#216 会議は宙を舞う


 パーヴェルツィーク王国第一王女、フリーデグント・アライダ・パーヴェルツィークはその日、天を仰いだ。


「…………そうか。エルネスティ・エチェバルリアが……来てしまったか」


 ガルニカ山地を越えてもたらされた報せ。

 銀鳳騎士団が布陣しているという事実と交渉役の来訪――しかもやってくるのはエルネスティ当人とくれば凶報このうえない。


 隣で一緒に報告を聞いていた天空騎士団ルフトリッターオルデン竜騎士長グスタフ・バルテルなど、顔色を赤に青にと目まぐるしく変えることに忙しい有様である。


「あ奴め……まさか堂々と西方まで出しゃばってこようとは!」

「それ自体は予想できたことだ。かの魔獣がイカルガの形を取り込んでいるならば、いずれ必ず彼らも絡んでくるだろうと。しかし想定より早い。しかも我らの目の前で、我らの狩りとぶつかるとはな」


 ひじ掛けに肘をつき、だらしなく頬を乗せながらフリーデグントは今日何度目かになるため息を漏らした。

 イグナーツの作戦は順調だった。

 うまく他国をおだてて戦力を出させつつ止めはしっかりとパーヴェルツィーク王国がいただく。

 そのためのお膳立ては完璧だったというのに。


 エルネスティが絡むと、何もかもが予測も対処も一気に困難となる。

 頭も抱えようというものだ、しかし。


「いやまだだ。諦めるにはまだ早い!」


 フリーデグントは気合を入れなおし、背筋を伸ばして敢然と立ち上がった。


「イグナーツに伝えよ。アレは私が可能な限り足止めする、その隙に魔獣へと当たれと! ただし銀鳳騎士団との接触は厳禁とする。絶対に奴らに余計な口実を与えるな。……ユストゥスはあるか!」

