#160 隙あらば銀鳳商会

 パーヴェルツィーク王国天空騎士団第二十七飛空船団所属、“フォルクマー・ゲデック”は、後にその時を振り返り述懐する。


「あれは……ひどいところだった。何しろ常識ってものが何ひとつ通じやしない」


 第二十七船団は、彼が船長を務める飛空船レビテートシップを中核とし数機の竜闘騎ドラッヒェンカバレリによって構成される。

 主に対孤独なる十一国イレブンフラッグス軍向けに活動しており、パーヴェルツィーク軍においてはありふれた戦闘単位といえた。


「あんた、飛空船について詳しいかい? あれは新時代の象徴とでも言うべきものだった。なにせ船が空を飛ぶなんて夢にも思ったことなんてなかったしさ。それだけでもぶっ飛ぶくらいなのに、そこに竜闘騎が現れた。もう我が軍にかなう奴なんていないと思ったさ。実際、イレブンフラッグス軍との戦いで後れを取ったことなんて一度もない。奴らが使っていた小型船なんて、あんなものただの的だしな」


 そんな快進撃に暗雲が立ち込めたのは、とある辺鄙な村の周囲を巡回していた時のことだった。


「いつも通りの退屈な任務だった。……そのはずだった。だがいつも通りにイレブンフラッグスを蹴散らした後、いつもどおりじゃないことが起こった。竜闘騎から初めて、被害を受けた合図が上がったんだ。まさかあの小型船に? とは思ったが勝敗なんて水物、運の悪い時もあるだろうさ」


 そうして彼らは念のため後詰めの竜闘騎を展開し、味方を助けるべく進んでいった。


「その先に何が待っているかなんて知らずにな……。すぐに監視から報告があがってきた、竜闘騎の残骸につかまってる幻晶騎士シルエットナイトがあるって。意味が分からなかったが現実はそのままだった。見たことのない型だったが、とにかく近接戦仕様機ウォーリアスタイルだったのは確かだよ」


 彼はその時を思い出してか、わずかに目を伏せ深く息をついた。


「訳のわからない状況だったが、まだ対処は可能だと思っていた……所詮、敵は一機だけ。こっちは竜闘騎二個小隊からの部隊なんだぜ。なのに、森に隠れた奴を竜闘騎に探させていたはずが、気付いたら船めがけて飛んできたんだ! 重ったい幻晶騎士が飛空船の上まで、竜闘騎じゃあるまいに! 当然、飛竜が迎撃に向かったがまさかの返り討ち……。悪夢でも見ているかのような気分だったよ」


