#143 翼をもがれた獣

 空に浮かぶ大地、意外なほど起伏にとんだその表面をなぞりながら雲の影が流れてゆく。

 大地ごと宙に浮かぶという神秘そのものであるこの地も、あらゆる雲より高い場所にあるわけではない。


 穏やかに流れる影の中に慌ただしい動きを見せるものがあった。巨大な帆を広げ空を飛ぶ驚異の船――飛空船レビテートシップだ。

 “孤独なる十一イレブンフラッグス”の旗を掲げ、船団は我が物顔で空をゆく。


 大半を輸送船カーゴシップによって構成された船団の中心に二隻、ひときわ巨大な船があった。

 全体を装甲で包み込んだそれらは、旗艦である重装甲船アーマードシップだ。


「まぁまぁなんて素晴らしいこと! この虹色の輝き……どのような宝石よりも素晴らしいですわ」


 重装甲船の、むやみに広い船橋に甲高い声が響く。

 “孤独なる十一”を構成する都市国家群、その議員の一人であるイオランダ・ランフランキは目の前に置かれた容器を矯めつ眇めつ盛んに感心していた。

 厳重に密閉された容器の中には淡い虹色の光を漏らす結晶質の石。名を源素晶石エーテライトという。


「カカカ、一瞬きほどの前までは道端の石っころよりも価値がなかったってのに、今じゃあ金より重いってな。これだから商売は面白い!」


 軽薄な笑い声が応え、イオランダの表情から笑みが消える。

 実質的に都市国家を支配する議員に対してまったく遠慮を見せない若い男。名をトマーゾ・ピスコポ、彼もまた都市国家に属する議員の一人である。

 ただしイオランダとは所属する都市が異なっており、そしてもう一隻の重装甲船を預かる身なのであった。


「はぁ、まったく粗野な表現ですこと。この美しさがわからないなど、議員の立場にある者の言葉とも思えませんわ」

「そりゃ手厳しいねぇ。しかし見た目なんてどうでもいいさ、そいつの本当の価値はぁコッチにあるんだからよ」


 コツコツと机を叩き、ニヤリと笑みを描く。


「飛空船だ。まったくあの調子乗りの大国様々だな、今やこいつを持っていない国なんてこの西方せかいのどこにもありゃしない」


 ケラケラと笑い、ついでに船倉から勝手に失敬してきた酒を注いだ。イオランダの船に乗りこむやまず探し出してきたものである。

 いつもの悪癖だ、彼女は取り合うのも馬鹿らしいとばかりに視線を戻した。


「ふぅ……この大地はまるで宝石箱ですわね。いったいどれほどの宝石が埋まっていることかしら」

「ヘヘ、そいつぁいい。しかし箱を開けるにはあの鳥どもを何とかしないとなぁ。魔獣? ってのか。これだから未開の地はいけない」


 さんざ話に水を差され、イオランダは露骨に表情をしかめて見せる。青年はそ知らぬふりで杯を空け続けていた。


「あんなもの、害鳥の間違いではなくて? 私の宝石箱にまとわりつくなんて、まったく汚らわしいといったら」

「フッハ! 住み処を焼かれりゃそりゃあ必死にもなるさ。だぁが手はあるだろう? 害鳥にだって仲間意識はあるらしいからなぁ」


 笑い声は止まるところを知らず、二本目の酒瓶を開け始めたトマーゾをもはや止めることすらしない。

 そこでふと、彼女は顔を上げた。


