#121 獣の力と人の知恵

「先手有利ってね!」


 マギジェットスラスタが高鳴り長く炎の尾を曳く。

 一気に加速した飛翔騎士トゥエディアーネ複合型空対空槍トライデントから魔導飛槍ロングランスを発射した。


 空を翔ける鉄の槍が穢れの獣クレトヴァスティアめがけて突っ込んでゆく。体液弾が放たれ、広がる酸の雲アシッドクラウドが槍を阻まんとするが、何本かは雲を突破した。

 高速で突き立つ槍が獣の命を穿ってゆく。自らの血を溶解性の雲と化しながら、穢れの獣が墜ちていった。


「ようし! これで三匹目だ!」

「調子乗んな。酸の雲が広がってる、戦場を少し下げるぞ」


 晴れ渡っていたはずの空は、いつの間にか穢れの獣が撒く酸の雲によって曇りを増していた。

 漂う死の領域は、戦闘が進むにつれて広がり続けている。これこそが穢れの獣が持つ最大の能力であり厄介なところでもあった。

 小王オベロンは戦場を見渡し、ギシリと歯を噛み鳴らす。


「……予想よりも獣たちの死が多い」


 飛翔騎士が飛び回り、穢れの獣の侵攻を食い止めている。どころか彼らは着実に獣を倒しつつあった。

 中央にはエルネスティのいる巨大な船が健在であり、他の船とともに法撃を続けている。うかつに中央突破を図ろうものならいかに穢れの獣であれ、酸の雲が届く前に火あぶりになるだろう。


「空飛ぶ船に、空飛ぶ幻晶騎士シルエットナイト。西の国はなんと強きことか。しかしエルネスティ君、君はつくづく優秀な長であるらしい。言葉など最初から捨てて、あの時に殺しておくべきだったよ……!」


 かつて小鬼族の村で出会い、上街にて過ごしていた時を思って小王は悔しげに呻く。

 エル自身は自らを騎士団長であると名乗った。だからと言って鵜呑みにすることはできなかったし、若干信じがたかったのも確かである。

 しかし現実に目の前で戦闘集団――彼に曰く騎士団――を率いて見せられると、千載一遇の機会を逃したのではという気持ちが沸き起こってくるのを止められない。


「戦術、彼らは慣れている。集団で獣を相手にすることに慣れている! なるほど西の民は獣に抗い続けているわけだ」


 ある意味で獣と――巨人と、共に生きざるを得なかった小鬼族の境遇とは正反対であった。

 騎士と機械の高度な連携、集団戦における戦術。それは獣を忌み、しかし獣の力に依っていた小鬼族にとって未知なる考えである。

 穢れの獣は強力な魔獣である。その能力を、人の知恵が凌駕してゆく。それは戦いの行方すら決定づけつつあった。


「そうはさせない。戦術だ、あのうすのろな巨人どもとは違う。私たちにも智慧があるのだよ!! 幻繰獣騎ミスティックビーストよ、聞こえているか。陣を組み直せ、獣の力をより高めるのだ!!」


 小王の声が響き、赤い獣が応じた。

 幻操獣騎が鳴き声を上げ、王の命令を伝える。明確な意図をもって、穢れの獣が行動を変えた。

 散発的で無計画にばらまいていた体液弾を、局所的に集中させる。執拗に広がりゆく酸の雲が、飛翔騎士の行く手をはばんだ。


「く、あちこちに橋頭保を作られた! 動きを止められたらおしまいだ、下がるしかない……!」


 飛翔騎士は強力な兵器である。だが欠点も少なくはない。

 特に高い機動性と引き換えに広い空間を必要とする点は、戦いにおいて無視しえない要因としてあった。


「近寄らせてはいけません。各機、法撃を集中。相手のつま先を踏んづけてあげなさい!!」


 飛翔騎士に代わって、イズモを先頭にした飛空船レビテートシップ群が前進する。

 突出する敵の領域を、法撃によって丁寧に吹き飛ばしていった。踏み出せばそこを叩く、一進一退の攻防は続く。


 戦いの間に、穢れの獣の一部は後ろに下がり“獣”のもとまで戻っていた。魔獣たちは“獣”の表面にとりつき、身を休め始める。“獣”は穢れの獣にとって母船のような役割も有している。消耗戦は難しい。


