#134 魔なる剣
オルヴェシウス砦の工房。
銀鳳騎士団に所属する
「さながら我が国の最新鋭機の展示場といったところか」
とは誰が漏らした感想か。
その中で団員の一人がふと疑問を抱く。
「なぁ、つまりは俺たちもこういうのに乗るのか?」
皆はっとして周囲を見回した。
彼らが所属する白鷺騎士団、紅隼騎士団は銀鳳騎士団に連なる存在である。となれば彼らの機体も同様なのではないか。団員たちに視線で問いかけられ、エドガーは頷いた。
「今回ここに来たのは面通しというのもあるが、主題は白鷺騎士団と紅隼騎士団の戦闘構成についてだ」
皆はそろって会議用の部屋へと集まる。
かつて銀鳳騎士団だけの時には余裕があった会議室も、騎士団が増えた今となっては全員が入りきらなくなっていた。
“いつものように”話し始めようとして、いつもと違うことに気づいたエドガーは小さく苦笑を浮かべて、すぐに表情を引き締める。
「陛下は我々に銀鳳騎士団で担っていた役割を受け継ぐことを望まれた。そのうち大きな柱のひとつは幻晶騎士の開発だが、それは少しばかり騎士の領分を外れたものと言えるだろう」
言ってから彼はふとエルネスティを見やった。銀鳳騎士団での開発において先頭に立っていたのは、まさに騎操士であるはずの彼だからだ。
「……できることをやる。銀鳳騎士団はあらゆる場所で功績を挙げてきた。が、逆に考えるとそれは何でもやらされてきたと言うことでもある。だいたいはそこの大団長のせいなのだが」
「挑戦の積み重ねと言っていただきたいですね」
にこやかに不穏な笑みを交わしあう騎士団長と大団長の間で、団員たちの視線が泳ぐ。
「つまり装備の面では銀鳳騎士団と何も変わらないということかい」
助け船を出したのはディートリヒだった。
「銀鳳騎士団が翼を休めている今、あなたがたに求められているのはその代わりとなり剣をふるうこと。つまり強力な魔獣の迎撃から各種幻晶騎士への習熟、教導やお披露目もありますね」
「これは期待が重いねぇ。よしエドガー、我々紅隼騎士団は戦闘を中心に請け負おう。教導は任せたぞ」
「俺とお前では向きが違う。白鷺騎士団を前に出してもお前たちの仕事は減らないぞ」
「チッ……」
「ははは。ともかくそんなわけで」
会議室に備え付けられた黒板の前にエルネスティが立つ。エドガーがごく自然に動き、黒板の横にある取っ手を回した。歯車の軋みを上げながら黒板がエルネスティに合わせた位置に降りてくる。
エルはまるでいつものようにチョークをつかむと黒板に猛然と文字を書き連ね始めた。
「役目について、戦闘面に絞った話をしましょう。まずは
ずらずらと書き並べられてゆく役目の数々に、騎士たちの表情がどんどんと悲痛な色合いに染まっていった。
およそひとつふたつの騎士団が背負うような分量ではない。これだけの任務を背負える集団というのは、質といい量といい普通は近衛騎士団と呼ばれるのではないだろうか。
それは騎士団長たちすら同じであったようで、文字を目で追っていたエドガーは眉根を寄せて腕を組んだ。
「改めて書き出されるとなんというか、少しばかり俺たちに任務を課しすぎのような気がしてくるな」
お願いします騎士団長、我らに救いを! 団員たちの願いを背負ったエドガーに、エルはふわっと笑いかけて。
「ですが銀鳳騎士団ではやっていたことですし。何とかなりますよ」
「そういえばそうだ」
そうして彼らの願いはあっさりと崩れ去ってゆくのであった。
「銀鳳騎士団物語は素晴らしい話であるが、あまりに活躍が多すぎるという感想も多かった。が! あれは全て真実であったということですな! なぁるほどなぁ、これからその一頁となれるとは光栄の至り。はっはっは……!」
ゴンゾースだけが一人上機嫌でペタペタと禿頭を撫でている。笑い事じゃねぇ、とは周囲の同僚たちの本音であった。
「これらの任務をこなすにあたり、我々は多くの機体に習熟していることが求められる。ここに集まってもらったのは誰もが腕利きの騎操士だ。だが慣れない機体を動かすのでは十全に力を発揮できないだろう。そこでだ大団長、各機種への習熟と訓練に力を貸してほしい」
「もちろんです。オルヴェシウス砦には以前から使っていた設備がありますし、どれでも自由にご利用ください」
