#217 災厄からの逃れ方


 ――静かな空だった。


 西方の空を騒がす“銀の龍”からはまだ距離があり、パーヴェルツィーク王国とはたった今会議を終えたところ。

 さしたる危険もなく、騎士団のもとへと戻ろうとしているその途中。


 そんな盲点を突くように、彼方から漆黒の刃が飛来する。


「……何か!」


 エルネスティエルがそれを察知できたのは、ほとんど勘のようなものだった。

 空に満ちた強烈な戦意へと向けて銃装剣ソーデッドカノン型之弐モデル2を振るう。


 叩きつけられるような斬撃を、イカルガ・カギリは受け止めきった。


「止ぉめやがったァ……!」


 黒い騎士から漏れ聞こえる声に喜色が混じる。

 イカルガ・カギリがその膂力でもって押し返せば、黒い幻晶騎士シルエットナイトは空中で器用に身を捻ってみせた。


 全身に取り付けられた尋常ならざる数の剣――連剣の装。

 このような装備を使いこなせるものは西方広しといえどただ一人。

 剣の魔人“グスターボ・マルドネス”とその刃、“ブロークンソード・リーム”に相違ない。


「てめぇ、蒼いのォ! エルネスティだろう! なぁそうだろォ!! ヘヘヘェッ! いい~トコに居るじゃねぇか!!」

「これはこれは“狂剣”のグスターボさん! 意外なところでお会いするものですね!」


 直後、ブロークンソード・リームはマギジェットスラスタの炎を灯し再び斬撃の体制をとる。

 ザラマンディーネの操縦席でアーキッドキッドが驚きの声を上げた。


「こいつ!? スラスタまで積んでるのかよ!」

「改良してきたのですね、良いことです。とはいえ、簡単には離れてくれないということでもありますが」

「あんま連れねッこと言うっなよォ、エルネスティ! 今度は遠慮なんざいらねぇーんだかッよォ! 存分に! 戦いヤリ合おッじゃねっかァッ!!」


 スラスターが吼え、空で踏み込んだ黒の刃が迫る。

 出会ってしまった以上、これから逃れることは容易ではない。 

 何よりも、戦いへの執着という意味においてはエルネスティの熱意にも引けを取らないのだから。


「先客を待たせている身ですが……仕方がありませんね。剣に狂う趣味人ともよ、先にあなたのお相手をいたしましょう!」


 今度はイカルガ・カギリも前に出る。

 二振りの銃装剣型之弐を交差させ、ブロークンソード・リームの大剣を受け止めた。


 イカルガが身体を捻って投げ飛ばそうとすれば、寸前にブロークンソード・リームがイカルガを蹴り飛ばして飛びのいてゆく。

 そこに横合いから飛び掛かろうとしていたザラマンディーネの槍が空を切った。


「ハッハァーヒュアッ! 蒼いのに加えて半魚はんざかなまでついてくるたァ! こいつはたまんねぇなぁ、今宵はフルコースッ!! 食い放題じゃッねっかァ!!」

「では召し上がれ、法撃形態モード2です!」


 銃装剣型之弐が刀身を開き、内部の銀板が露出する。

 渦巻く轟炎の槍がブロークンソード・リームめがけて放たれ。

 迫りくる法弾めがけ、グスターボはすかさず短剣を投げつけた。


 短剣と法弾が激突し、爆炎が炸裂する。

 ブロークンソード・リームは爆風を浴び、さらにマギジェットスラスタの噴射を重ねることで少ない消費で大きく飛び退った。


「ううむ、幻晶騎士を駆りながらあの身のこなし。敵ながら天晴。さすがは西方にその名を轟かすだけはありますね」


 その足元に滑るこむように“カイリー”が飛び込んでくる。

 滑らかな機体からただひとつ出っ張った取っ手を掴み、ブロークンソード・リームが共に飛翔していった。

 いったん間合いを離しながら、グスターボは目を見開き口角泡を飛ばす。


「はははッ……強ぇ! やっぱてんめぇ強ぇッなぁ! ッヒァ、たまんねッぜぇ!」


 飛翔する狂剣たちを目で追いながら、ザラマンディーネがイカルガ・カギリの隣に並ぶ。


「あいつらも空飛ぶ機体を作ってたんだな」

「しかも、ふむ。狂剣さんだけでは不足する飛行能力を、飛翔に特化した騎体との連動によって補っていると。素晴らしい研鑽ですね! これは相手にとって不足なしですッ!」


 敵もまた最新鋭の技術を引っ提げてやってきたのだ。

 これを悦ばずして何とする。

 普くロボットの友たるエルネスティにとっては敵の成長ですら喜ばしいものなのだ。


