#133 騎士団長は誰だ

 フレメヴィーラ王国、王城シュレベール城に貴族たちが集まる。

 会議のための部屋は、国の重鎮たる貴族たちで埋まっていた。


 普段であればこういった会議の中心にいるのは当然、国王リオタムスであるが今は少し様子が異なる。どういうわけか貴族たちに向かって語りかけているのは、先代国王であるアンブロシウスなのであった。


「巨人たちの……国をつくり。さらに大森海だいしんかいを越えて道をつなぐと」

「左様、巨人の少女が申し出てきたものである。大胆な思いつきであるな」


 貴族たちはざわめき止まぬ様子である。

 巨人の少女、小魔導師パールヴァ・マーガからもたらされた提案は誰もが考えもしなかったものであった。


「いかに先王陛下のお言葉とはいえ、少々突飛に過ぎるかと」

「さらに巨人の国とやらも未だ存在しないとあっては……。なんといたしましょうか」


 誰の表情にも多分に困惑が含まれている。彼らはなんと答えるべきか迷い、視線を彷徨わせた後に会議場の一点へと集中した。


「ディクスゴード公。先王陛下をお諌めするが、公のお役目にありましょう」

「身分は既に息子に譲っておる、今はただの意見番でしかない。その上でいうならば、果たしてお聞き入れくださるかどうか」


 何か色々と諦めきった様子のディクスゴード元公爵の姿を前に思わず会場が静まり返る。ただ一人、アンブロシウスだけが妙に満足げだ。

 その時、国王であるリオタムスがため息混じりに口を開いた。


「実に壮大な話ですな、父上。壮大に過ぎて人の身には考えづらいことである。しかし一考に値することでもありましょう」

「陛下!?」


 てっきり国王が父親を諫めるものと考えていた貴族たちは、ぎょっとした様子で彼らの主を見た。

 やはり親子なのか、血は争えないものである――貴族たちの動揺を見て取ったリオタムスは静かに首を横に振る。


「そう急くな、何も今すぐ森に乗り出せという話ではない。だがそもそも我々は大森海へと踏み出そうとしていたのではないか」

「確かに、かの銀鳳騎士団による調査飛行は大きすぎる成果を上げました。しかしそれに続くには性急に過ぎるといえましょう」


 銀鳳騎士団がその剣により切り開いた情報である。森の中には大きすぎる脅威と未知の希望が眠っていると。


「銀鳳騎士団のもたらした報告では確かにな。ゆえに今すぐというわけではない。ところで我が国にも悩みの種はあるだろう、例えば諸卿の足元では少々戦力が余っているのではないかな」


 貴族たちは顔を見合わせた。

 近年はどの領地も新型幻晶騎士を配備しており、それによって魔獣被害は確実に低減の方向にある。それは何よりも各地の村落の在り方を変えつつあった。ありていにいって人が余りだしているのだ。

 これまでのフレメヴィーラ王国は魔獣による被害を前提としていたのだから当然である。望み続けた安定が生んだ意外な落とし穴であった。


 今は緩やかでありすぐに問題となるようなものではない。しかしいずれ遠くない将来に、土地の問題が起こってくるだろう。


「先のことを考えれば、いずれ大森海を開拓するのは必須だ。国をより大きく、ひいては人の領域を広げてゆかねばならない」


 ボキューズ大森海と隣接するこの地が魔獣の被害から解放されることはない。

 身を守る力を持ち、さらに余剰がある。魔獣の領域へと踏み出すには、十分な力を蓄えた今しかないともいえた。


「皆よ、いずれ大森海へと踏み出す時を想像するのだ。我らは希望を胸に踏み出すだろう。しかしすぐに気づく、闇夜の航海は困難を極めると。導く灯火が、星の光が必要なのだ」


 国王の言葉が貴族たちの腑に落ちた。


「巨人たちの国とは目指す先にある灯火であると。いずれ我らが大森海へと踏み出す時のために」


 リオタムスは頷く。ふと目の合ったアンブロシウスは満足げな笑みを浮かべていた。


「陛下のご慧眼にはまこと感服いたしました。しかし恐れながら肝心の灯火が……巨人の国とやらの正体は未だ定まっておりませぬ」


 ディクスゴード元公爵の問いかけにリオタムスも頷いた。


「その通りだ。聞けば巨人の国というのはまだ産声を上げるばかり。ならばこそ、我らが手を貸すべき時なのではないか。長く共にあれば、よき友として在ることもできるだろう。それにだ」