この期に及んでふわふわと笑っているエルが、だんだんと恐ろしい何かに見えてきた団員たちであった。
おそるおそる手を上げた者がいる。
「あのう……結局、我々はどの機体に乗るのでしょうか?」
そこで、ここまでエドガーに任せっきりであったディートリヒがようやく重い腰を上げた。
「ひとまず基礎訓練で実力具合を見ながら、適性別に機種を振り分ける。騎士団の戦力構成については裁量をもらっている、合わせた機体を用意できるだろう」
げんなりとしていた団員たちが少しばかり息を吹き返す。
多くの騎士団において、所有する幻晶騎士というのは量産機であるカルディトーレのみとなる。個々の乗り手に合わせた調整こそされるものの、選択肢などないのが普通だ。機種自体を選べるなど望外の贅沢であるといえよう。
そのあたり、各人が専用機に近い状態で運用していた銀鳳騎士団はかなり感覚がおかしいといえる。
にわかにやる気を見せた団員たちへと、ディートリヒも楽しげに頷いた。
「ではさっそく始めるとしよう。そうだな、まずは
順に聞こえてきた不穏な単語に、団員たちの表情がすっと曇る。
最初のふたつはまだしも最後のはいったい何なのか、銀鳳騎士団における何かの符号であろうか。
「飛ぶとおっしゃいましても、いったい」
素直に聞くと、ディートリヒは黙って窓の外を指さした。
皆の視線がゆっくりと追いかける。示す先にあったのはしっかりと組み上げられた木造の櫓だった。見張り台であろうか、それにしては不自然な場所に置いてある。
やたらと高く作られており、幻晶騎士の背丈を越えて砦の上まで伸びていた。
団員たちは思わずごくりと唾をのみこんで。
「飛ぶ……とは、言葉のままですか!? し、失礼ですが。あんな高さから飛んだら大怪我を負うのでは」
「まさかそんなことは言わないさ」
先程から無茶の度合いが上がりつつあって警戒していた団員たちは胸をなでおろしていた。そうだ、そんなことをする意味なんてどこにもないではないか。
「ちゃんとこの“
希望はまたしても打ち砕かれた。
すでに挫けかけている団員たちの様子などどこ吹く風、ディートリヒはなぜか得意げに降下甲冑の説明を始める。
「これは幻晶甲冑の一種で、滑空できる優れものだ。内部に“
ディートリヒはふと表情を引き締めると、真剣な瞳で団員たちを見据えた。
「君たちが近接戦仕様機に乗るのか人馬騎士に乗るのか、はたまた空戦仕様機になるかはわからない。だがいずれであっても大丈夫なようにしっかりと訓練する。安心したまえ」
すでに何を安心すべきなのか、団員たちにはわからなかった。
「かつて
自信満々に告げられた団員たちであったが――いったいこの騎士団は何と戦うことを前提にしているのか、恐ろしさが募るばかりであったという。
オルヴェシウス砦の周囲に、白鷺・紅隼騎士団員たちの悲鳴が響く。彼らは皆一様に重々しい鎧を着こんで走らされていた。
これぞ銀鳳騎士団特製の訓練用幻晶甲冑である。旧型であるモートルビートに近い調整を施されており、絶えず
そんなものを着て砦の周りを走らせられては、いかに体力自慢の騎士たちと言えど音を上げるのも当然と言えた。
そんな彼らの先頭をきって走っていたディートリヒだったが、一周以上の差がついたところで戻ってきた。
「たまには走るのも悪くないね。良い気分転換になったよ」
「お前は何というか、動き出すと止まらないな」
「彼らかい? 最初は厳しくとも、そのうち慣れるだろう。空戦仕様機に乗るならば必須だし、地上でも何かと役に立つからね」
背後では団員たちの悲鳴が続いている。エドガーとしてもどうかという思いはあったが、これを乗り越えれば彼らはより強くなることだろう。今は頑張ってもらうしかなかった。
そうしているとエルと親方が連れ立ってやってきた。
「ちょうどいいところに。お二人にお見せしたいものがあります」
「俺たちにか?」
今は団員たちの機体を選定しているところである、彼らに対してならばともかく今更なじみの二人に何を見せるというのか。
訝し気なエドガーとディートリヒへ、エルは満面の笑みを向けて。
「銀鳳騎士団から巣立ちされる、お二人への餞別です」
「……ああ、前に言っていたね。改めて言われるとなかなか気になるところだ」
