#173 魔王軍の憂鬱

 バサバサと無数の羽ばたきが空を覆う。

 この空飛ぶ大地に住まう有翼種族である、ハルピュイアたちの群れが移動していた。


 群れの中には巨大な獣が混じっている。

 硬質な外皮の下に強靭な筋肉の詰まった躯体、そこには恐るべきことに三つの首が生えている。

 獅子、山羊、鷲の形をした首たちはどれも凶暴性に満ち満ちていた。


 悍ましさすら漂う姿をもつ異形の魔獣、混成獣キュマイラだ。

 己以外のすべてを獲物であるとしか認識しない破壊の獣はしかし、ハルピュイアに騎乗され手綱によって操られていた。


 そうしてなにごともなく進んでいるかのように見えた一行であったが、にわかに騒ぎが湧きおこる。

 直前まで大人しくハルピュイアを背に乗せていた混成獣が、突然身をよじって抵抗しだしたのだ。


「くっ! 従え……! やはり鷲頭獣グリフォンとは違うか……!」


 跨がっていたハルピュイアが振り落とされまいと手綱を引く。

 魔獣は生来の凶暴さを剥き出しに、背に居る異物を振り払おうと暴れだして。


「“……静まれ”」


 その時、不可視なる波動が宙に広がった。

 王の語る言葉ならぬ言葉に打たれ、混成獣がみるみる静かになってゆく。

 間もなく魔獣は元通り、手綱の指示に従い始めた。


 ハルピュイアたちが波動の源へと首を巡らせる。


 群れの中央、いっとう高い場所に浮かぶ影。

 ひょろりと長い手足を持つ、歪な人型のようにも見えるそれの名は“魔王”。

 かつて“竜の王”を称していた時よりも格段に小さくなった身体。

 しかしその異能は健在であり。この能力あればこそ凶暴な混成獣を従え、戦力とすることが可能となるのであった。


 騒ぎを収めた魔王のもとに数羽のハルピュイアがやってくる。

 側近であり、かつてはそれぞれの群れを率いていた“風切カザキリ”たちだ。


「……王よ、向かい風が吹かれましたか」

「くく。すまないな、“竜王体”を失ったのが少し響いているようだ。この魔王はまだ、本調子とは言えないからね。……不安だったかい?」


 “魔王”の内部より響く人の声。

 小王オベロンと名乗るエルフの問いかけに、風切たちは首を横に振った。


「わずかに旋風を巻きましたが、その風のようなもの。我らに必要なのは我らに爪を授けるもの。それこそが王としての証しです」

「安心するがよいよ。“魔王”の調子もじきに落ち着くだろう。この力、翳ることなどないからね」

「それでこそ我らの王」


 この空飛ぶ大地の先住民であるハルピュイアは、個々の能力は高くともまとまりに欠けている。

 ゆえにこそ“魔王”であり、その操り手である小王が祭り上げられた。


「ははっ。そうさ、さしずめ我らは“魔王軍”といったところ。いかにも人間たちと戦いそうじゃないか」


 小王が嗤いを漏らす。

 風切たちは頷きあい、それぞれに引き返していった。


 群れは落ち着きを取り戻し、粛々と飛んでいる。

 彼ら群れは今、“禁じの地”と呼ばれる場所を目指して移動している。


 かつて“竜の王”が拠点としていた場所であり、空飛ぶ大地の中でも高地となるため人間たちが近寄らないのである。

 とはいえ、そこに特大の餌があることを小王は把握していた。


「そうだ、彼らは虹石……いや源素晶石エーテライトを集めている。既にあの巨大な石の存在はバレていることだし、いつまでも静観はしていないだろう」


 空飛ぶ大地を侵略する人間たち――西方人の貪欲さを思えば、禁じの地もいつまでも安全とは言えまい。

 小王は驚異を分析する。


 しかし彼は間もなく知ることになるだろう。

 西方人の貪欲さは彼の想像力など軽く超えているということを――。




「……あれは、なんだ?」


 最初にそれを察知したのは群れの先を飛ぶ偵察役のハルピュイアたちだった。

 間を置かず群れの全体に動揺が広がってゆく。


「禁じの地に、なにかが起こっているぞ!」


 彼らの目的地であるはずの場所が、異様な変貌を遂げている。


 そこには天地を貫くかのように伸びる七色の光の柱。

 まるで火山が噴火したかのような光景であるが、まさかこの空飛ぶ島に火山などあろうはずがない。


 眩く光を放つ柱は、未だ距離があるというのに巨大であることがわかる。

 近くによればいったいどれほどになるか、にわかに想像がつかなかった。


「なん……だ? 虹石に何かがあったのか?」

「風切たちも知らないのかい。他に、あれの正体を知る者はいないか?」


 小王が問いかけても、ハルピュイアたちは困惑するばかり。


「それぞれの群れは長くこの大地に巣を作ってきた。だがこのようなものは初めて見る」

「色は虹石に似ているが、あれはこれほど光を放たない」


 小王は頷いた。


「だとすればあれはハルピュイアの仕業ではあるまいよ。さても西方人の強欲さを侮っていたか」


 すっと周囲に緊張が走る。

 ハルピュイアたちの敵愾心が高まってゆくのが、手に取るように読み取れた。


 “魔王”が腕を広げる。

 その声なき声が、ハルピュイアたちに染み渡ってゆく。


「聞け、群れる翼たちよ。西方人の侵略が刻んだ爪痕を、諸君らは忘れてはいないだろう。巣を追われた我らが、新たに集いし止まり木を! またも奴らは奪おうとしている! 許し難い……巣を荒らす鼠は爪にかかるものだろう!!」


 おお、おお!!

