#181 おれたち紅隼騎士団

「ああもうやっていられないねぇ! こちらはうんざりするほど西方人を相手した後なんだ! それもまさかのエルネスティ君の横槍で竜王体まで失われて! あまつさえ! 身体を休めに巣に戻ったら訳の分からない魔獣にふっ飛ばされているし! さらに! また船団ときた! どれもこれもすべてエルネスティ君のせいだ! 許すまじぃぃぃ!!」


 ぼけっと宙に浮かぶ魔王から小王オベロンの罵声が響いてくる。

 ハルピュイアたちは顔を見合わせたが、さすがに放っておけないのでおずおずと声をかけた。


「王よ。嘆きの風は胸に納め、まずこの逆風を越えねばならない」

「……ふぅ。わかっているともぉ面倒だがやるしかないわけだ。腹立たしいが!」

「勝てるか?」

「無理だね」


 小王が正気を取り戻したところで、各々の群れを率いる風切カザキリたちが魔王の周りに集まってきた。

 彼は投げられた問いを即座に切って捨てる。


「忘れもしない。あれはかつて完全だった魔王を打ち倒したエルネスティ君の愉快な仲間たちだ。それこそ魔王が健在か、せめて竜王体があれば話は違ったかもしれないが、我らのような群れに対しては過ぎた脅威だよ。加えて我らは一戦交えた後からロクに休めていない。これで勝てる道理などまずあるまいよ。あー許せないねぇ」


