#132 道を開こう
最近、銀鳳騎士団へと移籍してきた鍛冶師、デシレア・ヨーハンソンは今日も頭を抱えていた。
「止めろぉ! それは
彼女の目の前にいるのは幻晶騎士に並ぶ巨躯を有する、巨大な人間――
「いや聞けよ!? やめろっつってんだろ!」
「ぬぅ、少し借りるだけではないか。似て見えるもの、別に良いであろう」
「良くねーよ! お前らが持っていた後、誰が直すと思ってんだいこのスットコ
きゃんきゃんと吠えるデシレアについに観念して、巨人が手を引っ込める。彼はそのまま自らの頭を指さして。
「しかし外に出るなら兜を着けろと言ったのはお前たちであろう、
「だからってそこから持ってくなってのよ! はぁー……大変だよこれは」
彼女が事態を放り投げようかどうか悩んでいると、ぱたぱたと軽い足音が響いてきた。
「おはようございまーす。今日も早いですね」
「おっはよー」
くるりと振り返ってみると、ちょうどエルネスティとアデルトルートが通りがかるところだった。彼らは毎朝だいたい決まった時間にこのオルヴェシウス砦へとやって来る。
救いの手は差し伸べられるものである。
「いいところに! 団長、問題がある。ちょっと来てくれ!」
「はいはい……ええ、大変ですね」
エルはデシレアと巨人と首の曲がった幻晶騎士をじゅんぐりに眺めて、なんとなく問題を悟った。眉根を下げて首をかしげる。
「本当に、このスットコドッコイどもをなんとかしておくれよ!」
「確かに困るのですけど。彼らだってそもそも文化が違うわけですから。ずっとこのまま、こちらに合わせろと言うばかりともいかないのですよね」
「それは……わからないでもないけど。だからってあんまり手を取られるのもさ。あたしらにもやりたいことがあるんだよ」
巨人族が何かを起こすと銀鳳騎士団の誰かが対処しなくてはならない。そして物を直す役目ならば鍛冶師である彼女たちへと回ってくるのである。多少であれば気にならなくとも、降り積もれば邪険にもなってこよう。
「そろそろ手を打たないと、誰も息苦しいばかりです」
横で彼らの話を聞いていた巨人が、エルの呟きに頷き返した。
「せめて何か、目を変えるものが必要だ」
「では巨人、今日は僕が案内しましょう。街道を外れて森に入ればそうそう人目につくこともないでしょうから。何か気晴らしにやりたいことはありますか?」
エルが問いかけた時、巨人の瞳がぎらりと光った気がした。
「気晴らしであるか。ならば虹の勇者よ、是非にひとつ頼みがある……」
何やら楽しいことを思いついたらしく。巨人は口元に深く笑みを浮かべたのだった。
「それでこういうことになってさー」
「確かに虹の勇者たる
ちょこんと座った
そこには巨人たちが勢揃いしており、何かを取り囲んでいる。中央には何あろう、イカルガが屹立しているのだ。
巨人たちによる包囲、明らかに一緒に楽しい
「本当にこのようなことで良いのですか?」
「見紛うことはない、虹の勇者よ!
