#214 役者たちの舞台裏


「……てぇなわけで! 陛下のご命令の魔獣退治なんスがぁ、失敗しちまいやした!」


 ジャロウデク王国、王城。

 眉のひとつすら動かさない国主カルリトスのど真ん前で、グスターボがあっけらかんと頭を掻いた。


 カルリトスの傍らで話を聞いていたエリアスや、周囲の貴族たちまでものけぞっている。

 ジャロウデク王国を敗北より立ち上がらせるべく鮮烈な復帰を遂げたカルリトスを前に、こうもふざけた態度を取れるとはさすがは“狂剣”グスターボ

というべきか。

 しかも失敗したというのに悪びれすらしないと来た。

 恐れ知らずもここまで行くとその肝の太さに感心する他ない。


 いったいどうなってしまうのか、周囲は怖いもの見たさ半分、興味深さ半分といった様子で見守っている。

 ややあってカルリトスは重々しく口を開いた。


「……そして、“かの魔獣はジャロウデクの狂剣ですら倒せなかった”という情報をすかさずばら撒いた。その結果、他国の動きが活発化したと」

「へぇ、まだまだ気合入ってる奴らがいたってもんで」


 グスターボは笑う。いっそ少年のごとき純真さで。

 カルリトスは瞳を伏せ、沈思黙考する。


「(確かに命令には失敗した……しかし、真に重要なのはそこではない。この“魔獣”はこ奴をして容易には倒せない難敵ということ)」


 それは実質上、ジャロウデク王国には解決の手段がないというのと同義である。

 同時に広く西方諸国オクシデンツを見渡しても解決できる者などほぼほぼいないであろうということ。


 だからこそ“簡単には排除できない”、その事実自体が大きな意味を持ってくる。


「(現に、この情報を知った国は我も我もと乗り出しすべて失敗している。結果として狂剣の名声はむしろ上がったくらいだ)」


 一戦交え、さらに情報を持ち帰った者は少ない。

 グスターボの話が本当ならば――こいつが言うからには大概が真実なのではあろうが――直接斬りつけた者など彼ただ一人であろう。


「(しかも商人どもすら文句のひとつも言ってこぬときた)」


 排除できれば最上だったのだろうが、失敗ならばそれはそれで構わないのだ。

 商人たちが求めるものは情報。

 今頃彼らは魔獣の出現地域を迂回する航路を構築するのに躍起となっているのだろう。


 飛空船レビテートシップが登場して数年の時が過ぎ、多少目端の利く商人であれば導入に躍起となっている。

 一度その利便性を知ってしまえばもはや簡単に手放すことはできない。


 そこに来てこの魔獣の出現である。

 空を根城とする魔獣は、拙いながらも形作られつつあった飛空船の航路をズタズタに引き裂いてしまった。

 うかうかと空を行こうとするものはその暴威の餌食となり、より慎重に、強かに振舞う者のみがその恩恵に預かれる。

 裏返せば、商人たちにとっては今こそ他者を出し抜く好機なのであった。


「(強かで頼もしいことだ。しかしどいつもこいつも油断のならないものよ……)」


 だが、それでこそ。

 今の弱ったジャロウデク王国を奮い立たすにはそれくらいの猛獣どもが必要だ。

 ならば飼いならして見せるとも、それが“落日の原因”が背負うべき責任である。


 カルリトスは目を開き、無駄に堂々と立つグスターボを睨んだ。


「よかろう。貴卿をしてすぐさま駆除するのが難しいことは確かのようだ。この件はいったん保留とする。状況が動き次第、また剣を振るってもらうこととなろうが」

「承知しやっしたぁ!」


 ほっと胸をなでおろしたのはグスターボではなく、むしろ周囲の者たちだった。

 本人は終始ケロッとしているのがむしろ腹立たしいくらいである。


「しばらくは空が騒がしくなろう。不埒な侵入者がいればこれを掃っておけ」

「重ねて拝命いたしやっス! お任せをぉ、飛んでるやつを斬る練習ってのを積みたかったとこですんで!」


 顔がひび割れたかのような笑みを浮かべ、グスターボは意気揚々とその場を後にした。

 見送る貴族たちはその姿に感心すればいいのか呆れればいいのかすらわからなかった。



