第1話・前編:配送ミス










面倒そうな表情を浮かべ、青年は切り出す。


「んで、俺を呼び出した理由ってのは...。」


「ああ。お前もよく知っとる、例のあの世界を救ってほしい。」


彼の前には、赤地に金の装飾のある長衣を纏った、髭の短い中年の男。

頭にかぶった五角形の金の冠を見れば、まあ正体はわかるだろう。そう、言わずと知れた煉獄の王、『閻魔大王』その人である。


彼は今、何度目だかわからない呼び出しを食らい、閻魔の宮殿まで来ている。


閻魔大王は、机の上にどかどかと紙の束を置いていった。あっという間に、紙のタワーが長机の両サイドを埋め尽くす。


「これを見よ。あの世界に遣わした者どもからの報告書じゃ。」


「へえ。これまたたくさん。」


閻魔大王は、一番上の何枚かを取って見て、ため息混じりに言った。


「どれもこれも、同じような内容じゃ。皆口を揃えて、『世界が滅ぶ』と言っておる。」


「世界が滅ぶ、ですか。そういう案件になると必ず俺呼ぶんですね。」


「仕方ないじゃろう。わしが担当しとる者どもの中でお主が一番実績があるんじゃから。」


「へえ。そんで、俺は何をすればいいんで?」


すると、閻魔大王は突然顔を険しくして言った。


「あの世界の管理を、お主に任せたい!!!」


「は。」


「あちらにいる例の者どもに負けぬよう、ふさわしい能力も与えよう!!!」


「ちょっとまったああああああ!!!!」


彼は、唐突すぎる単語の連発に、いよいよ耐えかねてツッコんだ。


「え?つまり閻魔大王さん、あんたは俺に何をさせたいんだ?」


「それは...。」







そこからの閻魔大王の話を要約すると、このようものだった。


現在、『異世界』と呼ばれるパラレルワールドに、以上なほどの強さをもった者たち、いわゆる『チート』がウジャウジャ出現しており、国家間のバランスが変わったり、歴史の流れが改変されたりと、それはもうシッチャカメッチャカなことになっているという。

このままでは、極度に肥大化した世界を支えきれなくなり、世界全体が崩壊するとのことだ。


故に、彼の担当範囲内で唯一これを押さえ込めそうなその青年に、何とかしてくれとすがったというわけだ。

まあ、具体的には、過剰な能力の保持者に能力の破棄を促し、世界に害をなすようなチートは殺っちまえ、と。


だが...。



「さっきも言ってたが、どんな能力をくれるってんだ。アイツら全員と渡り合える能力なんざ、そうそうねえだろ。」


閻魔大王は、顎髭をいじくりながら眉間に皺を寄せる。

彼らの懸念事項、それは言うまでもなく「チート」の存在である。素直に話に応じる者ばかりとは限らないし、何より、チートあるところに強敵あり。並大抵の強者では、彼らとは渡り合えない。


「そこなんじゃよ。さまざまな『モノ』の力を使う類の能力は、すでに彼らに使われ尽くしておってな。同じような能力を与えたところで、彼らの劣化版になるのがオチじゃ。」


「かと言って、単純な物量勝負に持ち込むのも、これまた悪手だしな。」


青年もまた考え込んでしまった。全てのチートに通用する能力、そんなモノあるんだろうか、と。



「「うううーむ。」」


しかめっ面の男が向き合う、むさ苦しい光景。







「あ、そうだ。」


青年は唐突に、ある考えに行き着いた。

そして、閻魔大王に提案してみたところ...、


「よい、よいぞその考え!!!いやはや、何故それを思いつかなかったのだ。それなら、奴らにも勝てること間違いなしじゃな!!!」


と、やたら食い気味に反応した。


「なんかテンション上がってますけど、もしかして、アイツらと俺の勝負、見たくなってますよね?」


「...コホン。とにかく、その作戦ならば支障は出るまい。待ってろ、今その能力を与える。」


そう言うと、閻魔大王は机の引き出しから一冊の分厚い本を取り出し、俺の方に向けると、何も書いていなかった茶色い表紙に、金の文字で「ミランガ2」と浮かび上がった。


青年はそれを怪訝な目で見ながら、


「なんだそのポ○ゴンみたいなシステム。「ミランガ」って苗字のやつの二番目、ってことか?」


じゃあ、お隣の田中さんは「田中10000000」とかになるんかな、などと思いつつ、青年は閻魔大王がその本に何か書き足すのを見ていた。

すると途端に、体の奥が熱くなるような感覚に襲われる。



書きながら閻魔大王は、


「向こうの言語も習得させておこう。ただし、向こうにはない言い回しやことわざは使えぬようになるから、注意することだな。」


と、ついでのような感じで付け加えた。

青年はハッとしたような目をしながら、目の前の男に少しく怒りを覚えた。


(...あぶねえな、このおっちゃん。能力云々より大事なとこだろ、それ。危うく、「ワターシ、イセカイノコトバワカリマセーン」になるとこだっただろうが。)


閻魔大王がペンを置くとその熱さも収まり、新品の靴を履いた時の如く、馴染んだはずの体が妙に新鮮に思われた。

そして、彼は俺に向かって威厳に満ちた声で呼びかけた。


「さあ、勇者ミランガよ。かの世界を救うため、旅立つのである!!!!!」


青年は、期待に胸を弾ませつつも、いつものように、戦いの前の常套句を言い放つ。


「なに、安心しな。絶対何とかしてみせる。」


閻魔大王が微笑んだのを最後に、彼の体は光に包まれ、はるか遠い世界へ、勇ましく消えーー









ーーなかった。





「...へ?」


「...ほ?」


青年の視界からは、見慣れたおっちゃんがなかなか消えない。それは向かい合った彼も同じだろう。


彼らは、互いにポカンと見つめ合う。



「...あの、閻魔大王様や。」


「...はい、何でしょう。」


「これはその、アレですかね。じゃあ異世界に行くために準備してこい、的な時間すか...?」


「...いや、いざ出発ー!的なやつじゃ。」


「...でも、俺ここにいますけど。」


「...じゃが、この本に対応した人間は、既にあちらの世界にいることになっとるぞ...?」


彼らは、ほぼ同時に一つの解を見出した。


「...つまり...、」


「...ああ...。」






「「送るやつ間違えたあああああ!!!」」

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