 意味深に言葉を切って、リオタムスは周囲を見回す。


「大森海に道を作る……何も我らだけでやることでもない、あちらからも進んでもらおうではないか。いずれ幾世代の後か……我らの子孫が、伸ばした手を取り合うときがくるだろう」


 ボキューズ大森海を挟んで存在するふたつの国。

 いずれ互いの手を取り合う時が来るとして、それは人の寿命では見ることのできない未来の出来事となるだろう。大森海は遙か広大である。

 それでもリオタムスは決意した、己は種をまく者であろうと。


「時は満ちた。巨人族アストラガリの存在をおおやけとし、我が国の進む未来を示すのだ。しかしただ漠然とした理想だけでは不安を抱くだろう。白鷺騎士団、紅隼騎士団の準備を急がせる。銀鳳の翼を継いだ剣と盾……彼らには先を切り開いてもらわねばな」


 国王の言葉に頷き、貴族たちは頭を垂れた。

 この時よりフレメヴィーラ王国は、これまでよりも着実にボキューズ大森海へと踏み出す準備を進め始めたのであった。




 銀鳳騎士団の本拠地であるオルヴェシウス砦では、今日も今日とて鎚の音が響く。

 音の出どころであり敷地の多くを占めている工房に、エルネスティとアデルトルートの姿はあった。


「これが新しいシルフィアーネシーちゃん?」


 アディは工房のど真ん中を占拠する巨大な金属の塊を眺めまわす。

 銀鳳騎士団で作られる機械といえばまず幻晶騎士シルエットナイトなのであるが、これはその中でも空戦仕様機ウィンジーネスタイルと呼ばれる空を飛び戦うことを目的とした種類のものである。


 一目で見てわかるのは、空戦仕様機は下半身が魚のような形状になっているからだ。源素浮揚器エーテリックレビテータを収めたそれは、飛空船レビテートシップに類似した形状と機能を有する。


 興味深げな様子で空戦仕様機の周囲をちょろちょろしているアディを引っ張りつつ、エルは作業中であるドワーフ族の少女のもとへと向かった。


「まだまだ製造中ですけどね。デシレアさん、今はどのような状態です?」

「ああ団長。いちおう最低限の中身は詰めた、魔力転換炉エーテルリアクタもつないであるから動くといえば動くかな」


 汗を拭きつつ、デシレアは得意げに胸を張る。

 そこに図面を抱えた親方ダーヴィドが現れた。彼は皆の視線を追ってから、ほうと吐息を漏らす。


「シルフィアーネも直ってきたか。しかしまぁ毎度のことだが妙ちきりんな姿だぜ」

「ええっ。面白いと思いませんか?」

「そりゃ腕が増えてるのが、か?」


 呆れ気味の表情で親方がつぶやく。彼の言葉も無理はない、そこにある空戦仕様機は人型をした上半身に、さらに一対の巨大な腕が加わっていたのだから。

 おかげで飛翔騎士の中でも突出して奇怪な形になっている。


「お前のイカルガならともかくよぅ、シルフィアーネにこの腕ぁ必要なのかい」

「腕のように見えますが最終的には可動式追加装甲フレキシブルコートになる予定です。カササギと同じですね。それにこの機体の正式名称は“シルフィアーネ・カササギ三世”です!」