「ったく、式典やるから急げってせかしゃあがって。大変だったんだぞ」
「それはすまなかった。とはいえ陛下がお決めになったことだしな」
親方は鼻息荒く胸を張ると、すぐにニィっと笑みを深めた。
「フン。急ぎだからって手は抜いちゃいねぇ。見やがれってんだ。おおい!」
親方が呼べば、工房の奥から幻晶甲冑を着込んだ鍛冶師たちが巨大な荷車を押して出てくる。とてつもなく巨大な二ふりの剣が、白日のもとへと現れた。
ディートリヒは目を見開き、荷車の前から後ろまで眺めまわす。少々奇妙な意匠が施されているものの、それはどう見ても剣であった。
彼は困惑も露わに頭を掻く。
「ははは、まさか君から剣をもらうとはね。幻晶騎士向けの記念品かい? 考えそうなことだなぁ」
記念品、である。
そも、武器というものは消耗品なのだ。特に幻晶騎士が用いる近接武器は摩耗が激しくそれなりの頻度で交換が必要となる。
そのため意匠を凝らした剣などというものは飾っておくしか役目がない――彼がそう考えたのも無理からぬことである。ついでに言えばエルなら嬉々として飾るだろう。
しかしここは銀鳳騎士団、大団長エルネスティがただの記念品で満足するはずがない。
案の定、彼はゆっくりと首を横に振って。
「いいえ、これは記念品などではありません。実戦向けの新型装備。……この剣の芯の部分には、
「なに。するとこれは
内部に紋章術式を持つ、幻晶騎士用の魔法武装を一般的に
しかしエルと親方は頷くでもなく意地の悪い笑みを浮かべたままだ。次の瞬間、ディートリヒがあることに気づいて表情を変えた。
「待て、“魔導兵装を内蔵した剣”だと? おいまさか……これは“
その名を聞いて、エドガーもそろって泡を食った。
従来の魔導兵装は内部に紋章術式を刻んだ銀板を保持しているがゆえに耐久性が低く、格闘戦には用いづらい。それを銃装剣は大型の装甲を兼ねた刀身と、それを強化する魔法術式を内蔵することで格闘にも対応したのである。
高出力の遠距離魔法武器であり、近接格闘にも対応する万能装備と言えた。
「惜しい、でも違います。確かに銃装剣は強力なのですけどいろいろと問題もありますからね」
「そうだ。あれはイカルガにしか積めない。何しろとんでもない大喰らいだからね」
当然、それだけの機能性能を実現する代償としてどこかに無理が出る。
銃装剣の場合は扱い方が独特なことと、何より――魔力の消費が途轍もなく大きくなってしまったのだ。
高出力の遠距離魔法は威力を上げただけ魔力を多く喰うし、刀身の強化に至っては格闘を続けている間ずっと魔力を消費し続ける有様である。つまり銃装剣を十全に扱うためには何よりも潤沢な魔力の供給が前提であり、それを為しうるのは現状イカルガをおいて他にない。
「ということは、やはりこれは記念品ということにならないか」
「おいおい、俺たちを誰だと思ってやがる。確かに銃装剣はぁ気難しい代物よ。だが何も素直にそのまんま使う必要はねぇ」
「ですので機能を分けました。これは刀身強化に特化した純近接用魔導兵装。その名を“
ふたを開ければ至極単純な話である。
銃装剣そのものを使えるのはイカルガのみ。ならば機能を限定し、負荷を軽減すればよい。そうして剣本来の用途に絞ったことで一般の機体でも扱えるようにしたのが、この魔導剣なのである。
「確かに発動には少なからぬ魔力を消費するので、扱いは難しいのですけど。お二人なら大丈夫ですよね」
「やれやれ。そう言われては期待に応えないわけにはいかないな」
無茶を起こすのは大団長の得意技で、それを追いかけるのがかつて中隊長だった彼らの役目だ。それを思えば武器のひとつくらいは何でもないことだろう。
その横でディートリヒは難しい顔で剣を眺めていた。
「二本……エドガーと一本ずつということか。これは数を増やせないのか?」
「うーん。銀板を通しながら剣に仕上げるのって難しくて、親方たちにかなり頑張ってもらわないといけません」
「おいおい勘弁しろよ。俺たちがどんだけ作業持ってると思ってるんだ。デシレアたちがいるからってまだまだ山積みなんだぞ」
親方に嫌そうに顔をしかめられ、ディートリヒは肩をすくめる。
「では仕方ない。餞別はありがたく受け取っておこう」
二人はそれぞれの幻晶騎士のもとへと向かう。
