間話①:補習




「...と、これらの魔法を組み合わせることで成立する高等術式、それが、魔術なのです。」


丸メガネをかけた細目のおじさん教師は、教壇の上をウロウロしながら、黒板に書かれた字を指し示す。

隣に座るフェルノーが、声を潜めて尋ねる。


「ミランガ、読めるか?」


「...まあ、なんとか。」


例の翻訳機能のおかげか、どういった単語が書いてあるのかはわかる。しかし、内容に関しては全くわからない。ただの専門用語の羅列だ。


俺とフェルノーは、秋休み最初の一週間に行われる特別講習に参加している。

成績があまり芳しくない者が強制的に入れられるやつだが、俺は魔法に関する知識を新学期開始までに覚えきれなそうなので、フェルノーを助っ人に、この講習で必死に覚えようとしているわけだ。が...


「魔術の構成は、三段階の魔力調節によって行われます。これは習ったでしょうが、基礎構築、合成、発動です。発動には一定の時間がかかりますから、魔術の性能の良し悪しは、それ以前の二段階の実行速度に左右されるのです。」


やはり、全く分からん。

とりあえず、聞いたことは全てメモをする。こんなことを一週間近く続けたら、メモ能力が新聞記者並になってしまうんじゃなかろうか。


俺はとりあえずメモを終えると、再び授業を必死に聞く。ミランガって奴はそこそこ良い成績だったらしいから、休み明け一発目でいきなり成績が下がったら、俺が招かれ者であるとバレる確率が上がる。それは何としても避けたいところだ。




「それでは、今日の授業はここまでです。」


正午を告げる鐘が鳴り、生徒たちは次々と講堂を出て行く。

俺とフェルノーも足速にそこを出て、外で待っていたアリュを誘って、学食に昼飯を食べに行った。




豆の煮物を食べながら、アリュが楽しそうに聞いてきた。


「どうだい?魔法の授業の方は。」


「...さっぱりです。今日もメモしてきたので、暇があったら教えてもらえますか?」


「ああ、いいとも!それじゃ、食べ終わったら魔法練習場に行こうか。」


「ありがとうございます!」


俺は勢いそのままスープをかきこみ、むせてしまった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「それじゃあ、始めようか。」


「はい!お願いします!」


アリュはニコニコした笑顔で、実演を交えた講義を始めた。

俺の魔法のポンコツぶりが発覚したところに、面倒見のいい先輩がいてくれてよかった...。


...と、思っていた俺はバカだった。


俺は忘れていたのだ。こいつの本性を。

というかこいつがニコニコしている時点で、それに気づくべきだったのだ...。


「魔力を練って、体の中に渦巻く気合を、一気に吐き出すんだ!そうじゃない、こう!こうだって!!見てろ!?【ヴォル】っっ!!!」


まっすぐ突き出したアリュの手のひらから、炎というよりプラズマに近い白い光が射出され、練習場の反対側の壁にかかっていた的が、木っ端微塵の燃えかすになる。

グォオオン、という鈍い爆発音が、少し遅れて練習場内にこだまする。

いやいや、レベル違うよ、これ。


「さあ、ミランガくんも!!」


「は、はい...!【ヴォル】!!!」


対して、俺の手のひらからは薄い火の玉が出たと思うと、ふわっと上に舞い上がって消える。


「あれ...?」


「あれ、じゃない!さあ、次だ次!!もっと遠くに飛ばすイメージだ!」


「はいぃ....!!」


アリュの指導は、ゴリッゴリの精神論、かつスパルタ方式。

考えるな、感じろ!とにかく撃って感覚を掴め!を、選挙カーのように連呼していた。


「【ヴォル】!」


「違う!もっと魔力を練れ!!収束率があまい!!範囲攻撃にすらならんぞ!」


「【ヴォル】!!!!」


「気合が足りない!出力を上げろっ!!!」


「【ヴォル】っ!!!!!」


「誰がそんなホタルみたいな火の玉を出せと言った!もう一回っっ!!!」


「ひあああ....!」


地獄のような大量のメモに追われる補修をこなした後に、これが毎日待っていた。

さらに、アリュの特訓は、その範囲をどんどん拡大していった。


「それじゃあミランガくん、後でヴォル百発ほど練習しておくように。じゃあ次は、風属性の【スターム】いくぞ!!!」


「ちょ、ちょっとタンマ...」


「ほら早くしろ!!まずは...」


...俺、招かれ者狩りに見つかる前に死んじゃうんじゃないかな...?