「そう、邪魔な害鳥。でも……背にのる小さなものは、なかなか美しいのではなくて?」

「ハン? そりゃあ結構だが、まさか捕まえるつもりじゃあないだろうな」


 トマーゾは顔をしかめる。当然、それは優しさから出た言葉などではない。


「ありゃあ面倒くさいぞ。使い道なんてあるのかい?」


 人間同士が戦うのであれば、倒した相手を奴隷とすることもなくはない。

 だが、自ら空を飛び魔法を行使するハルピュイアを従えるなど困難極まりない。どころか非常に危険ですらある。

 厄介なだけでうまみがない、つまり彼にとっては何の商品価値もないということだ。だがイオランダの見方はまた異なっていたようだった。


「あら、それなら良い手がありますわ。剥製にしてしまえばよいのよ。そうすれば二度と生意気な口を利くこともありませんし、美しく船を飾ってくれることでしょう」

「なんだってぇ!? そりゃあ、扱いやすくはなるかもしれないけどよ。……アンタ前から趣味が悪いと思っていたけど、なかなかとびきりだな」

「若造に美しさの何たるかを説くのは早かったようね」


 果たして何を空想していることか。奇妙な笑い声を漏らす妙齢の女性を前に、トマーゾの酔いが一気にさめてゆく。

 美しいものを愛でる。彼女の言葉はしかし、自らを高みにおき相手を見下す傲慢さに溢れたものであった。


「まったくあの鳥どもにゃ同情するねぇ……」


 呆れを呟きに乗せたとき、伝令の兵士が船橋へと駆けこんできた。


「報告いたします! 進路上に群れを発見! どうやら餌に食らいついた模様です!」

「ああら、噂をすればというやつかしら」

「ほっほう。さしずめ焼いた“巣”の様子を見にきたってところか。こりゃあ近くにも別の巣があるな」


 名残惜し気に酒瓶を仕舞う。一瞬きの間に素面に戻り、すぐさま踵を返した。


「俺ぁ船に戻るぜ。あんたもぬかるなよ」

「あなたこそ、私の邪魔はしないでちょうだいな」


 二隻の重装甲船は互いに距離を離してゆく。

 周囲の輸送船からは次々に快速艇カッターシップが出撃し、空に陣形を描き出していった。




 翼を広げ、巨大な獣の群れが空をゆく。

 鷲頭獣グリフォン、翼持つ民ハルピュイアが騎獣とする決闘級魔獣である。


 普段は空の支配者がごとく力強い鷲頭獣たちも、今はどこか頼りなくゆらゆらとした飛び方をしていた。

 森が燃え盛る光景は、ハルピュイアや鷲頭獣にとってまさに我が家が燃えるがごとき出来事である。なんの感情も抱かないというわけにはいかなかった。


「前を! 何かある」


 ぼんやりとした群れの感情は、突然の風切カザキリの叫びによって遮られる。

 慌てて進路上に目を凝らせば、ふらふらと飛ぶ小さな影を見つけた。


「はぐれの鷲頭獣か?」

「襲われた村のものかもしれない。向かうぞ!」


 群れは進路を変える。近寄ってみると、確かにはぐれの鷲頭獣のようだった。

 徐々に明らかとなる、鷲頭獣はひどい有様であった。全身いたるところに傷があり、脚は力なくだらりと垂らしている。傷からはまだ血がにじみ出ており、羽ばたきに合わせて飛跡にしぶきを舞わせていた。