 彼は首を振り椅子に沈み込むと、ついに頭を抱えだした。


「そうして俺たちは奴らの捕虜になった。ひどい話だろ? だが……笑えることに、そこからこそ本当の地獄の始まりだったんだ」


 そうして視線は遠くを彷徨ってゆき――。




 ――主戦力である竜闘騎を失った飛空船は、当然のように丸裸も同然となる。

 降伏の旗を立てたパーヴェルツィークの船へと、異様に重装備の騎士たちが乗り込んできて、船長であるフォルクマー以下船員たちは否応なく捕虜となった。


 そのうち上級船員たちは敵の船へと連れてゆかれ、そこで尋問を受けることとなった。

 敵の正体に当たりはついているものの、はっきりとはしない。緊張をかみ殺しつつ待っていると――奴らが現れた。


 最初に現れたのは三〇代手前くらいと思われる若い男であった。

 風格はあれど粗野が目立ち、彼が集団の主なのだとしたらここは山賊なのだろうと思えたくらいだ。


「ようこそ来てくれた、パーヴェルツィークの騎士たち。生憎何もない空の上だが歓迎するぞ」

「あれほど熱烈に誘われちゃあ、船もぐらりときますからね」


 軽くまぜっかえしてみれば、男は悪びれた様子なく肩をすくめた。


「正直に言ってお前たちに特段の恨みもないのだが。お互い船上で出会ってしまったのだ、そういうものだろう」


 そう言ってにぃと笑うさまはますます山賊めいたもの。

 とはいえフォルクマーは船長であり、船の乗員たちの命を預かる身である。捕虜となったからこそ弱気になってはいけない。

 幸いにも相手はまだ話が通じそうな感触がある。


 彼はフリだけではない難しい表情を浮かべつつ、問い返した。


「そういうあんたがたは……新生クシェペルカ王国の者だな?」

「かもしれない。少々世話になっていたことはある」


 白々しい。かの有名な“クシェペルカの魔槍”を使っておきながらそらとぼけるとは。

 とはいえ収穫はあった。本当に山賊ではなく国に所属しているなら、交渉が成り立つ可能性が高い。


「俺たちはパーヴェルツィーク王国、天空騎士団第二十七船団所属。任務は領地・・の守護で、イレブンフラッグスと一当てやったところだ」

「ほう。あの業突く商人どもは相変わらず手広く暴れているな」


 さらに手ごたえを感じる。知る限りイレブンフラッグスはどことも同盟を組んだ様子がなく、総取りを狙って動いている。愚かなことだ。

 ともかく、空飛ぶ島にある勢力ならば目障りに思っているに違いない。


「どうにも貴国とは少々すれ違いがあったようだが……戦場の不幸ってやつだ。ここは穏便に済ませるのが、お互いのためだと思うんだがな?」

「なるほど。それで、こうして捕虜となったお前たちがどう穏便に済ませてくれるんだ?」


 この男は妙に楽し気なばかりで、いまいちつかみどころがない。

 ここからが正念場だ、フォルクマーは腹に力を籠める。


「俺たち捕虜の生命、および装備の安全を求めたいんですがね。もちろんタダじゃあない。引き換えに本国から身代金を支払いましょうや」


 それまで余裕そうに笑っていた男の表情が、ふと変わる。何か考えているようで視線が逸れて――。


「ほう。その提案は悪くないと思うんだが……どうもそれは無理そうだ」

「なに? それはどういう……」


 フォルクマーが聞き返した、その直後のことだった。

 いきなり床が――船が揺れる。慌てて周囲を見回した、窓の外ある巨大な顔と目が合った。


「ワトーの羽を傷つけたのは、この者たちか!?」


 巨大な――女の顔だ。

 幻晶騎士かと思われる大きさだけでも異様極まりないのに、さらに四つもの瞳が爛々と輝きフォルクマーを睨みつけている。


「ばっ……化け物ッ!?」


 思わず椅子ごと転げそうになる。


「眼を閉じて狩りをしたか。それとも百眼神アルゴスの威光を目にせぬか。あれほど美しい羽根で飾れば百眼神も大いに喜ばれように、無為に散らすだけなど! いかに小人族ヒューマンとて眼を開きなおして……」

「はーいはい。話がややこしくなるので小魔導師パールは少し下がっていてくださいね。アディ、お願いしても?」

「まっかせてー。小魔導師パールちゃん、一緒にワトーのお見舞いに行きましょうねー」

「むむぅ……。これは小人族のことであるゆえ、後は師匠マギステル・エルに任すが……」


 ようやく窓の外から巨大な顔が去ってゆく。

 フォルクマーはそこで初めて、自分が息を止めていたことに気付いた。生きた心地がしないとはまさにこのことである。


 恐るべきことに、年若い女性騎士があろうことか四ツ目の化け物の肩に飛び乗り、一緒に立ち去っていった。

 というかあの化け物は言葉を発していなかったか。あまりのことに何もかも理解が追い付かない。


 この若い男は、あの化け物を見て平気なのか。

 それを言えばそもそも飛空船に乗せていること自体が異様極まりない。

 空飛ぶ大地は驚きに満ちているが、ここは恐怖に満ちている。

 フォルクマーは急に自分がいったいどこにいるのかわからなくなってきて、身震いを覚えていた。


 混乱する彼をよそに、部屋に入ってきたものがいる。

 小さい。まるで子供のような風体の、少年か少女かもわからない謎の人物だ。

 状況についてゆけず固まるフォルクマーを見て小首をかしげる。


「……エルネスティ、あまり捕虜を脅かすな。ほれ、交渉の途中だったが驚きすぎて話せなくなってしまったぞ」

「申し訳ありません。ワトーの傷を見た小魔導師が怒りだしてしまって」

「それは仕方ないな」


 何を納得しているのかはわからないが、今の会話がフォルクマーの記憶を刺激した。


「その声……覚えがあるぞ!」


 忘れもしまい。彼の飛空船に乗り込んできた、奇怪な蒼い騎士から聞こえてきた声――!


