#123 滅ぶべき詩

 超巨大魔獣――“魔王”が動き出す。甲殻を軋ませ、大地を影で覆ってゆく。


穢れの獣クレトヴァスティアをものともしない力! 君たちは危険だ。だからこそ、この魔王自らが相手になろう!」

「謹んでご遠慮したい限りです」


 大気を震わせ、法撃が飛来した。魔王は無数に生えた肢のそれぞれから法弾を放つことができる。


 マガツイカルガが、空中で足を踏ん張った。虹色の円環が与える浮揚力場レビテートフィールドが、鬼神の躯体を空に支える。


 推進器が爆発的に吼えると同時に、マガツイカルガは空を蹴る。不自然なほど急激な加速を果たし、鬼神は法弾の嵐に飛び込んだ。

 装甲をかするようなギリギリの位置をすれ違う。

 炎弾がもつ熱量が空気を熱し、周囲の景色を揺らめかせていた。陽炎を貫いて鬼神は剣を構える。銃装剣ソーデッドカノンが開き砲口を露わとした。


 お返しとばかりに放たれた轟炎の槍が魔王めがけて飛翔する。鮮烈な輝きを放つ炎の槍はしかし、風雨のごとく吹き付けてきた法弾により迎撃された。


「穢れの獣と同じようにはいかないよ。何せこちらは手足の数が違うからね」


 エルとアディは幻像投影機ホロモニターに映る景色を睨み、唸る。

 魔王が持つ、街ひとつに匹敵するほどの巨体によって視界は埋め尽くされている。このまま眺めていたら、なんだか感覚が狂ってしまいそうだ。


陸皇亀ベヘモス何匹分だろう、これ。攻撃通じるのかなぁ……厄介ね」

「銃装剣でも苦労するとは相当です。とはいえ手がないわけではありません。特にこれは機械ではなく生物、ならばどこかに急所があるはずなのですから」


 陸皇亀もそうだ。圧倒的な堅牢さを誇った師団級魔獣であっても生物としての構造からは逃れられなかった。


「仮に急所があっても、攻撃するためには近寄らねば話になりませんが」

「あれだけの法撃を使われたんじゃ難しいかなー」


 彼らは攻めあぐねている。魔王はゆっくりとした速度で漂いながらマガツイカルガを睨んでいた。そもそも頭部には多数の眼が存在しており、視界から逃れることはできそうにない。


「このまま戯れているわけにもいかないのですけどね……っと!」


 吹き付けてきた法弾幕をマガツイカルガは複雑な軌道を描いて回避し、反撃に轟炎の槍を撃ち放った。

 空を翔ける眩い炎の槍はやはり、横合いから飛んできた法弾によって砕け散る。遠距離からの攻撃は決め手にならない。


 魔王から生えた無数の肢がざわめいた。先端それぞれに魔法現象の光を灯し、撃ち放つ。激しい法撃はマガツイカルガを再び回避へと追い込んだ。


 機体の出力を調整しながら、アディが叫ぶ。


「ねぇエル君! いっそこのまま持久戦するのは、どう!?」

「お勧めしません。何しろあの巨体です、魔力など無尽蔵と考えたほうがいい。攻撃が止むには小王の気まぐれを待ったほうがまだ現実的ですね」

「だーめかー」


 虹色の光の上を跳ねまわるようにして法撃をかわす。全力で動き回るマガツイカルガを捉えることもまた容易ではない。魔王は力に物を言わせて法弾幕を浴びせかけているが、有効打になっていないという点では変わりがなかった。