 そこに風を操る魔獣としての威容はなく、自らを支えるだけで精一杯といった様子であった。


 だが、近づいてきた群れに気づいたとき、傷ついた鷲頭獣はわずかに力を取り戻したようだった。


「鷲頭獣だけか……? いや、鷲騎士グリフォンライダーもか!」


 風切のスオージロは器用に三頭鷲獣セブルグリフォンに命じ、傷ついた鷲頭獣へと身を寄せる。

 その背にはぐったりとして動かないハルピュイアの姿があった。


 十分に近寄った後、スオージロは空中に身を躍らせると、自らの羽ばたきによって傷ついた魔獣の背に飛び移った。


「……翼は動く。よくぞ守った」


 ハルピュイアもまた傷つき意識を失っているが、まだ息がある。

 乗り手を護るために鷲頭獣がどれほどの戦いを潜り抜けたのか、全身の傷が雄弁に物語っていた。


 力なく嘴を震わせる鷲頭獣をかばいながら、群れは再び進もうとして。


 ――彼は見た。彼方に揺らめく影、無数の船を従え、重厚な鎧をまとう巨体を。


 魔導兵装シルエットアームズによって起こされた風が、巨人の騎士を乗せた船を運んでくる。

 小型であり高速で空を飛ぶ、その船の名は快速艇カッターシップ


 そこに翻る十一の杯が描かれた紋章を見て、スオージロは群れに響く声を上げた。


「鷲騎士たちよ、戦いに備えよ! 我らが敵は迫れり!!」


 意識のない傷ついたハルピュイアをしっかりと抱きかかえなおし、戦いに備える。

 重装甲船に先んじて突き進む快速艇を迎え撃つべく、鷲頭獣たちは動き出していた。


 群れの中に、アーキッドキッドとエージロを乗せた鷲頭獣、ワトーの姿もまたあった。

 雄たけびをあげて戦意を高めるハルピュイアたちを見回し、迫りくる飛空船団を睨む。


「あの旗は……どこの国だっけか。なぁ、あいつらが森を焼いた、エージロたちの敵なのか?」


 あれだけ騒がしかったエージロも口を閉じ、空飛ぶ船を睨んでいる。

 群れに漂う強い敵対心を見るに、彼らこそがハルピュイアと敵対する国だと判断していいだろう。


「くそ、幻晶騎士がきてるな。多分、法撃戦仕様機ウィザードスタイルだよなぁ。それに後ろにはデカい親玉もきてやがる」


 十分な装甲を有し、おそらくは法撃戦仕様機による対空能力を備えた船。距離をおいてすら重装甲船の脅威が伝わってくる。

 キッドは手綱を握り締め息をついた。


「よし。俺たちも進もう」

「……キッド。あれは君の仲間じゃないの?」


 彼の意気込みとは裏腹に、エージロが幾分控えめに問いかけてきた。キッドは腕を振り上げて。


「掲げてる国旗からして別に味方ってわけじゃあないさ。それに言ったろ? あんな山賊まがいのやり口は許せないって。今は騎士として戦うべき場面だ」


 話し合う二人の横を鷲頭獣が次々と追い抜いてゆく。その中にホーガラの姿を認めて、キッドは肩をすくめた。


「森に火を放ち、同胞を傷つけた! 悪意の器よ、邪悪なる者よ! 我らの大地より立ち去れ!」


 鷲頭獣たちは嘶きと共に嘴を開く。生み出された風が渦を巻き、竜巻となって伸びた。