 ハルピュイアたちの喚声が唱和し、敵意を感じた混成獣が吼えた。


「先見のものを向かわせる! 混成獣乗りは進め、支援のもので周囲を固めよ!」


 “魔王”は強大な魔獣であると同時、群れの中枢として数多の部下を指揮する能力を有している。

 かつて“穢れの獣クレトヴァスティア”を操っていた力は、小王の手によってさらなる強化を施された。


 混成獣を操り、さらには離れた者たちに言葉を伝えることすら可能たらしめる“魔王”の新たなる力。

 それが“囁きの詩ウィスパードソング”である。

 同時かつ広範囲に意思を伝達可能なこの能力は、まさに群れを動かすのに最適なのであった。


「狩れ!」


 命令を受けたハルピュイアたちが飛び出してゆく。

 群れの中でも風切につぐ速さ自慢たちによる偵察である。


 少し遅れて混成獣乗りたちによる主力打撃隊が続いた。


「さて、西方人のなかで最も大きな群れとはつい先ほどりあったばかり。泥棒鼠も数はそう多くないだろう。ならば士気を高めるのにちょうどよいといったところ」


 “魔王”を進めながら、小王が独り言ちる。

 西方人の集団の中で最大最強であったパーヴェルツィーク王国との戦いは、十分な戦果を挙げたものの多くの犠牲を払うことになった。

 動揺が残ることまでは避けられない。

 ここで小さくとも成果を上げておくことは、群れを維持するうえで重要なことだった。


 魔王の中で一人ほくそ笑む。

 だがその時すでに、状況は彼の想像を裏切る方向へと進み始めていた。


 七色の光の柱の中で“何か”が蠢く。

 あまりにも巨大なソレが身じろぎしたように見え。

 ごおっ、と唸りを上げて何かが放り上げられた。


「なに……?」


 ハルピュイアたちは思わず目を凝らす。

 一瞬だけ逆光にそまった物体。

 それは近づくほど、みるみるうちに大きさを増し――。


「な、西方人の船とやらか!?」

「避けろー!」


 巨大な飛空船レビテートシップが、きりもみしながら飛んでくる。

 慌てたのはハルピュイアたちだ。混成獣であろうと、こんな巨大な物体に衝突してはたまらない。


「なっ……何が起こっている!?」


 落下に移った飛空船が、ハルピュイアたちの群れのど真ん中をつっきってゆく。

 羽音も慌ただしく避けた後、彼らは落ちてゆく船を見送った。


 そもそもが半ば以上まで壊れていた飛空船は、地面に叩きつけられて粉みじんに砕け散る。

 吹きあがる土煙を確かめ、“魔王”は光の柱へと振り返った。


「あれは西方人の仕業ではないのかね? いや、船があるということは西方人がいるのも確かではあるけどね……」


 疑問は尽きない。

 だからと呆けたように眺めているわけにもいくまい。


「先見を増やす! 先に巣の様子を確かめるんだ。風切たち、ここからは風を見極める必要があるよ!」


 小王の指示に従い、一部のハルピュイアたちが先行していった。

 山肌に沿うように飛び、稜線まで近づいてゆき――。


「これは……デカい、ぞ……!!」


 異常を感じるのに、それは十分だった。

 禁じの地は、山々に囲まれたすり鉢状の大地となっている。

 その中央に突き出ていたはずの巨大な源素晶石塊はすっかりと姿を消し、入れ替わるように光の柱が伸びていた。


 己の目を凝らし様子を確かめたハルピュイアたちはやがて気付く。


「あれは光の柱などではない。七色に光を放つ……風が?」


 地面に開いた巨大な穴より噴きあがる七色に光る風、それがまるで光の柱のように見えているのであると。


「おい。光の風の中を見ろ、なにか……いるぞ」