 謁見の間を辞したグスターボは道々、人気が無くなったところで壁に向かって呼びかける。


「おい“牙”ども。いっかぁ?」

「……御前に」


 それらはいつの間にかグスターボの眼前に跪いていた。

 影から染み出でたかのように黒づくめの男たち。

 グスターボは肩をすくめた。


「んな仰々しい真似すっない。俺っちはただの下っ端なんだからよ」

隊長おかしら様は壊滅の憂き目にあい、路頭に迷う我らを拾ってくださった恩人なれば」


 影たちはかつてとある騎士団に所属し、ジャロウデク王国へと仕えていた。

 その騎士団の名は“銅牙騎士団”。

 騎士団とは名ばかりの、西方の暗部に蠢く間諜集団である。


 しかし彼らは、前団長である“ケルヒルト・ヒエタカンナス”の暴走によって壊滅の憂き目を見た。

 構成員の大半は大西域戦争ウェスタン・グランドストームの嵐に巻き込まれ散っていったわけだが、生き残りもわずかながらいたのである。


「折れちまったってんならどッでもいいが、まだ切れる刃を風雨に錆びさせる趣味はねってだけさ」

「隊長様の御心がどこにあろうと、我らが救われたのは事実。そのご温情に恥じることなき働きを御覧にいれます」


 たまさかそれを知ったグスターボは個人的に彼らを拾い上げていた。

 かくして彼らは晴れて剣角隊の一員となり、こうして彼の刃のひとつへと収まったのだった。


「ようし。じゃあさっそくだ」


 グスターボはにぃと口の端を釣り上げる。


「おめーらも知ってんだろォ? 龍討伐だぁ。あれで美味そうな国、騎士団を調べあげてこい。イカした獲物を俺っちの前に運んできな」

「承知。万事お任せあれ……!」


 頷きを残し、瞬きの間に影たちが消える。

 グスターボをして気配すら感じられない。


「うーん、いい拾い物したぜぇ」


 彼らに任せていればいずれ良い報せがもたらされることだろう。

 かつての主、あの女狐とて信用こそならなかったものの、その能力には全幅の信頼を置いていた。


「くっくっくっ……。まったく俺っちは嬉しっぜぇ、世界にまだまだ馬鹿がいっぱいいてよう。俺っちも祭りに混ぜてくれよぅ。なぁ?」


 来るべき戦いの予感に、今は湧き上がる喜びをちびちびと味わう。

 まだまだ満腹には程遠い。

 剣に狂った男は、常に獲物に飢えている――。




 西方諸国に吹く風が安定したことなぞ、その成立以来ついぞない。

 時に荒れ、時に凪いだかと思えばすぐに渦を巻く。


 大西域戦争という大嵐に続き空飛ぶ大地の出現を経て、ようやく落ち着きを取り戻そうかという矢先。

 それは唐突に現れた。


「銀の龍め……。まったく恐るべき存在だ。ジャロウデク王国のみならずババークにチペラまでも手痛い目に遭ったとか」

「数多くの国が挑んだというのに、未だ芳しい報告はまったく耳に入りませんな」


 唸り、ため息、呆れに嘆き。様々な感情が声となって場に満ちる。


「そこに来てクシェペルカは彼奴の縄張りから離れていると……。何とも、運もまた大国の条件というわけですかな」

「彼の国が巻き込まれていればまだ違った道もあったでしょうがね。こればかりは」


 その場には大勢の男たちが集まり、卓を囲んでいた。

 纏う衣装は様々、背負う旗も様々。

 明確な連なりを持つわけではなく、しかし共通の困難を前にして活路を外に求めた者たちの集まりである。


 会議のような体を成しているものの誰が音頭を取るわけでもなく。

 ひたすらに愚痴めいた情報交換だけがだらだらと続いていた。


 咳払いと共にとある国の特使が口を開く。


「コホン。なに、獣の一匹程度良いではないですか。聞くところによれば、そやつは地上に降りてはこないのでしょう?」

「冗談をおっしゃられては困りますなぁ。あれが我が物顔で泳ぐ空は、それ以前は我らの船が通っていた場所。折角拓いた航路を塞がれ荷が滞っているのですよ」

「左様、左様。投じた金も還ってこぬでは無視し続けるにも限度がありましょう……」