 返事の代わりに飛んでくるのは法弾だ。燃え盛る炎弾が竜巻の表面で弾ける。風と炎が交錯し、戦いの幕開けを告げた。


 戦いはハルピュイアたちの優勢に始まった。鷲頭獣は速度に優れ、しかも強力な風の系統魔法を操ることができる。

 対する快速艇は速度こそ十分であるものの小回りが利かず、しかも法撃はなかなか魔獣を捉えきれず空しく宙を焼くばかりであった。


「この程度で! よくも空に上がってきたな!」


 ホーガラの叫びに鷲頭獣が短く鳴いて応える。他の鷲頭獣を超える速度で一気に敵との距離を詰めると、船体へと嵐の吐息ストームブレスを叩き込む。


 一瞬で帆が破れ散り帆柱が叩き折れた。衝撃で幻晶騎士の装甲が弾け、魔導兵装を取り落とす。迎撃を受け持つ幻晶騎士が傷ついた今、快速艇に為すすべなどない。

 怒りに燃えるハルピュイアの猛攻を受け、一隻、また一隻と破壊されてゆく。


「二度と我らの森に手出しできないよう、ここで叩くぞ!」

「応!」


 ホーガラたちの戦果を受けて、ハルピュイアたちが沸き立つ。

 住み処である森を焼かれ同胞を傷つけられ、彼らは怒っていた。一気呵成の攻めに出る。


 その時、追い込まれているはずの快速艇の動きが変わった。

 突出していた部隊は下がり、後方に待機していた部隊が前に出る。二隻が一組をなし、奇妙に抑えた速度で向かってきた。


 鷲頭獣の背でハルピュイアが笑う。


「奴らは空の戦いを知らないな!」

「所詮は地のかっ!!」


 飛び出してゆく鷲頭獣たちの中、キッドの乗るワトーは出遅れていた。

 そう責めるわけにもいくまい、人とハルピュイアでは空における適性がまったく異なる。エージロが手を貸しているとはいえ、そうそう差が埋まるわけもなく。

 だが、後ろにいるからこそ見える景色もあった。


「……おかしい。どうしてこんなに簡単に勝てるんだ?」

「僕たちが強いからだね!」

「確かに強いな。だからこそおかしいんだ。……だったらどうやって、あいつらは隣の村に勝ったんだよ!?」


 炎に包まれた森、この時期に出会う敵が無関係であるはずがない。あの飛空船団は、ハルピュイアの村ひとつを滅ぼしているはずなのだ。

 ならばなぜこれほどまでに一方的に攻め込めるのか。そんなキッドの疑問は、直後に最悪の形で晴れることになる。


 勢いに乗ったハルピュイアたちがどんどんと突き進む。

 後詰めの部隊は二隻で組んでいるが、何ほどのものかとホーガラと鷲頭獣は襲い掛かっていった。


「少々数がいた程度で我らに勝とうなど……とッ!?」


 威勢のいい言葉は尻つぼみに縮んでゆく。

 ホーガラは我が眼を疑っていた。快速艇の舳先に、小さな人影がある。

 頑強な鋼線を用いて厳重に縛り付けられた、それは――ハルピュイアの少女だった。


「メーズメ!?」


 見覚えのままに、ホーガラの喉から叫びがほとばしる。あれは隣村に暮らしていたハルピュイアの一人ではないか。村を訪れるたびに言葉を交わし、鷲頭獣に乗るのが苦手だと嘆いていた少女は今、変わり果てた姿で目の前にある。


