#155 禁じられた大地

 ばさり、ばさり。騒がしい羽音とともにハルピュイアが地に降り立つ。

 翼をもち空を舞うことのできる彼らであるが、普段は二本の足をもって地上または樹上で過ごしている。特に最近は大勢の“地の趾ちのし”が木々の間で暮らしていることもあって地上まで降りる機会は増えつつあった。


 一羽、また一羽。集まったハルピュイアたちの表情には強い緊張がある。ひときわ力強い羽ばたきを残すのは彼らの騎獣である鷲頭獣グリフォンだ。上空を横切っては甲高い鳴き声を残してゆく。


 そんな落ち着かないハルピュイアたちを背に、群れをまとめる“風切カゼキリ”のスオージロは人間たちと向かい合っていた。


「この巣も賑やかになったことだ」

「ええ……しかしさすがにこれは」


 対する地の趾――人間たちの群れのひとつ、シュメフリーク王国軍の取りまとめである“グラシアノ・リエスゴ”は緊張を超えて小さく震えていた。

 彼に続くシュメフリークの騎士たちも似たり寄ったりである。

 鍛え上げた精神力をもってギリギリのところで耐え忍んでいるような状態だ。


 ズン、重量のある足音が振動とともに伝わってきた。びくっと騎士たちの肩が跳ねる。

 これが人造の巨大騎士、幻晶騎士シルエットナイトの足音であればどれほど良かったことか。


 見上げればそこに“貌”があった。

 そこだけ見れば若い娘に見えなくもない。ただし四つの瞳を持ち、幻晶騎士並みの身長を持っているとなれば話は大きく変わってくる。

 巨大で異形。この場にいるあらゆる存在にとって、それは異物であった。


 畏怖の視線が集まる中で、巨人族アストラガリの一人である小魔導師パールヴァ・マーガが口を開く。


「初めて目に入る。翼ある空の民の長よ、そして異なる国の戦士たちよ」

「……ほう」

「しゃ、しゃべるのか!? 本当に、巨大な人だと……」


 彼女が問いかけた時にシュメフリーク軍が幻晶騎士を動かさなかったのは、ひとえに巨人の足元に立つ人物が目に入ったからである。


「ははは、驚いただろう! 俺もついさっき会ったばかりなんだがな、なんでも国許にきた客人らしい。ずいぶんと巨大だが氏族を代表する立場にいるらしくてな。つまり俺たちと同じだな! ははは!」