「キッド、あなたには飛行型を任せます。狂剣さんは僕が」

「ああ、任された。足を潰せばアイツだって追ってこれねーだろ!」


 イカルガ・カギリとザラマンディーネが二手に分かれ、挟み込むように追ってくる。

 グスターボが目を細めた。


「ほぉう! ノってきたようじゃあねっか、そうこなくっちゃなぁッ!! おら、レーベッカ! あっちに突っ込め!」

「ンヒッ、ヒッ、ヒィッ……」


 グスターボに指示された、カイリーの操縦席の“レーベッカ・フンメル”は歯を食いしばっていた。

 見開いた目は既に焦点が定まっておらず、ぎょろぎょろと異様な挙動を見せる。


「見えっ……見えないっ……真っ赤、真っ赤だよ……どこ、どこに生けばいいの……ッ!?」


 レーベッカは臆病だった。

 この騒乱の時代において彼女は人生のほぼ全てを逃げることに費やし、ひたすらに感覚を研ぎ澄ましてきた。

 鍛えられたその“勘”が全力で金切り声を上げている。


 あの敵イカルガ・カギリは危険である、と。


 どこを見ても逃げ場などなく、どこに進もうと全てが死地。

 アレがあるだけで、この空から彼女の居場所は消し去られる。


「ンヒキッ……キィ……!」

「おいこらどうした、進めよ。今いーぃところなんだよ」

「ダメッ……ムリッ……あんなの、近づけるわけないでしょォッ!!」

「んあぁ? ッチッ、ってそりゃおめーにゃキツイいかぁ。んぁ~」


 グスターボが考え込む。

 レーベッカはその“危険回避能力”を買われてカイリーに乗っているのである。

 決して“戦力”ではない。

 あんな全方位全域危険物を相手にしろと命じれば、無理と返されるに決まっているではないか。


「じゃあいっぜ! 俺っちが斬り拓いてやっからよぉ、とりあえず近づけ。あとは何とかすっから!」

「いぃぃぃやぁぁぁ……」

「よぉし征くぜ、そらよォ!!」


 ドシンと機体を踏めば、カイリーがこの上なく嫌そうに前進を始めた。


「そいやそいやそいやぁッ!」


 狙いすましてグスターボが短剣を投擲する。

 それは豪快に空を飛び、空中で突如として向きを変えた。

 その柄元には銀線神経シルバーナーヴが結び付けられており、極低出力のマギジェットスラスタが仕込まれている。

 実質、執月之手ラーフフィストの劣化品だ。


 だがそれも狂剣が用いれば凶悪な武器と化す。

 時間差をつけて飛来した短剣を、イカルガ・カギリが弾き飛ばす。

 その注意が一瞬、逸れた。


「開い、ったぁッ!」


 瞬間、レーベッカは視た。

 死地が揺らぎ、ほんのわずかに隙間が開くのを。


 間髪入れずカイリーが蹴り飛ばされるように加速。

 ブロークンソード・リームを載せていてもその速度性能にはいささかの翳りもない。

 むしろグスターボがいることなんて忘れ去ったかのように、“安全”に飢えた獣と化した彼女は全力で“隙間”へと飛び込んでゆく。


「ッひょぉうっ!! やりゃあできっじゃねぇか!!」


 同時、その背を蹴ってブロークンソード・リームが宙に飛び出した。


「おらっしゃあッ!!」

「歓迎いたしますっ!」


 空中でイカルガ・カギリとブロークンソード・リームが切り結ぶ。

 その傍らを進み、キッドとザラマンディーネはブロークンソードと別れて飛び去るカイリーを追いかけようとして。


「うおぉっ!? あの鏃みてーな機体、飛翔騎士より速いって!? どうなってんだ!」


 ザラマンディーネがどれだけ頑張って加速しようとも差は開くばかり。

 何しろカイリーは戦闘能力も何も捨て去って飛翔に特化した騎体なのだ。

 対する飛翔騎士は重武装であり、どうしても速度性能において大きく劣る。


「狂剣とは別の意味で大変だぞコレー!」


 キッドが頑張ってカイリーの動きを追っている間、エルとグスターボの戦いは白熱してゆく。


「そぉらそぉらおらおらおらおらおらウラァッ!!」


 大剣と銃装剣型之弐が火花を散らして打ち合わされる。

 ブロークンソード・リームから繰り出される嵐のような斬撃をイカルガ・カギリが捌いていた。


「これはどうでしょう!」


 イカルガ・カギリの渾身の一撃を受け止め、しかしその膂力ゆえにブロークンソード・リームは大きく弾かれる。