 舳先に縛り付けられたままぐったりとして動かず、生死は定かではない。

 このまま風の吐息を放てば確実に巻き込んでしまう。ホーガラは悲鳴とともに手綱を引く。鷲頭獣もまた泡を食ったように放ちかけていた魔法をかみ殺した。


「きッ……貴様らァッ!!」


 激情に駆られても、手を出すことはできない。無念のあまり奥歯が軋みを上げる。

 彼女はそのまま進路を変えて、快速艇の横をすれ違おうとして――しかしそれは敵の目論見通りであった。


 突如として目の前に薄い影が広がる。


 二隻の快速艇が、間に投網を広げたのだ。

 気付くのが遅すぎた、ホーガラを乗せた鷲頭獣は頭から網に突っ込む。


 元々は幻晶騎士に対する装備として作られた代物である。鋼線を織り込んだ網は恐ろしく丈夫であり、決闘級魔獣とはいえど簡単には逃れられない。

 爪に翼に、絡みついた網を振り払おうと鷲頭獣がめちゃくちゃに暴れ始めた。


「くそう! くそう! こんなもの、風を放てば……」


 ホーガラの指示を聞いた鷲頭獣は、今度こそ風の吐息を放たんと嘴を開き。


 先んじて快速艇が次の手を打つ。

 船の後方に乗る幻晶騎士が奇妙な筒状の装置を手に取った。先端を鷲頭獣に向けるや、筒の先端から煙が吹き出す。ある種の植物を燃やした、麻酔作用のある成分を含んだ煙だ。


 鷲頭獣が不快感に身をよじる。巨体をもつ決闘級魔獣はそれだけ薬物にも耐性があった。だがその最大の効力は、乗り手であるハルピュイアにこそ作用するのだ。


 煙にあえぐホーガラが意識を失い倒れこむ。

 それまでは激しくもがいていた鷲頭獣の動きが、目に見えて鈍った。煙が作用したわけではない、気を失った乗り手を巻き込むことを恐れたのだ。


 鷲頭獣にとって、これはまったく未知の状況であった。共に空をゆくこの小さな友が、彼をおいて意識を失うことなど考えもしなかったことなのだ。


 鷲頭獣は勇敢で賢く、誇り高い獣であった。だが今この時、その賢明さこそが彼の命運を決定づけた。


「はははぁ!! 獣ふぜいが妙な情をかけるからだ!」


 思うように動けない鷲頭獣を見て、幻晶騎士が俄然勢いづく。魔導兵装に持ち替え、さらに背面武装バックウェポンが狙いを定めた。この至近距離では外しようもない。


 さすがに生命の危機を覚えた鷲頭獣が、網を逃れられないかと身をよじる。だが背にある乗り手をかばったままでは、どれほどの抵抗ができようか。


 放たれた法弾が鷲頭獣の頭部を捉えた。

 普段であれば難なくかわせたはずの攻撃も、この状況では甘んじるほかない。衝撃で首をのけぞらせ、炎に巻かれた毛が焼ける。


 さすがの決闘級魔獣、一発程度で死ぬことはない。

 だがそれは、彼にとって何の助けにもならなかった。


 何発もの法弾が鷲頭獣を打ち据える。いかに決闘級魔獣といえど無尽蔵に耐えられるわけではない。さんざんに法弾を浴びた頭部は焼け爛れ、傷ついた目はもはや開くことがなく。


 翼に、脚に、胴に法弾が炸裂し、そのたびに巨体が揺れる。

 鷲頭獣は既に己の命運を悟っていた。泡を吹きながら、それでも残る生命力をつぎ込み嘴を開く。残る魔力が風を生み出し――。


 魔法現象が紡がれる前に、放たれた法撃が襲い掛かった。衝撃が容赦なく魔獣の命を刈り取る。へし折れ、あらぬ方向を向いた首がだらりと垂れ下がる。

 誇り高き空の獣が動き出すことは、二度となかった。


「まったくしぶといな、この魔獣ってやつは」

「そんなことよりだ、さっさと運んじまうぞ。ほんとうに重くて仕方がない」


 生命を失った魔獣は魔法現象を維持できなくなる。投網に絡まったまま動きを止めた巨獣は、既にただの重りでしかない。

 二隻は鷲頭獣と、その背で意識を失ったままのハルピュイアを捕らえたまま重装甲船まで戻っていった。


「おらよ、荷物の到着だ!」


 二隻の快速艇は重装甲船の甲板に魔獣の死骸を載せると、次の獲物へと向かうべくすぐに飛び去った。


 入れ替わりに待機していた船員たちが駆け寄り、息絶えた獣からハルピュイアを引き剥がす。ぐったりとしたままのホーガラを乱暴に投げ出すと、そのまま船内へと運んでいった。