「はっ! 御前に」


 王女の声に応じ、左近衛隊リンケライエンフォルゲ近衛長ユストゥス・バルリングが進み出て跪いた。


「ただちに軍を率いてイグナーツの支援に入れ。天空騎士団の総力をもって、かの魔獣より成果をもぎ取ってこい!」

「ははぁっ! 主命承知いたしました!」


 ユストゥスは嬉々として身を翻すや、すぐさま部屋を辞していった。

 フリーデグントが残る一人へと振り返る。


「グスタフ、戦場は任せる。何かあればお前が対処するのだ」

「はっ! して、殿下はどのように」

「最強最大の障害を、足止めするとも。しかし私にもどれほど抑えられるかわからんぞ。時は少ないと心得よ、北風より疾く吹き抜けるのだ!」

「御意!」


 グスタフもすぐさま動き出す。

 これでいい、騎士団の戦いにおいてフリーデグントが為すべきことは残っていない。成功にせよ失敗にせよ、結果を待つだけだ。


「後は私次第か……。やれやれ、危険こそないがまったく難儀な戦いであるな……」


 かくして残る困難な課題を向き合うべく、フリーデグントは己の戦場へと踏み出したのである。




 フレメヴィーラ王国と銀鳳騎士団の紋章を掲げた飛空船レビテートシップがやってくる。

 待ち受けるのはパーヴェルツィーク王国と天空騎士団の紋章を掲げた船。

 両者は空中で横並びとなって、綱をかけあって互いを固定した。


 タラップをかけるとエルネスティエルたちが船内より現れ、軽やかな動きで相手の船へと渡る。

 上空に吹く強い風も彼らにとっては大した問題にもならない。


 船内へと案内されたエルたちは船倉に設えられた特別な卓で、顔見知りに出迎えられた。


「……待っていたぞ、エチェバルリア卿」

「これはこれは、フリーデグント王女殿下御自らに歓待していただけるとは。光栄の極みですね」

「卿の相手などという難事を余人には任せられんのでな」


 エルはにこやかな笑みと共に小首を傾げる。

 相変わらず、見た目だけは穏やかで可憐な少女のそれである。

 だからと油断してはならない。

 その中身は世界滅亡の危機にすら喜んで噛みつきにゆく、常軌を逸して危険な猛獣なのだから。


「(魔獣を相手にするのと、どちらが大変かわからんな……。しかしこちらの猛獣には“騎士”という鎖がつけられている。それだけが救いではある)」


 空飛ぶ大地での経験を踏まえてみれば、エルネスティ自身は“騎士”という称号と真摯に向き合っている。

 ゆえに選ぶ手段こそ常軌を逸して過激であるが、目的の部分で話し合う余地は十分にあった。


「(半端に話が通じるのが、また恐ろしいともいえるのだが……)」 


 心配なのが、想定もしない結論へと吹っ飛んでゆくことであるが。

 そうならないためにフリーデグントがここにいる。後は、全力を尽くすだけだ。


 エルの背後から他にも見知った顔が入ってくる。


「あ、えーっと。お久しぶりです」

「こんにちは! フリーデグントさん!」


 あんまりといえばあんまりな態度に、フリーデグントの護衛についてきたパーヴェルツィーク王国の兵士が色めき立つも、王女が小さく手を掲げて制止した。

 この程度で怒っていたらこいつらとは付き合えない。


「お前たちも息災のようでなによりだ。かの空飛ぶ大地以来か……。叶うならば二度と会うことがなければ、なお良かったのだがな」

「残念ながらそうでしょうね。僕たちが顔を合わせるのは問題が起こった時だけでしょうから」

「そうかな? 私は嬉しいけど」

「アディ、お前何にも考えてないだろ」


 そうしてアデルトルートアディはちょんとエルの後ろに控え、アーキッドキッドはエルの隣に座った。

 フリーデグントが目を細める。

 アディはいい、彼女は確かエルの補佐役ということであった。


 しかしキッドが隣に並んでいるのはどういうことなのか。

 エルは見た目こそアレだが、一国を代表して振舞うだけの肩書きを持っている。

 対するキッドは確か一介の騎士でしかなかったはずだ。


 王女の疑問を感じ取ったのだろう、エルが簡単な説明を挟んだ。


「アーキッドはもうすぐ、クシェペルカ王国女王であるエレオノーラ様の王配となられます。実質、彼の国への窓口とお考えいただきたい」

「それはそれは。承知した……が、またずいぶんと出世したものだ。騎士身分から王配とはな。彼の国も色々とゴタゴタがあったとはいえ、よくやる……」


 そこには驚きよりも呆れが多く含まれている。

 クシェペルカ王国と言えばジャロウデク王国を下したことで今や押しも押されぬ大国となった。

 その王配ともなればどれほどの権力を有していることか。

 それこそ下手をすればエルよりも上位に据え置かれてもおかしくない立場といえる。


 するとフリーデグントの呆れた視線を勘違いしたのか、アディが得意げに腕を組み説明し始めた。


「ちょっと違うよ。空飛ぶ大地に行く前からエレオノーラヘレナちゃんと好きあってたのに、キッドがずっと逃げ回ってたんだよね。それでよ~うやく! くっつくことになったってわけ!」

「んなにぃ!? ということは何か、貴様。まさかクシェペルカの女王に言い寄られながら、あのようにハルピュイアの娘どもを侍らせていた……ということか!?」

「ゑっ」


 なにかとんでもない方向から刺された気がする、もとい誤解されている気がする。

 その証拠にフリーデグントの視線が一気に温度を下げていた。

 上空の気温は低いというのに、キッドの背中にはぶわっと脂汗が浮き出てくる。


「そ、それはなにかこう、非常に激しい語弊を含んでいるような気がですね。そもそも侍らせていたなんて誤解もいいところで……」

「なるほど……貴殿にとってはその程度の扱いだったか。なるほど、なるほどな……」

「誤解がより深まっている気がする!?」

「何も誤解じゃないし、だいたいキッドが悪いと思うよ」

「厳しくないか!? つうかアディはどうして毎回敵に回り気味なんだよ!?」

「ははは。さてお互い旧交を温めあったところで、本題に入りましょうか」

「いやエル、そんな雑談みたいに流さないでくれな!?」


 昔話に花を咲かせるのもよいが、エルにはエルの目的があるからして。


「今回こうしてお時間をいただいたのは他でもありません。昨今西方を騒がす魔獣の討伐について、貴国のご協力をいただかんがため。具体的にはここ、ガルニカ山地での戦闘を許可していただきたい」