 さらに確かめたハルピュイアたちが戦慄を覚えた。

 光の柱の中に、うっすらと見える影とも言えぬ影。

 わずかに色の異なる領域が、ぞろりと動き――。


「獣……なのか? まるで化け物だ」

「! 見ろ、皆。周りを」


 さらに大地も荒れていた。

 そこかしこに散らばる、鋼の骸。

 彼らは知っている、それが西方人の使う幻晶騎士シルエットナイトなる巨大な鉄の躯体であることを。


「やはり、西方人どもが入り込んでいるぞ! だがあの化け物はいったい……」

「わからん。ここは王の知恵を乞うとしよう」


 もはや偵察たちの手に負えることではない。

 彼らは翼を返して戻ろうとして。


 その時、光の中の巨大な何かが、ぶるりと震えたような気配があった。

 見られたという感覚がハルピュイアたちの脳裏をよぎる。五感では感知しえないものがさざめき。

 七色に輝く光の柱が、わずかに揺らめいたような気がした。


 それは見間違いではない。

 光の柱から、大地から。周囲から一斉に、青白く光る細長いものが伸び始めたのである。

 それらは明確に生きているようであり、体から膜を広げると身をくねらせ宙を泳ぎ始めた。


「なん……蟲を吐き出したぞ!?」

「混成獣乗りを! どうやらあれは共に風に乗れるものではなさそうだ!」


 青白い魔獣たちは少しの間周囲を泳ぎ。

 やがて急激に動きを変え、素早く近づいてきた。


 慌てたのは偵察のハルピュイアたちだ。翼を広げるといっせいに後退を始める。

 そこに入れ替わるようにして混成獣乗りたちが到着した。


「あれはなんだ!?」

「地に住む蟲だ、しかし見つかったらしい!」

「わかった。こいつらが焼き払う」


 群れの仲間を庇い、混成獣乗りたちが前に出る。

 青白い魔獣たちは数こそ多いが見たところ牙も爪も殻もない。

 ゆらゆらと揺れるように空を泳ぎ迫ってくる、動きこそ不気味ではあるが特に脅威と感じなかった。


「空ならば木を焼くおそれもない、やれ!」


 騎乗したハルピュイアたちにけしかけられ、混成獣の獅子の頭がガバっと口を開く。

 すぐに湧き上がってきた炎が喉から迸り、近寄る青白い魔獣を焼き払った。


「数が多いな、混成獣を休めながら……むっ」


 騎乗していたハルピュイアたちはすぐ異常に気付く。

 炎に飲み込まれたはずの青白い魔獣たち。だがそれらは何の痛痒も感じていないようであり。

 平然と炎から頭を出すと、そのまま混成獣めがけて身を伸ばしてきた。


「通じないだと!?」


 ハルピュイアたちも呆然と見守っていたわけではない。

 翼を翻して距離をあけようとするが、混成獣の素早さではそれもかなわず。

 するすると青白い魔獣たちが巻き付いてくる。


「こいつら……! だが近寄ったのは乗る風を間違えたな!」


 混成獣は破壊の獣。膂力たるや鷲頭獣グリフォンの比ではない。

 三つある頭をもちあげ、青白い魔獣へとかぶりつこうとして。


 ――悲鳴が上がる。


 苦しげな呻きを漏らしていたのは青白い魔獣でも、ましてハルピュイアでもなく混成獣たちであった。

 騎乗していたハルピュイアは事態の異常さに戸惑う。


「こいつら……混成獣に、入ろうと!?」


 青白い魔獣たちがいきなり、混成獣の身体の中へとズブりと突き刺さった。

 いや、突き刺さったというと語弊がある。

 何せ青白い魔獣たちは、まるで抵抗なく混成獣の身体の中へともぐりこんでいったのだから。


 混成獣は持ち前の凶暴性を発揮することなく、泡を吹いてもがいている。

 身体を食い破られているわけではない。

 しかし青白い魔獣がこれらに侵入しているのは明らかだった。