 霞む景色の向こうを注視しながら、エルたちもその事実を把握していた。


「どうやら向こうも、そう簡単にゃ息切れにならねぇみたいだぜ」

「だとすれば、倒すにはあの巨大な魔獣を叩くしか手がなくなりますね。このままでは埒が明かない」


 イズモは法撃を加え続けているが、酸の雲がなくなる様子はない。どころか、拡散を続ける死の領域を前に彼らはじりじりと後退することを余儀なくされていた。


「雲が厚い。とてもじゃないが、あのデカブツまで法撃が届かないぞ。魔導飛槍でも狙いきれない!」

「たとえ数発程度が届いたところで効果は薄い。倒すならば、火力を集中して穿つしかありません」


 行動に移すには、断続的に襲い掛かってくる穢れの獣が邪魔になる。決定打に欠けるのはむしろ銀鳳騎士団の側であった。このままジリジリとした状況が続くかに思えた、その時――。


 法弾が宙を翔ける。

 燦然とした輝きを放つ炎が、後背より“獣”を撃った。強烈な爆発が巻き起こり、表面に止まっていた穢れの獣が何匹かまとめて吹き飛ぶ。

 “獣”自体は巨体ゆえにさしたる痛痒を感じなかったが、小王の動揺は小さくはなかった。


「今のは何だ!? く、後ろからも空飛ぶ船がきただと。敵を見逃していたか……いや。なるほどね、まだ手札を隠していたというわけだ!」


 戦場に新たなる参加者が現れる。

 数隻の飛空船が、小王たちを挟むようにしてイズモとは反対側に陣取っていた。


 この地において飛空船を有するのは銀鳳騎士団しかない。しかし驚いていたのはエルたちも同様なのである。


「いいえ、僕たちは部隊を分けていない。彼らは最初から別にいたわけで、つまりは……」


 答えは、明らかであった。

 船団の先頭、飛空船の上部甲板にてイカルガが仁王立ちしている。


「上街から追っかけてきたけど。イズモと……エル君と戦うんだ。やっぱり魔獣は倒しておかないと!」


 イカルガの操縦席で、アデルトルートが幻像投影機ホロモニターを睨んでいた。彼女は操鍵盤キーボードに指を滑らし、イカルガへと命じる。


 イカルガが銃装剣ソーデッドカノンを構え、轟炎の槍を撃ち放った。威力と射程に優れた炎の槍は“獣”まで届き、甲殻の上で炎を噴き上げる。巨体に衝撃が走った。

 その隙に、飛空船からは続々と飛翔騎士が出撃してゆく。


「イズモに背中は見せられないよね。だから今が狙い目! さぁイカルガ、エル君を手伝いに行こう!」


 言うなり、イカルガがマギジェットスラスタを起動する。炎の尾をたなびかせながら甲板の上を駆け抜けて、機体は滑らかに空へと飛び出した。


 空中で、イカルガの背面に装着された装甲が翼のように広がる。増設された降下用追加装甲ヘイローコートだ。

 簡易であれ源素浮揚器エーテリックレビテータを備える降下用追加装甲は機体へと浮揚力場レビテートフィールドを与える。補助用の翼状装甲と合わせて、イカルガの飛行性能を力強く支えていた。


 出撃した飛翔騎士がイカルガに並ぶ。かくしてイカルガと銀鳳騎士団第一中隊は、戦場へと馳せ参じたのである。


 目の前には巨大な飛行物体と、穢れの獣たち。銀鳳騎士団の本隊へと攻め入っていたため、背後に撒かれた酸の雲はそう厚くない。まさしく、敵は第一中隊の前に背中をさらしていた。


「ここで、一気に痛打を与える! だが深入りはするな。迎撃が来るだろう、一撃を入れたら即座に離脱するぞ!!」

「了解!!」


 エドガーの指示に、隊員たちが応える。一糸乱れぬ隊列を組み、飛翔騎士たちは推進器の音も高らかに突撃を開始した。


 魔獣たちも暢気に待ち構えていたわけではない。“獣”にとりついていた穢れの獣が動き出し、第一中隊の迎撃に向かおうと飛び立って。

 そこに、輝く炎の槍が飛来した。


 イカルガの放つ轟炎の槍が、第一中隊の突撃を後方から援護する。“獣”から飛び立とうとした魔獣が、次々に焼かれ墜ちていった。


「つくづく君を侮っていたよエルネスティ君! 可愛らしいなりで、なるほどこの森を越えてきただけはある。油断ならない指揮官ぶりだ」


 酸の雲が広がる領域のギリギリまで接近した第一中隊が、攻撃を開始する。ありったけの魔導飛槍が空を舞い、法撃が叩きこまれた。


「……く。硬いな」


 攻撃の後に回頭しながら、エドガーは結果を確認する。

 法撃の炎がおさまったあと、そこには平然とした様子の“獣”がいた。甲殻に目立った傷はない。一定以上の大きさを持つ魔獣は、概して極めて強靭な耐久性を有する。“獣”も例外ではないようだ。


