#151 甲板が死闘

 下方に“剣角の鞘ソードホーン号”を睨み、“銀の鯨ジルバヴェール号”は流麗な船体から狂暴な魔槍の牙をのぞかせる。


「エル君また一人で飛んでっちゃうんだからー! 何かあったらあの船、すぐに墜としてやる……」


 ツェンドリンブルの操縦席に不穏な言葉が漏れ出でる。出所であるアデルトルートアディは不貞腐れた様子でべったりと伸びをしていた。

 “銀の鯨号”には“黄金の鬣ゴールデンメイン号”と同じく内蔵式多連装投槍器ベスピアリがつまれている。いざとなれば魔導飛槍ミッシレジャベリンの嵐をもって敵船を粉砕する手はずだ。


 開かれたままの伝声管から呆れたような声が届いた。


「アディさん落ち着いて。今は玩具箱トイボックスしか飛べる機体がありません」

「わかってるけどー! こんなことならシーちゃんも連れてくるんだった」

飛翔騎士あれを国外で使うには陛下のご裁可が必要です。下されれば騎士団が運んできてくれるでしょう」


 船橋につめているノーラは答えつつ、一報は入れれども返事を待たずに飛び出してきたのだからして今頃国許は大騒ぎになっているのだろうな、などと人事のように考えていた。

 後ろで泡を食うのと最前線で綱渡りに手を貸すのと、どちらが楽かは人によるだろう。存外にノーラは今を楽しんでいる。


「自分でも少し、意外ではあるのですよ……」


 呟きつつ、敵船上で暴れまわる騒動の元凶を見つめるのだった。



 白刃の閃き、爆炎の轟き。“剣角の鞘号”の甲板はさながら魔境と化していた。


「噂に名高い狂剣の実力……見せていただきます!」

「はん、知るかよ。招いてねー客はよォ、俺っちの船から下りてもらうっぜ!」


 先手を取ったブロークンソードが剣を抜きざまに駆けだす。対する蒼い騎士は剣を抜かず、代わりに奇怪な構えを見せた。それは――。


「あぁ? 手ぶらだぁ!?」


 拳を固めて前に出たのだ。

 剣に執着する奇人グスターボをしてぎょっとするほどに奇妙な行動。素手で殴りかかってくる幻晶騎士シルエットナイトなどまずお目にかかることがない。

 あるとしてもそれは武器を失った場合に仕方なくであり、最初から殴りかかるなどただの愚行である――はずだった。


「さぁご覧ください……“烈炎之手バーニングフィスト”!」


 ただし、拳から炎を放っているとなれば話も別になろう。


 馬鹿は考える。幻晶騎士は強化魔法を適用して躯体の強度を増している。ならば“武器を強化するより、本体の強化を増すほうが簡単なのではないか”と。

 技術自体は銃装剣ソーデッドカノン魔導剣エンチャンテッドソードの応用である。しかしそれを自前の拳でやろうとするあたり馬鹿が馬鹿たる所以であった。


「何だか知らねぇが、しゃらくっせぇんだよ!!」


 一瞬だけ度肝を抜かれたものの、グスターボは構わず剣を振りぬいた。たとえ炎を放とうが彼の剣は全てを切り裂く。

 激突の瞬間、派手な炸裂音と共に拳から爆炎が噴き出した。真っ赤な炎が宙に軌跡を残し、正面からぶつかった剣が吹き飛ばされる。


魔導兵装シルエットアームズかよッ!?」


 単に拳に炎をまとわせるだけではない。法弾のごとくに弾け、衝撃で彼の剣を吹っ飛ばしたのだ。

 剣を握った腕を跳ね上げられ、ブロークンソードが無防備を晒す。グスターボは幻像投影機ホロモニターに、トイボックスが残る片手を燃え上がらせるのを見た。


「……ッ!!」


 悪寒が総身を貫く。反射的に鐙を踏み込むや、衝撃を逆に利用してブロークンソードが飛び退った。拳の間合いから外れる、トイボックスが追撃すべく身を沈めて。


