#124 突入してみよう

 魔王から放たれた悍ましい詩が支配する空間にあって、鬼神はまったく問題ないとばかりに機動を再開する。

 その動きには何の制約も感じられない。“滅びの詩ネクローリスソング”の影響下にないのは明白であった。

 小王オベロンはいっそ悲鳴を飲み込み、叫ぶ。


「滅びの詩を、魔王の力を浴びて何ひとつ効かないとでもいうつもりか! く、ならば……」


 詩い広げていた魔王が動きを変えた。無数の肢を蠢かせ、マガツイカルガへと向けて法撃を放ち迫る。

 しかしそれは遅きに失した行動といえた。マガツイカルガはすでに間合いの中に入り込んでおり、轟炎の槍が数本の肢をまとめて吹き飛ばした。魔王に、迎撃しているだけの余裕はない。

 長大な炎の尾を曳き、高速で飛翔するマガツイカルガを捉えることはひどく困難だ。圧倒的な量による面制圧という長所が生かしづらい状況にあった。


 マガツイカルガに加減というものはない。次々に轟炎の槍をたたき込み続けている。

 魔王の巨体を伝わってくる爆発の振動を感じながら、小王は拳が白くなるほど強く握りしめていた。


「強い、君は強いな。まさかこの魔王をここまで苦しめてこようとは。出し惜しみをしている状況ではない」


 振動は続く。マガツイカルガが攻撃を繰り出すごとにすこしずつ、だが着実に魔王の能力は削られていた。

 小王は何かを決意すると、周囲に向かって呼びかける。


「聞こえているかい、騎操士ナイトランナーよ! 諸卿らの出番が来たようだ、なんとしてもあれを墜とす。魔王を、我らが大願を護るのだ!」


 魔王が身震いする。変化はマガツイカルガからも見て取れた。


「エル君、あれ見て! なにか開いてる?」


 アディが呟くと同時、魔王に大きな動きが生まれる。

 巨大で堅牢な甲殻に包まれていた魔王。それら甲殻に隙間が生まれだしたのだ。隙間から暗く覗く洞の中で、何ものかが身を震わせる。


「何かを撃ち出すつもりのようですね。アディ、回避して……」


 エルが台詞を言い終わるより早く、洞から勢いよく飛び出す。それは一直線にマガツイカルガめがけて伸びてきた。


「法弾じゃない、これって!?」


 ソレが“振り下ろした”剣を、間一髪で銃装剣ソーデッドカノンが受け止める。ギリギリと鋼の悲鳴が上がった。

 魔王から長く伸びたソレの正体を目にして、二人は驚愕を露わとする。


「魔獣から幻獣騎士ミスティックナイトが!? いや、それにしては少しおかしい」


 マガツイカルガとつばぜり合いをしているのは間違いなく幻獣騎士だ。ただひとつ決定的に奇怪であるのが、それが魔王より伸びた触腕の先端についていることだ。

 幻獣騎士の腰から下は人の形をとっていない。魔王から伸びる触腕がそれにあたる。


 見れば、現れたのは一体だけではなかった。魔王から何体もの幻獣騎士が、何本もの触腕が飛び出しマガツイカルガめがけて伸びる。


「いっぱい来る!?」

「数で来るというのなら、方法があります!」


 イカルガの背面で腕がざわめく。執月之手が飛翔するや、周囲で雷撃が繭を編みはじめ――。

 直後に大量の法弾が雷の網へと衝突した。炎が踊り、雷が弾け飛ぶ。


「うわわ、雷霆防幕サンダリングカタラクトが崩れる!」

「後退します! 仕切り直さないと」


 法撃の嵐をかわす、その隙を狙い澄まして幻獣騎士が襲いかかってくる。マガツイカルガは攻撃を切り払い、その場を離脱した。


「滅びの詩が最大の武器かと思っていましたが、すこし見誤っていたかもしれません。魔王とはむしろ空飛ぶ要塞に近い存在なのかも」

「感心してる場合じゃないしー!」


 肢は法撃を放ち、触腕に生えた幻獣騎士たちが格闘戦を挑んでくる。

 たった一機でそれをしのぎきっているだけでも驚嘆に値する。しかしいずれ限界が訪れるだろう。


「確かに、ちょっと強引に仕掛けますか。アディ、これから法撃を無視します。お願いできますか?」

「はー。エル君はどんどん無茶が得意になってくし! もう、わかったわよ!」


 アディの溜め息に笑みを返して。エルはマガツイカルガへと命じる。

 マギジェットスラスタがひときわ強烈な炎を吐き出した。急激に旋回すると一直線に魔王へと突撃する。殺到する法弾と幻獣騎士のただなかへと自ら飛び込んでいった。


「とーりゃー!!」


 執月之手ラーフフィストが展開する。放たれる雷撃が炎弾を撃ち、咲き乱れる爆発を無理矢理に突き抜けた。おそるべき相対速度をもって、幻獣騎士が迫る。


 マガツイカルガは速度を緩めるどころかさらに加速した。推進器が唸り、機体は回転をはじめる。幻獣騎士が斬りこんできたところへ合わせ、勢いをつけた銃装剣を叩きつけた。幻獣騎士が触腕ごと弾き飛ばされてゆく。