 彼らも様々な経路からジャロウデク王国と同じ結論に達していた。

 つまり、“銀の龍”なる魔獣の存在は彼らの交易にとって著しく邪魔であると。


「そこで皆々様方にその智慧をお借りしたい。かの龍なる獣を排除するには、どのようにすればよいかを」


 男たちはそわそわと顔を見合わせた。


「しかしですなぁ。簡単に倒せるものならば既にいずこかが倒しておりましょう。投じられた騎士団は相当数に上るのですぞ」

「しかも、かの……狂剣すら、結局は討ち取れずにいると」


 すぐに黙り込む。

 ――“狂剣”。

 聞くも忌々しい銘であるが、とかくその強さと厄介さは彼らも骨身に染みて理解している。

 必然、あれをして倒せないという事実がいかに恐るべきことかも否応なく理解させられるのだ。


「だからと、このまま黙って空を明け渡すわけにはまいりますまい」

「左様、左様。獣にこうべを垂れるなど、西方諸国の名折れというもの」


 彼らの傷口からは今も資金という名の血が流れ続けている。

 飛空船という新技術。

 一度でもその可能性、それがもたらす利益に触れてしまった国々にとって、いまさらそれを手放すことなど考えられなかった。

 斯くなる上はなおさらの出費、流血を覚悟してでも獣を排除してしまいたいのだ。


 しかし投じる戦力の見積もりもつかないのでは、さすがに二の足を踏もうというもの。

 蛮勇の持ち主であるほど真っ先に突っ込んで既に散ってしまったという現実もある。


 話し合いの初っ端から行き詰った気配の漂う会議のなか、片隅に腰かけていた人物が口を開いた。


「魔獣とは……どれほど奇怪であれど、つまるところは獣です。であればあれも餌を食らい帰るべき巣があるとは、考えられませんか?」


 視線が男へと集まる。

 その集まりの中では目立って若い男だった。

 だからと侮られることはない、むしろ周囲の男たちは感心したようにどよめいている。


「なるほど確かに、言われてみればそれも道理。彼奴めの後を追って弱みを探る……“狩り”をしようというわけですな」

「ご明察、恐れ入ります」

「こちらこそ心強いものですな。さすがは“北の巨人”パーヴェルツィーク王国が誇る騎士でいらっしゃる」


 若い男――パーヴェルツィーク王国、右近衛長“イグナーツ・アウエンミュラー”はにこやかな笑みで応じた。


「私などまだまだ青二才に過ぎません。わずかなりとも皆様方のお力とならんがため、非才の身を振り絞るのみです」

「ご謙遜を」


 八方ふさがりが続いていた話し合いの中、はっきりと方針が見えてきたためか目に見えて雰囲気が軽くなっていた。


「ふうむふむ。餌をとるのであれば、その瞬間は獣も油断していましょう」

「食べるところを妨害し続ければ、あるいは飢えて勝手に落ちるやもしれませぬぞ」

「それより巣穴を燻して狩りだしてくれましょうぞ!」

「それはよいですな! カカカッ!」


 口々に大言を吐き、気が大きくなってきただろう頃合いを見計らってイグナーツはもう一押しを加える。


「しかし獣めはいかにも空を広く泳ぎ回り、皆様の頭上を騒がせて回っている。故にこそ皆さまにとって悩みの種となっておりましょう」

「左様。まったく性質の悪いことですな」

「これを追いつめ狩ろうと思えば、とても一国の手には余るのも確か」


 ううむ、と男たちがうなる。

 しかし先ほどまでのように及び腰ではなく、前のめりなものを感じさせる。

 かかった、確信を得たイグナーツは立ち上がった。


「なれど皆様は孤独ではありません。斯様に心強い友に囲まれている。今こそ諸国の力をひとつに合わせ、困難に立ち向かう時なのです!」

「左様! 左様!」

「然り! 可及的速やかな解決を望むならば、ここは手を取り合うが最良の選択肢でありますな!」

「貴国も頼りにさせていただきますぞ」

「もちろん、我らが精強なる騎士が自慢の槍さばきを御覧に入れましょう」


 イグナーツは力強く頷き返す。

 すっかりとその気になった男たちは沸き立った。