「ちっ! これでも食らってな!!」


 手品のような素早さで武器を短剣に持ち替える。即座に投擲。トイボックスが踏み込みを殺し、小刻みなジャブで飛来した短剣を弾く。

 バラバラと宙を舞った短剣はつなげられたワイヤーに牽かれ、するするとブロークンソードの手元へと戻っていった。


「さすがは狂剣。これくらいでは仕留めきれませんか」

「ったくてめーらは本当にロクでもねぇな」


 グスターボの奥歯が軋む。己の剣を“素手”で弾かれたことが、いたく彼の癇に障った。険しい表情のまま操縦桿についたレバーを弾く。


 ブロークンソードがキシキシと異音をたてた。剣を掴んだ補助腕サブアームが起き上がり、両手両背に剣を構え。まさしく狂剣の銘を体現する姿へと変貌する。


「お次はこいつを受けてみやがれ!!」


 吸排気音が轟と吼えた。一足飛びに間合いを詰め、白刃が幾重にも連なる。どれほど強力な拳であろうとも、それ以上の攻撃を叩き込んでしまえば済むこと。

 さしものトイボックスも抗いきれず、推進器スラスタを駆動し一息に距離を離して――。


執月之手ラーフフィスト!」


 ただ逃れるだけではない。トイボックスが平手を形作るや、突如として手首から炎が生まれ出で恐るべき勢いで宙を飛んだ。

 まさかブロークンソードが斬り飛ばしたわけではない。

 それは銀線神経シルバーナーヴにより接続され、本体からの制御のもとに飛翔しているのだ。


「んなろ! 妙な動きばっかしやがってよ!」


 どれもこれもが戦い方の定石セオリーから外れている。グスターボは苛立ち混じりに剣を一閃、拳を破壊しようして――掌が刀身を掴むのを目にして、表情をさらにゆがめた。


 拳につながったワイヤーが急速に巻き上げられてゆく。

 剣を奪うつもりか、ブロークンソードはむしろ逆らわず前に出た。これ以上野放しにすると何をしでかすかわからない、このまま仕留める。

 互いの距離が一息の間に詰まってゆく。もはや必殺の間合いに入り。


 戦いの中で研ぎ澄まされた感覚が、わずかな引っ掛かりを拾い上げた。

 相手は迫りくる剣を恐れていない。なぜだ、考えるより早く剣を投擲。瞬くほどの直後、剣を掴んだままの掌から炎が吹き上がった。


 あの拳は切り離した後も爆炎を操るのか。驚愕を覚える暇もあらばこそ、吹き上がる激しい炎流が刀身を破断する。

 折れ飛んだ刀身がくるくると舞いながら、はるか後方へと流れていった。


「よくも! やりゃあがったな!!」


 空間に残る炎を切り裂き新たな剣を抜き放つ。致命的な拳は近くになく敵は無防備な姿を晒すばかり、借りを返すならば今だ。

 ――果たして本当に? かすかな引っかかりに目を凝らす。形が、違う!


 肩装甲が大きく開いているのを見て取ったグスターボは踏み込みで急制動をかけた。撓めた脚を伸ばしきって真横に飛ぶ。


「ブラストリバーサ!」


 直前まで彼のいた場所を衝撃波が突き抜ける。マギジェットスラスタを逆流させることで攻撃転用した衝撃波魔導兵装――ブラストリバーサ。

 いかに剣の魔人といえど、幻晶騎士ごと破砕するような威力を受けるわけにはいかない。

 陽炎に歪む空間を残し、両機は再び距離をとる。


「まさか避けられるとは。良い目をお持ちですね」


 目の前では執月之手が悠然と本体に戻ってゆく。両腕を広げた無防備にも思える姿。いや、あれこそがトイボックスの必殺の構え。あらゆる状態から敵を瞬時に破砕できると確信を持てばこその姿なのだ。