 あらゆる迎撃を力ずくで押し通り、マガツイカルガは魔王へと肉薄していた。


「エル君! ここからどうするの!?」

「突破口を開きます」

「それってもしかして……」


 マガツイカルガが銃装剣を突き出した。刀身が開き、魔導兵装シルエットアームズが露わとなる。炎が渦巻き、激しく光を放つ槍が生み出された。

 銃装剣を撃ち放つ。飛翔した轟炎の槍はちょうど触腕の根元へと突き刺さった。激しい炎を噴き上げ、触腕がちぎれてゆく。吹き飛んだ後には洞が開いていた。


「やっぱりそこいくんだ!?」

「もちろんです。これだけの巨体を外側から壊しきるのは難しい。ちょうどいいではないですか!」


 轟炎の槍をさらに叩きこみ、洞を広げる。そうしてマガツイカルガは、開いた洞へと突入していった。


 甲殻の厚みを突き抜け、銃装剣で肉を穿つ。突き抜けるまでにさほどの時間はかからなかった。

 マガツイカルガは魔王の体内へと侵入を果たし――。


「な、なに、ここ……」


 身構えながら突き進んだ先で、エルとアディは驚愕を浮かべながら周りを見回していた。

 超巨大魔獣、魔王。その体内には彼らが想像していたのとはまったく異なる景色が広がっていたのである。


 縦横に走る繊維質の柱。それは相似的な幾何学模様を描いて空間にはびこっている。

 ところどころ生物とは思えない加工の跡があり、やはり人の手が入っていることを思わせた。

 カササギの首を巡らせ、エルは周囲の情報を探る。


「いかに魔獣であれ、都市並みの巨体をもって空に浮かぶのは無理があると思っていました。おそらく内部に隙間があるだろうとは思っていましたが……」

「エル君? もしかしてその予想だけで突っ込んだ!?」


 アディが盛大に表情を引きつらせているのはさておき。

 魔王の内部に不快な擦過音が響き始めていた。


「はぁ。さっそく迎えが来たみたいだよ」


 繊維質の柱をかいくぐりながら、幻獣騎士たちが現れる。やはり下半身は触腕につながっていた。

 触腕は内部の、さらに奥から伸びているようだ。そもそも、マガツイカルガが突入した部分は単なる出入り口だったのかもしれない。


「どうする? 全部吹っ飛ばす?」

「どのみち魔王の中枢はこの向こうにある。ならば突き進むまでです」


 マガツイカルガが銃装剣を構える。


 炎が飛翔し、繊維質の柱を破砕する。飛ぶように迫る幻獣騎士を吹き飛ばし、あらゆる障害物を焼き尽くした。

 しばらく暴れてみれば、気づくと周囲は静かになっていた。

 動くものは何もなく、マガツイカルガはゆっくりと前進している。


「……そろそろ、たどり着くでしょう」


 繊維質の柱を切り払い突き進む。彼らの視界が広がった。

 そこはぽっかりと空いた空間になっていた。周囲は繊維質の柱によって囲まれている。


 空間の中心には一本、太い柱が通っていた。これが魔王の中心なのだろう。

 柱は中程で緩やかに膨らんでおり、不気味な鼓動を周囲に響かせている。


 ゆっくりと近づいてみれば、柱はただ繊維質の組織のみでできているわけではなかった。

 中心部を構成しているのは明らかに機械。人造の存在なのである。


「これが、小鬼族が作ったものなの……?」

「魔獣を操る魔王の中枢。その装置だと思いますが」


 マガツイカルガは近くにより、装置を子細に観察する。


「ただの装置ではないようですね。中に何か、いる」


 エルは目を細めていた。

 装置の中心部には透き通った水晶球のような部位がある。その中に、何かが浮かんでいるのだ。いや、何かではない。この形は“誰か”――。