「残念だったね。“獣”を……私たちを傷つけるほどの力はないようだ。しかし、あまり穢れの獣を潰されても困る。これでも、そろえるのにかなり時間がかかっているんだ」


 小王が不快げに顔を歪める。その時、“獣”のどこかから唸りが聞こえてきた。まるで同意するかのような振動を感じ、彼は顔をあげる。


「ああ、わかっているとも。何も知らない西の民の好きにはさせないよ。私たちの苦労を、邪魔させはしない。詩を、使う。開け……!!」


 意を決し、彼は“獣”に命令を下す。巨体が不気味な鳴動を始めるのを感じながら、飛空船を睨みつけたのであった。




「やはり第一中隊です。それにイカルガ……アディも一緒ですね」


 イズモの船橋にて、エルは遠望鏡をかまえて状況を確認していた。

 飛空船と、そこに翻る銀鳳騎士団の旗を確認して笑みを浮かべる。親方も拳と掌を打ち付け、喜色を露わにした。


「おうし、気が利くじゃねぇかあいつらも! これで挟み撃ちにしてやれるな!」

「僕もカササギで出ます。イカルガがここにある、今こそ膠着した状況を動かす好機ですから」


 イズモからカササギが出撃する。虹色の光を曳いて、軽快に空を翔けていった。


 第一中隊が攻撃を加えている間も、イズモと飛翔騎士たちはゆっくりと動きながら酸の雲への攻撃を続けていた。後方の攻撃を支えるには、前方からの圧力を途切れさせるわけにはいかない。


 その時である。“獣”が、ここまでとは異なる動きを見せ始めた。


 穢れの獣たちに戦わせ、ただぼんやりと浮いているだけだった“獣”。

 法撃や魔導飛槍を受けてもビクともしなかった甲殻に、突如として割れ目が走る。破壊されたのかというと、さにあらず。巨大な甲殻がだんだんと開き始めていた。


 潰れ気味の楕円形をしていると思われた“獣”は、つまり身体を丸めていたということである。

 開いた甲殻の隙間から肢が伸びてゆく。蟲型ですらない多数の肢をざわめかせながら、“獣”は身体を伸ばした。


 持ち上がった甲殻が羽のように伸びる。内側には微細な翅が群生しており、虹色の光を放っていた。頭部が持ち上がり、数多ある眼が鈍く光を反射する。

 奇怪な姿であった。蟲とも獣ともつかない異様な形。元から巨大であった躯体は、開いたことでさらに大きさを増しており。もはや空を覆わんばかりに達している。


「冗談だろ……」

「こりゃ、陸皇亀ベヘモスだって可愛く思えるくらいじゃねぇか」


 飛翔騎士に乗った騎士たちが呆気にとられた表情で幻像投影機を眺める。彼らは己の愛機に絶対の信頼を置いている。しかしそれはそれとして、これほど巨大な魔獣を倒すことができるのか。いまいち信じきれない気持ちもあった。


 静かになった戦場で、“獣”が悠然と動き出す。虹色の光が躯体を巡り、体内器官が蠢きだす。あらゆる音が漏れ出し、響き合い、異質な旋律を奏でだす。

 これまでも微かに流れていた音が一気に圧力を強めた。戦場の隅々にまで染み渡るかのように執拗に広がってゆく。


「なに、これ……!?」

「くっ!? 頭が、軋む。これがあの魔獣の、攻撃なのかっ!?」


 次の瞬間、騎操士や飛空船の船員たちが次々に頭を押さえて苦しみだしていた。不可思議で不愉快な調べは、まるで頭に直接染み入るかのように響いてくる。耳を押さえても聞こえてくるのだ。


