#142 眠る宝を探してみよう

 急いで集落へと戻ったアーキッドキッドたちを慌ただしい羽音が出迎える。


 森に立ち上った煙は集落のどこからでもはっきりと見えていた。いったいこの集落のどこにこれだけのハルピュイアが潜んでいたものか、あちこちを忙しなく飛び回ってはしきりに囀っていた。


 ホーガラは素早く周囲を見回すとひと羽ばたきを残して集落の中心へと向かう。そこには無表情で腕を組む大柄な男性――スオージロの姿があった。


風切カザキリ! 森が燃えている、おそらく隣の森の集落だ!」

「己が目で確かめたか?」

「あ、それが……エージロが勝手にアイツを鷲頭獣グリフォンに乗せて。その時に気づいたらしくって」


 開口一番に自らの管理不行き届きを報告することになり、語調が勢いを減じる。彼女は厳しい目つきでキッドを指さした。心外である、肩をすくめて返しておいた。

 スオージロはわずかに眉を動かしたものの、強いて追及することはなく。


「確かめねばならぬな。鷲騎士グリフォンライダーの半数を出す、残りは村を護れ」

「応!」


 風切の指示が下るや鷲騎士たちは素早く動き出していた。一斉に翼を広げ、鷲頭獣のいる場所を目指して飛び立ってゆく。

 ホーガラもいますぐ後を追いたい様子だったが、スオージロが動かないため留まっていた。


「どうすっかな」


 どんどんと騒がしさを増す集落の中で、キッドは所在なく立ち尽くしている。

 好奇心はあるが結局のところハルピュイアたちの問題である、彼が首を突っ込む理由はない――と思いきや。すんなりと見物を許すようなエージロではなかった。


「じゃあ僕も! 僕もキッドといく!」

「…………俺? えっ?」


 突如として隣で小さな手が上がり、ぎょっとしたキッドがのけぞった。二人へとスオージロの無感情な瞳が向けられる。キッドの視線が二人の間を忙しなく往復して。


「えーと待て。いや俺はあれだ。おいエージロ、捕虜なんだぞ? そんなところに連れてくな……」

「いいだろう」

「っていいのかよぉ!!」


 さらっと頷いた大男に全力で突っ込み返す。そんなキッドをサラッと無視してスオージロは視線の方向を変えた。

 次の獲物として捉えられたホーガラが目に見えて怯む。


「次列、群れの後ろを任せた。行くぞ」

「そ、く……。おのれ、お前のせいだぞ!」

「それは頷けねーな」


 ホーガラの恨みがましい視線から目をそらせば、そちらではエージロが諸手を挙げてはしゃいでいる。実に対照的な二人なのだった。



 ハルピュイアたちは続々と鷲頭獣のいる場所へと降り立っていた。

 鷲騎士と鷲頭獣は組み合わせが決まっている、彼らは慣れた様子で分かれると自らの相棒のもとへと急いだ。空を滑るように飛び、鷲頭獣の背にある鞍を掴む。手綱を引けば巨大な決闘級魔獣が嘶き、力強く地を駆けだした。


 巨大な翼を羽ばたかせるとともに、強烈な風が巻き起こる。魔法現象によって生み出された風が巨体を一気に加速してゆく。

 決闘級魔獣の名にしおう魔法能力、鷲頭獣の加速能力は強烈である。そのままでは背にまたがる者が置き去りにされてしまうのは、キッドも身をもって体験済みであった。

 しかし乗り手たる鷲騎士は、ただの人間ではない。


 ハルピュイアたちは同時に自らの翼を広げ、魔法を行使した。風が巻き起こり鷲頭獣に合わせて加速する。主従ともに羽ばたくことで、まったく遅延なく空へと舞い上がっていったのである。