「まさかここまでたどり着いてしまうとはね。敬意を表するよエルネスティ君」


 思考は、頭上から響いてきた声によって遮られた。

 ぼんやりとした虹色の光を放ちながら幻繰獣騎ミスティックビーストが降りてくる。エルたちはそれに乗る者が誰か、確信を抱いていた。


「小王、ですね」


 幻繰獣騎はゆっくりと高度を下げ、マガツイカルガと中枢部の間に立ちはだかる。


「これを破壊しにきたのかい」


 小王の声は動揺もなく、ひどく淡々としていた。これまでの騒がしい様子も感じられない。

 エルは小声で、もしもに備えてアディに戦闘準備を頼む。それから幻像投影機に映る、幻繰獣騎を見つめた。


「魔王を。いいえ、魔獣を操る能力をもつ兵器を、僕の故郷につれて戻るわけにはいきませんから」

「これはかつて森伐しんばつ遠征軍の失敗によってうち捨てられた私たちの希望だ。そして我が父母の願いでもある。征かねばならないのだよ」


 エルは幻繰獣騎の背後を睨んだ。


「そこの装置、中に誰かがいますね……もしや」

「そう、我が父母だよ。君たちの愚行によりこの森に残されたものだ」


 エルは、違和感を覚える。小王の言葉には不自然な部分がある。それがどこか、思い返して。

 彼は唐突に気づいた。


「遠征軍が起こったのは数百年前だというのに、まるで当事者のように。……いいえ、父母が? そうか、長命にして“ソング”の名を持つ魔法を操る者たちを、僕は知っています」


 エルは目を見開き、信じられない思いで装置の中に浮かぶ人影を見た。

 揺らめくように漂う影。ようく見れば、その姿は人間とはわずかに異なっている。ほんの少し、種族が違う。


「“エルフ”だなどと……。彼らは秘匿された者たち、まさか遠征軍などに連れ出したとでもいうのですか!?」

「ほほう。徒人ただびとのわりにずいぶんと詳しいのだね。それとも数百年の時を経て、西のエルフは歴史の表に出たのかな」

「いいえ、今も静かに過ごされていますよ。これでも僕は騎士団長ですから顔が利くのです」


 幻繰獣騎から、小王が小さく笑った気配が伝わってきた。


「あの頃の徒人というのは思うに、狂っていたか酔っていたのだよ。己が手にした力にね。西の地を制覇し、そのままどこまでも征けると思っていた。それが誤りだったと知るのは、強大な魔獣によって壊滅したその時だったというわけさ」


 歴史である。敗退した人類はオービニエ山地まで後退し、麓にひとつの国を残した。


「まぁ徒人ごときが自らの愚かさで死に絶えるのはかまわない。しかし我が父母には……慈悲があった。魔獣があり巨人がいるこの森で徒人どもが生き残ったのは、その導きによるものだ。それは今でも変わりない」

「遠征軍の生き残りが、どうしてこれほどまでに高い技術を持っているのかと思いましたが、あなたたちに由来していたと」


 魔獣を操り、どころか魔獣そのものを作り替えるような技術は西方には存在しない。

 独自に生み出したとしても、魔王の存在はあまりにも突出していた。しかしかの秘匿者たちの末裔がいたのならば決して不可能ではない。


 それまではどこか得意げでもあった小王が、一息の間に気配を変えた。


「だがいかにエルフが長命だとて、寿命は確かにある。父に、母にも大いなる流れへと還る時が来たんだ……。ひどい話だ。身勝手によりこのようなところに連れ出され、最期は大いなる流れからも外れようとしている……! そんなことは、許せないじゃないか!」