「はい、その通りです。蒼い幻晶騎士、トイボックスは僕の乗騎です」


 頬が引き攣る。自分たちはこんな、こんな小さな子供にいいようにやられていたのか。

 思いが顔に出ていたのだろう、その小さな子供が苦笑した。


「ご安心ください。僕はこれでも騎士団を預かる身であり、騎操士ナイトランナーとしても身を立てていますよ」

「その一言で安心する奴はまずいないだろう。……そうだな、おい。そこのちっこいのは昔、ジャロウデク王国との戦いで飛竜戦艦ヴィーヴィルを叩き落とした張本人、つまり竜墜としの騎士だ。お前たちの飛竜がどれほどのものかは知らないが、運がなかったな」

「なん……冗談だろう!」

「確かに冗談にしてやりたい気持ちもあるんだがな。よく考えてみろ、幻晶騎士に乗って飛空船の上まで上がろうなんて、そんな奴でもなければ考えもしないだろう」

「…………」


 根本的に色々とおかしい。おかしいのだが、あまりにも全てがおかしいために反論の言葉に詰まる。

 いったい自分はどこに迷い込んでしまったのだろうか?

 この時すでに、フォルクマーの頭の中からは交渉とかいろんなことが吹っ飛びつつあった。


「それはいいとして、エルネスティよ。こいつらは本国から身代金が出るから、捕虜と装備の返還を求めているんだがな?」

「お約束通り、捕虜の身の安全は保障しますよ。あと飛空船も相応の対価でお返ししましょう。ですが飛竜は無理です」

「な……なぜ? 本国の金払いを心配してるってなら、そんなことは……」


 ようやく正気を取り戻しつつあったフォルクマーが、首を振りつつ聞き返す。

 返ってきたのは、とても満足げな笑みだった。


「いいえ、そうではなくて。もうないからです」

「なにが?」

「あなたがたの小型飛竜は鹵獲、墜落したものまで含めて全機、もうバラしてしまいましたから」

「ちょ!?」


 完全に泣き顔で固まってしまったフォルクマーを他所に、若い男が呆れ顔を浮かべた。


「お前、こういうことに関しては本当に手癖が悪すぎるぞ」

「目の前に機械があるのだから、まずバラさないと礼儀に反しますので」

「ライヒアラでいったい何を習ってきたんだ?」

「そういうことは、若旦那には言われたくないですね……」


 二人はしばらくにこやかに威嚇し合っていたが、ふと小さな子供が振り返る。


「それでも返せというなら。バラした後の部品でよければ、対価によっては」

「いいわけないだろう!」


 思わず自分の立場も忘れて全力突っ込んでしまったフォルクマーを責めるわけにもいくまい。

 なんかもう色々と限界だった。


「なるほど、守りたいのは機密のほうですね。確かになかなか丁寧に作ってあると思いますが、いわば飛竜戦艦の小型版。そこまで珍しいものでもないと思います」

「……ッ! 竜闘騎を、ただの飛空船モドキと思ってもらっては困るな」


 なんということを言い出すのか、フォルクマーは興奮のあまり気が遠くなりそうである。


「竜闘騎と呼ばれているのですね。確かに随所に丁寧な仕事があります。アレを設計した方は間違いなく飛空船、あるいは飛竜戦艦の構造についてとても詳しい」

「飛竜戦艦にだと? パーヴェルツィークがか。そもそも開発元のジャロウデクの奴らだって、戦後は疲れ切っていたはずだ。そんな奴がいるのか?」


 一部やたら元気な魔剣がいるが、例外中の例外である。


「ええ。だからきっと居るのですよ。飛竜戦艦の設計者、本人が」


 フォルクマーは心の臓を掴まれたような驚きを覚えた。表情に出ないよう抑えるので精いっぱいだ。

 若い男がわずかに宙を睨み唸って。


「戦後、設計者の行方は知れなかったそうだが……パーヴェルツィークはこの地に飛竜戦艦を持ち込んだ。なるほど、そうつながるか」