 次々に飛び立ってゆく鷲頭獣を見上げ、キッドは感心したように唸っていた。


「すげぇ。そりゃあ伊達に魔獣と一緒にいないわなぁ」


 少しばかり現実から逃避するも、無情にも原因が背後に迫る。


「よしじゃあキッド、僕たちもいこっか!」

「いや、いこっかじゃねぇって。俺はなぜここにいるんだろう本当に」


 この場に残る鷲頭獣がどんどんと減ってゆく中、鷲頭獣のワトーは大人しく座って主の騎乗を待っている。

 現れた主の横にキッドがいることに、こころなしか不満げに唸ったが嫌がるまではいかないようだ。


「まぁそういうなよ。こっちも大変なんだからさ」


 キッドは“大気圧縮推進エアロスラスト”の魔法を駆使して鞍まで飛び上がり、手綱を握った。

 いまひとつ表情がすぐれない。ハルピュイアではなく人間であるキッドはまたも“身体強化フィジカルブースト”を振り絞って耐えなければならないからだ。かくなる上は是非もないが、気合いが必要なのだった。


 そうして彼が魔法の演算を始めていると、エージロがちょこんと真後ろに座った。

 小さな両腕を伸ばしてしっかりとキッドにしがみつく。身体を固定するかのような厳重さに、キッドの胸中に嫌な予感が広がってゆく。


「大丈夫、キッドのことはちゃーんと僕が押してあげるから」

「押すだって? おいちょっ待……!!」

「ワトー、しゅっぱーつ」


 キッドの抗議をさっぱりと無視してワトーが羽ばたきを始める。同時にエージロが翼を広げ、風を巻き起こした。

 小柄なれどその能力には確かなものがある。誰も振り落とされることなく、一行は空へと舞い上がっていった。


「あーもう、なるようになりやがれ!」


 ただ一人、キッドの上げた自棄じみた叫びだけが木霊してゆくのだった。



 ――炎は渦を巻き燃え盛る。木々の緑をゆっくりと飲みこみながら、絶えず黒々とした煙を立ち上らせていた。

 空飛ぶ大地に自生する木々は奇妙な特徴を有してはいれど、植物であることに変わりない。逃げることも叶わず、炎にただその身を委ねることしかできなかった。


「ひでぇな」


 炎は広範囲に広がってゆく。このまま森を飲み込んでゆけばどこまで広がるものか、想像もつかなかった。


 スオージロの乗る三頭鷲獣セブルグリフォンを先頭として、群れはゆっくりと上空を旋回している。さしもの決闘級魔獣とはいえ、炎と煙に巻かれては無事に済まない。これ以上近づくことは困難だった。