 とまぁ、エムリスは終始笑っているのである。

 そんな説明だけで納得しろというのか、グラシアノは思わず叫びかけてぐっと飲み込んでいた。


「ふむ。これは三頭鷲獣セブルグリフォンを呼ぶべきか」


 そんな狼狽著しい彼をよそに、スオージロは果たして表情筋が備わっているのか疑わしいほどの無反応でいる。

 グラシアノは部隊指揮官であると同時にシュメフリークという国を代表する役目を負っている。醜態をさらすわけにもいかず精神力の限りを振り絞っていた。


「なぜ……ここに?」

「しばらくご厄介になるので、ご挨拶に来ました!」


 どこからか妙に可愛らしい声音の説明が飛んできたが、なにひとつとして説明になっていない。

 幻晶騎士に肩を並べるような巨人と普通に会話できているという事実だけで頭がおかしくなりそうな気分である。


 その時、すっと視界に飛び込んでくる影があった。ばさりと翼を広げた姿、幼いハルピュイアのエージロである。

 彼女は周囲の都合などまったく考えず、小魔導師の周りをぐるぐる飛び回りながら話しかける。


「ねーねーでっかい人! あたしのワトーを紹介するから、あっちの森に行こうよ!!」

「む? う、うむ。わかったから眼の前を飛ぶのは止めてくれ……」


 人々に衝撃を与えた巨人、小魔導師の困惑も元気いっぱいの小鳥には毛ほども通じないのであった。

 さすがに振り払うわけにもいかず、四つの瞳が救いを求めて頼れる師匠を探す。


「ふふふ、任せなさーい! とぉうっ!」

「ひゃうっ!?」


 声とともに影が駆けた。影は小魔導師の肩越しに飛ぶと、そのまますぽっと空中のエージロを捕まえる。慌てて小魔導師が差し伸べた手の上にすたっと着地した。

 腕の中で眼を丸くしているエージロを、満面の笑みを浮かべたアデルトルートアディが覗き込む。


「ダメだよー目の前を飛んじゃ。小魔導師パールちゃんが目を回しちゃう」

「むー。そうなの? ねぇ、君はキッドの妹だよね」

「うん、アデルトルートよ。アディって呼んでね」


 エージロが首をかしげていると、アディの笑みがじょじょに深まってゆく。


「ふふふ……ぱたぱたと動いて可愛いわね……」


 とうとう髪をなで始めたアディに、エージロはもそもそと腕の中から抜け出してすいっと空を横切る。

 そのままキッドの後ろに回りこむと背中にぴたりと隠れた。


 兄のじとーっとした視線が、妹を射抜いた。


「アディ、反省」

「どういうことっ!?」


 じゃれあいを無表情に眺めていたスオージロが、ゆっくりと小魔導師を見上げる。


「巨大な者よ。我が雛が苦労をかけたようだ」

「よい。……眼の前さえ飛ばなければ」


 小魔導師が一気に疲れた様子で、ため息を漏らしつつ座り込む。そうして見ると身長こそ違えど当たり前の娘のようだった。

 まさに大きさこそが異様なのはともかくとして。


 より大きな羽音と共に巨大な影が落ちた。振り仰げば一匹の鷲頭獣がまさに舞い降りんとしている。ワトーと名付けられた若い個体である。

 小魔導師が不思議そうに見つめていると、ワトーが彼女に近寄り嘴を優しく押し当てた。


「このワトーはエージロの友だ」

「ほう。翼の民は獣を乗りこなすのだったな。……獣よ、お前の友は少々元気すぎるぞ? 共にあるのも大変であろう」


 ワトーが小さく鳴いて首をかしげる。

 その頃噂の乗り手はキッドの背中に隠れたまま、絶賛大騒ぎの最中であった。


「むー、キッドがかわいい子を独り占めする……。いいもん私には小魔導師パールちゃんがいるし!」

「人聞きの悪いこというな!?」


 そうしてどんどんと混沌の度合いを増してゆく場を見回して、グラシアノは長い、とても長いため息を漏らしたのだった。


「……我々は古くからハルピュイアとの付き合いを持ち、人より多く不思議に触れているつもりでしたが。まったく世界は広いことです」

「確かにその通りだ! まぁどちらかというと銀の長がやりすぎのような気がするが……おっとそうだ。こいつの紹介がまだだった」


 巨人を見上げていた視線が導かれるまま一気に下がる。エムリスの笑みを通り過ぎてさらに下へ。

 そこには明らかに場違いな雰囲気の小さな子供がにこにこと微笑んでいた。


 衝撃で飽和しきったグラシアノの思考にわずかな疑問符が浮かぶ。スオージロはもちろん首の角度以外、何も動いていない。

 そうして子供――エルネスティエルは朗らかな笑顔をわずかも崩すことなく、ダメ押しの一撃を放つのだった。


「初めまして! ハルピュイアの風切、シュメフリーク王国の方。僕はフレメヴィーラ王国王下直属、銀鳳騎士団団長エルネスティ・エチェバルリアと申します。この度はエレオノーラ・ミランダ・クシェペルカ女王陛下より要請を受け、遠征中のエムリス殿下へと連絡するための使者としてまいりました!」

