#213 轟々ウェスト


 渦巻く雲をかき分け、巨大な躯体が進み出る。

 蛇のように長く、しかし先端には幻晶騎士シルエットナイトのごとき形を持つ、“龍”。

 片割れの生みの親によって“イカルガ・シロガネ”と名付けられたそれは、不気味な雷鳴を伴いながら西方の空を泳ぐ。


 その後を追って多数の飛空船レビテートシップが飛んだ。


「“龍”だ! 追い込め! 逃がすな!」

「他国に後れを取るなァ! 宝の全ては我が国のものだァ!!」

「一番槍は他国に任せてしまえ。我らは美味しいところだけいただくのよ!」


 飛空船の所属はどれもバラバラで、さながら各国の船の見本市といった様子である。

 その中でもひときわ巨大な体をもつ船が先頭へと躍り出た。


「臆病者どもめぇ! ババーク王国の雄姿ィ、その目に確と刻ぁめぇ!!」


 ババーク王国の攻撃型飛空船“ストームマンタ”である。

 その船体は極端に平べったく広く設計されており、名前の通りにマンタのような姿をしていた。


 その異様な船体は甲板上に多数の幻晶騎士を並べることを目的として設計されたもの。

 空の上に騎士たちの隊列をそのまま持ち込むそれは、打撃力において抜きんでた性能を誇る。


「そいさぁ並べぇ! よいさぁ構えぇ! ほいさぁ放てぇーい!!」


 ずらりと並んだ幻晶騎士が一斉に魔導兵装シルエットアームズを構え、撃ち放つ。

 多数の火線が伸び、イカルガ・シロガネの表面に爆発の華を咲かせた。しかし。


「そんな……損傷、確認できません!」

「バカを言えぇ! 城壁だって吹き飛ばす威力だぁぞ!」

「! 龍に動きあり!」


 いくら法撃を浴びてもビクともしないイカルガ・シロガネの姿に動揺している間に反撃を受ける。

 ストームマンタのデカい図体は、龍の腕から放たれた轟炎の槍のいい的であった。


「あバカなばッ!?」


 あっさりと爆発炎上し傾いてゆくストームマンタの傍らをかすめるように、後続の船が進み出る。


「フン! 貴様らでは優雅さが足りん! ここは我がチペラ王国が手本を示してやろう!」


 チペラ王国の飛空船“ファットモーレイ”である。


「龍とやら! 貴様も長い身体を持っているようだが、我々に敵うかな?」


 巨大な蛇のようにも思える特異な船体は、多数の小型の飛空船によって成る。

 数珠つなぎのような構造は柔軟な機動を可能としており、個々の軽さを生かした高い運動性でもって轟炎の槍をかいくぐっていった。


「ははは、狙いが甘い! 後は接舷し乗り込めば……ばみッ!?」


 グネグネとした動きで的を絞らせない――と思いきや、近づいたところで雷霆防幕サンダリングカタラクトに撃ち抜かれて吹っ飛んだ。


 空に炎が、雷が瞬くたびに何かが破壊される。

 そのたびに飛空船やら幻晶騎士であったものがバラバラと地上へと降り注いでいった。


「さらに一隻、脱落!」


 そんなつはものどもの夢の跡を、距離を空けて飛んでいた各国の偵察船が記録してゆく。


「すさまじきばかり……これが文献にある魔獣というものか!」

「ううぬ、あれは手に負えぬ。しかし、だからこそ。あれを倒したものこそが西方で最強に相応しい!」

「“狂剣”すら凌ぎうる……!」


 彼らは数多くの悲惨な結果と、裏腹に高まりゆく期待と興奮を記し伝える。

 数多の国が挑み破れてゆく中、未だ一太刀なりと浴びせたのはジャロウデク王国“黒の狂剣”ただ一人。


 挑む者が増えるほど、犠牲が重なるほどにありもしない名誉もまた高まりゆく。

 西方中が異様な熱気に包まれつつあった――。




「征きましょう、西方諸国オクシデンツへ。手遅れになる前に!」


 会議の最中、唐突にエルネスティエルがのたもうた。


「早く征かないと戦いまつりが終わってしまう気がします!!」

「なんのこっちゃ」


 その場に集まった面々は束の間顔をあげ、いつものアレかとすぐに流した。

 エドガーが背もたれに沈み込む。