 誰もが言葉なく森を飲み込んでゆく炎を見つめ、時たま鷲頭獣の悲し気な鳴き声が響いている。


「ここには、何があったんだ?」


 キッドが背中へと問いかける。彼の背にくっついているエージロは、これまでのはしゃぎようからは信じられないほど静かになっていた。

 答える様子のない彼女に代わり、ホーガラの乗った鷲頭獣が近づいてくる。


「ここには集落があった、私たちと同じくらいの。……それに私の、友達がいた。あの子は鷲頭獣に乗るのが下手で……ちゃんと、逃げ出せているだろうか」

「わかった。十分だ」


 ホーガラにも常の勢いがない。眼下に赤々と燃え盛る炎は、それ以外の全ての力を吸い取ってしまったかのようだった。


 キッドはふと、手綱を握る手に力を籠めすぎていたことに気づいて目を見開いた。

 体から少し力を抜いて深呼吸。活力が思考に回り、彼に行動しろと囁きかける。騎士たるもの、困難を前に立ち止まってばかりではいられない。


「よし! ワトー、群れの前に出る。急いでくれ!」


 鷲頭獣の操り方など詳しくない。キッドの叫びを聞いたワトーは、わずかに首を揺らした後に力強く羽ばたいた。


「ま、待て!」


 わずかに遅れて、正気に戻ったホーガラが後を追う。その間にキッドたちは先頭をゆくスオージロの三頭鷲獣に並んでいた。


「おいスオージロ! 頼みがある!」

「ほう。何か」

「下を調べたい。降りてもいいか!」


 彼の背でエージロが身じろぎする気配があった。

 常に決断の早いスオージロとしては珍しく、返答までにいくらかの時間を要していた。


「……よかろう。ホーガラ!」

「ううううわかっている! 見ていればいいのだろう!!」

「ありがとう! 恩に着るぜ」


 許可を取り付けるやいなや、ワトーは群れから外れ高度を下げてゆく。まさか炎の只中に向かうことはしない、森の外れを目指していた。


「勝手に決めてすまなかったな」

「ううん、いいよ。キッドは何か知っているの?」


 エージロが身を乗り出すようにして聞いてくる。キッドは険しい視線を森へと送ったまま答えた。


「何もわからない! だから探すんだ。何か理由があるはずだから」

「理由?」

「森を焼くに足る理由だ! これはただの戦闘じゃない、侵略にしても不自然だ。だから特別な理由がきっとある。それが何かを掴まないと、戦い方がわからないままだ!」


 森に近づいたワトーは減速し、降りるのに良い場所を探す。木々の間に空いたところを見つけて静かに降り立った。

 待ちかねたようにキッドが飛び降りる。空を見上げればとめどなく不吉な煙が上がり続けていた。あまり悠長にしているわけにもいかない。


「エージロ、近くの村がある方向はどちらなんだ?」


 静かに指を上げる。彼女の指先は、迷いなく炎の中心を示していた。


「誰だか知らないがなんてことを。くそ、炎の近くを探すしかないのかよ」


 腰の銃杖ガンライクロッドを確かめ、覚悟を決める。幸いにも炎は炎、魔獣と違って襲い掛かってくることはない。


「エージロはここで待っててくれ。あ、心配すんなよ。逃げたりしないからさ」

「そんなの心配してないよ。でも大丈夫?」

「任せろって。騎士ってのはこういう時に頑張るものなのさ」


 杖を掴み、落ち着いて“身体強化”の魔法を発動。みなぎる力をそのままに、キッドは森の中へと駆けだしていった。


 それから多少遅れてふたつ目の羽音が降り立つ。

 エージロが見上げる中、乗り手であるホーガラが空中で飛び出した。彼女たちはわざわざ地面につくのを待つ必要はない。