ここはオルヴェシウス砦を出て、街や街道からも離れた森の中。ちょうど木がまばらになっていた場所に彼らはいた。
目的は言わずもがな、イカルガを相手取って問いという名の大暴れをやらかそうというのだ。
一声かければ、フレメヴィーラまでやってきた巨人のほとんどが参加した。
その中にはエルの弟子でもある小魔導師の姿もあったが、彼女はアディとともに見学に回っている。
包囲の一角を形作る巨人の一人が首を巡らせた。共に並ぶ同胞を見やり、ついでイカルガへと。
「虹の勇者よ、さすがに眼の数が大きく違おう。問いは正しく啓かれるべきである、これでは答えは得られまい」
「いいえ、何も問題ありません。僕とイカルガが全力でおもてなしします。そんな風に瞳を開ききらないままでいると……今日は寝て終わることになりますよ?」
ざわりと巨人たちがどよめいた。エルに対して気遣いなど無用だ、それを悟った彼らは歯を剥き出しに凶暴な笑みを浮かべる。
「くくく……よくぞ言った、それでこそ大いなる
始まりの聖句とともに、巨人たちが一斉に動き出す。得物を手に手に、イカルガへと挑みかかっていった。
訓練や模擬戦闘などという雰囲気は微塵もない。たまっていた鬱憤も上乗せして、今日の巨人たちは絶好調に戦意旺盛である。
押し寄せる巨人の足音に耳を澄ませ、エルもまた動き出す。
「僕は僕で一対多数の訓練になりますから。さぁいきますよイカルガ。巨人たちを退屈させないよう、僕たちの力をしっかりと目にしていただきましょう!」
雄叫びのような吸排気音をあげて鬼神が動き出した。全身に備え付けられたマギジェットスラスタが起動し、猛然と爆炎を吐き出す。
迫りくる巨人を迎え撃つべく、蒼き鬼神が空へと舞い上がった。
「なんと、囲んでも無意味であるのか。そういえばあれは森にあった幻獣とは異なるもの。師匠エルはカササギという幻獣を操っていた。だが今のあれこそが本来なのか?」
「そうそう。最初、穢れの獣と戦ったときにイカルガが壊れちゃったのよね。だからみんなで仕立て直して、カササギを作ったの。……あ、
小魔導師は頷く。かつて
「ここにある巨人はそれぞれの氏族から選りすぐられた強者。師匠エルは幾眼もの勇者をものともしないな。……おお、二人を同時に受け止めたぞ」
「もともとイカルガは相手の数をあまり問題にしないし。それはエル君も同じだけど。……投げ飛ばした。うわぁ、巨人が空を飛んでる」
見上げれば、小魔導師の四つの瞳に疑問符が映るのがわかって、アディは小さく笑った。
「エル君はちっさいからねー、足を止める戦い方はしないんだよ。常に動いて有利な場所をとって、一番痛い攻撃をたたき込む。だからイカルガを作るときにはマギジェットスラスタを動かすことに一番こだわってたし」
小魔導師は目を瞬き、膝の上でふんぞり返っている師匠の一人を見た。すぐに何かに納得して頷く。
「師匠アディは、師匠エルのことをよく見ているのだな」
「それはもちろん! 妻ですから!」
そうして彼女たちがのんびりと話している目の前では、巨人の勇者がまたひとり宙を舞ったのであった。
一方その頃、巨人たちが出払ったオルヴェシウス砦では。
「ふぅ~ああ~ん広々とした工房は本当に本当に気持ちいい~ねぇ! これで鍛冶作業に専念できる! 最高!」
「お前……相当疲れてたんだな」
デシレアが若干壊れていた。
「せっかく面白そうな物があるっていうのに本当に邪魔ばっかり入って……さぁ、奴らのいない間に進めるよ!」
「わぁったわぁった、大変だったな。それで何を作るんだ、ずいぶん入れ込んでるみたいだがよ」
「知りたい? そんなに知りたい? それじゃあ仕方ない、特別に見せてあげようかねぇ」
「お前、そんな奴だったか……?」
なお一歩距離を空けたが、デシレアはそんなことなどまったく気にならないくらい浮かれていた。今にも鼻歌を歌いだしそうだ。そして実際に歌いだした。
上機嫌で、取り出した図面をばさりと机の上に広げて見せる。
「こいつは……
「やはり、わかるかい?」
図面を前にしたとたん、親方はそれまでとはうって変わって食い入るように図を睨み始めた。ゴツゴツとした指先で線をなぞり、にっと笑みを浮かべる。
「俺が一体どれだけ坊主の図面を見てきたと思ってやがる。癖が見えるし、第一他に誰がこんなもんを考えるってんだよ。しかし見慣れねぇ色があるな。こいつはお前さんの手も入ってるのか?」
「はぁ……当たり。あんたにも驚かされるよ、ダーヴィド」
デシレアはわずかに目を見開く。図面を一瞥しただけでそこまで見て取るとは、親方の経験も尋常ではあるまい。