 魔王の眼を通じて外の景色を捉えながら、小王は口元を歪める。


「あれほど小さければ叩き潰して終わりかとおもったが。どこまでも予想を外すものだね、君は」


 視界の中を羽虫のごとく飛び回る幻晶騎士シルエットナイト。その存在は、まさしく目障り以外の何物でもない。


「大変に、大変に邪魔だよエルネスティ君。放っておけばこの先も障害になるだろう、今ここで潰しておきたいところだよ」


 その時、小王は周囲から意思を感じた。魔王が何かを伝えようとしている。


「……なるほど。彼を倒すのには実に骨が折れそうであるが、彼も我らを倒せない。ならば無理に狙う必要はないと」


 頷いて小王は視線を転じた。戦場には、鬼神以外にも大勢の登場人物がいる。ひとつのものに拘る理由はない。


「ならばゆこう。さて彼はどう出るかな。楽しみだよ」


 口元に小さく笑みを浮かべ、小王は手を振り命じた。


 空間に低い唸りが満ちる。マガツイカルガの目前で魔王の巨体が少しずつ加速していた。相変わらず法撃は続いており、エルたちは回避行動をとりながら考える。


「おかしいですね。こちらに向かってくるわけではなく……なるほど、そうきましたか」


 魔王の進路の先を推測し、エルは顔をしかめた。雲の広がる先、そこには穢れの獣と飛空船団の戦場がある。


「イズモも、魔王に襲われたらまずいよね?」

「魔王はいわば“超々巨大戦艦”です。火力も防御力も違いすぎる。やりますね、小王。痛いところを狙ってくる」

「誉めてる場合じゃないから!」


 エルは頷き、すぐさまマガツイカルガの進路を変える。


「信号法弾を。僕らも向かいますよ!」


 空に光が放たれる。太陽明るい昼間では見つけづらいが、イズモの監視員はめざとくそれを見つけ出していた。すぐに伝声管を開いて叫ぶ。


「イカルガより信号法弾あり! あれは……こ、後退指示!?」

「おおい坊主、今いいところだぜ。何を言ってやがる!!」


 突然の指示を受けたイズモの船橋がざわつく。親方は腕を組み唸った。

 滅びの詩が止まったことにより、飛翔騎士たちは元の動きを取り戻している。今は穢れの獣と一進一退の攻防を繰り広げている最中なのだ。


 その横で、船員の一人が震える腕で指し示していた。


「いや、親方……原因は多分、アレっすよ」


 彼らは見た。酸の雲アシッド・クラウド漂う向こうから迫りくる、山のごとき威容を。あまりにも巨体が過ぎてわかりづらいのだが、魔王は確実に彼らへと向かって接近してきていた。

 飛空船レビテートシップのなかでは頭抜けた巨体を誇るイズモでさえ、比較にならない。戦いになればどのような結果になるか、自ずと明らかだった。


「旋回」

「ウッス」

「やべぇ! ケツまくんぞ!!」


 親方はカクカクとぎこちない動きで指示を下し、船員たちがわたわたと持ち場に取り付いた。

 イズモから信号法弾が打ちあげられる。後退の指示を受け船団は慌ただしく動きを変え始めた。


 飛空船団が下がれば、飛翔騎士たちも後を追わざるを得ない。船を守ることは彼らの重要な役目のひとつだ。その隙を見逃すような穢れの獣ではなかった。

 幻繰獣騎ミスティックビーストがいななき、獣たちに命じる。魔獣たちは次々と酸の雲から飛び出し、船団のケツに食らいついた。


「この忙しいときに、邪魔くせぇ!!」


 後退中のイズモは、その火力を生かし切れない。法撃戦仕様機ウィザードスタイルの配置により射角には制約がある。死角から迫る穢れの獣を迎え撃つべく、飛翔騎士が展開した。たちまちのうちに大乱戦が始まる。