だが、毎日毎日、死ぬ寸前の疲労に耐えながら練習をし続けた結果、俺の魔法は着実に上達していったらしい。


およそ一ヶ月後。秋休みの終わりが目前に迫った、ある日。


「じゃあ、今日も練習といこうか。」


「は...、はい...。」


「疲れてるようだな。だが帰るとは言わせないぞ!まずヴォルからだ!さあ、やってみろ!」


俺は、フラフラしながら魔力を練り始める。


すると、疲労で体がおかしくなったのだろうか、ガスだか液体だか分からないモヤモヤしたものが、荒れ狂いながら全身を駆け巡っているような感覚に襲われる。


いつも通り魔力を練ろうとすると、そのモヤモヤがいくらか落ち着き、無秩序な濁流のようだった流れが、静かな大河のような、秩序立ったものになっていく。


...何だ、これ...。


俺はわけも分からないままに、目を閉じて魔力を練り続けた。

体内のモヤモヤを出来るだけ静めようと魔力を練っていると、いきなり腕を掴まれた。


「ちょっと、おい、ミランガくん!?何すりつもりだ!?」


アリュの必死な声が聞こえて目を開けると、そこに広がっていた光景に、にわかに心臓が止まりそうになった。


俺の前には、バランスボール大の火の玉が、真っ赤に燃えさかっていた。

突然、凄まじい熱気が体の前面を直撃する。


「なっ、あっつっ!?!?」


「そんなにでっかくしなくても、十分できてるから...!!」


「え、で、でもコレどうすれば...!?」


「そんなの、撃つしかないだろ!!早く、早くそれを撃ち出すんだ!!ヤケドするぞ!!」


顔と手のひらがジリジリ熱い、というかどんどん熱くなる。確かに、このままだと火傷してしまう...!でも、撃つってどうやって...!?


...待てよ?風属性魔法のスタームって、モノを動かす魔法だったよな?だったらこの火の玉だって...!


【スターム】!!!


先程の、体の中の大河を再び感じ、魔力を練って思い切り火の玉に向けて放つ。


ボウッ、という低い音を伴って、火の玉は凄まじい速さで前方へ撃ち出され、的はあっという間に炭化、それどころか、燃えかすもあまり残っていない。


「...やった。」


何が起きたかは分からないが、とにかく、初めてまともに魔法を使うことができたらしい。

安心感とともに凄まじい疲労が全身を包み、俺はその場にドサッと座って動けなくなった。


「...ど、どうですか、アリュさん...。」


「...良い。」


「へ?」


「良い、素晴らしいよミランガくん!!いやあ、よくぞここまで成長したもんだ!僕も教えた甲斐があったなァ!」


アリュは嬉しそうに笑いながら、俺の両手を握って上下にブンブン振った。

よかった、どうにか合格ラインにたどり着い...


「じゃあ、魔法も使えるようになったし、これから本格指導といくよ!覚悟しなよ?これからは頭の使わなくちゃいけないんだからな?」


「...ふぁ?」


「そらそら、座ってないで、一通り魔法の出来を確認したら、次は『魔術』の練習だ!さあ、楽しくなってきたぞ!」


「い、い、」


「ん?」


「いーやーだあああーー!!!!」


俺の必死の抵抗も虚しく、元気ハツラツ、ニッコニコ顔のアリュに両手を拘束され、魔術実験棟へと連行されたのであった。


俺のその後は...、まあ、言うまでもなかろう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「...また随分と、しごかれたようだな。」