 幻繰獣騎が鳴き声を上げ始める。それは周囲に伝わり、魔王の内部にざわめきを生み出していた。

 様々なものが動き出す気配を感じながら、エルは小王に問いかける。


「この魔王を動かした理由はそれですか。あなたの両親を連れて帰るために」

「そうだ、と言ったら?」


 エルはじっと幻像投影機を見つめながら、小さく合図を送った。アディはいよいよ武装を準備し、何かあればすぐに動き出せるように気を張り巡らせる。


「あなたにも目的がある、ですがそれは僕たちと噛みあいません。どのような目的があるにしろ、現在の魔王が魔獣を操り人を制圧する巨大兵器であることに変わりはない」


 幻繰獣騎が、低い鳴き声を上げ始めた。繊維質の組織の間から大量の幻獣騎士が現れる。マガツイカルガを取り囲み、今にも攻撃に移ろうとしていた。

 マガツイカルガは銃装剣を握り直す。執月之手が飛翔し、準備を整えた。


「徒人はいつだって身勝手だ」

「ではあなたも。ずいぶんと徒人に染まったということではないですか」


 幻繰獣騎から隠しきれない笑い声が響いた。


「ハハ! それはいい、よくぞ言ったぁッ!」


 小王の叫びを皮切りに、様々なことが一息の間に動き出す。


 空間が意志によって満たされる。魔王の中枢よりきわめて強力な“滅びの詩”が放たれ、大気そのものを捻じ曲げた。

 同時に幻獣騎士達が一斉にマガツイカルガへと躍りかかる――相手は動きを封じられているはずだ――。

 だが鬼神の反応もまた素早かった。執月之手が雷を起こし、直後に空間を雷撃が走る。雷の鞭に打たれた幻獣騎士が破壊されてゆく中、マガツイカルガが銃装剣を持ち上げた。


 刀身が開き、轟炎の槍を撃ち放つ。狙いは正確に魔王の中枢をめがけていた。射線上に幻繰獣騎が立ちふさがる。小王は自らの身をもって魔王を、彼の両親が在る中枢を守ろうとし――。


「な、なんだと!?」


 操縦者の意思に反して、幻繰獣騎は上昇した。轟炎の槍は防がれることなく飛翔し、魔王の中枢部を直撃する。

 猛烈な爆発が巻き起こり繊維質の柱が砕けるのを、小王は呆然と眺めていた。


「まさか、そんな。やめ、やめるんだ! 父よ! 母よぉっ!! い、言うことを聞け、このぉッ!」


 小王の願いも虚しく、幻繰獣騎は止まらない。上昇を続け、そのまま組織内部へ入ってゆく。幻繰獣騎が外へと通じる穴に飛び込んだのを悟り、小王は頭を抱え髪を掻きむしった。


「あ、ああ……なぜ! まだだ、まだなんだよ! もう少しじゃないか……! もう少しでぇ……っ!!」


 魔王の体内から飛び出した幻繰獣騎はわずかも躊躇うことなく、飛び去って行ったのである。


 その頃、魔王の中心部では。

 轟炎の槍の直撃を受け、砕け炎に包まれながらも装置はまだ生きていた。“滅びの詩”はさらに出力を上げ、もはや絶叫と化している。


「……! これはさすがに、ちょっと、うるさい、かも!」


 アディが歯を食いしばる。全力で魔法を演算し領域を守っているものの、“滅びの詩”による干渉がわずかずつ食い込んでくる。完全な力比べの様相を呈していた。


「あなたたちはかつて多くを救った。ですが今は違う……もう、眠りなさい」


 エルがマガツイカルガに命じる。銃装剣に再び炎が溢れ、放たれた。

 轟炎の槍が装置に突き刺さった瞬間、エルたちは“滅びの詩”ではない、ある思念を受け取った――。




「……っ! お、おお? なんだか急に頭がスッキリとしてきたぞ!」


 その頃、飛翼母船ウィングキャリアーイズモの船橋では、親方や船員たちがさっぱりとした顔で叫んでいた。彼らを苛んでいた“滅びの詩”による負荷が、突如としてまったく消え去ったのだ。

 彼らは頭を振って余韻を振り払うと、それぞれ持ち場に飛びついてゆく。


「ようし、こうなりゃこっちのもんだ。いっちょ反撃にでて……」


 親方が勢い込んだ瞬間のこと。さらなる異変が続く。


 飛空船レビテートシップへと迫っていた穢れの獣が、いっせいに統率を乱したのである。それらを統率していた知性は失われ、ただ獣としての本能によった動きを始めていた。

 魔王が異様な雄叫びを上げる。人によって完全に制御されていた獣が、その枷から解き放たれてゆく。


「奴らの動きが変わったぞ! なんか、めちゃくちゃだ!?」


 穢れの獣と戦っていた飛翔騎士たちにも戸惑いが広がっていった。これまでは人の知恵によって戦術が組み上げられていた。しかしもはや穢れの獣に統一した動きは感じられない。ただただ目の前の動くものに反応しているだけだった。