「法撃を中心に! 近づけるな!」

「ちくしょう獣どもめ! このままだと……」


 法弾と体液弾が交錯する。爆炎と酸の雲がかき混ぜられ、まだらな色合いを描いた。

 法撃と魔導飛槍ミッシレジャベリンを受けた穢れの獣が墜ちてゆく。酸の雲を吸い込んだ飛翔騎士が痙攣するような動きを見せた後、ばらばらと分解していった。


 破壊の渦巻く戦場を穢れの獣が突き抜けた。幻繰獣騎が先頭をゆく。人により直接指揮される部隊だ。酸の雲を隠れ蓑に、飛翔騎士たちが守る場所を迂回してきたのである。


 獣たちは後退を続ける飛空船に狙いを定め、迫る。対する法撃はまばらだ、獣たちは死角となる場所を選んで進んでいる。


「後方の船から発光信号! ……我、転進す!? 追っ手を迎撃するようです!」

「くそ、飛翔騎士は回せねぇのかよ!」

「無理です、あっちだけで手一杯ですよ!」


 船団の最後尾につけていた飛空船が進路を変えた。船の向きを変えれば、法撃戦仕様機による射線が通る。しかし一隻では火力に不安があるのも確かであった。

 イズモの船橋で親方が唇を噛みしめる。


 殿しんがりの船から法撃が開始された。空を灼く炎の槍は、獣たちの行く手を阻む。しかし墜とすには至らない。

 獣たちは散らばり、殿の船へと襲いかかった。ひとつひとつ潰してゆくつもりだ。


「くそっ! 追いつかれるぞ! なんとかならねぇのか!?」

「今からじゃ……」


 船員が苦々しげに答えた、その時である。

 光が、閃いた。

 少し遅れて雷鳴が響き、直撃を受けた穢れの獣が吹き飛ぶ。


 船員たちが唖然とした様子で獣の最期を見送っていると、広がる酸の雲のど真ん中に大穴があいた。

 非常識にも死の領域のど真ん中を突き抜ける存在。凶悪な外見を持つ存在を目にして、彼らは悲鳴を上げる。


「い、イカルガ!?」


 その姿を見紛うことなどないだろう。雷纏う銀鳳騎士団旗騎が、穢れの獣を次々に撃ち落としてゆく。

 立ちこめる酸の雲はイカルガに触れることなく吹き飛ばされてゆく。どのような仕掛けがあるものか、厄介な雲をまったく問題にしていないようだった。


「団長……いや今乗ってるのはアディちゃんか。えっ、でも団長もいるし?」


 船員たちは落ち着き、しかしすぐに混乱に襲われていた。

 ただでさえ恐ろしげな鬼面六臂の鎧武者。しかも今は背にカササギが取り付いており、奇怪なことこの上ない姿へと成り果てていた。

 これならば穢れの獣の方がまだしも親しみやすいことであろう。さておき。


 虹色の円環の上に立つイカルガは、不自然なほど滑らかな動きで飛空船に並ぶ。


「急いで船団と合流してください。こちらは、僕らが抑えます」

「りょ、了解!」


 飛空船を見送り、マガツイカルガは身を翻した。


「エル君! あそこ、飛翔騎士が戦ってる!」

「突っ込みますよ」


 推進器が炎を吐き出し、鬼神を加速する。カササギが首を巡らせ、エルは戦場を見回した。


 飛空船団は距離を空けつつあるが、飛翔騎士たちは乱戦の中にあった。凄惨な潰し合いが広がるが、飛翔騎士は奮戦している。しかし状況は、魔王が滅びの詩を使うだけで容易にひっくり返りうるものだった。

 戦場の背後に迫り来る巨体を認め、彼は口元をゆがめる。


「ここからが正念場ですよ」

「うん。イカルガもカササギも快調、どんなことをしても問題ないよ。私も手伝うから!」

「ええ、アディ。では。少しばかり小王を驚かせにいきましょうか」


 マガツイカルガは速度を落とさないまま、乱戦のただ中へと突入していった。

 轟炎の槍が獣を砕く。すれ違いざまに雷撃を放ちながら、マガツイカルガは獣たちの領域を突き抜ける。後方で指揮をとっていた幻繰獣騎を認めると迷わず銃装剣をたたき込んだ。