夜、食事を終えて戻ってきた後。

部屋の机に突っ伏す俺に、フェルノーが水を持ってくる。


「...すまん、助かる...。」


「それで、今日は何か、変化があったらしいな。」


「何で分かった?...つっても、だいたい予測はつくけどな...。」


「ああ。アリュの奴が、ニッコニコした顔で歩いてやがったからな。何か進歩があったんだろうと思ってな。」


「ああ...。やっと、魔法がマトモに使えるようになったんだが...。」


「そうしたらアイツのスイッチが入って、突っ走り始めたとか?」


「...その通りだよ。あの野郎、いきなり魔術の基礎から発展まで、ぶっ通しで説明してきたんだよ...。」


「それは災難だったな。...なあ、ミランガ。」


「ん?」


少しの間を挟んで、彼はポツリと、


「魔術に関しては俺が教えてやる。あいつに任せるとロクなことにならない気がするんでな。」


そう、俺の方は一切見ずに言った。


この上なく嬉しかったのは、言うまでもない。ただ、俺が感謝すると、


「フン。まあ、せいぜい足掻いてついてこい。あいつよりマトモな説明をすることは保証するが、キツいのには変わりないからな。」


と、目を逸らしたまま言う。

こいつ、典型的なツンデレらしい。もっとも、俺は男にツンデレられても嬉しくはないが。


こちらに来てから、しばらく俺を疑いの目で見ていたフェルノーに、ここまで親切にされるとは思ってもいなかったので、ホッとすると同時に、驚いてもいた。

他所者であるはずの俺が、こうも簡単に馴染むことができたということに。


フェルノーは、歯を磨くとすぐにベッドに入って寝てしまったが、短い共同生活の中で俺は知っていた。

こいつは、嬉しいことがあるといつも、寝たふりをして俺が寝るのを待ち、俺が寝た後でそれを日記に書くのだ。


...俺のことなのに、我がことのような喜びよう。彼はこの「ミランガ」と、よほど仲が良かったのだろう。


...だが、彼の人格は消えてしまった。まあ、「あちら」の世界には存在するのだろうが、それでも、もう会えないであろうことには変わりない。

なにせ二人の説明によれば、あちらの人間をこちらに召喚するのは魔術によるもので、送られる側に魔術で作った召喚魔法陣が必要なんだとか。

そのため魔術が存在しない「向こう側」では術式が成り立たず、故に、こちらの人間を向こうに送る魔術は存在しないからだ。


...となれば、俺が彼のためにできることはただ一つ。

出来るだけ彼の親切心に応え、そして、彼の友人でいることだ。


俺は手早く歯を磨くと、すぐにベッドに入って眠ってしまった。


彼が何を日記に書いたか、それは彼だけの秘密にしておいてやろう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



そして、フェルノーから魔法や魔術に関する知識を学ぶこと十数日、秋休みは明け、俺ははじめての通常授業に参加した、のだが...。


「ええ、それでは、この授業では、魔法の本質について学びます。いいですか、魔法とは...」


え?知ってるよ?体内の魔力を練り、様々な要素に変えて放つ行為、だよね。


すると、補習にもいたメガネの教師は、一字一句同じ文章を、黒板に書きながら述べた。


「では、ここで魔法について復習しましょう。魔法には火、水、土、風の四つの...」


『基本四属性』と、少し変わった『聖属性』が存在する。基本四属性は、魔法が使える者ならすべて使えるが、聖属性に関しては、魔法を使える者の中でも、これを使える者とそうでない者とがいる。


「熱を生む、火属性の【ヴォル】。炎を鎮める、水属性の【オズム】。静物に動きを与えたり、加速したりさせる、風属性の【スターム】。大地の力で物を破壊する、土属性の【ガドン】。

しかし、これらはあくまで要素であり、このまま魔法として用いるには不便です。そこで必要となってくるのが...」


四属性を組み合わせて行う複合魔法。その名を『魔術』と言う。


わかりやすく言えば、「基本四属性の魔法」という「部品」を組み上げて、目的に応じた複雑な「道具」である「魔術」を作る。それが、魔法というものの本質なのだ。


「...それでは、以上でこの授業を終わります。よく復習しておいてくださいね。」


...はい?


教師は、黒板に説明を書いたり例を交えたりして話していたため数十分もかかったが、わずか数分の説明に要約できてしまった。

しかも、全部フェルノーから既に教わった内容だったのだが...。

一体どういうことなのかフェルノーに聞こうとして彼の方を向くと、その答えは一発で分かった。


「フェルノー、それ何だ。」


「ん?四年生の教科書だが。三年の勉強なんぞ魔法学と魔術基礎学だけだからな。つまらんから四年生のをやってる。ま、それも簡単すぎて、あと少しで全部読み終わるんだけどな。」


「じゃあ、俺が休み前に参加してた講習は...」


「ああ、新四年生向けのやつだぞ。役に立ちそうな知識は出来るだけ早くに知っといた方が、お前も安心だろうと思ってな。」


「え。...じゃあ、こないだまでお前に習ってたやつも...」


「ああ、あれは三年の範囲全部と、四年の範囲の半分だ。これが読み終わったら、残り半分も教えてやるが?」


「...フェルノー。」


「ん?」


「頭おかしいのかお前ええ!!!!」


「なっ!?」


...そう。やけに難しいなと思っていたら、何のことはない、この一年で学ぶことを全部、二週間足らずで学ばされていたのであった。


進学校に通っていたため、一日十時間くらい勉強するのはよくあることだったのだが、今回はそれ以上に頑張った。

そしたら結果がこれだ。

知識を学ぶ授業が一日に三コマしかなくて、四則演算ができれば上等な世界で、一日十時間以上、それを二週間近く続ければ、そりゃこうなる。

もっとも、細かい知識はまだ覚えていないのだが、魔法や魔術のことについては、おそらくこの教室の中でフェルノーの次に多く知っている。


結局この男も、あの茶髪の同類だったということか。

俺は、二人が裏で手を組んで俺の四苦八苦する様を眺めている光景を思い浮かべ、それはもう、かなりカチンときたのだった。

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