「……ふむ。話は聞いている。しかしいかに貴卿の頼みとはいえ、我が国の領土を軽々に貸し出すわけにはいかんな」

「そうですね。時に西方の空を泳ぐかの魔獣について、航路の邪魔とは思いませんか」

「ああ、同意するよ。故に我が天空騎士団が既に動き出している。じきに朗報を持ち帰ることであろう」

「なるほど。ふふふ……」

「そうとも。ははは……」


 エルのにこやかな笑みと、フリーデグントの涼やかな表情がぶつかり合う。

 互いに一歩も引かない気迫みなぎる姿にアディはわくわくと見入り、キッドは居心地悪そうにのけぞった。


 刻一刻と銀の龍が接近する中、会議たたかいは始まったばかりである。




 一方その頃、イグナーツのもとにはユストゥスが伝言を携え、辿り着いていた。


「……殿下の御心、確かにうけとった! その尽力に恥じぬためにも、我らで魔獣を打ち倒すぞ。ユストゥス!」


 なおさらに燃え盛るイグナーツに、伝令兼追加戦力であるユストゥスが肩をすくめる。


「相変わらず気負っているなぁ。せっかくの狩りだろう、もっと楽しまないとねぇ」

「お前はもう少し引き締めろと、いつも言っているだろう」

「くふふ。今くらいがちょうどいいんだよ。背後に押し寄せる時、前方には迫りくる魔獣! 為すか為さぬかの狭間。この緊張感こそ戦場の果実だよ……!」

「まぁ、何でもいいがな。ちゃんと働くのならば」

「もちろん心配には及ばない。我が左近衛の槍の冴え、とくとご覧にいれようじゃあないか」


 イグナーツもその働きを疑うことはない。

 奇怪な美学を振りかざすことの多い同僚だが、今までだって言うだけの働きはこなしてきた。


「そろそろ近い、仕掛ける。しくじるなよ」

「クク。ワクワクするねぇ」


 やがて一行はガルニカ山地へと差し掛かった。

 季節は秋へと移り行き、山々の頂にはうっすらと雪化粧が施されている。

 山の上の方はいかにも環境が厳しい。

 戦場とするならば山裾寄りが望ましいだろう。


「各船に伝達! これより先回りに入る。最大船速にて進出を始められよと!」


 それまでは魔獣の後についてたらたらと進んでいた飛空船たちが目覚ましい速度で滑り出す。

 旧式とされる起風装置ブローエンジンではあるが、それでも陸を行く乗り物よりはるかに速い。


 待ち伏せ予定の場所まで進み出ると、近くには既に展開済みの飛空船団があった。


「……! なるほど、銀鳳騎士団だな! だが奴らの主は未だ戻っていない、ならば軽々しく動けはしまいよ。各船に重ねて伝達、我らから獲物を横取りせんと狙うものあり! 隙を見せず、さりとてこちらからの手出しは無用と!」