「
「それがこいつの面白いところさ。まぁ、できあがってのお楽しみね」
「さいで」
ひとしきり見せびらかしてから、デシレアはさっと図面を仕舞う。
同じく
「ようし! これがあたしら、元国機研組の成果になるんだ! 気合いいれていくよ!」
応じる声が移転組から上がる。誰もが気合い十分であった。
親方はやや呆れ気味に、しかし楽しげに息をついた。浮かれる気持ちはわからなくもない。未だ存在しない物を自らの手で形にする、それこそが作る者の醍醐味であろう。
「そんじゃ俺たちも負けねぇように頑張るかねぇ。ったくあの馬鹿野郎どもめ、もう騎士団を作りやがって。お陰で急がなきゃならなくなったじゃねぇか」
ここにはいない二人に向かって文句を投げつけつつ、彼も工房の奥へと消えていったのだった。
日暮れを背負い、街道をとぼとぼと進む一団がある。影は長く、行き先を示して揺れていた。
イカルガと戦い終わった巨人族だ。それぞれボロボロであり無傷の者は一人としていない。しかし同時に致命傷を受けたものもまた、いなかった。
エルの力加減が絶妙であったと言うよりは、巨人の頑丈さを褒めるべきところだろう。
「あれが虹の勇者の力か。穢れの獣は我らの大敵であった。それを倒しつくしただけはある」
「上回るものを未だ見たことなし。いかなる獣よりも強敵であろう」
「これだけの勇者を集め、通じないとは……」
彼らはそれぞれにイカルガとの問いについて評しあっていた。
巨人族でも選りすぐりの勇者たちが集まって、結局はイカルガに手も足も出なかった。これほどまでに力の差が大きければ、悔しさよりも諦めが湧こうというものだ。
その中で、フラーウム氏族の勇者は集団からひときわ背の低い巨人を見つけて歩み寄っていった。
「カエルレウス氏族の小魔導師よ。お前は見ているだけであったな。共に問えば良かったであろうに」
「我は虹の勇者……師匠エルに学んだもの。いまさら問うまでもなく、すでに見えていたことだ」
「はは! 先見の明があったということか」
小魔導師の属するカエルレウス氏族は、エルたちと最初に接触した巨人の氏族である。ルーベル氏族との戦いにおいて滅亡の淵にあった彼らは、エルとの協力のうちに立ち直り今となっては各氏族の先頭に立っている。
百眼の目はまったくどこを見つめるかわからない、面白いものだと勇者は笑みを浮かべた。
「あれだけの戦士であり、さらに
「小人族は
フラーウム氏族の勇者はふむふむと頷く。
この地に来てより、多くの人間がエルに従っているのを目にしている。さらにルーベル氏族との戦いにおいても、エルは数多くの船を従えていた。
巨人たちの感覚で言えば大氏族の長と見て相違ない。
「小人族に詳しくなったものだ。それも当然か、虹の勇者はカエルレウスの一員であったな。しかし我ら巨人族と小人族、このまま共にあるとも限るまい」
フラーウム氏族の勇者の言葉に、小魔導師はむ、と返答に詰まった。彼女は恨みがましい視線で睨みつけるがフラーウム氏族の勇者はそ知らぬふりで受け流す。
「確かに我らは
「そうではない。虹の勇者を見ればわかろう、小人族は我らに並び勝る幻獣を従える。もしもあれらが真実、敵となったならば。我らが見る景色は苦難に覆われよう」
小魔導師は黙ったまま、集団の先頭を進むイカルガへと目をやった。それは、敵に回すにはあまりにも強大な存在である。
「小人族は我らの眼を塞ぎうる。遮られる前に……景色を分かつことも考えておかねば」
客としてこの場所にいるだけならば問題はない。しかし種族同士として相対するには数多くの問題があった。
「……おそらく、それはもはや見ることがかなわない」
「ほう。何ゆえか?」
少しの間を置いて返ってきた言葉に、勇者は怪訝な様子を浮かべた。小魔導師は彼を正面から見つめ返し。
「これまでは森が我らを隔てていた。しかしすでにそれは意味をなさない、小人族は空進む船を持つからだ。しかし我らは……いかな勇者とて、森を歩いて越えられはしないだろう」
「できるとしても、いくらか眼閉じることになるであろうな。なるほど、怖れて瞳閉じていては次に何が見えるかわからないか」
小魔導師はフレメヴィーラ王国へと来てから、エルやアディについて様々な場所を回っていた。街の数、規模。人々と共にある幻晶騎士の存在に、時折見かける飛空船。
彼女が目にした小人族の力は、圧倒的と表現してもよい。そのうえ巨人族の住み処は既に知られてしまっているのだ。考えるほどに巨人族が主導権を得ることは難しく思えた。