 残念そうな声音を聞いてもグスターボは怒ることもなく、代わりに口角が吊り上がっていった。


「へへ……やるじゃねぇか。正直よ、ちょっと舐めてたぜ? 俺っちの剣を折った奴ぁいつぶりか」


 剣だらけとも言われるブロークンソード、剣を一本失ったところでまだまだ代わりはある。

 グスターボはこれまでのはしゃぎようが嘘のように静かに息を吸った。やがて臓腑の奥から湧き出るような笑いを漏らす。


「おもしれぇ。おもしれぇぜお前……!! おう、まだまだイけんだろぉ!? アゲてくぜぇ!!」


 挨拶代わりに短剣を投擲。当然のように回避されるが、その間にブロークンソードが駆けだす。

 間合いはまだ敵のもの。返答として執月之手が飛翔を始める。


「そいつはもう見た……無駄だっぜ!」


 致命の拳が届くより前にブロークンソードが一気に懐へと踏み込んでゆく。

 恐れることはない。執月之手は脅威であるが拳を飛ばしている間は近場に対応できない。そしてブラストリバーサは強力な装備であるがゆえに使いどころが難しい。

 威力と引き換えに魔力の消費が激しいはずである。よしんば撃たれたところで、使わせるほどに天秤は傾いてゆく。


「つまり剣が一番つえーんだよ!」


 そうして積み上げられた結論は、他者には決して理解できないものとなり果てる。

 だが、これを妄信できるからこそグスターボは狂剣と呼ばれるまでに登りつめたのだ。


 迎撃すべく執月之手が動きを変える。しかし手遅れだ、ブロークンソードは既に剣の間合いに敵を捉えている。

 その時にわかに、トイボックスが新たな動きを起こした。


 降り立ってより背に折りたたまれていた装甲が補助腕に支えられて起き上がる。

 盾と呼ぶには中途半端な大きさの装甲は、しかし剣を受け止める程度には十分だった。機体の前方へと回り込んだ装甲は剣とも盾ともつかぬ動きをもってブロークンソードを阻む。


「まだ手札を隠しってやがっかよ! だがそれくらいで……」


 言葉の終わりを待たず、ブロークンソードが横っ飛びに身を翻した。

 剣の影を追うように執月之手が空間を突き抜ける。背後に回り込んだ執月之手は明らかに胴体を狙っていた。今度は剣を折るなどとぬるい動きではない。


「やっべぇな!」


 視界をかすめるようにして執月之手が飛翔する。

 グスターボの前に立つのはたったの一騎。だというのにまるで複数の手練れに囲まれているような危機感があった。かつて好敵手であった紅の剣とも異なる、底知れない不気味がある。