 鞍の上のハルピュイアが慌てて魔法を放ち攻撃する。

 とはいえ混成獣の炎をものともしない魔獣だ。いまさらハルピュイア程度の魔法を浴びたところでそよ風のようなもの。


 やがて数匹も青白い魔獣が潜り込むと、苦しみ呻いていた混成獣が一気に動きを鎮めた。


「何が起こったのだ。ええい混成獣よ、動けるなら従え……」


 手綱を打つ。

 すると混成獣の山羊の頭が持ち上がった。

 己の可動域をまるで無視した動きで、ギチギチと振り返り。

 知性を感じさせない濁った山羊の瞳が、背に居るハルピュイアを捉えた。



「……ッ!? なんだい、今の感覚は」


 その頃、後方にある魔王軍の本隊では小王が突然走った謎の頭痛に顔をしかめていた。

 考え事が多すぎたかとちらと思ったものの違和感が残る。


 すぐに決定的な情報が“魔王”から伝わってきた。


「“囁きの詩”が、阻まれている……?」


 “魔王”が集団を抜け出し一気に前進してゆく。

 山肌を翔け上り、戦場へと辿りつくなり唐突に閃いた雷鳴を弾き、飛来する炎弾を迎撃した。


「……貴様ら。これはどういうことなんだ!」


 “魔王”――小王は己と対峙する、混成獣たちを睨んだ。


 混成獣だ。背にハルピュイアの姿はなく、握るもののなくなった手綱が空しく揺れる。

 その体表では時折、青白く光るなにかがぞろりと蠢いた。


「なにかが潜り込んだ? それが“魔王”のわざを妨げているッ!」


 “魔王”が“囁きの詩”を使用する。

 強力に広がった不可視の波動は、しかし混成獣にはまったく通じることなく。

 むしろ明らかに制御を失った混成獣が後から後から集まってくる。


「先行して投入した混成獣は、どうやらそろってこの有様か。やれやれ、つい今しがた魔王軍のあり様を考えていたところだというのに」


 小王は思わずため息を漏らした。

 その時、下方より飛来した法弾が甲殻を掠めてゆく。


 見れば、大地をのしのしと幻晶騎士が歩いていた。

 小王にとっては知る由もないことであるが、それらは“孤独なる十一国イレブンフラッグス”の制式騎ドニカナックである。

 ふらふらと亡者めいた歩みで進み、魔導兵装シルエットアームズを頼りなく空に向ける。


「どういうことだい? 西方人どもが原因ではないのか……」


 なおも降り積もる疑問に首をかしげていると、混成獣と幻晶騎士が徒党を組み“魔王”に襲い掛かってきた。

 その周囲にひらひらと浮かぶ青白い魔獣を確かめ、小王の頬に皺が走る。


「虚けどもが。混成獣を奪ったからと、この“魔王”も同じと思ったのかい!」


 “魔王”が中肢を開く。

 即座に魔法現象の前兆が灯り、数多の法弾が宙に閃いた。

 嵐のような法撃を受けた混成獣がたまらずズタボロになってゆく。


 さらに“魔王”は前肢を振るい体液弾を放った。

 渦巻く白雲が地上に襲い掛かり、ドニカナック部隊を飲み込んでゆく。

 鎧袖一触とばかりに混成獣、幻晶騎士による包囲は瞬く間に崩れ去っていった。


「雑魚がいくら群れようと王の敵ではないよ! 私に楯突くならエルネスティ君でも持ってくるのだね……む?」


 炎が収まり白雲が流れ去ってゆく、その後に。

 死した混成獣の身体から青白い光を放つ魔獣がズルズルと現れる。

 地上でも幻晶騎士の残骸を捨て魔獣が浮き上がってきた。


「しつこいものだ!」


 “魔王”が前肢を振るい再び多重法撃を放ち。

 そこで奇妙なことが起こる。青白い魔獣に直撃したはずの法弾が、当たる端から溶けるようにして崩れてゆくのだ。


