妖王建国記

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プロローグ

プロローグ:黎明




透き通るような秋晴れの下。


一人の青年が、山中の畑の真ん中で、切り株に腰掛けていた。

手にしていた鍬を近くの木に立てかけ、額の汗を拭いながら、コップに注いだ冷たい麦茶を一息に飲み干す。


畑仕事をしていたというのに、青年が纏っていたのは、学ランに黒いズボンという、学生のような格好。鍬が立てかけてある木には、真っ白なマントも掛かっている。


青年は周囲を見回して、ほうっと息をついた。


畑の隣を走る、舗装のひび割れた細い山道。そこにポツンと立つバス停は錆びつき、時刻表は色褪せて剥がれかけていた。


畑を囲う森からは、葉の落ちる微かな音や、春のそれとはまた違う、物寂しい小鳥のさえずりが聞こえてくる。

上空をまう鳶の声も重なり、静かな中に程よい賑わいをもたらしている。


青年は和やかな面持ちでそれらに耳を傾けながら、ヤカンを傾け、もう一杯茶をすする。





彼が腰を上げたその時、一羽の大きなカラスが彼の側にちょんと降り立ち、口に咥えた丸めた紙を差し出すように、彼にクチバシを突き出した。


「ん。また俺になんか用か?あのおっちゃん。」


紙を取り、それを広げた青年は、ため息を一つ。労うようにカラスの頭を撫で、ひょいと抱き上げて腕にとまらせ、目をつむって何やら呪文を唱え出した。


彼の体は、その場から忽然と消えた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



真っ白なワイシャツ、黒いズボンに身を固めた一人の少年が、無表情で門を出る。

その傍には、「前崎児童擁護所」と書かれた、古い看板が埋め込まれた石柱が立っている。


彼は、黒い鞄を片手に、斜め下を向いたまま、駅への道のりをゆっくりと歩く。


道を行く人々の顔も、シャッターの並ぶ商店街も、全てがくすみ、疲れたように見えていた。


彼はもはや、何も求めていない。

何も要らないわけではない。ただ、求めたところで手に入らない運命。少年は既に、自分の未来を理解していた。


かつて好きだった、夢あふれる小説やアニメも、所詮は絵空事だと思い知らされた。

そんなものは、無為な日々に飽きた者たちの、中身のない空想だと。子供のヒーローごっこと何が違うのかと。

そう、言い聞かされた気がしたのだった。


いつしか駅前の交差点まで来た少年は、人々の群れに混じり、信号を待つ。


「...。」


彼は、目を閉じると、小さくため息をつく。

何もかもを諦めた、力無いため息を。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



彼らは、まだ知らない。


これが、とある世界の命運をすっかり変えてしまう、運命の交差点の、一歩手前であったということを。




そして黎明の時は突然に、音もなく訪れる。



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