 一人佇むエージロを見、次に周囲を探した。


「あいつは?」

「森に入っていったよ。理由を探すって」

「はぁ……。あいつは自分がどんな枝に留まっているのかわかっているのか? 地の趾ちのしというのは誰もあんな感じなのだろうか……」

「そんなことないよ。多分キッドは特別だよ」


 自信満々に頷くエージロに呆れたような視線を送ってから、ホーガラは森の様子をうかがう。

 木々の向こうには未だ立ち上り続ける黒煙、このような場所に突っ込んでゆく者というのは普通とはいいがたいだろう。


「本当にそうなのだろうな。監督する者の身にもなれというのだ」


 もちろんその対象にはエージロも含まれているのだった。



 下草をかき分け、木の根に注意しながら森を進む。木の幹にはぼんやりとした虹色が走り、鬱蒼とした森だというのに不思議な明るさがあった。


「しかしこの景色、頭が痛くなりそうだ」


 森の中を慎重に進みながらキッドがぼやく。空飛ぶ大地の植生は地上では見られない様子で満ちている。


「まだ煙は流れてこないか。あんまり近づくとさすがにきついしな」


 さすがに炎の只中を探したくはない。見つけるべき“原因”が炎に巻かれていないことを祈るばかりである。


 そうして周囲を探りながら歩いているうちに、キッドはまったく違う変化が起こりつつあることに気づいていた。

 胸を押さえる。先程までは普段通りであったはずの心臓が、不自然に鼓動を速めている。同時に呼吸が荒れ、吐き気のような感覚が襲い掛かってきた。


「なんだ? 魔力マナ切れには全然早いぞ」


 エルネスティの直弟子であるキッドがそう簡単に魔力切れを起こすとも思えない。本人の感覚でもまだ余裕はあったはずだった。

 しかも症状は時間とともに重くなってゆく。


「どういうことだ。今までと変わりないってのに……」


 炎からはまだ遠く、煙に囲まれているわけでもない。不可解な現象だった。


 まるで呼吸する大気ごと重くなったかのように、足取りはさらに鈍くなってゆく。

 引き返すべきか、そんな考えが頭を過りだしたところで、彼は木々が途切れた場所へとたどり着いていた。


「これ……これは!」


 そこにあったものは、地面から突き出した岩であった。それが周囲の木の根を阻み、空き地を生み出していたのである。

 だがキッドが驚愕したのは何よりも、岩の表面を走る模様――性質を目にしたからである。


 地面に露出した岩塊に交じる、奇妙な“鉱石”。

 岩石とは明らかに質感の異なる、木々と同じように虹色の輝きを帯びた奇妙な石。それは彼の知識にある鉱石であり、だからこそ――。


源素晶石エーテライトだって!? そんな馬鹿な、どうしてこんなところに……」


 恐ろしいほどの異様さを放っていた。


 源素晶石エーテライト、それは高純度のエーテルが固まって固体となった鉱石である。

 大気中のエーテルに溶け出しやすい性質があり、露出している鉱床など皆無であるはずなのだ。そんな異常が目の前にある。


 キッドは恐る恐る視線を下げてゆく。

 “空飛ぶ大地”、その存在と源素晶石が持つ特性がカチりと音を立てて噛み合う。

 ぞくりと背筋を寒気が走っていった。キッドはすぐに“それ”に思い至っていた。ごく当然の発想だ、少し考えれば誰にでもわかる。


「地上に露出するほどの源素晶石の鉱床があるってことは、地下にはまだどれくらいあるんだよ。ヤバい、ヤバいぜこれは!! だとしたら間違いない、侵略者の狙いはこれだ。この空飛ぶ大地そのものなんだよ!!」