「うむ、うむ。どれほど強力な獣かは知りませぬが人間の力を見縊ってもらっては困りますなぁ!」

「我らが力を合わせれば、恐れるものなどありませぬとも!」


 盛り上がる場とは真逆に、イグナーツはどこか冷めた瞳で周囲を見つめていた。


「(……やれやれ、実際に“龍”と相対する度胸もなかろうに。気楽なものだ)」


 彼には直接“銀の龍”と相対した経験がある。

 確かに狂剣がしくじるだけあって、あれは正しく化け物と呼ぶにふさわしい力を有していた。


「(悔やしいが、龍は我らだけでは如何ともしがたい。確かにこの“狩り”には頭数が必要なのだ。ならばこうして餌をちらつかせておけば、猟犬どもが勝手に獲物へと迫るだろう)」


 イグナーツは知っている。魔獣とは時に尋常の生命の軛を外れる、超常の存在であると。

 特にイカルガもどきの姿を持つ龍など、まともだと思う方が無理がある。

 方便として言いはしたが、巣はおろか食い物をとるかどうかも疑わしい。


 しかし、だからこそ。

 龍と戦うためにはちまちまとちょっかいを出すだけでは駄目なのである。

 有象無象も束ねれば、思わぬ力を発揮する。


「(皆、そろって踊ってもらうぞ。然るべき後に止めは我らがいただく)」


 イグナーツの目的は、あくまで“銀の龍”そのもの。

 あれが秘めるであろうイカルガへと通ずる技を持ち帰り、敬愛する主へと捧げねばならない。


 内心の考えなどおくびにも出さず、彼は自身に満ちた騎士団長としての表情を崩さず腕を振り上げた。


「いまこそ西方一丸となり、災いを振り払う時! いざ大討伐を!」

「いざ!」

「いざ!」


 高揚感に突き動かされるまま、男たちは拳を振り上げる。

 イグナーツは口を笑みの形にゆがめ、それを隠すように身を翻した。


「我が船、“輝かしき勝利グランツェンダージーク”号をこちらにまわせ。出陣するぞ!」




 流れる雲をかきわけ飛空船が進む。

 目を瞠るような大船団だ。

 10隻はくだらない規模に、さらに中央には驚くべき巨体を誇る巨大船が鎮座している。


 船団がゆったりとした巡航速度で進んでいると、新たに一隻の飛空船が合流してきた。

 互いに魔導光通信機マギスグラフを灯しあい、敵味方を確かめる。


 そうして出迎えの船に案内されるまま、船団はほど近い場所に拓かれた空港へと錨を下ろした。

 源素浮揚器エーテリックレビテータの輝きが落ちるのを待たず、船から騎士たちが降り立つ。


「騎士団、船を点検整備しつつこの場で待機! 我らは友人へと挨拶をしてくる」


 騎士団長がきびきびと指示を飛ばし、団員たちが復唱と共に散っていった。

 精悍な印象の青年騎士団長たちが集まる。

 彼らが向かう先には小柄な人影が待っていた。


「それでは行きましょうか、皆さん。お迎えがお待ちですよ」


 小柄な人影――エルネスティエルがにこりと微笑みかけ、先に歩き出した。

 その小さな背中の後にエドガー、ディートリヒディーアデルトルートアディアーキッドキッドがぞろぞろと続く。


 出迎えとしてやってきた船から降りてきた人物が、彼らの接近に気付いて一礼した。


「お久しぶりですね、エルネスティ様」

「お久しぶりです、グラシアノさん。まずはこの度のシュメフリーク王国のご協力に感謝いたします」


 銀鳳騎士団を出迎えたシュメフリーク王国の将、“グラシアノ・リエスゴ”は頷き、それから皆を手招きする。


「こちらとしても渡りに船というものですから。さて、立ち話も何でしょう。こちらへ」


 空港の端にある建物に入れば、シュメフリーク王国の者たちがいそいそと食事の準備を進めていた。

 ややあって軽食と飲み物を供され、皆が一息つく。


「ありがとうございます。貴国はあれからどうされていましたか」

「過日の事件にて皆様のお力添えをいただいてより、源素晶石エーテライトの交易を進めつつ並行して新たな飛空船航路の開拓に力を入れておりました。見込みのある航路をいくつも見出しました……が、その矢先にこの事件です。正直に申し上げて今は難儀しておりますよ」