フラーウム氏族の勇者も近しい感触はつかんでいる。小魔導師のほうがより具体的であるだけだ。
「巨人族と小人族、これらが永遠に分かたれることはない。ならばおそらく、師匠たちと出会ったのは百眼神のお導きなのだ。この機を見逃しては、大いなる瞳をそらされてしまおう」
出会いの形は無数に存在し得たはずである。その中で彼女たちはまずエルネスティと出会った。それは巨人と人間、双方に大きな影響力を持っている。
彼女の決意を聞いたフラーウム氏族の勇者は、ふと口元を凶暴にゆがめた。
「そうして小人族の慈悲を請うのか? かつての小鬼族と入れ替わったようだな」
「まさかそのようなことはしない。師匠は……我らが氏族の一員なのだ。ならば共にあることはできる」
「真にか?」
小魔導師は頷く。そして少し迷ってから、ずっと温めてきた考えを口にした。
「……“国”というそうだ。氏族より大きな、種族としての集まり。我は巨人の国を作るべきだと考えている。一目ごと、氏族ごとではない。より大きく眼を開き見つめねばならぬ」
「くくく。いやすまぬ、しかしその言いようはルーベル氏族の偽王のようだな」
小魔導師は四つの瞳を細めて嫌そうな顔を浮かべた。勇者はいやまして笑う。
「あれとは目的が違おう。それに氏族を絶やすわけではない、あくまでより大きな形を作るのだ」
「そうだな、我らはそろってひとつの景色を見なければならぬ。もはや
巨人族の少女、その四つの瞳は他の巨人とは大きく違う景色を見つめている。ひとたび滅びかけた経験が彼女を成長させたのか。フラーウム氏族の勇者は目を瞠る思いを抱いていた。
「となれば、我らも目を増やすべきだな。ここにあるは選ばれた勇者のみ。我らいかなる試練にも臆さねど、いかにも少々目が足りぬ」
悩ましいところであった。現状、こちらに来るには小人族の飛空船を頼むほかない。さすがに小人族がわざわざ大勢を輸送してくれるとは勇者も考えていなかった。
だがそこにも、小魔導師は考えを持っている。
「小人族と巨人族、ともに頼む考えがある。それにはまず、あれと話をせねばならぬだろう」
遠出より日を改めて。
巨人たちはいつものように幻晶騎士に扮して外に出ていた。そんな時には、銀鳳騎士団以外にも参加する人物がいる。
「話がある。小人族の老戦士よ」
「ほう。わざわざわしに用があるというか、巨人の少女よ」
操縦席を開いて巨人の少女と直接向かい合う。
「お前はこの国の長であったものだと聞いた。ならば知恵を借りたい」
「ほほう。良かろう巨いなる友よ、この小さき身で力になれるものであれば手を貸そう」
知恵はあれども力こそを貴ぶ巨人族が、人の知恵を借りに来るという。アンブロシウスは成り行きの面白さに目を細めた。
「我はこの地に来て多くの景色を見た。森にいては見ることのなかった、多くのものを。そして巨人と小人の出会いについて考えたのだ」
四つの瞳がひたとアンブロシウスを見つめる。巨人であれ人であれ視線は嘘をつかないなと、先王はふとそんなことを思った。
「これから我らは多くの出会いを交わすだろう。だが……ふたつの地は遠く離れ、この地の巨人は少ない。この不均衡は多くの景色をゆがめよう」
「ほう、つまり巨人をこちらに連れて来ると。そのためには船が必要であるな」
先王の合点を、しかし巨人の少女は首を振って否定した。
「我らはともに同じものを見ねばならない。我らは既に大きく違うものであるからだ。だから……森にある巨人の国と、小人族の国。我は、ふたつをつなぐ“道”を作りたい」
アンブロシウスが息をのんだ。当然のようでいて、あまりにも途方もない考えだ。
ボキューズ
先王はしばし目を閉じ考えに沈んでいた。やがて目を開き、巨人の少女を見つめ返す。
「ふむ、政を語るか。力を恃むものであったと思っておったがどうして色々な者がいる。いや、当然であるな。同じ人間はおらぬ、ならば巨人も何が変わろうか」
彼は銀虎の胸部装甲の上にどっかりと座り込むと、顎を撫でさする。
「しかし森を貫く道とは、大胆な考えだ、実に大事になりそうであるな。我が国の興りにも匹敵する一大事よ。しかし……どのみち皆、ボキューズへと興味を向けていたところなのだ。ならば巨いなる友よ、お前たちと互いに手を伸ばしあうのも悪くはない」
先王は不敵な笑みを浮かべる。銀虎の腕が動き、手が差し伸ばされた。巨人の少女はおずおずと、それを握り返したのである。
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