 源素晶石は一昔前まではまったく価値を持たない鉱石だった。空気中で溶ける石に使い道などあろうはずもない。


 だが飛空船レビテートシップの出現が事情を一変させる。


 自在に空を進む驚異の船である飛空船。その最重要部品たる源素浮揚器エーテリックレビテータを動かすには、大量の高純度エーテルが必要になる。

 現状、それを供給するためには源素晶石からエーテルを抽出する方法が一般的なのだ。


 大西域戦争後、飛空船は西方諸国に急速に普及している。そうして源素晶石の需要は留まるところを知らない。

 そんな状況で大量の源素晶石を埋蔵した場所が見つかったとしたら、どうなるだろう。しかも地上に露出するほどで、掘削するのにかかる手間も大したものではない。


 キッドは顔を上げて空を睨んだ。

 立ち昇る煙、問答無用で襲い掛かってきたハルピュイアたち。キッドの中で、それらの理由がひとつにつながってゆく。


「だからハルピュイアたちは警戒している。おそらくこの村を焼いたように……ここを戦場にしようとしている、“敵”がいる!」


 何者であれ、源素晶石を求める人間たちにとってハルピュイアが邪魔な存在になるだろうことは容易に想像できた。

 そうして森は炎に包まれた。


 ギシリと、握り締めた拳が乾いた音を立てる。


 その時、キッドは足の力が抜けて倒れこんだ。手足に力が入らない。だんだんと視界が霞み、心音だけが煩いくらいに響いている。


「あれ? しまった、さすがに、ヤバいかな。このまま、だと……」


 そうして倒れたキッドのもとへと、下草を踏む音が近づいてくる。

 ぼやけつつある視界に、呆れたように見下ろしてくるホーガラが映った。


「馬鹿じゃないのか、お前」

「はは。本当、面目ない……」


 彼女はキッドが息も絶え絶えなのを見て取ると、わずかに表情を変えた。

 嘆息をひとつ残し、すぐに首根っこを引っ掴んでその場を離れる。鉱床から距離を取るにつれて、だんだんとキッドの調子が戻ってきた。


「いててっ。もう大丈夫だから! ちょ、放してくれ!」


 乱暴にその辺に投げ出される。キッドは後頭部をさすりつつ、体の調子を確かめた。


「大丈夫みたいだ。とにかく助かったぜ、ありがとう」

「お前は羽ばたき方も知らないのか。勝手に倒れられると私が困るのだぞ」

「本当、悪かったって」


 森の空気に異常はない。どうやら不調を起こすのは、源素晶石の周辺のみのようだった。今後は備えなく近づくのは止めようと心に決める。

 気を取り直して、彼はホーガラに問いかけた。


「なぁホーガラ。あの岩に交じっていた……七色した鉱石さ。お前、アレのことを知っているか?」

「岩に? それは“虹石”のことか?」

「多分それだ。俺たちは源素晶石って呼んでるんだけど。あれってあちこちに……例えば、お前の集落の近くにもあるのか?」


 ホーガラは質問の意味が理解できないとばかりに首をかしげ、それでも問いには答える。


「あんなもの大して珍しいものでもない、そこら中にあるぞ。もちろん集落の近くにだって」


 キッドは返す言葉に詰まる。

 この森に炎を起こしたであろう誰かの狙いはわかった。このまま放置すれば、どのような事態を招くのかも。


「スオージロと話そう。群れの皆にも伝えないといけない」



 空へと戻った一行は、煙を遠巻きにゆっくりと飛んでいた群れに合流すると、先頭をゆくスオージロのもとへ向かった。


「戻ったか、爪に捕らわれた者よ。それで何を見た」

「ああ、色々とわかったぜ。俺の船がなぜ襲われたのか、とかな」


 周囲の鷲騎士たちが注目する中、キッドはひたとスオージロを睨む。


「まず確かめたいことがある。飛空船……巨大な船だ、わかるか? ハルピュイアたちはそれと戦っているんだな?」

「お前の落ちたあれか。その通りだ」

「そうか。おそらくだけど今まで戦ってきた船、そしてこの森に火を放った奴の狙いはわかった。源素晶石……お前たちが虹石と呼んでいるものだ」


 ざわめきが広がる。それはハルピュイアたちにとってまったく予想外の言葉だった。


「地の趾が考えることはわからんな。虹石など雛でも拾えるもの、そのために命を懸けて戦うと?」


 スオージロだけではない。周りの鷲騎士たちも困惑を浮かべているし、ホーガラすら半信半疑の様子である。


「あの飛空船は、源素晶石を使って飛んでいる。俺たちにとってはいくらあっても足りない、価値あるものだ。あるいはハルピュイアそのものを敵に回したっていいくらいに」


 ざわめきは収まるところを知らず、さまざまな意見が飛び交っていた。

 先頭をゆくスオージロはしばし瞑目していたものの、なぜか満足げに頷く。


「我らにはわからぬことだ、お前がここにいる価値はあった。ならばどうする、地の趾の戦士よ。お前と、お前の船もまた虹石を求めるか」


 ハルピュイアたちの視線が、一気にキッドへと集まった。

 この場にいるたった一人の人間。共に行動してはいれど、彼が捕虜であることに変わりはない。


 圧力すら伴う視線の中、キッドは堂々と大男を睨み返す。


「違うな、俺は戦士じゃなくて騎士だ! 火を放って奪うなんていうのは盗賊のやり口。そんなことは決してしねぇ!」

「ほう。その羽音は真実だろう。ならばお前はそうかもしれないとして、お前以外の者も同じように考えるか?」

「それは……」


 キッドはにわかに答えることができなかった。

 確かに、エムリスを始め“黄金の鬣ゴールデンメイン号”の船員たちは話のわかる奴らである。彼らだけならば味方とすることは難しくない。


 しかしそこに国家としての判断が必要となればどうか。

 源素晶石はもはや戦略物資、国家の計を左右するであろうことは容易に想像がつく。果たしてこれほど優良な鉱脈を誰が求めずにいられるのだろうか。


 脳裏を、大国を支えるべく頑張っていた女王の姿が過る。彼女ならば果たして――。


「今はわからない。だがまずはこの侵略を止めるんだ、こんなやり方は気に入らない。それに非道を見過ごしたとあっちゃあ杖と剣を持つ理由がないぜ」

「勇敢だな。だが高く飛びすぎた鳥は落ちるのも早い」

「こちとら地べたを進むのが身上でね。自分のやり方を通させてもらうさ」


 どこからともなく聞こえてきた低い笑い声に、ハルピュイアたちが目を瞠る。

 ひどく珍しいことに、スオージロがその厳めしい顔をわずかに綻ばせていた。


「良かろう。ならば……“騎士”よ。お前とはまだ共に飛ぶことになるな」

「そりゃどうも」


 スオージロは表情を戻すとひとたび大きく翼を動かした。


「ここに残るものはない、村へ戻る。これからを考えねばならんな」


 風切と三頭鷲獣が向きを変え、他の鷲頭獣も後に続いた。ワトーもまた群れに加わる。

 鞍の上で、キッドはだんだんと遠くなってゆく煙を睨み。


「若旦那、こりゃあもう冒険してる場合じゃなくなってきましたよ……」


 ひとしきり頭を抱えてから、ここにはいない主に向かって文句を並べたのだった。

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