 竜闘騎の設計に関する情報は、パーヴェルツィーク軍でも一握りの上級騎士しか知らない極秘である。

 それをたかが鹵獲した機体を調べただけで真相までたどり着くなど、尋常のことではない。


 ――竜墜としの騎士。


 その言葉が醸し出す異様を、フォルクマーは確かに感じていた。


「お、お前は……なんなんだ」

「はい。僕は銀鳳商会代表、エルネスティ・エチェバルリアと申します。お見知りおきを」

「お前のような商人がいるかッ!」

「だよなぁ。俺もさすがに無理があると思うぞ、エルネスティ」

「皆してひどい」


 妙に和やかに話しているが、フォルクマーからは既に二人とも、まともな人間とは見えていなかった。

 先ほどの巨人すら生温い、ここが地獄の中心である。


 若い男はしばらく考えていたが、やがて頷いた。


「よし。ひとまずこいつの希望通り、パーヴェルツィークと交渉してみるか」

「竜闘騎は残っていませんからね」

「そりゃもう知ったことか。だがな、俺は興味があるんだ。奴らが何を考えてここに来たのか、どうしようとしているのか」


 互いの先端が接触するほどに縄張りが伸びている以上、互いに無視するわけにはいかない。

 捕虜の交換というのは悪くない機会である。


「そうすると、このままハルピュイアの村に向かうのですか?」

「こいつらがそこの戦力なんだろう。別のところに接触したい。だがどうにも大所帯になってしまったからな、今動くのは手間だ」


 さしもの手練れたる“黄金の鬣ゴールデンメイン号”の船員とはいえ、捕虜船を引き連れて行動するのはいかにも重たい。


「それにシュメフリークにも伝えておかねばならん。一度戻り、しかるべき機会を設けるとしよう」


 かくして“黄金の鬣号”は船首を翻し、拠点である村へと戻りゆく。

 ちなみに帰ってきたら船が増えていてしかもパーヴェルツィーク軍の捕虜であったことに、シュメフリークの者たちが驚き慌てたのは言うまでもない。




 人間たちが持ち込んだ争いは、風に乗る船と共に去ってゆく。

 後に残されたのは傷ついた森と、憔悴したハルピュイアたちであった。


「ひとまず大事には至らなかったが。地の趾ちのしめ、火の嘴を迷わず使うとは」


 森に刻まれた破壊の跡も生々しい。幸いにも火は大きくなる前に消し止められ、村は深い安堵に包まれていた。

 木々に住まいを作るハルピュイアにとって、火の扱いは非常に慎重さを要する。

 小さな火を放置して失われた村も少なくはないのである。


「奴らを受け入れれば、戦いは起こらぬのではなかったのか」

「このままでは、いずれ村は火に包まれるだろう。その時に地の趾は翼を貸してくれるのか?」


 そこかしこで怒りと疑問の声が湧きおこる。

 それも無理はない、パーヴェルツィーク軍は互いの安定と守護を名目にハルピュイアの隣へと進出してきた。

 しかし約束の薄っぺらであることがこうして白日の下にさらされたのである。

 そうすれば残るのは飛竜の威。ハルピュイアにとって、ただの災いと何も変わりない。


「確かに地の趾は大地に住まい、我らは木々に住まう。だが地の趾たちがそれだけで満足することはなかった」

「結局追い立てられることに、変わりはないのではないか……」


 ハルピュイアの不満は争いばかりがその理由ではない。

 人間たちが作る街は時と共に規模を増し、着実にハルピュイアの生活を圧迫しつつある。


 今はまだ余裕が残っている。しかしそう遠くない先に失われるであろうことは、もはや明白であった。


「風向きは常に一つとは限らない。次に吹く風を見定める時は近いのかもしれん」


