第3話:現状



...なんてことだ。


異世界に来て、普通なら(という言い方もおかしな気もするが)、真っ先に自分の能力を把握できる流れになるのに。

わかっているのは、ただただ俺の能力が色んな意味で厄介なものだということだけ。

俺たち三人は、しばらくの間机に肘をついて考え込んでいた。


だが、いつまでもこうして碇ゲ○ドウになっているわけにもいかないので、能力が判明するまでの間に、ここ世界のことや俺の現状を、できるだけ把握しておこうと思い立った。










「...と、概ねこんな感じだが、いかがだろうか。」


「ありがとうございます。助かりました。」


説明してくれたアリュにお礼を言って、一応現状が把握できたことに安堵する。

アリュが話してくれたのは、このような話だった。



俺の名前は『ミランガ・カーズ』というらしい。ここ『マリユス国』イチの高スペック教育機関、『王立ハーマス魔法学校』のニ年生で、この秋休みが終わったら三年生になるのだという。魔法や座学はそこそこ得意な方らしいが、剣や格闘はからっきしなんだとか。それなら、元の世界での俺の状態とほぼ同じだな。...魔法以外は。


正直自分が魔法だのスキルだのを使えるなんて実感はないが、幸い今は秋休みが始まったばかりらしいので、授業が始まるまでに慣れればいいとのこと。


そんでもってこの二人についてはこんな感じ。

フェルノーは俺のルームメイト。ここハーマスは全寮制で、俺は、学年トップクラスの成績を収めているフェルノーと相部屋なんだそうだ。


(ちなみに俺は中の上くらいの成績らしい。)


で、アリュも成績は学年トップクラスだが、彼は三年生で、俺たちの一つ先輩なんだそう。

...ということは、おいフェルノー、お前先輩にタメ口で喋ってたってことか。


そして、説明を一通り終えたアリュは、誇らしげに言った。


「そして!この僕はハーマスの生徒のトップ、『生徒会長』の最有力候補なのさ!!」


「へえ。」


なるほど。これだけ成績もよくて人柄もいいんだから、そりゃ適任という以外ないだろう。


...だが、彼がその次に放った言葉は...。



「そしてキミは、僕の助手、『生徒会副会長』の最有力候補なんだよ!!!」





...え?


しばらくポカンとしていた俺だったが、まあ、事態の把握はすぐにできた。要は...。


「それはつまり、この体の持ち主のミランガってやつは、生徒会選挙に副会長候補として立候補したと...?」


「そういうことさ。」


ルンルンで答えるアリュを見て、呆れた顔で目を逸らすフェルノー。どうやらこの件は、この茶髪の仕業らしい。


「...立候補の取りやめは...」


「できるわけないじゃん。だって休み明け直ぐに候補者演説あるんだよ?」


彼は相変わらず、ニッコニコしながら俺の肩に腕を回してくる。


...終わった。


成績は優秀な方だったから、事あるごとに何かの代表を頼まれては引き受けていたが、流石に生徒会なんてやったことない。

しかも、俺は現在この学校のことなんて1ミリも知らないし、ここで過ごしたこともない。そんな奴が演説などやったところで、笑いものにされて終了だ。

...いや、そこで終了するならまだマシだ。絶対ずっとイジられる...。


頭を抱える俺に、茶髪はさらに楽しそうに追い討ちをかける。


「あ、そうだ。キミの他に候補者がもう一人いてね、ナンタレフって言うんだけどさ、キミの学年の学力トップだよ。コテンパンに言われるだろうけど、ま、頑張ってね!」


うん。決めた。こいつ後でぶん殴る。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


...その日の夜、食堂で夕食を食べ終えると、俺はフェルノーに呼ばれて食堂の裏庭に出た。




「...それで、どうしたんですか。急に呼び出したりして。」


夜の裏庭は人の気配もなく、虫の声も聞こえなくなる晩秋なので、しんと静まりかえっていた。そのため声も自然と小さくなる。

フェルノーは、相変わらず鋭い視線を向けながら言う。


「ミランガ。これっきり言わないつもりだが、最後にもう一度聞こう。お前は、本当にミランガじゃないんだな...?」


「...はい。元の世界での名前は、山本伍郎といいます。」


「本当だな?嘘なら実刑はほぼ確実だぞ。」


「実刑、ですか!?」


突然飛び出した物騒な単語に、思わず声が大きくなってしまったが、それほど驚きはしなかった。俺の肝がすわっていたからではなく、怒涛の如きビッグイベントのラッシュに、驚く気力すら奪われていたというのが正直な理由だった。