「大団長の言葉じゃないが、なるべく急いで西方へ向かいたいところではあるな。せっかく藍鷹騎士団が彼奴の居場所を掴んでくれたのだ」


 壁際に立つノーラが小さく一礼する。

 ディートリヒがバシバシと手を打ち付け、不敵に笑った。


「何しろイカルガ・シロガネ及びウーゼルの追撃は陛下より最優先と下された命であるからね。ふふ、借りは新鮮なうちに返しておこうじゃないか!」


 異論なしと皆が頷き返す。

 この場に集まった者は皆、銀鳳騎士団に所縁の者。

 イカルガ・シロガネとウーゼルを追うことはその使命といってもよい。


「問題はイカルガ・シロガネへの変異だ。率直にみて魔導剣エンチャンテッドソードをくらって平然としているとあっては、ほぼいかなる攻撃も通じないとみていい」

「さすがに無策で挑む相手じゃあないねぇ。もちろん手はあるんだろう?」


 イカルガ・シロガネとの戦いは彼らに小さくない衝撃をもたらしていた。

 魔導剣はアルディラッドカンバーとグゥエラリンデにとっての奥の手、単騎で飛空船すら撃沈しうる最強の武器である。

 それを棒立ちで防がれたというのは由々しき事態であった。


 イカルガ・シロガネには生半可な攻撃手段は通じない。

 これを突破せしむるは、不可能を食らい可能とせしめる銀の鳳のみ――。


 果たして銀鳳騎士団大団長エルは当然とばかりに頷いた。


「あります。ただ、問題があるとすればまだ完成していないのですよね」

「いやダメだろうそれ」


 皆の視線がそのまま親方ダーヴィドへと向かう。


「あん? 俺らに文句言うない。既に必死こいてやってんだよ。だいたい坊主が無茶苦茶言いやがるのが悪い」

「それは仕方ないな」


 エルを除く全員が納得する。

 憮然とした様子のエルが口をとがらせるが、アディを楽しませただけで終わった。


「とすれば完成を待つほかなし、か。なかなか歯がゆいものだね……」


 取り逃してより行方のわからなかったイカルガ・シロガネの所在をようやく捉えた。

 ディートリヒとしては今すぐにでも飛び出してゆきたいところだが、彼だけが向かってもできることはないだろう。

 性分に合わないことである。


「征きましょう」


 しかしエルの考えは異なっていた。

 周囲に動揺はないが、それでも疑問は残る。


「肝心かなめの秘策が未完成でどう戦う?」

「確かに対策は用意しています。しかしそれは僕たちの眼前を去った、あの時を基準としたもの。伝え聞くイカルガ・シロガネは更なる変異を起こしているとみて違いありません」


 エドガーとディートリヒがそろって嫌そうな表情を浮かべた。

 既に魔導剣が通じないだけでも相当に恐るべき相手であるというのに、さらにそれ以上の変異を起こしているとなればもう手に負えない。

 それすらエルは織り込み済みとばかりに頷く。


「一度この目で確かめる必要があります。対策が無駄になるとは思いたくありませんが、何事も上手くいくばかりではありませんからね。そして威力偵察と並行し、他国への牽制をおこないます。今回ばかりは先を越されるわけにはいきません」

「確かにね。失態は我らの手で雪がねば」


 まさか西方中がイカルガ・シロガネを追いかけることになるとは彼らにとっても予想外であった。

 おかげで不必要に急かされてしまっている。


「しかし他国との衝突があるとなると話は違ってくるぞ。陛下のご判断を仰がねば、我らだけで突出するわけにもいかない」


 銀鳳騎士団はフレメヴィーラ王国の中でも特に国外での活動経験が豊富な集団である。

 とはいえ勝手に飛び出してきたわけではない。

 順番が前後したことはあったとはいえ、国王の許可は常に取り付けていた。


 話はまとまったとみてエルが立ち上がった。


「陛下へは僕が話してきます。とはいえ聞くところ西方諸国とて一致団結しているわけではなく、競争になっているみたいですからね。我が国が一番をかっさらっても問題はないでしょう」