「ええー?」


 自信満々に言い放ったエルの隣で、アディが微妙な表情で首をかしげた。

 デシレアは以前から知っていたのだろう、少し目線をそらしており、親方は頭を抱える。


「なんだその言いづらい名前は。どっちも元にしてるっつって、そのまんまくっつけんなよ!」

「あくまで正式名称なので、普段はシルフィアーネだけでいいと思います」

「じゃあいいかなー」

「いいのかよ! まぁ嬢ちゃんはそれで良いだろうな……」


 わいわいとじゃれあう彼らはさておき、デシレアは腕を組んだ。


「団長の趣味が悪いのはともかくさ」

「えっ……?」

「確かにこいつはややこしいよ。ただでさえ飛翔騎士は仕組みが複雑で気難しいんだ。そこにさらにアレコレと盛り込むもんだから」


 デシレアの睨む先には貼り出された図面がある。シルフィアーネ・カササギ三世の構造を示したそれは、書き込みすぎて潰れそうになっていた。

 あえてこれに匹敵するものを挙げるとすれば、イカルガの図面が近いものであろう。


「そんななんでもかんでもをぶん回そうって言うんだから、もう魔導演算機マギウスエンジンがごっちゃごちゃさ。それも……」


 そこで彼女は溜め息と共にエルを睨んだ。覚えのない批難を受けた彼が少しひるむ。


「作ったのは団長だ。本職の構文技師パーサーだってお手上げの代物を、騎士であるあんたが作る。いったいどういうことなんだい」

「どういうことも何も、魔法に通じることこそ僕の騎士としての基本です。幻晶騎士のためにももっと頑張りますよ!」

「そこじゃないんだけどね……」


 デシレアは諦めて天を仰いだ。騎士であろうとなかろうと、エルの演算能力は異常というしかない。

 だが同時に納得もしていた。こんな奇妙な団長がいたからこそ銀鳳騎士団は未だ誰も見ぬ未知を突っ走り続けてこられたのだろう。


「やれやれ、ちょっとうちの構文技師も鍛えないと。ここでやっていくには不足かもねぇ」


 端で話を聞いていた構文技師の一人がビクリと肩を震わせた気がしたが、誰も気づかなかった。

 その時、シルフィアーネの周りを回るのに飽きたアディがやって来る。


「ねぇねぇデシレアさん。これって試し乗りしても大丈夫?」

「んー。そうね、少し待って。まだ源素浮揚器にエーテルが入ってないから……ってちょっと!」


 考え込んでいたデシレアが止める間もあれ、アディは手慣れた様子で機体に乗り込んでゆく。操縦席に顔をつっこみ機器の配置を見回した。


「ふーん。操縦席はカササギっていうか、イカルガに近い雰囲気なんだ。わぁ操鍵盤キーボードまでついてるし。使うのかな?」


 果たして何に使うというのか。カササギが混じっていると言うだけあって、このシルフィアーネ三世も単純な機械ではないのだろう。


「でもイカルガでちょっと頑張ったし、なんとかなるでしょ! じゃあちょっと歩くから皆どいててねー」

「はぁ? ねぇアディさん何言ってんの。飛翔騎士が歩くわけない……ってぇ!!」


 アディは景気よくレバーを押し込んだ。魔力転換炉が出力を上げ、甲高い吸気音が響き渡る。

 うなだれていた首を持ち上げ、眼球水晶がはっきりと周囲の景色を捉えた。結晶筋肉クリスタルティシューに力がみなぎり、巨大な腕が大地を掴む。

 シルフィアーネを支えていた鎖が外され、巨体がズシリと大地に降りた。


 巨大な腕と鰭翼フィンスタビライザによって躯体を支えたシルフィアーネは、直後にガリガリと音を立てながら歩き出す。

 腕と鰭翼を脚のごとくもちいて、トカゲのように地を這い出したのだ。


「おー。強引にいきますね」


 暢気に見送っているのはエルと親方だけで、工房にいた鍛冶師たちは顔色を真っ青にしている。半ば逃げ腰の彼らの中で、デシレアだけが勢いよく食ってかかった。


「う、空戦仕様機ウィンジーネスタイルは地上を歩けないんじゃなかったの!?」

「非常に向いていないと言うだけで、ご覧の通り不可能ではありません」

「暢気いってんじゃないよ! あんな動きをしたらどれだけ負荷がかかると思ってんのさ!?」

「それも試験というものではないでしょうか」