俺はフェルノーの鋭い視線を押し返すように、真剣に答えた。


「はい。本当です。」


フェルノーはそれを聞くと、安堵したようにホッと息を吐き、目を閉じた。


「...そうか。ならよかった。...そうか。」


最後に少し悲しそうな顔でぼそっと呟くと、彼は俺を置いて行ってしまった。


...そうか。多分フェルノーは、このミランガって奴の友達だったのだろう。

彼からしてみれば、仲のいい友達が、いきなり自分の知らない人になってしまったようなものだ。


俺は、申し訳ない気持ちになって、足早にそこを後にした。







部屋に戻ったが、そこにフェルノーはいなかった。

「ミランガ」と書かれた木の札のかかった椅子に座り、誰もいない部屋をぐるっと見渡す。


高級そうな、おしゃれな木製の家具調度が揃えられている。相当格式の高い学校なんだろう。


不安、という一言だけではあまりに不足な孤独感。それでもまだ、向こうの世界にあまり未練がないだけまだマシだ。実際心のどこかに、あの世界から逃れられたと安堵する自分がいる。


最初こそ、異世界転移なんていうとんでもない事態にワクワクしたものの、アニメでやっているような都合のいいことは何一つ起きてくれない。強いて言うならフェルノーとアリュという比較的しっかりした友人をもっていたという幸いはあったが、それでも、何のためにこの世界に連れてこられたのかは未だ分からず、『招かれ者狩り』という脅威もある。

俺は机に突っ伏して、こう決意した。


「異世界人だってことは、隠し通そう。」


それだけ決めると、疲れと眠気が一気に押し寄せてきて、俺はコートだけ脱いで椅子にかけると、そのままベッドに入って寝てしまった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



...そして俺は、現在この世界で三度目の朝を迎えたところである。

ちょうど修学旅行の宿に泊まった時のような違和感はあるものの、この世界での起床にも段々驚かなくなっていた。


身だしなみを整え、食堂で軽く朝食を食べたらすぐに中庭に向かう。この時期人のほとんどいない中庭に、フェルノーとアリュが待っていた。

俺の姿を確認するなり、アリュが言う。


「よし、早速始めようか!」


「はい!お願いします!!」


背筋をピシッと伸ばして答える。

何を始めるかって?そりゃもう、秋休み終了までの一ヶ月と少しの間に、この世界の「すべて」を叩き込まれるのだ。

アリュとフェルノーは徐に分厚い本を取り出すと、ページをめくり始めた。






この世界に来た次の日から、二人による猛特訓が始まった。

なにせ、この状況を周囲か見たら「ミランガ」が突然記憶喪失になったような認識をされることは間違いなく、そうなれば俺が『招かれ者』であることもバレかねない。

そうならないために、新学期の開始までに、この「ミランガ」という人間を「演じる」ための全てを、残り一ヶ月で叩き込もうというのである。


なんという無謀だろうかと最初は思ったが、そうしなければ命の危険さえあるのだから致し方ない。俺は全力で、二人から聞いた情報を吸収していった。それはもう、文字通り命がけで。


初日の講義は、この世界の基礎知識。

大陸の場所やら国の位置、その関係性、さらにマリユス国内の地理や常識、法律などの決まり事。これは、向こうの世界のものに当てはめて覚えれば難なく頭に入りそうだ。


二日目は、ここハーマス魔法学校で習う魔法や魔術の知識。

これは正直、聞いたこともない単語の羅列でしかない。とりあえず、魔法の名称くらいはいくつか覚えておくか...。





そして、今日行うのが、魔法の実技演習。


試しに何かひとつやってみろと言われたので、昨日の講義の中で唯一覚えている最も初級の魔法である、『ヴォル』という火の魔法を使ってみることにした。


「それじゃあ、あの的に向かって撃ってみろ。体の中にモヤモヤ溜まった魔力を、炎をイメージしながら、手のひらから一気に吐き出す感じだ。」


フェルノーの説明はわかりやすかった。なるほど、魔力を吐き出す...


目を閉じて深呼吸をすると、魔力が手のひらに集まるのが、微かに感じられる。どうやら、かなりの集中力が要るようだ。

そして炎をイメージする。すると手のひらにぼんやりと、熱と光が感じられる。


これが魔法...!

俺は早る気持ちを抑えながら、目を開けて、数メートル先の的をしっかりと見定めながら唱えた。


「ヴォル。」


その時だった。

ポッ、と手のひらから小さな火の粉が飛び出したかと思うと、ふわっと舞い上がって消えた。



「...え。」


それを見て、唖然とするアリュ。

フェルノーの方も見てみると、唖然を通り越して完全に絶句している状態だった。


何が起きたか全く理解できていない俺は、恐る恐る二人に尋ねる。


「今の、どう、だった...?」


そして二人は、死んだ目でこう言った。


「「終わりだ...。」」






どうやら俺の初めての魔法は、相当なポンコツだったらしい。俺の絶望がいかほどだったか、察してくれると助かる。

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