 ブロークンソードが剣を構えなおす。その時微かな軋みを耳に捉え、彼は表情を険しくした。幻像投影機を睨みつけて悪態をつく。


「……ちっ。あんまり余裕こいてもいられねーな!!」


 剣を構えなおすと、ブロークンソードが再度突っ込む。

 即座に執月之手が迎撃に出る――同じ過ちは犯さない、飛翔する拳へ向け短剣を投げつけて牽制。その間にさらに加速、間に合わないと見たトイボックスはむしろ自ら前進した。

 ブロークンソードの補助腕がざわめく。複数の刃を重ねた動きは、微妙にタイミングをずらした多重斬撃となって敵を切り刻む。

 熾烈な攻撃をトイボックスが可動式装甲で防ぐ。

 肩の推進器が爆炎を吐き出し、体ごとぶつかるようにしてなおも前進。間合いは剣よりさらに近く、もはや接するような距離にある。


 ちょうどその瞬間、巻き上げを終えた執月之手が腕に戻った。間髪を入れずに烈炎之手を起動。炎纏う抜き手がブロークンソードを抉らんと迫る。

 ブロークンソードが身を捻る。無理やりに空間を確保し、補助腕による攻撃をねじ込む。炸裂音と共に燃える拳が剣を弾いた。


 攻撃の速度だけなら素手のほうが速い。理屈の上ではそうかもしれないが、だからと言ってグスターボの剣戟を捉えてくるなど尋常の動きではない。

 グスターボをして表情をひきつらせるほどの無茶だ。


 もはや互いに小細工を弄する余裕はなかった。

 ブロークンソードがあらゆる角度から斬撃を繰り出せば、トイボックスが炎と拳でそれを弾く。

 マギジェットスラスタが唸り、密着するような至近距離から繰り出された飛び膝蹴りを剣の腹で受け。下から掬い上げるように襲い来る斬撃を踏みつけて宙に飛びあがる。

 トイボックスが鮮やかに宙がえりを披露する。

 空中にいる間に執月之手を射出。迫りくる致命の拳がブロークンソードの追撃を阻む。


 両者の間に炎が渦巻いた。思う様に斬り合ったところで、互いに飛び退り距離をとる。

 甲板に奏でられた激しい吸排気音が流れてゆく。

 相手を圧倒せんと全力で戦い続けたために一気に魔力貯蓄量マナ・プールを消耗したのだ。

 全力稼働を続ける魔力転換炉エーテルリアクタが喘ぐように唸りを上げた。吸排気音が轟き、戦うための魔力ちからをかき集める。


「ったく。安物のこいつにゃ源素供給機エーテルサプライヤついてねーからなぁ。しっかし俺っちの剣を耐え抜くかよ」


 源素供給機は手軽に大量の魔力を確保できる反面、魔力転換炉に大きな負担をかける。かつてならばともかく今のジャロウデク王国にとっては手痛い負担であり、既にほとんどの幻晶騎士から撤去されていた。


 それを踏まえてもブロークンソードが干上がるほどに動かしたのは久しぶりのことである。

 集団戦ならばまだしも、一対一で圧倒できなかった敵など双剣の騎士以来なのではないか。


 立ちはだかる蒼い騎士を睨む。


「奇妙さばかりが目につくがよォ。こいつの本質は距離だな」


 奇怪な攻撃ばかりを繰り出してくる敵だが、何より厄介なのは攻撃の間合いが多彩なことだ。

 炎を放つ拳は自在に宙を舞い、近づこうとも強力な魔導兵装が待ち構えている。その多彩さがあたかも複数の敵と戦っているかのような錯覚を生み出し、相手の対処を惑わせるのである。