 さっそくエルが王城へと向かい、アディがそのあとについてゆく。

 残ったエドガーとディートリヒが頷きあった。

 西方まで出るとなれば用意すべきものは無数にある、忙しくなるだろう。

 最後に親方がよいしょっと立ち上がった。


「するってぇと俺たちは、あいつをイズモに積んで作りながら行くってことか?」

「まぁそうなるね。なるべく早く仕上げてほしいところだよ」

「そればっかりは聞けねぇ相談だな。何せこいつは完璧に仕上げねぇと意味のない代物だ」

「わかってるとも」


 怪物と化したイカルガ・シロガネを相手に我慢の戦いを繰り広げねばならないらしい。


「腕が鳴るね」


 その恐ろしさとは裏腹に、ディートリヒは高まる戦意を抑えるのに苦労していた。



 その後、国王リオタムスからの許可はすんなりと下りた。

 ただ他国との衝突それ自体は目的ではなく、可能であれば回避するようにとの条件が付く。

 エルは可能であれば、と返事していた。


 謁見にはエムリスも同席しており、終始無言のまま話を聞いている。

 終わり際、エルが問いかけた。


「銀鳳騎士団はこれより準備の後、西方諸国へと出発します。エムリス殿下はどうされますか?」


 また共に来るのかという確認に、エムリスはゆっくりと首を横に振った。


「すまないな、やるべきことが山積みなのだ。本来であれば俺が決着を見届けるべきなのだろうが……」


 猪突猛進を絵に描いたようなエムリスらしからぬことだが、それだけ彼も変わらざるを得ない立場にいるということだろう。


「銀の長、お前に全てを任せる。きっちりとケリをつけてやってくれ」

「委細承知しました。全身全霊を以って事に当たりますとも。朗報をお待ちくださいね」


 笑顔で請け負い、王城を後にする。


 それからエルたちは帰る道々、巨人族アストラガリの元を訪れていた。

 相変わらず賑やかな巨人たちの中から小魔導士パールヴァ・マーガがやって来る。


師匠マギステルエル。どうやらこれより大いなる問いがおこなわれると見た、どうか」

「さすがですね、その通りです。これから僕たちは全力で戦いに向かわねばなりません。今回は巨人の皆さんを連れてはゆけないのですが……」

「良い。他眼の問いを掠め取るなど百眼アルゴスのお目に入れざること。ただ師匠エルよ。問いが正しき答えを導くよう、我が百眼へと希っておこう」

「ええ、お願いします」


 それから雑談がてらに近況を聞けば、巨人族の地までボキューズ大森海だいしんかいを切り拓く計画を進めているのだという。


「長い道のりですね」

「承知のこと。ゆえにこそ百眼のお目に入れるにふさわしきことである」


 果てなき時間のかかる一大事業だが、今は地道に進めているとのこと。

 果たして巨人族の言う“地道”が、小人族ヒューマンのそれと同じ意味であるかまでは定かではなかったが。



 そんなこんな、話し合いやら準備やらを進めるうちに二週間の時が過ぎた。

 ようやくフレメヴィーラ王国から大規模な飛空船団が出航してゆく。


 銀鳳騎士団旗艦“イズモ”を中核として白鷺・紅隼両騎士団の全戦力が勢ぞろいしている。

 今回ばかりは最初から手加減抜きである。

 各騎士団長以下、団員たちに至るまで意気は高い。


 逸る気持ちを押さえつつ、船団はクシェペルカ王国の空へと差し掛かった。


「これより進路をデルヴァンクールへ。まずは女王陛下にご挨拶しましょう」


 いかに友好国と言え、さすがに王都まで全戦力で押しかけるわけにもいかない。

 船団はしばらく離れた場所で停泊して、エルたち少数だけが王都デルヴァンクールへと入っていった。


 空飛ぶ大地からの帰還以来となる女王エレオノーラが常の柔らかな笑みと共に一行を迎える。


「ようこそ銀鳳の皆さま。リオタムス様よりお話は伺っております」

「お恥ずかしい限りです。失態を自らの手で雪ぐべく、これより銀鳳騎士団は西方に向かいます。どうかお力添えのほどを」

「はい。この騒ぎ、我が国としては害が及ばない以上静観する他ありませんでしたが……。ただこれ以上ことが大きくなる前に関わるべきか話し合っていたところです」

「お任せください。僕たちが出る以上、騒ぎは速やかに終わらせます」


 エレオノーラは知っている、銀鳳騎士団の全力が如何にすさまじいものかを。

 大国の侵略を跳ね返し、落ち来る天空の大地すら押し返す。