 ハルピュイアもまた、己の進む先を決めるべく揺蕩う。

 そんな時である。その羽ばたきが降り立ったのは――。


「何者だ!?」

「そ、その姿! まさか……」


 荒々しい羽ばたきが突風を巻き起こす。村の鷲頭獣グリフォンが警戒もあらわに嘶いた。

 それも無理はない。現れたものはただただ異形であり、醜悪な姿をしていたからだ。


 三頭鷲獣セブルグリフォンを上回るであろう、強靭さを備えた躯体。

 そこから生える三つの頭は、恐るべきことにすべて異なる形をしている。

 獅子、鷲、山羊。

 しかし共通しているのが、あらゆる頭が殺意と暴威に満ち周囲へと敵意そのものの視線をばらまいていることであった。


「そんな……混成獣キュマイラだと!?」


 荒ぶる破壊の化身、しかし真に奇妙であるのはそれが暴れることもなく佇んでいることである。さらに――。


「なんということだ! なぜ……なぜハルピュイアを乗せている!?」


 その背に跨がる、翼ある者の影を見つけ村の者たちは慄いた。


 混成獣には確かに鞍が取り付けられ、背のハルピュイアがゆっくりと翼を畳んでいる。

 ハルピュイアは顔の全体を隠す妙な面を被り、表情がうかがえないどころか征伐すら判然としない。


 村のハルピュイアたちから警戒の視線を集めながら、混成獣の乗り手はゆっくりと首を巡らせた。


「私は遣い……我々の王から、同胞たちへの言葉を携えてきた」

「王だと? いや、その前にどうやって混成獣を従えた! それは全てのハルピュイアにとっての仇敵であろう!」


 返答はある意味予想通りだったのだろう、使者は仮面の下でくぐもった笑いを漏らす。


「そう。混成獣は我ら同胞、そして鷲頭獣と翼を分かった獣。凶にして暴なる存在。だがこれもまた、王の力によって従えられたものである」


 語る使者の下、混成獣は低い唸りを上げている。

 その三つの首に知性や理性らしきものは見当たらず、滾る獣性が血走った瞳にあふれる。何ものかによって抑えられていなければ、すぐさま走り出し周囲に襲い掛かったであろう。

 分かり合うことなど不可能な、敵であったはずの獣なのだ。


「そのような風は吹かぬはず……」

「だが、実際にこいつは襲い掛かってこないぞ。完全に従えている」

「もしも混成獣を乗騎にできるのならば、鷲頭獣を失ったものも戦えるのでは?」

「それが正しかったとして。混成獣だけで力になるのか……」


 様々な言葉がハルピュイアたちの間を駆け抜けた。

 使者はしばらくの間、彼らが囀るままに任せていたが、やがて低く笑い出す。


「同胞たちよ。多くの巣が地の趾たちによって踏みにじられた。奴らは卑劣にも火を放ち、護りの殻たる森ごと巣を焼き払った」


 怒りの声が同調する。

 森を焼くことはただハルピュイアたちを傷つけるのみならず、その後に生きる場所すら奪う許されざる行為。

 彼らにとって最大の禁忌ともいえる。


「怒りによって抗ったものもいる。だが力及ばず火に飲まれた。何故だろうか?」

「我らが弱いからだと言いたいのか!?」

「いいや。聞け同胞よ。我らの一羽、鷲頭獣の一頭は地の趾よりもずっと強い。だが群れの規模で劣ったのだ。地の趾はまさに、空を埋めるほどの群れを成している」


 ざわめきはいや増してゆく。


「ゆえにこそ我らも一つになり、大きな群れを成す必要がある。そして全てを導くものが必要だ……」


 使者の被る仮面の下。人目に映らぬところで口元が弧を描く。


「それこそが我らが王、“竜の王”に他ならない。同胞たちよ、飛び立つは今だ」

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