 強襲を受けた赤い獣がバラバラに吹き飛ぶ。穢れの獣の動きに動揺が走った。指揮役を失ったことで混乱している。その隙に、飛翔騎士たちは乱戦を脱していた。


「なんかイカルガがすごいことになってるぞ!」

「あの雲どうやって防いでるんだ。相変わらず団長はいろいろと仕掛けてくるな」


 飛翔騎士がイカルガの元に集まる。穢れの獣を正面から吹き飛ばすマガツイカルガの力を目にして、彼らは落ち着きを取り戻していた。


「このまま飛空船と合流しましょう。魔王を倒すには、皆の火力が必要です……」


 そう、エルが言いかけたところで。

 飛翔騎士たちは空中ではあり得ない唸りを感じた。何かとてつもないものが迫っている。

 振り返った彼らは、揃って絶句した。


 漂う雲を吹き飛ばしながら巨体が迫っていた。まるで空が壁で遮られたかのように視界は埋め尽くされている。


「よくも獣たちを……やってくれる!」


 魔王は肢を伸ばし、魔法現象の光を灯す。直後、圧倒的な法撃の嵐が飛翔騎士たちへと襲いかかった。


「この魔獣! なんて法撃能力だ!!」

「酸の雲よりかはましだが! 量がとんでもねぇ!」


 超々巨大魔獣、魔王の能力は圧倒的である。飛空船団すべてを合わせても追いつかないほどの法撃が、飛翔騎士たちに先ほどまでとは異なる焦りを抱かせた。


「魔王、十分に体は休めたか」


 魔王の体内で、小王は逃げ回る飛翔騎士を睨んでいた。果たして周囲から意思が返ってくる。内容に満足し、彼は凶暴な笑みを浮かべた。


「空飛ぶ騎士たち、船さえ手に入ればお前たちは不要だ。ゆえに存分に味わうといいさ、我らの詩を!」


 魔王が鳴動した。奇怪な音色を持つ狂気の旋律が広がる。“滅びの詩”だ。


「ぐうぅっ! また、かっ!!」

「操縦が利かなく……!」

「推進器が、鈍い。このまま、だと、かわせ……」


 飛翔騎士も騎操士たちも、苦しみ動きが鈍くなる。滅びの詩は周囲のあらゆるものを等しく蝕んでいた。

 例外は配下たる穢れの獣のみ。活力を取り戻した獣を睨み、アディが顔をしかめる。


「んぬぅぅぅ、邪魔! このまま、だと皆が!」


 マガツイカルガの応答も鈍りがちだ。彼女が必死に詩にあらがっていると、ふとエルのひどく静かな声が聞こえてきた。


「まったく頭が痛いです。しかしなぜ詩を聴くと“頭が”痛くなるのでしょうか。……頭の、どこが?」

「どこって、頭にどこがあるの!?」


 窮地にありながらまったく場違いに暢気な感想を聞いて、さしものアディも目を丸くする。彼女たちを煩わせるこの頭痛と、何か関係するのだろうか。

 しかしエルは大真面目だった。


「頭痛というのとは少し違って、ひどく演算が乱れるのです。普段ならば痛みを受けたところで、集中が鈍くはなれどもそんなことは起こりません。しかも魔導演算機マギウスエンジンの応答までもが鈍るなどありえません……」


 マガツイカルガは、静かにたたずんでいる。周囲の飛翔騎士がそれぞれに動きを乱している中、ただ一機まったく平然とした様子だった。



「くく、西の民よ。苦しいかな? すぐに楽にしてあげるとも。獣たちよ、下がるがいい。とどめは我らが魔王の手によって下してやろう」


 動きの鈍る飛翔騎士の姿を見て、小王は口元を笑みの形にゆがめていた。この空飛ぶ騎士がいなくなれば、船の守りは一気に手薄になる。魔王であれば船に対して引けをとることはない。