 彼らがやると言ったからにはそう遠くないうちにこの騒ぎは終わりを告げることだろう。

 そう信じるに足るだけの実績が彼らにはあった。


「そこで我が国からも少数ではありますが、戦力を出そうと思っております」

「貴国のご協力に感謝します……。おや?」


 クシェペルカ王国からの戦力として紹介された人物を見て、エルは首を傾げる。


「いよっ。大事になってるな」


 そこに居たのはひらひらと手を振るアーキッドキッドであった。

 やはりというか最初に反応したのはアディだった。


「えぇー、キッド! なにそれ戦装束じゃない。勉強はどうしたのよ!」

「うっ。そりゃ頑張ってっから。つうかいいじゃないか、今くらい横に置いてくれよ!」


 にこにこと微笑むエレオノーラがキッドの隣に寄り添う。


「我が国からはアーキッド様旗下、少数をお供させます。どうかご存分にご活用くださいませ」

「でもでもヘレナちゃん、もうすぐ結婚なんだよ!? 今側にいなくてどうするのよ」


 アディの疑問にエレオノーラはゆっくりと首を横に振り、悪戯気味の笑みで答えた。


「もちろん片時も離れがたく思っております……同時に、騎士として腕を鈍らせることも望んでおりません。それに皆さま。まさか私の“夫”だけ仲間はずれになどなされませんよう」


 そこまで言われては応じるしかなかった。


「これは責任重大ですね。キッドは必ずや無事に送り返します。女王陛下におかれましてはどうかご安心ください」

「おいおいエル。そんなヘマしねぇって」

「空の地でいきなり捕まったあなたが言うと説得力がありますね」

「ぐっ……」


 返す言葉のひとつも思いつかず、キッドはすかさず話題を切り替えた。


「つーかエル、お前のくれた餞別なんだけどさ! うちの国クシェペルカにたった一騎だけ空戦仕様機ウィンジーネスタイルあっても、使い道に困ってるんだよ」


 クシェペルカ王国へと婿入りするキッドへの餞別として送った幻晶騎士。

 それがシルフィアーネの設計を元に最新技術をもって建造した、シルフィアーネ改型“ザラマンディーネ”である。


 イカルガとの連動が必要ないぶん単体での戦闘能力を重視しており、重装甲と大出力を兼ね備えた強力な機体に仕上がっている。

 空戦においてはエスクワイアと連動した騎士団長騎にも比肩する性能を持つと、開発したデシレアと調整したアディが太鼓判を押していた。


 とはいえクシェペルカ王国では飛空船こそ揃ってきているものの、空戦の可能な幻晶騎士は未だ開発されていない。

 たった一機だけ空を飛んでもまともに戦えるわけもなく。

 当然のように持て余しているというのが現状であった。


「空戦仕様機はアディの尽力あって完成した機体ですから。キッドだけ持っていないのも不公平かなと思いまして」

「よくリオタムス陛下が許可したことだよ」


 フレメヴィーラ王国にとって西方との窓口となるクシェペルカ王国はおそろかにしてはならない存在である。

 先日の空飛ぶ大地の後始末も兼ねてキッドの婿入りには豪勢な手土産がもたされており、本機もそのひとつであった。


「せめてこういう時にでも動かしてやらねーと。倉庫で埃を被せておくのもかわいそうだしな」


 かくしてキッドの乗船として“銀の鯨ジルバヴェール号”があてがわれ、ザラマンディーネが積み込まれた。

 準備の様子を眺めていたキッドのもとへとエレオノーラがやって来る。


「それじゃあヘレナ。行ってくる」

「ご武運を。どうかご無事にお戻りくださいませ」

「大丈夫さ。君の騎士は何があっても負けない、だろ? 土産話をたっぷり期待しておいてくれよな」

「はい!」


 仲睦まじく話す二人の横で、その会話をガン見していたアディが猛然とエルに抱き着いていた。


「エル君、エル君! あれ! あれ良い! 私たちもやろうよ!」

「えーと……。そもそもアディはずっと一緒にいるので待っているような場面は多分、ないですね」

「なんてこと……! でも一緒にいくほうがいーよね仕方ない!」


 いつものようにエルに頬ずりを始めたアディに、エレオノーラは微笑ましそうに見守りキッドは呆れて溜め息をついていた。


 飛空船団は銀鳳騎士団、白鷺騎士団、紅隼騎士団にクシェペルカ王国の戦力を加えなおさらに規模を増す。

 そうして一路、混迷を深める西方の空を目指して出発するのだった。


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