アルディラッドカンバーとグゥエラリンデが起動し剣を取った。仰々しい意匠を持つ大剣、魔導兵装としての機能を内蔵しているために大きさは膨れ上がる。
「少し大人しくはなっていても、これはイカルガの武器だ」
「やれやれ、色々と用意してくれることだ。まったく光栄だね。他所の騎士団に羨まれそうだ」
イカルガの銃装剣そのものではなくとも、関連性を見出してしまうものだ。銀鳳騎士団を受け継ぐものとして魔導剣は象徴性を帯びることだろう。
そうしてなんとなく二機で剣を掲げていると、足元でエルが声を張り上げた。
「ついでに少しご相談なのですが。お二人の機体をお色直ししませんか」
「む。しかしエルネスティ、我々の幻晶騎士はすでに専用機としてそれなりに特徴的でもある。あまりいじらないという話だったが」
「そのつもりでした。でも魔導剣を搭載するのには調整が必要なのです。でしたら、より騎士団長にふさわしくしてみようかなって」
「いったい何をやるというのかね」
「それについては親方、どうぞ!」
エルがすっと場所を譲ると、親方が無意味に胸を張って前に出る。
「ようし。じゃあ説明してやろう! なぁにそいつらの中身は十分に知り尽くしてる。手早く終わらせてやるぜ!」
自信満々に図面を取り出し、二人を呼んだ。幻晶騎士の操縦席で、エドガーとディートリヒはそろって苦笑を漏らしている。
彼らの立場は変わりつつあるというのに、この二人の変わらないことと言ったら。それでこそであろう。
「その顔。また何か悪巧みをしているな」
「悪巧みとは失礼な。僕たちの正式な仕事です」
「ま、そういうこった」
ディートリヒはグゥエラリンデの操縦席から顔をのぞかせた。
「それもいいがこの魔導剣、いちど試し切りをしてもいいか? 気になるじゃないか」
「わかりました。では訓練場に向かいましょう。ついでに使用上の注意なのですが……」
「俺たち、いつまで走るんだろう……」
その間、団員たちは黙々と走り続けていた。訓練用幻晶甲冑がズシリと重みを伝えてくる。
本来、騎士の動きを助けるはずの幻晶甲冑が逆に大きな負荷をかけ、彼らの体力、魔力共に限界に挑戦し続けていた。
「そういえば団長を見かけないが……」
ふと、周囲を見回した時のことである。
突然地面がぐらりと揺れ、同時に轟音と土煙が噴きあがった。全員がぎょっとして立ち止まる。
慌てて見回せば、オルヴェシウス砦の一画から土煙が柱になっているのが見えた。
「なんだ、魔獣でも現れたのか!?」
「砦の中にかよ! それよりあちらは確か、訓練場があったはずだ」
「訓練……?」
もはや走っている場合ではない。彼らは疲労のたまった体を押して土煙の上がったほうへと向かう。
訓練場に着くと、そこにはグゥエラリンデが剣を振り下ろした姿勢で固まっていた。
それだけならば何ということもない。だが、剣の先にあるはずの地面に大穴が開いているとなれば、これは尋常のことではなかった。
機体の足元ではディートリヒが何事かを喚いている。
「エルネスティ! いったい何を仕込んだ!? 切れるとかそういう問題ではなかったじゃないか!?」
「十分に剣を強化できたので、少しだけ術式を追加したのですけど。なかなかの威力が出ましたね」
「限度がある! まとめて私まで吹っ飛ぶだろう!」
「つまり注意して使いましょう、ということですね」
さらに頭を抱えたエドガーと親方が遠巻きにしているのを見るにつけ、団員たちに困惑が広がっていった。
「銀鳳騎士団って、本当にすごいところだったんだなぁ」
「俺たちも同じようなことするの?」
「本気かよ……」
「おお、大団長様から授けられし剣! 素晴らしい、これは銀鳳騎士団物語に新たなる一頁が刻まれるに違いない……!!」
かくしてアルディラッドカンバーとグゥエラリンデは工房に入り、改修がおこなわれることになった。
その横で団員たちの適性試験は進み、日々を走ったり飛んだり落ちたりしながら過ごしていた。徐々に騎士団の構成は固まってゆき、個別の機種慣熟訓練へと移ってゆく。
やがて時は流れ。王都カンカネンにおいて白鷺・紅隼両騎士団のお披露目がおこなわれる次第となったのである。
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