 正しくも率直すぎる意見に、風切たちの間に動揺が走る。


「それではなんとする。この地の風は歪んだままか。我らは巣を追われ翼折れて墜ちる野鳥にすぎないということか!」

「そうならないために、乗るべき風はふたぁつほどある」

「!」


 思いのほか小王の口調は軽い。


「ひとぉつ。尻羽散らして逃げること! おそらくこの遭遇は偶発的なもの、こっちが逃げるならまず追ってはくまいよ」

「……王よ。おそらくその風は正しい。だが我らは……」


 ここにいるのは棲み処であった森を焼かれ、恨みと怒りをもって戦うハルピュイアである。

 さらに重ねて西方人に追い立てられることを決して良しとはしない。


「ま、だろうと思っていた。ならば選ぶべき風はひとつだねぇ」


 魔王が眼下へと視線を転ずる。


「この巣をすぐさま制圧し、ここにいる者たちを盾にするとしようか」




「ヒィァッハー! 紅隼こうじゅん騎士団のお通りだーっ!」

「敵は何処じゃー! れぇーッ! ぶちかませー!」

「君たちそろそろうるさい」


 イズモと船団を後ろに残し、紅隼騎士団の幻晶騎士シルエットナイトが飛ぶ。

 団長騎であるグゥエラリンデ・ファルコンを中心に周囲をトゥエディアーネで固めた陣形だ。


 その中でディートリヒは、能力に長けるからと古株たちのいる第一中隊を連れて来るんじゃなかったと若干の後悔を抱き始めていた。

 確かに困難に対する対応能力は団の中でもずば抜けているが、基本的に頭の中まで筋肉が詰まりすぎている。


 とはいえいちおう手綱は取れている――はず。

 いざとなれば自分が何とかすればいいと考えているあたり、ディートリヒ自身も脳筋の誹りを免れないことに気付いていない。


 さてそんな騎士たちは、その自慢の観察眼でもって空を切り裂くように突き進む一体の魔獣を見つけ出した。


「魔獣確認! 前方、数は一! 進路直行! 魔導飛槍ロングランスいつでもイけまッス!」

「確認した、まだ放つんじゃないぞ。アレは鷲頭獣グリフォンという奴か。なるほど背にハルピュイアを乗せる騎獣だと聞いているが……なにやら頭が多いな?」


 ノーラから聞かされて、ハルピュイアと鷲頭獣の関係については大まかに把握している。

 多数のハルピュイアが集まるこの場であれば鷲頭獣が何頭いようと不思議ではないだろうが、それにしても妙な雰囲気である。


「どうやらあちらも目的地は群れのようだ。しかし偵察のようにも見えないが」

「あーのー。ディーダンチョ?」


 その時、並んで飛ぶトゥエディアーネから戸惑いの声が上がった。


「なんかー、あのー、魔獣の背中にー二人? いるっぽいッスけど。……片方、もしかしてアーキッドキッドじゃないス?」

「は?」


 思わず素で返したディーが慌てて遠望鏡を起動する。

 グゥエラリンデの眼球水晶と連動した遠望機能が視界をぐっと拡大した。

 飛翔騎士の普及以降、戦場の拡大に伴い必須化した装備である。後付けで既存の機体にも搭載されるようになった。


 部隊の全員がそれに倣い。

 三頭鷲獣セブルグリフォンの背にいる一人と一羽の姿を確かめる。


「おー? そういえばあんな感じだったような?」

「一緒にいるんはハルピュイアだろうなー。ってか雰囲気からして女性なんじゃね?」

「ならキッドで確定じゃね?」


 ここにいるのは銀鳳騎士団時代からの古株であり、つまりはライヒアラ騎操士学園からの同窓なのである。

 キッドはここしばらく国許を離れていたとはいえまさかその姿を見間違えはしない。


 確かにキッドだと全員が確かめたところでその場の空気が変わった。


「なぁ、キッドなら知らぬ間柄ってわけでもなし……ちょっとくらい攻撃してもいいんじゃね?」

「お? やっちゃう?」

「一発だけなら事故かもしれない」

「俺、もしかしたらエレオノーラ女王陛下から密命を受けたかもしれない」

「あー俺もそんな気がしてきた」

「念のため言っておくが、止め給えよこのバカども?」


 じゃれ合いの範疇ではあるが、たまに実行しかねないのが怖いところである。

 ともかくグゥエラリンデ・ファルコンが翼をすぼめて加速した。


「……はぁ。私が先行する。お前たちは周囲を警戒しながらついてくるんだ」

「うーっす!」


 紅の剣が一直線に突き進む。

 それを追う飛翔騎士の中で、団員たちは面白くなってきたと俄然盛り上がりつつあった。




 わだかまるハルピュイアの群れが形を変えつつある。

 残る混成獣乗りキュマイラライダーが地上へと駆けおりていった。


「巣を襲うつもりか!」


 三頭鷲獣の背の上でホーガラが叫ぶ。

 魔王軍が降り立とうとしているのは、彼女の一族が暮らす巣がある場所だ。


る気なんだな、魔王軍。ホーガラ、三頭鷲獣を急がせてく……」


 ホーガラの後ろでキッドが口を開いた瞬間のこと。

 急速に轟音が迫ってくる。聞き覚えのあるマギジェットスラスタの噴射音。

 はっと振り向いたキッドの視界に巨大な影が侵入してくる。


 それは異様な姿をしていた。

 半分は人型。数本の槍を無理やり集めたような武器を片手に保持している。

 異様であるのが下半身。滑らかに後方へと伸びるのは“尾びれ”。半分は人、半分は魚という常識を蹴り飛ばすかのような形。


「……っぱエルだよなぁ、コレ!」


 だがキッドは呆れこそすれども驚きはしない。

 なにせ彼の愛機たる幻晶騎士も、半人半馬の異形であるのだから。