 確かにブロークンソード・リームもマギジェットスラスタを搭載し飛行は可能である。

 しかしそれは短時間のこと。

 戦いながら飛び続けるにはやはり源素浮揚器エーテリックレビテータの恩恵が必要不可欠なのだ。


「おいおい! 離れろなんざ、そっけねぇことすんなよォ!」


 ブロークンソード・リームが素早くワイヤー付き短剣を投げつける。

 それは銃装剣に絡みつき、それ以上離されるのを防いだ。


「まだまだ一緒に踊ろッぜぇ!」

「なるほど、ではこちらで!」


 イカルガがサブアームを動かし、予備の銃装剣型之弐を構える。

 刀身が開き、ブロークンソードめがけて法撃を放った。


「んなろッ! あいっかわらず手数の多い奴だっぜ!」


 法弾が放たれる直前、短剣を回収したブロークンソード・リームが宙に投げ出される。

 予想をずらし、真横を掠めてゆく轟炎の槍を身を捻ってかわした。


「んん~。やぁっぱ空は息切れがはえーわ」


 魔力を消耗し落下してゆくブロークンソード・リームの足元目がけ、すかさず影が滑り込んでくる。

 カイリーの上に着地したブロークンソードが共に加速していった。


 やや遅れてザラマンディーネが戻ってくる。


「すまんエル、あいつ速すぎて捕まえられねぇ!」

「ええ。あの機体、飛翔騎士よりはるかに疾いですね。凄まじいまでの速度特化……よく鍛えられている、ますます素晴らしい!」

「いや褒めてる場合じゃないから」

「とはいえ、どうやら攻撃は狂剣さんが専門のようです。ということでこちらも連携攻撃で歓迎しましょうか」

「よしきた!」


 緩やかに旋回して再びこちらに向かってくる黒騎士たちを狙い、イカルガ・カギリとザラマンディーネが並んで進む。


「行きますよ。銃装剣法撃形態モード2! 続いて執月之手ラーフフィスト!」

魔導短槍ショートスピア、全槍投射!」


 燃え盛る轟炎の槍が空を貫き、その後を追って執月之手が飛翔する。

 それらの上に弧を描くように、多数の魔導短槍がばらまかれた。


 押し寄せる破滅の大津波を前に、グスターボの口元がいよいよ笑みを深めてゆく。


「オラ大歓迎が来んぜ! 気合いィ! 入れってけやぁぁぁッ!!」


 レーベッカは目玉よ飛び出せとばかりに見開き、空を睨みつけていた。

 口から獣のような声を迸らせ、しかし目くるめく死地へと飛び込んでゆく。


「(い)ンィィィアァァァッ!!」


 螺旋を描くような飛行で轟炎の槍とすれ違う。

 ブロークンソードが身を沈め、その装甲を焙りながら法弾は背後に抜けた。


「(き)ギィィィァッヒィン!」


 間髪入れず、斜め上方から降り注ぐ魔導短槍。

 わざと狙いを定めない、広範囲への攻撃だ。

 それでもレーベッカは“隙間”を見出し、飛び込む。


 さすがに背面のブロークンソードには槍が当たりかけたが、当人が大剣で切り防いでいた。


「(る)ッリゥィィィ……イギァッグッ!!」


 ふたつの地獄を潜り抜けた先、執月之手が彼らを待っていた。

 予想外の角度から法撃が放たれ、あるいは手そのものが彼らを掴み潰そうと迫りくる。


 限界を超える機動を要求されカイリーの翼がビリビリと震える。

 骨格が軋み機体からは悲鳴のような音が上がるが、それを気にするものはもはやいなかった。

 強引そのものの加速で掴みかかる執月之手をかいくぐり、残る法撃はやはりブロークンソードが斬り払う。


 そうして彼らは、何もない空へと抜けた。


「……ッあっ……」


 安全、平穏、死地ではない場所へ。

 生きた。死ななかった。

 開ききった瞳から涙をあふれさせながら、レーベッカは束の間の安堵に包まれ、そして――。


「うっそだろ! 掠りもしないのかよ!」

「お見事! 機体もさることながら、騎操士ナイトランナーの腕がすさまじいですね」


 必殺の攻撃をかいくぐってみせた敵の姿に、キッドが表情を引きつらせる。

 エルはむしろなおさらにはしゃいでいた。


「よっしゃあお次はこっちからだァ! 俺っちの剣が唸っぜぇ……って、んんぅ?」


 お待ちかねの反撃に出ようとして、グスターボはふと異変に気付いた。

 足元から伝わる感覚がおかしい。

 いつもならばカイリーを満たす生への執着のようなものが溢れ出て、それこそがレーベッカの力の源であったはずだが。