「んなわけあるかい! どうなってんだいこの騎士団は!」


 やはりここはまともじゃない、こうしてデシレアの確信は一段と深まってゆくのであった。



 アディは訓練場を一回り這い回ってから、なぜか満足げな様子で戻ってきた。


「うんうん、この変な腕も良く動くよ! でもやっぱりシーちゃんは陸上が苦手ね」

「そりゃ確かめるまでもねぇだろ。飛翔騎士だぞ」

「ダーヴィド、あんた何落ち着いてんのさ」


 デシレアは一周回ってげんなりとした様子でいる。その横で、エルと親方がなぜか真面目な表情で話し合っていた。


「いざって時にゃあ這ってでも帰ってこれるってことか」

「とはいえ墜落したら間違いなく無事では済みません。あまり出番はないですね」

「やっぱ空飛んでる方が向いてるからな」

「ここで作られた機体が異常な理由がもうひとつ。単に使い方がおかしいんじゃないか……」


 鍛冶師たちはそんな団長たちを遠巻きにしている。

 果たして銀鳳騎士団のやり方に馴染んでも良いものか、元国機研ラボ組は謎の悩みに囚われていたのだった。


「おうしそれとだ。シルフィアーネんこととは別にこっちで考えてた連動機能について、良い感じにまとまってきたぜ」


 それから親方は抱えていた図面を広げてみせた。エルはウキウキと線を追いかけ始めて、すぐに驚きの表情を浮かべる。


「これは……当初は浮かせて運ぶつもりでしたが。だいぶ方向性が変わりましたね」

「それだけじゃあ面白みに欠けるだろ。つうかこないだの森でよ、飛翔騎士はちいと火力不足なところがあっただろ。こりゃあ使えると思ってな」


 二人してにんまりと笑い合う。それはどう控えめに見ても悪巧みのようにしか見えなかった。


「空戦仕様機と近接戦仕様機ウォーリアスタイルの組み合わせ。シルフィアーネ方式と合わせて、ふたつの流れができますね」

「まずシルフィアーネは開放型の使用が前提だろ。大食らいすぎて普通のやつにゃ使えねぇよ」

「多く広まることは重要です。早速、皆と打ち合わせを……」


 エルが図面を片手に今にも走り出そうとした時、彼の元へとやってくる人影があった。


「団長ー。お客さんですよー」

「はい? 特に予定はなかったはずですが」


 良いところで邪魔が入る、エルと親方は顔を見合わせてからしぶしぶと向かったのだった。




 応接室に向かったエルはそこに待つ客人の姿を見て目を瞬かせていた。


「エドガーさんに、ディーさんがお客様……ですか?」

「やぁ帰ってきたよ」

「しばらくぶりになるな」


 客人というのは誰あろう、エドガーとディートリヒ――新たに騎士団長となった二人である。


「しかし客というのも変な気分だ。つい先日までここが我が家のようだったのに」

「私は今でもここにいるつもりなんだが」

「そもそも普通に来てもらってかまわないのですけど。今日は改まってどうされたのです?」


 エルは首をかしげる。銀鳳騎士団より独立したとはいえ、二人は長く一緒にいた仲間である。本来であれば客人などという形式は不要なのであるが。


「まぁそうなんだが、今日は連れがいる」

「本当に立場というものは面倒だね……」


 それでエルも察した。彼らが客人として振る舞わねばならない理由、それは部下の手前だからである。


 ここ最近は鍛冶師たちだけが利用し閑散とした雰囲気のあったオルヴェシウス砦も、この日は珍しく賑わっていた。


「これがオルヴェシウス砦か。ライヒアラでも噂になってた、銀鳳騎士団の拠点!」

「余所の騎士団までこの名は轟いていたぞ。陛下の肝いりで建造された砦だと……」


 白鷺騎士団と紅隼騎士団、ふたつの騎士団員たちが勢ぞろいしているからだ。

 彼らは砦の入り口できょろきょろと周りを見回し、それぞれが知る噂話を交換するのに忙しそうである。

 そんな集団のなかでもぶっちぎりなのが。


「ここが……ここがかの銀鳳騎士団の拠点なのですな! 騎士団の幻晶騎士はどこですかな!? 是非、是非一目……!! お、おおお!? あの見慣れぬ幻晶騎士はいったい……!」