「気持ち、悪い……」

「っちくしょう! こんなもんがよぉ! おう、てめぇら気合いを、みせやがれ!! 魔獣の攻撃なんぞに、やられてたまっかよ!!」


 イズモの船橋でも、船員たちが次々に苦しみだしていた。親方も立ってはいるものの歯を食いしばり脂汗を浮かべている。

 イズモの進路が不安定に揺れた。それは、船員たちが苦しんでいるからだけではない。


 周囲を守っていた飛翔騎士の陣形も、徐々に崩れていった。騎操士ナイトランナーたちは強烈な違和感へと不屈の精神力でもって抗っている。しかし――。


 対する魔獣たちに苦しむ様子は見受けられなかった。むしろより活気を増しギチギチと歓喜ともつかぬ音を鳴らしている始末である。

 苦しみ、動きの鈍る騎士団へと向けて魔獣たちが襲い掛かる。


「くそ、迎撃を! このままだと……!!」

「なんだ、機体の反応が……。動きが、鈍い!!」


 騎操士たちは苦しみつつも歯を食いしばって反撃に出た。直後、彼らは新たな驚愕に襲われることになる。

 あろうことか、これまでは軽快に動いていた飛翔騎士の応答が異様なまでに鈍くなっているのである。


 推進器は途切れがちで、鰭翼フィンスタビライザの動きも鈍い。とにかく操縦に対する応答が遅いのだ。

 意思なきはずの機体までもが苦しんでいるというのか。優雅に空を泳いでいた半人半魚の騎士は、陸に打ち上げられた魚のように無様な動きしかできなくなっていた。

 このままではとうてい穢れの獣とは戦えない。苦悶に歯を食いしばりながら、騎操士たちは危機に身を震わせる。


「……ぐっ。なんとか、法撃、を! 奴らを近寄らせ……」


 魔獣に慈悲の心などない。動きの鈍る飛翔騎士たちへと向けて、体液弾が撃ち放たれた。



 急激な不調に襲われたのは本隊だけではない。“獣”を挟んで逆側にある第一中隊もまた同様であった。


「た、隊長! これ、は……!?」

「く。穢れの獣だけでもやっかいだというのに。親玉はさらに……やっかいだな! 後退する……! 船を護る、ぞ!」


 エドガー機がぎこちない動きで下がり始め、隊員たちが後に続く。

 飛翔騎士の不調は明白だ、一糸乱れぬ隊列を描いていたはずの第一中隊が陣形を崩しているのだから。


 ふらつく第一中隊は、しかし魔獣から逃げきれない。好き放題に攻撃してくれたお返しだとばかりに群がってくる。


「皆……! 法撃、を! 少しでもいい、奴らの足を止め……ろ」


 まばらに法撃が放たれる。それは第一中隊にとって精一杯の抵抗であったが、さほどの効果はもたらさなかった。飛翔騎士の能力を最大限に生かしてようやく倒せる相手なのだ、集中を欠く攻撃にやられるほど易しくはない。