 今は火が消えたかのように何も伝わってこない。


「あっ……やべっ! あいつ、さては気を失いやがったなァ!?」


 限界であったのだ。

 レーベッカ・フンメルの優れているところは、回避能力の一点のみ。

 むしろ逃げることだけを極めたがゆえに精神的には脆いといってもよかった。


 エルとキッドによる連携攻撃というこの世で最高に危険な攻撃は、あっさりと彼女の許容量を超えてしまったのである。


「んぉぉぉ、仕方ねっな!! おいエルネスティ、ちょいと用事ができた! 戦いはいったんお預けだっぜ!!」


 グスターボがもってけとばかりにとっておきの大剣を投げつける。


 エルたちがそれを防いでいる間に、ブロークンソード・リームをカイリーに掴まらせ、全身を仰け反らせて強引に向きを変えた。

 騎操士が気を失ったところで源素浮揚器エーテリックレビテータさえ無事な限り機体は墜ちないし、推力ある限りどこまでも進み続ける。

 そうしてむりやり機首を翻すと、彼らはわき目もふらずに飛び去って行ったのであった。


 高速で去ってゆく機影をキッドの苦情が追いかける。


「ええ~。あいつら、暴れるだけ暴れて逃げやがったんだけど!」

「ううむ、あれを追うのはさすがのイカルガでも無理ですね」


 カイリーの性能は、飛行能力だけで言えばおよそ並ぶ者がいない。

 それが全力で逃げ去ったとなれば、追いかけるだけ無駄というものである。


「なんなんだよ、何しに来たんだよ……」

「狂剣さんはまだまだ元気なご様子でしたし。おそらくはあの飛行型、高性能ですが何らかの無理をしているといったところではないでしょうか」

「はぁ、こちとら狂剣が飛んでくるってだけも十分に嫌だっての」


 西方諸国はいつの間にこのような魔境と化したのであろうか。

 あんなものがふらふらと飛び回っているなどと、魔獣がうろついているより遥かに恐ろしい場所ではないか。


 げんなりとした様子のキッドとは裏腹に、エルはまだまだやる気に満ちて頷く。


「なかなか楽しい時間でしたが、先客をこれ以上待たせるのも礼儀を欠きます。ではキッド、本命に行きましょうか」

「おう……。相変わらず戦闘となると元気だな、エル」

「イカルガと共に戦い、向かう先に待っているのもイカルガですからね」


 二機は機体を翻し、魔獣との戦いへと向けて飛び去ったのだった。




「ふぅ~。なんとか戻ってこれたっぜ」


 それからしばし後のこと。

 グスターボたちは彼らの旗艦である飛空船レビテートシップ剣角の鞘ソードホーン”号まで帰り着いていた。


「いや~参ったっぜ。こいつ使えるかって思やぁ気ぃ失ってやがんの! 帰ってくるのにめっっっちゃ苦労したじゃねぇか!」

「気を失うほど隊長おかしらとやり合うなんてぇ、そんなに強い敵だったんですかい?」

「おう。俺っちの知る限り最高に美味ぇ獲物のひとつっさ」


 部下が返答に詰まる。

 グスターボが最上の獲物と表現する強さとは、だいたい比較対象が飛竜戦艦ヴィーヴィルあたりなのである。

 そんなものがふらふらと近くを飛んでいるというのか? 怖すぎる。

 これは気を引き締めないと、グスターボはともかくそれ以外はあっさり落とされてしまいかねない。


「警戒を厳としまさぁ」

「おう。それととりあえず、料理長に言付けだァ。レーベッカ起きたら特製の気付けでも飲ませてやれってな」

「寝起きにあんなもん飲んだら本当に死んじまいますよ……」


 部下がぼやきながらレーベッカを軽々と運んでゆく。


 グスターボは首をコキコキと鳴らした。

 気付けを飲めば悲鳴のひとつでも上がるだろうから、それまでは待ちである。

 今のうちに腹にものを入れて、英気を養っておくとしよう。


「しまったな。ついでに俺っちの飯も頼みゃあよかった」


 まぁいいや、面倒くさいし。

 ボリボリと頭を掻きながら船橋へと向かう。


「んん~。いいっぜ、ここぁ最高の戦場じゃねぇかよォ。はやく次の獲物に斬りこみてぇなぁ~ヒッヒ!!」


 ここには戦いがあり欲望があり、極上の獲物にも事欠かない。

 グスターボの求める全てが揃った、まさしく楽園なのであった。


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