「魔法現象が通じないと? 重ね重ね不快なものだ。エルフたる私の前で、よくもぬけぬけと!」


 激昂した小王は、今度は“魔王”に体液弾を放たせようとして。

 はっと気づき腕を戻した。


 魔獣たちを避けて飛ぶ小さなものがいる。ハルピュイアたちだ。


「お前たち、無事だったのか」

「ああ……王よ。奴らは混成獣には寄生できても、我らは無視してゆきました」


 混成獣に襲われいくらか数を減じているものの、ハルピュイアたちは多くが無事だった。

 小王は押し黙り思考を回す。

 混成獣と青白い魔獣たちの向こうには、大地を穿ち天へと伸びる光の柱があり。

 中心の巨大なる未知の存在がまたも蠢いた。


 その時、小王の脳裏に天啓がひらめく。


「……七色の光を放つ! そうか。こいつらの身体はまさか……だとすれば!」


 あり得ない、という言葉を直前に見た景色が打ち消してゆく。

 小王はすぐに思考の海から浮き上がり行動を開始した。


「お前たち、すぐさま退くぞ!」

「はっ……しかし退くとして、どこへ」

「いくらか考えがある。混成獣は捨て置きたまえ、まずは本隊と合流するよ!」


 ハルピュイアを守りながら後退しつつ、小王は光の柱を睨みつけていた。


「やっと、やっと築いた安住の地なのだ。それをこんなところで! しかし良くない、非常に良くない状況だね。しかも想像の通りならばおそらくそう猶予は残されていないか……」


 ハルピュイアを率いた“魔王”が退いてゆく。

 支配から逃れた混成獣は炎弾を放っていたものの、しつこく追うようなことはなかった。

 やはり青白い魔獣によって乗っ取られているのだろう、単に支配から逃れただけならば執拗に襲い掛かってくるはずである。


「く、混成獣を失ったのはいかにも手痛いね。戦力が……しかしアレを相手にできるようなものがどこに……」


 すっと脳裏をよぎるものがある。

 小王は不快気な表情で自らの思い付きを蹴り飛ばした。


「ともあれまずはどこかに巣を作らねば。この規模で止まれる枝か、悩ましい」


 魔王軍には数多くのハルピュイアが集まっている。

 何ものも近づかない禁じの地であれば余裕があったのだが。


 合流した小王が考えていると、風切の一羽が近づいてきた。


「王よ。群れの止まり木について、私に考えがあります」

「助かるよ。このままではあまりに格好がつかないからね」

「私が元居た巣の近くに、強き翼たちがいます。その者たちは西方人の群れに勝利したこともあるとか」

「ほう、それは心強いものだ。翼を合わせずとも、枝を借りられるだけで嬉しいのだがね……」


 かくして魔王軍は移動を始めた。




 ――天を仰ぐ。

 空を埋め尽くすほどの羽ばたき。

 見たこともないほどのハルピュイアの大群が空の姿を変えている。

 そんな大群の中央で“魔王”は地上を睥睨し。


 巣に元居たハルピュイアたちも険しい表情を浮かべていた。

 人間たちは固唾をのんで状況を見守り。

 ただ一体――小魔導師パールヴァ・マーガだけが空に向かって吼える。


「……穢れの獣クレトヴァスティア! このようなところで我が瞳に入るとは!! これも百眼神アルゴスのお導きとあらば、我の全力で答えを導いてくれよう!!」

「くくくはははっ! なんだこれは、なんということだ! こんなところに、世界を変えてまで巨人族アストラガリがいるだと!? これが笑わずに済ませられようか! 実に愉しいぞ、四ツ目の娘よ!!」


 この奇妙な邂逅が、空飛ぶ大地の運命を変える。

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