 魔獣たちの輪郭が急速に精度を増してゆく。それらは第一中隊のケツにかぶりつかんと躍りかかり。

 横合いから飛んできた炎弾に直撃され、爆散した。


「イカルガ! アデルトルート、動けるのか……!?」


 断続的に銃装剣ソーデッドカノンを放ちながら、イカルガが接近してくる。その動きには飛翔騎士ほどの淀みは見られなかった。


「すっごいうるさいけどなんとか! 急いで、下がって。援護するから!」

「すまない、頼む」


 魔獣たちはイカルガをより脅威であると認識し、矛先を変える。

 マギジェットスラスタが唸り、鬼面の武者が空を舞った。撃ち込まれる体液弾を、広がる酸の雲をかいくぐる。


「でも、やっぱりちょっと、動きがおかしい! もう! あのでっかい魔獣ほんとーにうるっさいっ!!」


 “獣”は未だ空を漂い、周囲に奇怪な音色を放ち続けている。巨獣の加護を受け、穢れの獣だけが活発に飛び回っていた。

 イカルガは遜色なく動いているように見える。しかし操縦席のアディは、普段は感じない抵抗を覚えていた。

 ただでさえ気難しい機体が、今は駄々っ子のように操縦に逆らってくる。

 彼女はエル直伝の演算能力をもって、荒れ狂うイカルガをなんとかなだめすかしているような状態であった。


 轟炎の槍が空を翔け、まばゆい炎をまき散らす。だが炎は魔獣を捉えない。いまのイカルガに、普段の精度は望めないのである。


「第一中隊は、距離をとったよね。ううっ、そろそろ私も下がらないとだけど!」


 マギジェットスラスタが吼え、イカルガが加速する。一拍遅れて背後に酸の雲が広がった。

 第一中隊が下がったことにより、魔獣たちはイカルガへと狙いを絞り出したのだ。


 すでに反撃すら難しくなりつつあった。現在のイカルガはすべての性能を発揮しきれない状態にある。加えて“獣”の攻撃による不調。のしかかる負荷がイカルガを縛り付ける。


「いっかい、道をこじ開けないと。このままだと……!?」


 ぎょっとしたアディが、鐙を蹴り飛ばす。次の瞬間にイカルガが推進器を全開で噴き上げ、弾かれるように移動した。

 機体をかすめるように酸の雲が広がる。かろうじて回避が間に合い、迫りくる死の領域から離脱していった。


 安堵を抱いたのも束の間のこと。アディは、突如としてイカルガが落下に転じたことを悟った。


「お、落ちて……!? なにっ!?」


 原因はすぐに判明する。イカルガが背中に装着していた降下用追加装甲が、白煙を上げて腐食していた。避けきったと思っていた酸の雲だったが、わずかに被害を及ぼしていたのだ。

 そもそも降下用追加装甲は耐久性の低い、使い捨てが前提の装備である。飛翔騎士すら墜としうる溶解性の大気を浴びて、耐えられるものではなかった。


 降下用追加装甲により与えられていた浮揚力場が途絶する。支えを失ったイカルガは、高度を落とすしかなかった。


「マギジェットスラスタだけで……はダメ、もたない。このまま飛び続けるのは無理か。降りるしか……」


 イカルガは強力であるからこそ、魔力の消費に大きな問題を抱えた欠陥機である。

 皇之心臓という巨大動力を使っている場合は、それも問題ない。しかし通常の魔力転換炉を使っている現在の状況では、消費に供給が追い付かない。

 マギジェットスラスタを使い続ければ、遠からず魔力貯蓄量マナ・プールが枯渇する。戦場の真ん中で、それは死を意味する。


 今ならまだ余力がある。やむなく着陸すべく、イカルガは慎重に推進器の出力を調整し、高度を落としていった。

 魔獣たちは、弱った獲物を見逃さない。ギチギチと、奇怪な鳴き声を上げながらイカルガへと殺到する。


 魔獣なりの胡乱げな知能であっても、イカルガの法撃能力は突出した脅威であると理解しているのだ。あらゆる方法を駆使して、確実に排除しなければならない。

 思うように動けないイカルガを、獣たちが執拗に追い詰めてゆく。


「しつこい! このままだと、降りても逃げられないかも。でも今は反撃するだけの魔力がないし……」


 攻撃を受ければ、推進器を動かして回避せざるを得ない。イカルガであっても体液弾を食らえば墜とされるのは、実証済みだ。

 刻一刻と減りゆく魔力貯蓄量マナ・プールを睨みながら、アディは慎重に忍耐強くイカルガを操る。


 彼女の抵抗を嘲笑うかのように、穢れの獣たちは軽やかに空を舞う。

 酸の雲を回避したイカルガへと向けて、肢を向け。魔法現象に乗せて、体液弾を撃ち放った。イカルガへと向けて大量の体液弾が飛来し。


 突如として、何もない空中で炸裂していった。


「大丈夫だった!? 嬉しいけど、なにが……」


 イカルガが何かをしたわけではない。アディは目を丸くして周囲を見回し。大量の法弾が飛来するのを見た。

 ひとつひとつは低い威力しかもたない小さな法弾。

 しかしそれは連続して大量に放たれ法弾幕を形成すると、イカルガへと襲いかかる体液弾を撃ち落としていった。


 幻像投影機を見つめる、アディの顔に喜色が浮かんでゆく。彼女は、このような法撃を可能とする魔導兵装を知っている。当然、搭載した機体のことも。


 法撃の源は、高速でイカルガへと接近しつつあった。

 幻晶騎士としては明らかにおかしな形状。装甲を広げた姿は鳥のようでいて、だが髑髏のような首を見れば決定的に違うものであるとわかる。


「エルくーん!!」


 幻晶騎士カササギが、速射式魔導兵装スナイドルをばらまきながら一気に接近してくる。“獣”の詩など苦にするものかと、まったく遜色ない軽快な動きでイカルガと魔獣の間に割り込んだ。


「アディ! 無事ですね!!」

「エル君、イカルガもだーいじょうぶよ!」


 カササギが速射式魔導兵装をばらまき、穢れの獣の動きを阻む。明らかな牽制だったが、決定的な時間をもたらしていた。


「アディ、ぶっつけ本番になりますが……少し手伝ってください」

「えっ、いいけど。どうするの、エル君」


 いうなりカササギはくるりと振り返り。ふらふらと飛ぶイカルガに向けて進むや、背後から衝突したのであった。

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