当然俺を大学に行かせるなど不可能。奨学金も考えたが、何と俺には戸籍がないんだってさ。はい、おしまい。
正社員としての就職という道すら絶たれ、こうしてバイトに向かうのだ。
...所詮、人生なんてこんなものだ。
だが。その瞬間は、それはもう突然にやってきた。
交差点で信号待ちをしていたとき、突然目の前が真っ白になり、脳内に声が響いた。
『見えない世界を信じるか。』
そして気がついて目を開けたら、この有様だ。
さっきまで、寂れた商店街の一角の駅前通りであった風景は、色とりどりの屋根に彩られた木造の街並みに変わり、つまらなげに道を行き交うスーツ姿の人々は、活気あふれる声に満ちた、さながら中世ヨーロッパの町人たちになっていた。
「...夢じゃ、ないよな。」
俺は自分のほっぺたをつねってみた。何というテンプレ作業。
...だが、果たして痛かった。普通に痛い。
俺は、通常行き着くはずのない結論に、なぜかいとも簡単に行き着いた。
...つまりこれは...。
「『異世界転移』...!?」
まさか。こんなことが。
今までそういった小説やマンガはよく読んでいたが、まさか自分がその当事者になるとは。
...というか、そんなものが存在するとは...。
...夢物語だと、思い知らされたばかりだというのに。
が、ここで一つ、自分の姿を見て、おかしなことに気がついた。
「...何だ、この服...。」
俺はさっきまでワイシャツに黒ズボン姿だったはずなのだが、どうしたことか、軍服をおしゃれにしたような黒っぽい制服に、裁判官のような黒いマントをゆったりと纏っていた。
おかしいな。俺の知ってる異世界転移ってのは大体、着ている服はそのままで異世界に飛ばされると聞いたんだが。
実際、有名な異世界転生モノでも、主人公はジャージ姿で異世界に飛ばされたし。
「こっち」の世界の人間に憑依してしまうケースもあるらしいが、それにしてはその体は、ひょろ長い体型から、割と綺麗な手指の爪に至るまで、飽きるほど見てきたものだった。実際、近くの窓に映ったその顔は、毎日鏡で見ていたものと、寸分違わないものだ。
「おーい、ミランガ、どうしたんだー!?」
その声にはっとして前方を見やると、こちらへ駆けてくる二人の若者の姿が目に映った。二人とも、俺が着ているのと同じ制服を着ている。
「どうしたんだよ、いきなりボーッとしちゃってさ。」
俺の肩をポンポン叩きながら陽気に話しかけてくるのは、背の高い茶髪のイケメン。
その隣で怪訝な目で俺を見ているのは、ツンツンした金髪に鋭い目の男だ。
「...誰、ですか...?」
俺が聞くと、彼らはまるで画面のごとく一時停止し、しばらく顔を見合わせた後、茶髪の方が困惑しながら尋ねてきた。
「...おいおいミランガ、変な冗談はよしなって。そいつはシャレにならんぞ?」
『ミランガ』?そういえばさっきも、そんな名前を呼びながらこっちに向かってきてたな。
「『ミランガ』、って、俺のことですか...?俺、一応、山本伍郎って言うんですけど...」
そう尋ねると、二人は顔色を変え、金髪の方が俺の手首を引っ掴んで歩き出した。茶髪の方も慌ててそれに続く。
「来い。話は後だ。いいか、絶対喋るな。黙ってついて来い。」
「へ。」
有無を言わせぬ面持ちで、金髪は俺を引っ張って足早に歩いていく。後ろに続く茶髪も、どこか尋常でない緊張を伴った表情だ。
俺と同じ制服を着ているあたり、人攫いの類ではなさそうだ。ついていっても問題はないと思う。
...それにしても、奇妙なこともあったもんだ。
金髪に手を引かれて連行される間、俺は周囲を眺めながら、少しワクワクした気持ちで歩いていた。
なにせ、外国に行くどころか本州から出たことすらなかったような人間だ。「日常と違う」場所への憧れは強かった。ましてや、誰も行ったことのない世界なんてなおさらだ。
硬いブーツの底が石畳を踏むカツカツという音も、町中の至る所にある物売りの露店の威勢のいい客呼びの声も、見聞きするもの全てが、なんとも言えないワクワク感を喚起する。さっきからずっと真剣な顔の二名には申し訳ないのだが。
しばらく歩くと、これまたすごいのが見えてきた。
先程の大通りを抜けた先は、平原に引かれた一本道になっていて、その道は、さながらシンデレラ城の様相を呈する巨大な建造物を中心とした、円状の外壁に囲まれた都市へと繋がっている。
高い石造の外壁で囲まれた、さながら城塞のような外見に最初は面食らったものの、門番などは置かれておらず、門のそばに小さな小屋があり、中の役人が出入りする者を監視していたくらいだった。
住宅や小規模な店が密集した大通りや、見ているだけで圧倒されるような屋敷や大商店の集中する地区を抜け、その街のほぼ中心に位置する、あたかも宮殿のような巨大な洋館に入っていった。
素晴らしい花々と並木に飾られた庭園を、俺たちと同じ黒いマントを纏った若者たちが闊歩している。どうやら学校のようなものらしい。
金髪は俺から手を離し、古代ギリシャの神殿のような巨大な正門を抜けると、これまた優美な噴水を中心に据えた中庭をぐるっと囲む回廊型の構内に入る。
暗く、人気のない一角にある部屋の前に着き、金髪に促されてそこに入る。
ドアの開け閉めで軋むほどに古いその部屋には、小さな窓と向かい合った長椅子、その間に小さな机があるばかりだった。
怒涛の如く流れ込んでくる新規情報の量にアタマが爆発しそうだった俺は、椅子に座ると思わずため息をついた。
今でも、真新しい景色の数々が、脳内で音がするほど激しく渦巻いている。
二人は、周囲に誰もいなことを確認して扉を閉め、俺に向かいあって座った。
そして金髪が、元々鋭い眼光をさらに鋭くして俺を見つめ、重々しく口を開いた。
「...それじゃあ、聞かせてもらおうか、ミランガ...、いや、...お前は、誰だ?」
この世界に来て、初めてのまともな会話。この会話が俺の運命を決定するであろうということは、なんとなく想像がついた。
俺は、深呼吸をして、ゆっくり話し出した。
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