「なんだかわからんが、これは好機だ! 一気に押し返すぞ!!」


 一糸乱れぬ連携をもって、飛翔騎士が獣を迎え撃つ。さきほどまでの苦戦が嘘のように、穢れの獣たちは呆気なく討ち取られていった。

 連携や戦術はなく、計算された動きもない。こうなってしまえば飛翔騎士たちが後れを取る理由など何ひとつとしてない。


 穢れの獣が蹴散らされてゆく横で、転回した飛空船が突き進む。


「おうし、ぶちかませー!!」


 号令一下、法撃戦仕様機ウィザードスタイルがいっせいに法撃を開始した。濃密な法弾幕が残った穢れの獣を駆逐してゆく。


「ようしいいぞ。後はあのデカブツだな!」

「親方。そのデカブツですけど……来てます」

「あ?」


 親方は振り返った途端、すぐに顔を引きつらせる羽目になる。飛空船など比べ物にならない魔王の巨体がどんどんと迫ってきていたのだから。


「か、回頭! いそげ!」

「もうやってます!」


 ひときわ長い唸りを上げて、魔王はやみくもに突き進む。

 飛空船団は泡を喰いながら必死で進路を変えた。何しろ魔王の巨大なことと言ったら、街ひとつくらいはある。

 衝突すれば硝子のごとく砕け散るのは目に見えていた。


「うおおおお、やばいやばい……」


 船体を軋ませながら飛空船は加速を続ける。しかしそれだけ進もうとも、魔王の巨体から逃れられる気がしない。

 その時、周囲に展開していた飛翔騎士がいっせいに飛空船のもとへと集まってきた。穢れの獣はほとんどが駆逐された後である。


「全機、出力最大! 出し惜しみするな! ここで船を失うわけにはいかない!!」


 飛翔騎士たちがそろって船を押す。無理な負荷により船体の軋みが一層激しくなる。下手をすれば船が分解を起こすかもしれない、だとしても粉微塵よりはマシだ。


「行けるか!? あと少し……クソ! デカブツめ、止まりやがれ!!」

「頼む……頼む……!」


 窓からの景色を埋め尽くす魔王の巨体を睨み、悪態をつく。全員が全力を振り絞るなか、もはや祈ることしか出来ない。


 その時である。突如として魔王が不可解な揺れ方をした。さらに胴体の真ん中あたりで爆発が起こり、甲殻が内側から吹き飛ばされる。

 魔王は身をよじり、低く長く泣き叫んだ。わずかに、ほんのわずかに速度が落ちる。


 間一髪の位置を、飛空船団がすり抜けた。


 間近に魔王の甲殻がある。ほんの少しでも間に合わなければあっさりと削り落とされていたことだろう。


「あ、あぶねぇ……!」

「こりゃすげぇ近い! 反撃くらわしてやりましょうよ」

「よぉし、ビビらせてくれた礼はしねぇとな!!」


 船に取り付いていた飛翔騎士たちが離れる。船団と騎士はそろって魔王へと法撃を加え始めた。

 魔王の甲殻に爆炎が様々に咲き乱れる。


「くそう、まともに効いてねぇんじゃねぇか。こりゃあ」

「やらないよりマシってもんでしょう」


 甲殻の上に炎を纏わせながら、魔王はひたすらに突き進んでいる。まるで平然としているように見えてしかし、再び大きく体を震わせた。

 魔王の体表に炎が噴き上がる。またも内側から起こった炎だ。甲殻の一部が吹き飛び、体液がたなびいてゆく。


「あそこ! 殻が外れてきやすぜ!」

「法撃、集めろ!」


 飛空船団が、いましがた空いた穴へと法撃を集中させる。さしもの魔王も、すでに傷を負った場所までは守り切れない。内外から損傷を受けた魔王は、確実に崩壊を始めていた。


 魔王は苦悶の声と共に肢を蠢かせる。しかし法撃は出ない。魔法術式を編む者は、すでにいないのだ。

 空に奇妙な軋みが鳴り響きだした。出所は魔王だ。


 突如として甲殻のあちこちに亀裂が走った。肢がちぎれだし、体液をまき散らしながら落ちてゆく。いかに耐久力があれど、いかに質量があれど、無限ではない。攻撃を受け続けていればやがて限界は訪れる。


 魔王の内部から炎が噴き上がる。連続して何発もの爆発が起こり、魔王の崩壊に拍車をかけていた。

 吹き飛んだ甲殻を追いかけるように何ものかが飛び出してくる。マガツイカルガだ。


 虹色の光に立つ鬼神は満身創痍となった魔王を見下ろし、銃装剣を構える。


「では、終わりにしましょう」


 ひときわ強烈な炎を放ち、轟炎の槍が宙を翔けた。


 ついに、傷は致命に達する。さんざんに破壊された内部組織がちぎれ砕けた。一度勢いがつけばもう止まることはない。都市ほどもある巨体が――割れる。


 あちこちから吹き出た虹色の輝きがまばゆくきらめく。滝のように体液を流しながら、魔王の残骸はついに落下を始めた。


 魔王は自重が導くままに大地へと叩きつけられ、ついでに恐るべき地震を引き起こした。噴き上がった土煙は天を覆い、揺れは大森海の四方へ届いた。

 森の獣たちはざわめき、そろって噴き上がる土煙を睨む。


 かくして巨獣は地に沈み、戦いの幕が引かれたのであった。

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