「いいぜ……すっげぇいいじゃねぇか」


 腹の中から煮えたぎるような戦意と歓喜が湧き出てくる。困難な状況、強敵との戦いこそが彼をより研ぎ澄ませる。

 腑抜けた雑魚ばかりのこの地において、これほどの上物と出会えた幸運をかみ締める。


 濃密な時間。煮詰めたジャムのように粘りがあり、凝縮されている。もっと味わっていたいと思える――だからこそ渇望と同時に、彼の芯にある冷たい刀身が囁いた。


「…………おい、エルネスティっつったな」

「はい。どうぞお気軽にエルとでもお呼びください」

「はぁ? 知るかよ。おめーとるのは面白ぇ。だがちっとばかしよぉ、場所が良かねぇんだよ」


 問題は彼らの足元にこそあった。

 幻晶騎士が全力全開で戦ったのだ。足場にされた飛空船はギシギシと不穏な音を漏らし続け、いつ傾いてもおかしくはない。


 苦々し気なグスターボとは対照的に、トイボックスからはくすくすと楽しげな気配が漏れ出していた。

 そうだろうさ、と彼は表情をゆがめる。この船は彼ら“剣角隊”のものであり、乗り込まれた時点で一方的な不利は否めない。

 加えて言えばマギジェットスラスタを有するトイボックスは単体で飛行し、母船に戻ることもできるのだろう。だからこその余裕であり、加減を考えない動きである。


 トイボックスがわざわざ首を傾げて見せる。


「つまり降参していただけるということでしょうか?」

「バッカいいやがれ!! これ以上てめぇと戦っても意味がねぇんだよ。楽しいけどな。楽しいけどな! 俺っちも昔ほど自由な身分じゃないんだぜ?」


 とはいえこれほどの戦い、かつてであればグスターボも飛空船の一隻や二隻惜しむことなく戦いを続けただろう。

 彼だけならば何とかなるかもしれない――グスターボは冗談ではなくそう確信している――が、しかし部下はそうはいかない。

 そして彼は今や隊長なのであった。


 ブロークンソードが剣を収める。


「ま、手ぶらで帰れとはいわねっさ。おめーが求める情報をくれてやる。それでここはお開きとしようぜぇ?」


 思いのほかあっさりと退いたグスターボに、エルは笑みをおさめ怪訝な様子を浮かべる。

 確かにエルは無理やりに地の利を得て有利な状態にあった。だからと言って素直に負けを認めるほど“狂剣”が生易しい相手であるとは思えない。


「何を企んでいるのです?」

「あん? ま、隠すほどでもねぇ。おめーらがいればこの大地は荒れる。確実にな。そいつは俺っちにも望むところさぁ」


 剣角隊が望むものは混乱そのもの、海賊行為などついでの駄賃である。本国がどちらを望むかはさておいて、だ。

 それは何も自らの手に固執する必要はない。世界の果て、山向こうの眠れる魔獣をたたき起こしても一向に構わないというだけであった。


「なるほど。それでは情報をお聞きしてから判断しますね」

「はっ。ちゃんと情報はくれてやっから、とっととどっかいっちまえってんだ」


 言い捨てるやブロークンソードが操縦席を開いた。

 中からグスターボがのっそりと顔を出す。幻晶騎士を止め吹きすさぶ風に身を晒す、戦いを止める西方共通の合図であった。


 応じてトイボックスもまた操縦席を開く。

 中から現れた小さな人影へと声をかけようとして、その姿を見たグスターボが絶句した。今まで戦いの中で驚いたことは数あれど、ここまで奇妙なものを見たことはない。


「っかー!? こんなちんちくりんが俺っちの剣に耐えたってかぁ!? くっは、世の中広れぇな!」

「むむ。騎操士をやるのに背丈は関係ありません」

「限度ってもんがあんだろが!」


 風にもてあそばれる髪を押さえて、エルが憤慨して見せた。彼としては精一杯不満を表しているのだろうが、いかんせん見た目が可憐に過ぎる。


 これがつい先ほどまで蒼い騎士を駆り凶悪な戦いを繰り広げていたかと思うと、誰だって頭を抱えたくもなるというもの。

 やはり山向こうフレメヴィーラ王国には魔物が潜むのか。あながち噂ってわけでもねーな、とグスターボは本気で信じつつあった。


 それはさておき。

 互いに幻晶騎士を降りそのまま歩きだす。目前まで近づいて、グスターボは改めて溜め息を漏らした。


「くれてやる情報は二つ、一つはこの地の名物だ。知ってるかもしれねぇが源素晶石があるぜぇ。それもザックザクと埋まってやがる。こいつに色んな国がたかってきてるっつうわけだ。んで、もうひとつは……」