「おいゴンゾース、少し抑えろ」

「しっ、失礼いたしましたぁ!」


 ビシッと背筋を伸ばすも、色々と手遅れな約一名である。

 皆を伴って戻ってきたディートリヒはさっそく若干の後悔を浮かべていた。隣のエルが見上げてくる。


「ディーさん、なかなか立派な団長ぶりですね」

「よしてくれ。似合ってないのはわかっている」


 頭を抱えたディートリヒであったが、そんな彼と対等に話す小さな少年を見たゴンゾースが何かを悟ったらしくずずっと迫ってきた。


「そのお姿……もしや、もしやあなた様は銀鳳騎士団の長であらせられる……!?」

「え、ええ。確かに僕がそうですけど」


 エルの背丈はゴンゾースの胸ほどまであるかないかといったところ。そんな禿頭の巨漢がぐいぐいと迫ってくるのだ、さすがのエルもちょっと引いている。

 ゴンゾースはといえば、感極まるあまり涙を流さんばかりであった。


「伝説に語られる銀鳳騎士団の長に、お目にかかれるとは! 自分は……自分は感動でありますッ!!」

「えーと色々と気になりますが、伝説?」

「あー、まぁその、なんだ。どうやら我々のことは劇やら書物になっているらしくてね。彼はその熱心な読者というわけだ」

「それはまたなんと言いますか」


 ディートリヒが説明している間にもゴンゾースは素早く懐から何かを取り出すと、その場に跪く。そして恭しくエルへと差し出した。


「エチェバルリア団長閣下……よろしければ! よろしければこちらの本に御名サインを!」

「なかなか、個性的な団員ですね? 楽しい騎士団になりそうです」


 にこやかなエルの視線から逃げるように、ディートリヒは目をそらすのだった。


 騎士団長であるエルはともかくとして、他の面々は若干遠巻きに新たな騎士団の姿を眺めている。


「これがエドガーさんとディーさん騎士団の人たちなんだ。でもなんか妙なのがいるんだけど」

「そりゃあいつらの部下だからな。変なのも来るだろう」


 自分のことは盛大に棚に上げている。

 そうして全員が集まったところでエドガーは全員の注目を集めた。


「まずは改めて皆にも紹介しておこう。彼らが俺たちの古巣、銀鳳騎士団の団員たちである。そしてこの彼こそが……」


 小さなエルを手で示して。


「俺たちの始まり、銀鳳騎士団の騎士団長であるエルネスティ・エチェバルリアだ」

「よろしくお願いします」


 さきほどのゴンゾースの騒ぎはさておいて。

 やはり小柄で少女のような姿の人物が伝説ともいわれる銀鳳騎士団を率いているというのは意外であるようだ。ざわめきは収まることなく続く。

 その時、白鷺騎士団の一人が遠慮がちに手を上げた。


「つまり騎士団長の騎士団長でいらっしゃると。では我々からは一体、どのようにお呼びすれば……」


 エドガーは頷く。新たに騎士団を背負う立場となった彼であるが、銀鳳騎士団への愛着も敬意にもまったく揺るぎはない。

 ゆえに彼はできる限りの尊敬を込め、自信満々に告げた。


「銀鳳騎士団は白鷺騎士団、紅隼騎士団のもととなる。ゆえに彼のことは“大団長”と」


 一瞬の静けさが駆け抜けた後、アディがぼそっと呟く。


「エル君……小さいけれど大団長……」

「ウッブホッ」


 そしてディートリヒがむせた。


 奇妙ににこやかな笑みを浮かべたエルが振り向けば、ディートリヒは慌てて口元を押さえる。しかし震えは隠しようがなく、しかも目を見れば露骨に笑っていることがわかる。


「ディーさん?」

「いやいや……“大”団長閣下。なんでもない、なんでもない、ぞ」


 必死に笑いと戦うディーをじっとりと睨み付け、エルは溜め息を漏らす。


「お二人のために餞別を用意していたのですけど、そんなひどいディーさんにはあげません」

「いやいやケチ臭いことは言わないでくれたまえ……大団、ちょ……プフッ」

「笑いながら言っても説得力ないです」


 不満げなエルをみて、いい加減こらえきれなくなったディートリヒがついに大笑いを始めて。つられて皆笑い出したのであった。



 それからは逃げ出したディートリヒを追うエルが銃杖ガンライクロッドを抜き放ったり、銀鳳騎士団員たちはこっそりどれくらい逃げられるか賭けを始めたり、無駄に超高速で走り回る騎士団長たちを前に新人たちはひたすら反応に困っていたりした。


「おおお! 銀鳳騎士団ともなれば追いかけることすら力強い! 自分は……感動ですぞ!!」


 約一名を除いて。

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