 魔導光通信機マギスグラフの光が閃き、意思疎通が為される。

 情報を受け取った船が空を確かめた。


「ふうむ、我らに先回りするものがいようとは」

「あの旗……確かフレメヴィーラ王国か。はて、田舎者がずいぶんしゃしゃり出てきますな?」

「それにパーヴェルツィークの対応も妙に消極的なことよ」

「さりとて、大事な討伐の前に時間を浪費することもないでしょう」

「大人しくしているのなら見逃してやってもよかろう」

「まぁよい。邪魔をしないのであれば、そこで我らの狩りを指をくわえてみているがいい」


 手を出しあぐねる銀鳳騎士団をあざ笑うように、彼らは悠然と布陣していった。


「(よし。銀鳳騎士団が現れたのには焦らされたが、まだ先んじることはできる……!)」


 イグナーツは意気高く戦場を睨み。


 予想外の要因をはらみつつも、事態はおおむね彼の目論見通りに進んでいた。

 しかしこの時、たったひとつだけ彼の思惑から外れたものがあったのだ。


 ――“銀の龍”がにわかに動き出す。


 それまでは愚直に想定通りの進路をとっていた魔獣が突如として身を翻すと、まっすぐに銀鳳騎士団へと向けて突き進み始めたのである。



 ガルニカ山地の程近くに展開を終えた銀鳳騎士団は大団長の命令に従い待機していた。

 そのまま周囲の状況に注視しているとやがて他国の飛空船団がやってくる。

 さらに後方には巨大な魔獣の姿も捉えられた。


 旗艦イズモの船橋で、エドガーとディートリヒ、親方ダーヴィドがそろって顔を突き合わせる。


「そりゃあここは狩りにはもってこいの場所だものねぇ。他国が目を付けるのも道理ってものだ。さて、どうする?」

「どうもこうも、基本は命令通り待機を続けるだけだ。ただ他国との衝突はできる限り回避したい。少なくともこちらから手を出すわけにはいかないからな。もう少し距離をとっておいたほうがいいだろう」