 そうなれば追い詰められた西の民が降伏するのも、時間の問題であろう。


「これで彼らも目を覚ますだろう。そうしたら、しばらく休むこともできるよ」


 魔王の体が微かな唸りを返した。


 酸の雲を抜けて、穢れの獣が次々に魔王の元へと集まる。獣たちはそのまま魔王の表面に取り付くと休息を始めた。

 ここまでの戦いによって相当に数が減ってしまったが、まだ十分な戦力が残っている。西の地までたどり着くことは可能だろう。


 そうして小王がわずかに気を緩めた時。

 魔王が慌てたような震えを起こす。伝わってきた意思に、彼は目を見開いた。


「おっと、気づかれてしまったみたいですね」


 魔王の元に集まる穢れの獣、その中に明らかに不自然な存在がある。

 虹色の光を纏いながらも、炎を吐いて進むもの――マガツイカルガだ。彼らは下がってゆく穢れの獣を隠れ蓑に、魔王へと肉薄していたのである。


「ばれたら撃ってくると思う?」

「撃たれるでしょうね。とはいえ同時に、相手の戦力を殺ぐことはできます」


 案の定、魔王が慌てたように法撃を放ち始めた。

 魔王の特徴は無尽蔵の火力投射による制圧攻撃だ。細かな識別は不得手としており、当然のように穢れの獣までもが法撃を浴びて吹き飛ぶ。体液が飛散し、酸の雲が広がった。


「まったくエルネスティ君。君はなんと油断のならないことか……!」


 空を炎と雲によって塗りつぶし、小王は吐息とともに焦りを洗い流した。直後、彼は思い切り渋い表情を浮かべることになる。


 雲が、渦を巻いた。

 酸の雲の中央に、嵐が現出する。嵐の衣ストームコートが穢れを吹き払い、マガツイカルガはほとんど進路を変えずに突っ込んできたのだ。

 皮肉にも穢れの獣が生み出した酸の雲が、小王の眼を欺く隠れ蓑となったのである。


「さぁ、接近……しましたよ!」

「きっさまぁぁぁぁぁ!!」


 もはや手段を選んでいる場合ではなかった。小王は叫ぶ。


「滅びの詩を、全力最大で詩うのだ! 後のことは考えるな!」


 魔王は即座に応じた。流れる詩が、一気に圧力を増す。超々巨大魔獣の全力を込めた詩により、周囲の大気が軋みをあげた。禍々しい旋律が世界そのものを変質させてゆく。


「あああっ!? これ、じゃ……!」


 マガツイカルガの操縦席ではアディが頭を抱えていた。ここまではなんとか耐えてきたものの、限界を迎えたのである。

 詩の力はさらに増し、距離が近いこともあって恐るべき威力を生み出していた。


 すでに操縦桿を握る力が残っていない。意識が朦朧として遠ざかりゆく中、何故だかその声ははっきりと耳に届いた。


「アディ、意識を強く持って。身体強化フィジカルブーストを使ってください、全力全開です」

「え……エル、君。でも、頭が、痛くて、そんな……」

「だからこそ。限りなく全力で魔法を演算するのです。これは“魔術演算領域マギウス・サーキット”への攻撃だ」


 エルの声が、すっと染みこんでくる。どんな苦境にあっても彼女が彼の言葉を聞き逃すことはなく。かつて教えを受けたとおりに、共に研鑽を積んだとおりに、魔法術式スクリプトを全力で演算する。


「んりゃーっ!! あっ、本当だ。楽になった!」


 演算が強力になるほどに、頭痛は潮が引くように去って行った。


「ええ。ただの音楽にしては不自然な点が多すぎる、だからわかりました。“滅びの詩”が始まってから演算にひどく雑音ノイズが混じり出す。どうやってかわかりませんが、魔術演算領域や魔導演算機に外部から強制的に術式を送り込んでいるのでしょう。ならば対抗手段はただひとつ」


 およそありうることではなかったが、エルは確信を抱いていた。彼が異物でなければ、気づくことはなかっただろう。この世界の生物に理解できる攻撃ではない。

 しかし生物に対して最も強く影響を与えるのは、それ自身の行動である。自ら領域を使ってしまえば、外部からの雑音が勝てる道理はない。


「魔導演算機に対しても同じことです。アディ、手伝ってください。直接制御フルコントロールによりマガツイカルガを動かします」

「ふふひ、私とエル君の魔法がひとつになってマガツイカルガを動かすの……。まっかせてよ、もう全力よ全力!!」


 なぜかアディが不自然にウキウキとしていたがともかく。

 この世界の異物たるエルネスティが、最大の異能たる魔法演算を開始する。囁くような雑音を駆逐した後、術式はマガツイカルガへと流れ込んだ。

 アディの制御が合流する。二人の意思が機体の隅々まで行き渡り、支配した。


 眼球水晶が光を放ち、躯体を魔力が流れ巡った。虹色の円環に陰りなく、吐き出す炎に怯みはない。

 背面の腕からは執月之手ラーフフィストが発射され、機体の周囲で紫電を放っていた。手に握る異形の剣――銃装剣を構え、鬼面八臂が動き出す。


「さあて、魔王。あなたが魔獣を統べるものだというのならば……僕は普く機械の守護者です。獣どもは不倶戴天、ここで僕と鬼神が撃ち滅ぼしましょう。お覚悟を」


 西の民と小鬼族。鬼神と魔王の戦いが、ふたつの種族の行く道を決定づけようとしていた。

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