 さらに機体にはフレメヴィーラ王国の紋章が刻まれているとあっては、顔も綻ぼうというモノである。


「エルと若旦那を追ってきたのか? ……でも知らない騎士団章なんだよなぁ」


 彼とて騎士としての教育を受けている。

 国内の騎士団章はすべて把握していたが、剣と紅の隼をあしらった紋章には見覚えがなかった。

 覚えた疑問はすぐに氷解することになる。


「っていうかうっそだろ、あれってグゥエラリンデ! ……が、飛んでるって!?」


 忘れようはずもない。

 かつて銀鳳騎士団で轡を並べて戦った紅の双剣、第二中隊長騎“グゥエラリンデ”。


 ただし見慣れない機体が背中にくっついているうえに、まさか近接戦仕様機ウォーリアスタイルのまま空を飛んでいるが。


「囲まれた……こいつら三頭鷲獣に並ぶと……!」


 手綱を握るホーガラの手が強張る。

 それをそっと押さえ、キッドが頷いた。


「大丈夫だホーガラ、これは味方だよ。それに攻撃してこないってことは多分、こっちのこともわかってる気がする」


 何しろフレメヴィーラ王国の騎士ときたらどいつもこいつも対魔獣の専門家なのである。

 この間合いまで接近して攻撃のひとつも加えてこないということは、少なくともいきなり戦う意思はないと考えて間違いない。


 ホーガラを押さえながら、キッドは紅の騎体へとぶんぶん手を振った。

 ゆっくりと接近していたグゥエラリンデが小さく腕を上げて応える。


「やっぱり気付いてくれてるな。さっすがディーさんだ! なぁ、あれは敵じゃない……近づいても暴れないでくれよ?」


 背を撫でながら三頭鷲獣に語り掛ける。

 三つ首のうち一つがちらと目を向けてすぐに戻った。どこまで伝わったかいまいち不安だが、敵意は感じないので大丈夫だろう。


 半人半魚の機体たちはグゥエラリンデと三頭鷲獣を守るように位置している。

 もしかして第二中隊が来てくれたのかもしれないと、キッドはさらに顔をほころばせた。


「……確かにキッドだね。どうにもずいぶん妙なことになっているようだ」


 風の音にかき消されないよう、強めにかかった拡声器から懐かしい声が響く。


「本当にディーさんなんだな! えっと色々あったんだけどさ!」

「見ればわかるよ。それよりまずは確かめたい……“誰が敵だ?”」


 ディートリヒらしい単刀直入な問いかけである。


「下の森にいるのは味方だ。彼女の一族のハルピュイアと……巨人族アストラガリって? デカいのがいる」

「ああ、小魔導師パールはここにいるのか。ならばさっさと合流するのも手ではあるね」


 ディートリヒは巨人族の少女、小魔導師のことを知っているらしい。

 キッドは意外な想いを抱いたがすぐに納得した。

 しばらく国許を離れていた彼とは違い、ディートリヒはずっとエルと行動を共にしていただろうからだ。


「そんでエルと若旦那はここにはいない。パーヴェルツィーク軍とあの光の柱を調べに向かってる……はずだ」

「パーヴェ……? 最終的には大団長のところに馳せ参じるつもりだが、ならばあの光を目指せばいいんだね」

「大……?」


 お互いに色々と情報が溢れているが、大まかなところは伝わっているので良しとする。


「さあて後はここをどう収めるかだが。そこのお嬢さんの群れとは別なのかい? あの魔獣とハルピュイア、なかなかに敵対的に見えるよ」

「ああ、そいつらは“魔王軍”って言って。ここから西方人を追い出そうとしてる」

「……は? いやいや。魔王軍? まさか“魔王”があそこにいるのかい?」

「確かエルがそんなことを……ディーさんも知ってるのかよ」

「知っているも何も魔王ならボキューズ大森海だいしんかいの奥で戦ったよ。というかエルネスティが倒したはずなんだが」

「そういやエルが死ぬほど狙われてたな」

「完膚なきまでに叩き潰したからね、そりゃあそうもなる。しかしだとすれば交渉も和解も不可能じゃないか。さっさと全軍を展開すべきだろうが……」


 ディートリヒは僅かに考え込んだ。

 空飛ぶ大地、先住の民ハルピュイア、再び出会った魔王とエルネスティ――。

 まぁ見事にロクでもないが、既に大団長エルネスティが動き出している今、余計なことで時間を食いたくはない。


「……良し。下には小魔導師がいるのだったね? 我々は最優先で彼女との合流を目指す。それと一騎、敵は魔王軍だと後ろに伝えてきたまえ」

「了解ッス!」

「ディーさんが突撃しないだって……ッ!?」

「何かものすごい失礼が聞こえたが。私とて今では紅隼騎士団を任された身なんだ、そうそう身軽でもいられないさ」

「……え。ディーさん、銀鳳騎士団から離れたのかよ!?」

「む、聞いていないのかい。簡単に言えば私とエドガーがそれぞれ独立した。ともあれ積もる話は後回しだ、今は急ぐよ」

「いや、ちょ。結構気になるんだけどさ!?」


 物足りない様子のキッドを置き去りに、グゥエラリンデが発光信号を灯す。


「これより最大速度で進出。小魔導師と合流の後、本隊が来るまでの時間を稼ぐ! 紅隼騎士団よ、その剣の冴えを見せろ!」

「応さァ!!」


 グゥエラリンデと三頭鷲獣の後を追って飛翔騎士が加速する。

 視界の先では降下する混成獣と舞い上がる鷲頭獣の間で衝突がおころうとしていた――。

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