「もう動いてもいいんじゃねぇか。ここに陣を張ったってぇ事実はもう、あちらさんに伝わってるだろうしよ」


 そうして銀鳳騎士団は発光信号をかわし、戦場から距離を取るべく動き出す。

 その間にも監視からは報告が上がってきていた。


「他国の船団、進路そのまま増速。魔獣の前へと布陣する模様。我らへの攻撃、接触その他、未だなし!」

「これから状況が大きく動く、監視は常に密とせよ」

「了解!」


 エドガーは伝声管に返してから振り返り。

 すぐさま背後から緊迫した叫びが上がった。


「監視より緊急報告! 魔獣が動きを変えました!」

「なんだって?」


 遠望鏡を手に取るまでもない。

 船橋の硝子窓越しに見える魔獣は明らかに、想定していた進路を大きく外れだしていた。

 ディートリヒが口元をひくつかせて唸る。


「あれは……こっちに、来るね」

「ああ。そういう、ことか! 俺たちはどうやら侮っていたようだ。“彼の残り”が我らに気付いたぞ!!」


 銀の龍、あるいはイカルガ・シロガネ。

 どれほど姿を変え名を変えたとしても、その奥底には確かに“ウーゼル”だったものが在る。

 既に人としての形はおぼろげなのだろう。

 しかしそれでも、彼が最も縁深きフレメヴィーラ王国の旗を忘れることはなかったのだ。


「来るならば迎えなければね。我々は彼と握手をしに来たわけではない」

「もちろんだ。全軍に通達! これより待機を解除、迎撃行動に移る!」


 エドガーが矢継ぎ早に伝声管へと怒鳴る。

 船橋を見回し、そこに彼女の姿がないことを確かめて頷いた。


「じきに大団長が戻るだろう! それまでは牽制を中心に、被害を抑えるよう動くのだ!」

「ちくしょう、アディの嬢ちゃんもいねぇんじゃ“アイツ”を動かせるやつも居ねぇぞ!」

「わかっている。戻るまでは俺の白鷺騎士団がもたせてみせる。ディー、援護は任せたぞ」

「任された! 存分にやるとよいよ!」


 白と紅、二機の幻晶騎士シルエットナイトがイズモより飛び立ってゆく


 彼らと別れるように、船団から一隻の飛空船が離れていった。

 その船はガルニカ山地を回り込むように進み、会談中の飛空船を見つけるやぶつかるような勢いで近づく。


 交差する瞬間、飛空船からバラバラと人影が飛び降りた。

 幻晶甲冑シルエットギアをまとった者たちがワイヤーアンカーを飛ばし、会議中の船にとりつくと素早く内部へ侵入してゆく。


 大空で侵入者があるなどと、護衛の騎士たちは全く想定していなかった。

 しかし現実に巨大な全身鎧の者たちが現れたのだから対処せざるを得ない。

 色めき立つパーヴェルツィーク王国の騎士たちを鈴のような声が抑えた。


「失礼。彼らはこちらの手の者です。お騒がせしました」

「(……空の上までも届く手を持っているのか。さすがはエルネスティというべきか……)」


 周囲の横やりが入りにくい場所として空の上での会議を設定したというのに、軽々と入ってこられたのでは意味がない。

 フリーデグントの複雑な心中などかまわず、幻晶甲冑を脱いだノーラがその場で跪いた。


「お話し中失礼します。火急の事態につきご容赦を」

「……興味深いな、さすがは銀鳳騎士団か。しかしこのような場所だ。秘したい話であろうと我々が席を外すのは難しいぞ」

「問題ございません。これはフリーデグント殿下にもお聞きいただきたい内容にございます」

「ほほう。よかろう、話すといい」


 内心の動揺を完全に抑え込み、フリーデグントは鷹揚に許可を出す。

 しかしその努力が続くのも報告の内容を聞くまでのことだった。


「銀の龍が突如として進路を変え、銀鳳騎士団を狙い動き出しました。現在、騎士団は独自の判断で迎え撃っております」

「なんだとっ。くっ……」


 悪態をつきかけて、何とかこらえきった。


「(……なんという失態だ。見落としていたとは! 魔獣が“イカルガ”の形を持つというならば、単にエルネスティから関わるだけではない。魔獣のほうからも彼らに関わりがあって然るべきではないか!)」


 さすがのフリーデグントも、人ならぬ魔獣の心まで見通すことなどできなかった。

 とはいえより注意深く確かめたところで、魔獣に人の心が残っているなどと想像しろというほうが酷ではあろうが。


 報告を聞いたエルはすぐに立ち上がっていた。


「承知しました。……フリーデグント殿下、残念ながら話し合いはここまでのようです。事は急を要します。他国の庭を借りるのは心苦しいですが、魔獣が我が騎士団に狙いを定めた以上、速やかに反撃せねばなりません」


 それを止めることなどできない。

 関わらせないからこそ時間稼ぎが可能だった。


 これ以上の足止めは銀鳳騎士団に傷を負えということと同義であり(実際に傷つくかどうかは別にして)、敵対行為だととられても文句が言えない。

 パーヴェルツィーク王国の方針として、彼らと敵対してまで魔獣に執着するものではない。

 引き時だった。


「……是非もないな。征くがいい、魔獣狩りの騎士たちよ」


 フリーデグントはため息をひとつ残し、背もたれに身を沈める。

 立ち去り際、エルが振り返った。


「この魔獣は強力です。僕たちにも手加減などできません。どうか余計な手出しなどされませぬよう。我々の目的は魔獣の首ただひとつ、しかし剣を向けられて黙っておくことはできませんから」

「そちらこそ、庭を出て我が国土に傷ひとつでもつけようものなら……我らも動かねばならん。努々注意することだ」

「お互い、剣の向きは変えずにいたいものですね」


 そうしてエルたちは去っていった。

 間を置かず彼らの船が離れてゆくのを見送りながら、フリーデグントは思考を切り替える。


「大した足止めにもならなかったか……。しかし、なればこそやりようはある。伝令を!」


 こんな時のために手元に置いておいた竜騎士へと命じる。


「イグナーツたちに伝えよ。銀鳳騎士団は魔獣を打ち倒すぞ。あれらが討ち漏らすなどと期待するだけ無駄だからな。だが魔獣はあれほどの巨体、全てを持ち去るような真似は彼らにだって出来まいよ。倒したいというなら討伐は彼らに任せてしまえ、しかし倒した瞬間を狙い、成果をかっさらえとな!」