「……!!??」


 ここまでさんざんに積みあがったこの世の不思議が、一気に脳裏から吹っ飛んでゆく。

 なんだその肩書きは! ――と、グラシアノは喉まで飛び出しかけた言葉を、精神力を総動員して食い止めた。危ういところであった。

 彼の背後で聞き耳を立てていたシュメフリーク軍兵士たちも一気に顔色を青ざめさせている。


 思わずエルをまじまじと見つめる。

 グラシアノとて国許ではそれなりの役職を受ける身である。そんな彼が指揮に立っているのは、ひとえにシュメフリーク王国が空飛ぶ大地を重く見ているからに他ならない。


 しかし聞こえてきた台詞が確かならば、およそ騎士という言葉とつながらないこの可愛らしい少年はその実、馬鹿げたほどの権力をもつとてつもない危険物ということになる。


 さすがに特盛り過ぎて疑わしくすらあるが、彼を紹介したエムリスは当然の様子で聞いていた。これまでの振る舞いや話しぶりからして嘘をついているようには思えない。


 いずれにせよ、グラシアノは騙りの可能性を捨てた。

 彼を緊張させる原因はクシェペルカ王国、なかでも女王の名前が出てきたことにある。


 クシェペルカ王国、それは大西域戦争ウェスタン・グランドストームの覇者であり西方に名を轟かす大国である。

 かつてのジャロウデク王国のように侵略的な気配はなく友好的に諸国と接しているが、その振る舞いは否応なく西方諸国に大きな波紋を呼び起こす。シュメフリーク王国とは直接国境を接しているわけではないとはいえ、ことは本国にまで影響を及ぼしかねない。

 そんな大国より正式に送り込まれた使者を無下に扱うなどあってはならないことなのである。


「群れの先を飛ぶ。風切の位置にあるスオージロだ」


 彼の葛藤などどこ吹く風、ハルピュイアのスオージロは何ひとつ変わることなく。

 グラシアノは溜め息をかみ殺した。今だけは人間たちの力関係とはまったく関係のない、ハルピュイア族が無性に羨ましい。


「……私はシュメフリーク王国飛空船軍団長、グラシアノ・リエスゴです。我が国は古来より島に住む鳥の民、ハルピュイア族と関わりを持っており、かかる窮地に手を差し伸べるべくやってまいりました」


 精一杯取り繕ってみたが、彼は傍から見た自分が正常にふるまえているか、いまひとつ自信が持てないでいた。

 既に気になることは山積みになっているが、先ず片付けておくべきことがある。座り込む巨人を見上げて。


「……エチェバルリア騎士団長殿。その、つかぬことをお伺いしますが。あの巨大な……人はいったい?」

「彼女は客分です。現在は見聞を広めるべく諸国漫遊の途中にあり、僕たちが案内として同行しているのです」

「森の外は未だ見ぬ景色に満ちている。さらに空の上にまで大地があろうとは。我の瞳を通じ、百眼神アルゴスも事のほか興味を示しておられよう」

「よかったですね」

「うむ!」


 聞きたいところはそこじゃないし和まれても、とは喉まで出かかったものの何とか飲み込んだ。

 状況がおかしすぎて突っ込み方にすら困る有様だ。藪をつついて何が出るか、想像のつく者はいまい。


 そう、世界は広い。翼をもち空を飛ぶ者がいれば、幻晶騎士ほどに巨大なものがいても不思議ではないのかもしれない。

 グラシアノはなんだか妙に遠いところを眺めながら、そうやって自分を納得させていた。


 そんなやり取りの間、背後にいるシュメフリークの兵士たちは内心で彼を応援しまくっていた。

 この魑魅魍魎はびこる魔界で矢面に立ちたくない、その一心で。


 ちょっとばかし世界の深遠さに埋没しそうになったところで、慌てて気を取り直す。


「エォッホン! えー、いち早く空飛ぶ大地を目指された、女王陛下のご慧眼に感服いたします。エムリス殿下には途中、苦境において多くのお力添えをいただきまして」

「承知しています。しかしながら事は多くの国が絡み規模を増しており、このまま殿下のご裁量のみで進めるわけにもいかなくなってまいりました」

「それは……」


 グラシアノの脳裏に警鐘が鳴り響く。エムリスとは協力体制を築けたが、果たしてこの小さな使者はどのようにふるまうのか。

 その時、それまで黙って成り行きを聞いていたスオージロが口を開いた。


「あの“騎士”はお前の群れの者か」

「はい、キッドに聞きました。彼は銀鳳騎士団の一員であり、僕の弟子であり友人です。あと本人は嫌がってますが義兄です」

「ではお前はどのように飛ぶ。空を求めるか、虹石を求めるか」


 ざわりとスオージロの翼が蠢いた。彼だけではない、ハルピュイアたちもそろってエルを見つめている。敵意とまでは言わないが、強い意志のこもった視線だ。

 グラシアノが息を呑む。静かな緊張に包まれる中、エルは何でもないかのように微笑んだ。


「いろんなお話を聞きたいですね」

「む?」

「大地が空を飛んでいる、不思議なことです。どうしてなのか気になりますし、それに地上とは違うものがいっぱいありそうですね。ですから是非、ハルピュイアの皆さまに話を聞いて回りたいです」