「それは大変ですね。して、シュメフリーク王国の方針はどのように」

「叶うならばこれを排除したいと。最低でもいずこかへと封じ込めたいところです」


 グラシアノがそう言い出したのは、空飛ぶ大地で魔法生物マギカクレアトゥラを大地に封じ込めたことを思い返してのことだろう。

 しかしあの時は空飛ぶ大地を維持するために必須であったからああしたまでで、今回は少しばかり事情が異なっていた。

 エルはにこやかな笑みを崩さぬまま頷く。


「承知しました。今回は我々も魔獣の撃滅を念頭に動いています。あれは封じられる類いのものではありませんからね」

「なるほど……」


 そこでグラシアノが部下に何かを持ってこさせた。

 それは荒いながらも西方全域を記した地図であり、中央を大きく取り囲むように何重にも円が描かれている。


「皆さまがいらっしゃる前にせめてと、かねてより情報収集に努めてまいりました。これはかの魔獣が目撃された場所をまとめたものになります」

「おお、素晴らしき仕事ですね」


 エルたちが興味深げに見入っている間に、グラシアノは困ったように頬をかく。


「ご覧の通り、魔獣の出現範囲は西方全域と言って良いものでして。見つけ出すことすら容易いものではありません」


 西方諸国の空を縦横に、奔放に翔けまわるような線を見て、エルがぽつりとつぶやいた。


「……ああ。西方を見て回りたかったのですね」

「は? 今何と」

「いえ。埒もないことです」


 エルだけではない、フレメヴィーラ王国の人間は等しく似たような感想を胸に抱いていた。


 “銀の龍”――魔法生物とひとつとなったウーゼルは、エルたちから逃れるために大きく変質した。

 龍ともよばれるような姿となった今、どれほど元の人格が残っているのかは不明だったが。

 こうして一連の行動を確かめれば、その根元には彼の意思を感じとれる。


 病によって長く臥せっていたウーゼルは魔獣となったことで無限に等しい自由を得て。

 今も思うまま、空を翔け回っていることだろう。


 考え込むエルたちの様子を見ながらグラシアノはしばらく迷っていたようだが、結局それを尋ねることにした。


「それと、エルネスティ様ならご存じかもしれませんが……かの魔獣には“イカルガ”らしき形が含まれていると」

「……はい。ですが、申し訳ありません。詳しくはご容赦を。ただあれは僕たちにとって逃すべからざる敵であるとだけ、ご承知おきください」

「わかりました。排除さえできるのならば我々に異存など、あろうはずもございません」


 わかるものが見ればイカルガの特徴にすぐに気づくことができる状態なのだ。

 エルたちが無関係であるはずはないと、グラシアノは確信していた。


 その上、彼らは空飛ぶ大地での戦いにも並ぶ規模で出撃してきたのである。

 “世界の危機”にだって立ち向かえる陣容で、たった一匹の魔獣へと挑もうとしている。

 その覚悟を感じ取り、グラシアノはそれ以上の追及を取りやめた。


「(……彼らとは、これからも友好な関係を維持しておきたいものだからな)」


 空飛ぶ大地での戦いを経て、彼らはやることなすことぶっ飛んではいれど無体はしないと理解している。

 ならばこちらも誠実に向き合うべきである。

 だからこそグラシアノは集めた情報を惜しげもなく提示していた。


「ありがとうございます、シュメフリークの助力に感謝を。ではこれより作戦の立案に入りましょう。いただいた情報をもとに戦場の設定と戦力の配置をお願いします」

「了解だ。任せてくれ」

「ふふ。腕がうなるねぇ」


 エドガーとディートリヒがさっそく地図を囲む。

 エルは立ち上がり、一同を見回した。


「これ以上、彼にのんびりと西方旅行を楽しんでもらうわけにはいきません。騎士団、出撃準備!」

「応!」


 かくて“銀の龍”をめぐってあらゆる勢力が一斉に動き出す。

 渦中の龍は今も人間たちの思惑など知らず、西方諸国の空を泳ぎ続けるのだった。


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