 慌ただしく竜闘騎ドラッヒェンカバレリが飛び立ってゆくのを確かめながら、彼女の瞳に諦めの色はなかった。



 会議を切り上げたエルたちは早速飛空船の舳先を翻し、騎士団のもとへとむけて飛び立っていた。


「僕はイカルガ・カギリで先行し、現地で指揮を執ります」

「おっと、俺も行くぜ。ザラマンディーネ、こっちに持ってきてるからな!」

「あーいいなーエル君と一緒にいけるんだぁ。ねぇキッド、ちょっとだけ貸して?」

「ぜってー貸さない」

「ひどい! キッドのドケチ! 女たらし!」

「おっ……まっ、言って良いことと悪いことがあるぞ!?」

「まぁまぁ落ち着いてください、アディにはまず乗騎を取ってきてもらわないと。このままイズモに合流し、“アレ”を親方から受け取ってくださいね」

「うう~わかった! ちょっとだけ待っててね。すぐに、すぐに行くから!」


 アディはエルをひっしりと抱きしめてから、そのまま船橋へとすっ飛んでゆく。

 やる気を燃え上がらせた彼女に急かされ、飛空船が速度を上げた。


 そうしてエルは振り返り、船倉へとむけて告げる。


出撃します。準備を」

「大団長、御出陣!」


 すかさず鍛冶師たちが動き出した。


「応さぁ! イカルガ・カギリ出陣準備!」

「あいよぉ! 鬼神之粧アスラズガーメント準備良ぉし!」

「ほいさぁ! エスクワイア・ロビン接続良ぉし!」

「そらきたぁ! 出撃位置へ搬送ぉ!」


 この船の船倉の半分を占める大荷物。

 完全武装のイカルガ・カギリが腰かけた台座へと幻晶甲冑を着た鍛冶師たちが取り付き、えいさと押してゆく。


 位置に着いた鬼面六臂の鎧武者を、エルが見上げた。


「参りましょう、カギリ。彼が待っています」


 エルが操縦席に収まるや、イカルガ・カギリの魔力転換炉エーテルリアクタが出力を上げた。

 甲高い吸排気音が船倉に反響する。


「上部甲板、開きます!」


 昇降機が動き出し、イカルガ・カギリを甲板上まで持ち上げていった。

 吹きすさぶ風の中に立ち上がる。


「征きます」


 源素浮揚器エーテリックレビテータへと高純度エーテルが供給され、機体がふわりと浮き上がった。

 すぐさまマギジェットスラスタに点火、イカルガ・カギリが弾かれたように飛び出してゆく。


「源素浮揚器、形態移行。エーテル解放、誘導開始」


 操縦席のエルはすぐに次の操作を始め、源素浮揚器の内部のエーテルを放出してゆく。

 そんなことをしては浮揚力場レビテートフィールドを得ることができなくなるというのに。


魔力貯蓄量マナ・プール解放。源素転換開始」


 直後、大気操作の魔法が放出されたエーテルを捕まえるとともにイカルガ・カギリの全身に貯めた魔力を解放、エーテルへと還元していった。

 それは浮揚器から放たれたエーテルと合わさり、虹色の円環を形作ってゆく。


「円環形成確認、限定解放型源素浮揚器リミットリングジェネレータ始動! イカルガ・カギリ……これで準備は万端です!」


 虹色の円環をまとい、背にはエスクワイア・ロビン、伸ばした六臂には銃装剣ソーデッドカノン型之弐モデル2

 代替品なれども、その威はマガツイカルガに勝るとも劣らず。


 新たな姿となった鬼神が、堂々と西方の空を翔ける。


「大変長らくお待たせしました……。それでは決着をつけにいきましょう!」


 翔けるイカルガ・カギリの後方から飛翔騎士ザラマンディーネが合流してきた。


「お待たせエル! こっからどうするんだ。騎士団と合流して暴れるのか?」

「まずは現在の彼の力を確かめないと。いずれにせよ急いで……ッ!?」


 言いかけ、エルは突然言葉を切って振り返った。


 視界の片隅を高速で飛翔する物体。

 彼方より飛来した黒点が、どんどんと大きさを増し。


「イィィィーーーヤッヒャァァァァァッ!!!!!!」


 漆黒の大剣を振りかざし、後先も何も考えないただひたすらにまっすぐな“斬り”が、イカルガ・カギリめがけて突っ込んできたのである。




あとがき


限定開放型源素浮揚器リミットリングジェネレータ


イカルガ・カギリ向けに開発された改良型の源素浮揚器エーテリックレビテータ

元々の開放型源素浮揚器エーテルリングジェネレータはマガツイカルガの圧倒的大出力を前提としており、強力でありながら応用が極めて難しい装備であった。

そこで莫大な魔力貯蓄量マナ・プールを必要とした起動時点の仕組みを見直し、汎用性を上げたのがこの限定開放型源素浮揚器である。


その仕組みは最初に従来型の源素浮揚器を用い、内部のエーテルを放出し再利用することで魔力貯蓄量の消耗を抑えるというもの。

単純ではあるが効果的で、出力に劣るイカルガ・カギリでも開放型を利用可能となった。

ただ本体が魔力出力においてオリジナル・イカルガに劣るのは事実であり、源素円環エーテルリングを形成した後も機動性においては幾分劣る。

また一度着陸してしまうと再起動には源素晶石エーテライトを用いた高純度エーテルの供給が必要になるなど、運用にはいくらかの制約があった。


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