「おい銀の長、話が違うぞ。完全に遊びに来ているじゃないか」

「新婚旅行中ですから」

「お前、ちょっと自分の立場を思い出せ」

「若旦那にだけは言われたくないです」


 だんだんと話が明後日の方向に向かいだす。

 まったくついていけないグラシアノが反応に迷っていると、再びスオージロが口を開いた。


「地の趾よ、この空は誰のものでもない。あらゆるものが飛ぶことを妨げられず、また妨げるべきでもない。翼をもごうとするものに、我々は爪を向けるだろう」

「はい! ところで、飛ぶのは翼ではなく推進器でもいいですか?」

「……なに?」


 初めてスオージロの表情が揺らいだ。何を問いかけられているのか、怪訝さが浮かびあがる。

 彼には意味の分からない問いかけもエルにとっては非常に重要であり。


「マギジェットスラスタというのですけれど、魔法を応用した推進器なのです。僕たちには翼がありませんし、幻晶騎士はなおさら。ですので推進器の出力で飛んでいるのです。それでも?」

「……飛び方は自由だ」

「良かった。ではあちこち観光に行きましょう! ついでに他国の方々ともお話しできるといいですね」

「優先順位はそれでいいのか。銀の長」

「ダメでしょうか」

「うむ。かまわん」


 いったい彼らはどこに向かおうとしているのか。昨日まではハルピュイアと空飛ぶ大地の行く末を憂いていたはずである。それが今日はピクニックの候補地を選んでいるかのようだ。

 落差のあまり、グラシアノの胸中にこれまでとはまったく別種の不安が生まれてゆく。


「これが大国の余裕というものなのでしょうか……」


 この場にグスターボがいれば腹を抱えて大笑いしたかもしれない。

 彼の望むとおりに、空飛ぶ大地の混沌は深まってゆくのである――。




 広げられた帆翼ウイングセイルが空を遮り、地上に影を落とす。

 パーヴェルツィーク王国が築いた拠点の上空に、飛竜級二番艦“リンドヴルム”は静かにたたずんでいた。


「はぁ~やんなっちまうねぇ、まさか飛空船を相手に取り逃すなんて。なんだよあの速度、馬鹿じゃねぇのかって。いや船に剣ついてるって間違いなくアイツだろ、あの剣馬鹿。つまり馬鹿じゃねぇか……」