 表情をにやりとした笑みに変えて。


案山子クシェペルカ野郎どもの居場所だ。どうだ? これでも不満かぁ?」


 エルもまたふんわりとした笑みを浮かべながら応じた。


「それはとてもありがたいことです。しかし、ずいぶん多くのことをご存知なのですね?」

「俺っちぁ剣しかもってねぇ哀れな一兵卒ぺーぺーだかんよ? 耳を澄ましておかねぇと、色々と困んだぜ」

「狂剣の名を轟かすあなたがどの口で。……よいでしょう、取り引きは成立です」


 にっこりと。歯を剥きだしに。二人対照的な様子で笑いあう。


「ひとまずよー、クシェペルカ野郎どものところへは先導してやる。だから、さっさとおめーの船に戻りゃがれ」

「どうせ同じ方向に行くのです。途中までこちらに乗せていただいても?」

「はぁーん? 疑ってんのか? ……好きにしやがれ。だが下手こいて船を傷つけてみな、そん時はそん時だぜ」

「ご安心ください、もうここでは戦いません。約束は守りますよ」


 グスターボは鼻を鳴らしたが、あえて追及することはしなかった。彼の判断基準は剣であり、人となりなどというものではない。

 そして今はもう剣を収めたのである。


 その時、騒々しい音を立てて昇降機が上がってきた。

 載っているのは幻晶騎士ダルボーサと、グスターボの部下たちである。


 彼らはグスターボと威嚇しわらいあうエルの姿を見てぎょっとした表情を浮かべたが、すぐに気を引き締めて武器を構えた。

 グスターボに並び、そのままエルを取り囲む。


「おいてめぇら。下がれ」


 そんな彼らに投げつけられたのは、グスターボのひどく不機嫌な声だった。


「し、しかし隊長おかしら!? こいつは船まで乗り込んでくるような奴ですぜ!?」

「知るかよ。俺っちがそう言ってんだぜ。ここでの戦いは仕舞いだ、無様をみせんじゃあねぇ。それより客人に茶ぁ振る舞うぞ、急げ!」

「……は? は、はっ!!」


 部下たちは顔色を変えて、慌てて船内に戻ってゆく。

 エルはそれを何か感心した様子で見送っていた。敵船で大勢に囲まれたというのに、この緊張感のなさもただ事ではなかろう。


「あなたは意外に律儀なのですね?」

「あぁー? 別に大した理由じゃねぇ。おめーをぶっ殺すならよぅ、幻晶騎士に乗せてんのが一番面白ぇだろうからな」


 グスターボもまた人の事をいえないくらいには酔狂なのであった。



 トイボックスから発光信号を送って“銀の鯨号”に連絡をしていると、再び昇降機が上がる音が聞こえてくる。

 今度はやたらと体格のいい巨漢が机を抱えてきた。がっしりとした木造の机だ、そう軽くもないだろうに軽々と持ち運んでいる。

 他には椅子を抱えた者もおり、後には食器やポットを抱えたむくつけき大男たちが続いている。

 なんだか妙になれた動きで準備が整ってゆく。見る間に野郎どもに囲まれたむさ苦しいお茶会の準備が整った。


 グスターボが当然といった様子でどっかりと椅子に掛けたのはともかく、戻ってきたエルもまた迷いなく向かいに腰かけた。

 和やかともいいがたい、ひどく奇怪な空気が船上を流れてゆく。


「銘柄はうちのもんだが、それくらいは我慢しな」

「はい。おもてなしに感謝します」


 ゆったりとした音をたててカップに注がれてゆく。

 後ろに控える部下たちは引き攣った表情を隠せておらず、グスターボとエルだけがまったくくつろいでいる。これは二人の神経が少々イカれているだけで、部下たちの反応はごくごく当然のものであろう。


 先にグスターボが茶を呷った。茶は同じポットから注いだものである、エルもすぐに続いた。

 グスターボが眉を跳ねあげる。


「……いちおう俺っちが先に飲んだがよ。躊躇わねーとか、アホか?」

「心外ですね。まさか剣より毒のほうがお得意なのですか? 狂剣の方」

「あー? んなことする奴ぁ俺っちがソッコーぶっ殺すに決まってんだろ」

「でしょう」


 何故、何を、通じ合っているのか周囲からはさっぱりわからない。

 ただ下手につっこむと何が起こるかわからないため黙っているしかないのであった。


 足元から船が向きを変える小さな振動が伝わってくる。これから両船はクシェペルカの船が泊まる場所へと向かうのである。


「……んで! てめーらが暴れたおかげでうちの国はしっちゃかなんだよ! うちの部隊も節約しまくってよぉ。幻晶騎士ダルボーサなんざ安っちくて安っちくて大変なんだぜ?」

「それであなたたちだけがここに?」

「おう、出稼ぎにな。ここは宝島だかんよ」

「せっかくワクワクする空飛ぶ島なのに、俗っぽいお宝ですね」

「あ? おめーは何が埋まってたらうれしいんだよ?」

「……幻晶騎士とか」

「いっらねー」


 などと、船旅の間はおおいに会話が弾んでいたりした。


 そうしているとふと言葉が止まり、二人はそろって進路上に目を凝らす。

 はるか前方に染みのように広がってゆく黒。そこには迫りくる巨大な構造物が、輪郭を確かにしつつあったのだ。

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