 後に残ったのは巨獣の死骸だ。


「この獣はどうする? 毛皮にでもするか」

「何も言われてないし、なめすのだって手間だ。もちろん捨てるとも」


 合図を受けて幻晶騎士が立ち上がる。

 鋼の巨人は鷲頭獣の亡骸を掴むと、無造作に船の端から投げ捨てた。抜け落ちた羽根が宙を舞い、巨大な獣の姿はやがて木々の合間に見えなくなったのである。



 同様の罠がそこかしこでハルピュイアたちを追い詰めていた。血気にはやって飛び出した鷲頭獣を、快速艇部隊が包囲してゆく。

 仲間を想う心が彼らの翼を縛った。躊躇の隙間をこじ開け、法撃が鷲頭獣を討つ。


 群れから出遅れていたキッドは、惨状を目の当たりにする。


「くそっ! あいつらどれだけ腐っているんだ!? それでも騎操士なのかよぉッ!!」


 歯噛みする思いを抱くが、さりとて状況をひっくり返す妙案はない。

 そもそも今は幻晶騎士に乗っているわけでもなく、不慣れな鷲頭獣に乗る身ではどれほど力になれるものか定かではなかった。


 その時、スオージロの声が空に響き渡る。


「下がれ皆! 退くのだ!」


 三頭鷲獣が三種の吐息ブレスをまき散らし、快速艇との間に割って入った。

 ようやく罠を逃れたハルピュイアたちはしかし躊躇いを込めて叫ぶ。


「風切よ! あのような卑劣を許すというのか!」

「そのようなことはない。だが今や隣の村だけではない、勝つためには自らの羽根を毟らねばならないのだぞ」


 すでに何匹かの鷲頭獣が打ち取られ、数を減らしている。同時にハルピュイアも何名か敵の手に落ちてしまったのだ。

 戦いを続ければどうあがいても大きな犠牲を伴ってしまい、そして彼らは非情に徹することができなかった。


 あざ笑うような挑発を続ける快速艇を憎々しげに睨みながらも、鷲頭獣たちは後退せざるを得ない。これ以上犠牲を積み上げても、得る物は何もなかった。


 下がりゆく群れの中に一匹、流れに逆らうものがいた。キッドの乗るワトーだ。

 混乱する群れからこっそりと離れ、戦場を回り込むように飛ぶ。


「キッド? いったいどうするの」

「ホーガラを……いや、皆を助けに行く」


 エージロは軽い驚きとともに目を見開いた。自由奔放に振る舞っていると見せかけて彼女もまた群れの一人、連れ去られたものを案じていないわけがない。


「こんな非道を許しておくつもりはない。人と……ハルピュイアの戦いは、もしかしたら避け得ないかもしれない。だからといってやり方ってものがあるはずだ! 焼き討ちも人質の盾でも、何でもするってのかよ!」


 それは、ハルピュイアと言葉を交わしたキッドの感傷なのかもしれない。

 少なくとも今敵対している相手に、ハルピュイアをまともに扱うつもりがないことは確実だった。


「でもあんなことをされちゃどうしようもないよ! 無理だよぉ……」

「逆に言えば、人質さえ助ければ奴らに勝ち目はないってことだ」


 エージロは目を見開きキッドを見つめる。

 だが彼の視線はじっと彼方を睨んだままだ。ホーガラが連れ去られた先にある巨大な船――重装甲船、敵の本陣だ。


「どうする、どうすればいい? 考えろ……何か手があるはずだ」


 ハルピュイアの中にあって、ただ一人西方に通じる彼ならば、違った視点から考えられるはずだ。


「忍び込むか? だめだ、中に何人いるかわからない」


 歯噛みする。ホーガラだけを助ければよいというわけにはいかない、おそらく船内にはまだ多くのハルピュイアが残っている。少なくとも村がひとつ襲われているのだから。


「デカブツに忍び込むのは確定だけど、逃げるには……船を奪うしかないのかよ」


 どの道、忍び込むためには重装甲船デカブツのもとまで辿り着く必要がある。それがまず困難窮まりない。

 重装甲船の周囲には快速艇が漂い、油断なく守りについている。さらに鷲頭獣は強力な魔獣だが目立ちすぎる、密かに近寄るにはまったく向いていないのだ。


 その時、後退を続けていた群れに新たな悲鳴が上がる。


「後方からも船がくるぞ!」


 慌てて振り返ったキッドは目にする。

 これまでとは別の方角から現れた船団。ただでさえ追い詰められつつあったハルピュイアたちはさらに逃げ場をなくしてゆく。


「くそう、まだ軍勢があるのかよ! いったいどれだけの船がこの大地にいるんだ!?」


 戦慄とともに、キッドの心中にざわざわと諦めが這い寄ってくる。

 ハルピュイアたちを取り囲む状況は、刻一刻と悪化しつつあるのだった。

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