 リンドヴルムを見上げて、男が一人愚痴りに愚痴っていた。

 それなりに高い身分を表す仕立ての良い上着を無頓着にひっかけている、彼の名はオラシオ・コジャーソ。飛空船の生みの親であり、今はパーヴェルツィークに身を寄せている。


 飛空船を取り逃したという失態は彼にも聞こえている。というより騎士団長グスタフから嫌味と共に対策を命じられたところであった。


「二番艦は一番艦とは使い方が違うんだってのに。ちゃんと聞いてるのかねあの騎士団長サマは」


 手に持つ紙束をぱらぱらとめくり、目当ての資料を探し出す。


「とりあえず竜頭騎士は動くようにしたから、後は騎操士ナイトランナーサマに任せるかねぇ。はぁ、やることが山積みだ」


 部下に指示を投げつけ、彼はとぼとぼと作業に向かうのだった。



 その頃、拠点の中心にある砦では。

 来客向けに設えられた部屋にて、王女フリーデグント・アライダ・パーヴェルツィークのもとへと兵士が伝令を携えてやってくる。


「失礼します、殿下。例の代表者がきております」

「ようやくか。すぐに通せ」


 王女は待ちかねたとばかりに客を招き入れる。

 騎士たちに案内されて現れたのは、一羽のハルピュイアであった。体格に恵まれた精悍な印象の男だ。そして種族の特徴でもある背に伸びる長い髪が目を引く。

 人間たちに囲まれていながら彼は臆することなく進み、部屋の真ん中で仁王立ちに止まった。


 案内してきた騎士たちが戸惑いを浮かべた。

 ハルピュイアの男は立ち尽くし、人間たちの中心にいる王女をじっと睨みつけている。


「俺は風切の位置に着く、モルメーだ」

「パーヴェルツィーク国王が第一王女、フリーデグントだ。ようこそ翼ある民、歓迎しよう」


 フリーデグントはにこやかに応じた。

 ハルピュイアに人間の序列はわからないし、礼儀も異なる。細かい作法に拘るつもりはない。

 大事なのは言葉を交わすことだ。


「お前が空にある竜の主か」

「ふうむ? 正しくは飛竜戦艦ヴィーヴィル、またはリンドヴルムという。どうかな、大空にふさわしい見事な姿だろう」

「風が囁いていた。我らが村を攻め、焼いた侵略者。あれらを討ち滅ぼしたのが竜であると。次は竜の力で火を放つか?」


 周囲の騎士たちが、じんわりと緊張を高めてゆく。

 礼儀作法が異なるとしても、モルメーの態度は話し合いのそれではない。

 これだけの人数を相手に一人で暴れるなど自殺行為であり、まさかという思いもある。同時にハルピュイアという異種族が相手であるため考えを計れないでいた。


 漂い始めた殺気の中心で、ハルピュイアが態度を変えることはなく。対する王女はさも悲しそうに顔を伏せた。


「かのイレブンフラッグスがハルピュイアに狼藉を働いたことには我々も大変に心を痛めている。斯様な振る舞いは恥ずべきことであるが、不心得者はどこにでもいるものだ。ゆえに我が竜の炎で掃い去った」

「…………」


 モルメーは表情を変えないまま彼女を見つめていた。


「だが勘違いしないでほしい。我々はそのような野蛮なやり方を嫌っている。諸君らと共にありたいと願っているのだ。時に、ハルピュイアたちは森の木々に住み処を作ると聞いたが?」

「そのとおりだ」

「つまり君たちの足元は誰のものでもない地面が広がっている。木々は君たちに、大地は我々に。分かち合うことができるのではないかな」


 モルメーはしばらく黙り込んだ。意図する中心は何かを考えるが、そう簡単には見えてこない。


「それだけならば好きに歩けばよいこと。森を焼く必要などないはずだ」

「そうだな。我々が求めるのはこれの在りか……こちらに」


 王女が合図を送ると、控えていた侍従が静かに進み出て厳重に封じられた箱を差し出した。

 丁重な手つきで開き、中に収められている虹色の光を放つ鉱石を確かめる。


「我々はこれを源素晶石エーテライトと呼んでいる。どうやら空飛ぶ大地のあちこちに転がっているらしいが」

「虹石だな。確かに見かけることはある」

「ほほう、素晴らしい。どうやら君たちにとっては価値がない石ころのようだな? そこでだ、特に多く集まっている場所があれば教えてくれないか。もちろん対価を用意しよう。そうだな、新たに村を作るのはどうだ? 地面には人間も暮らすかもしれないがそれだけだ。諸君らはこれまでどおりに暮らすことができる」


 モルメーが眉根を寄せる。素早く周囲に視線を走らせる。

 彼我の戦力差、巣を失った同胞たち、得るものと失うもの。様々な思いが脳裏を過った。

 やがて彼は決意し、その言葉を口にした。


「……“禁じの地”と呼ばれる場所がある」

「その言葉は正しいのか? またずいぶん大仰な呼び名だ」

「かの地には、我々の知る限り最大の虹石がある。この竜とやらでは比べ物にならぬほど大きい、といえば伝わろうか」

「! ……ほほう。それが本当ならば、すさまじいばかりだが」


 それまでは余裕を崩さなかった王女ですら、飛び出てきた言葉に衝撃を隠しきれないでいた。

 身を乗り出さないように苦労しながら続きを促す。


「かの地に近づくハルピュイアは、誰もが奇怪な恐れを抱いて羽根を止める。何者も近づけない……ゆえに禁じの地だ」

「どういうことなのだ、それは?」

「誰にもわからぬ。何しろ近寄れぬのでな。だがお前たちの求めには応じたはずだ」


 フリーデグントは考える。

 多くの疑問を残す言葉だ。だが本当にそれだけの源素晶石があるのならば確保は必須だ。間違っても他国に先んじられるわけにはいかない。

 決断の時だった。


「いいだろう。後は我々がこの目で確かめる」

「風はそろった。そう考えてよいのだな」

「ああ、約束は結ばれた。既に焼かれた森はいかんともしがたいが、これ以上君たちの住み処が脅かされることのなきよう、我々の飛竜が護りを与えよう……」


 かくしてパーヴェルツィークの王女とハルピュイアの風切は、不敵に微笑みあったのだった。

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