#101 小魔導師、奮闘す
「さぁ。今日は魔法の種類について、おさらいよ!」
「うむ、
魔の森の一角に、元気のよい声がこだまする。
周囲には破壊の跡が刻まれた岩石がごろごろとしており、小魔導師の頑張りと破壊力を示していた。
そのへんの岩の上に乗って小魔導師と目線をあわせて、アディが
「単純な破壊力なら、やっぱり爆炎の系統!」
「ふむ」
銃――この世界には存在しない道具を模した銃杖の先端から、炎の弾丸が放たれる。
それは標的に辿りつくや、爆炎の花を咲かせた。
「風の系統は、防御や速く動きたいときに便利よ!」
『
そのままひらりと小魔導師の肩に着地し、また身軽に岩の上へと戻った。
「でも、巨人族の重さだとこれで動くのは大変かもね」
「うむ。やってみたが、魔力の消費が大きすぎた」
小魔導師は残念そうに唸る。巨人族としては幼く身軽とはいえ、あまり彼女向きの魔法ではないようだ。
「あとは、雷撃の系統ね! 演算が面倒で射程が短いけれど、その代わり避けることはほぼ不可能よ」
銃杖をひるがえし、標的を狙えば。直後、晴天に霹靂が鳴り響く。轟音と共に放たれた光の槍が、標的を強かに打ち据え破壊した。
雷撃の系統は正確無比にして回避不能、しかし距離を飛ばそうとすると途端に魔力の消費が重くなる欠点を持つ。
「さすがは師匠だ。
感嘆を露わにする小魔導師の前で、アディはご満悦に胸を張った。
「パールちゃんも、色々と使えるようになってきたでしょう?」
「うう、まだまだだ……。師匠たちはなぜ、それほど多くを覚えていられるのか」
途端に、小魔導師は気を落とす。
エルネスティのように、
アディとてエルについてゆくために必死で努力を重ねてきたのである。やはり年季が違うといったところだろう。
「基本の部分さえわかっちゃえば、あとは応用だしねー。そのへんはエル君にひたすら復習させられたから!」
「ううむ、がんばる……」
小魔導師は地面に術式を描きながら、情報を整理していた。
彼女たちがいくら感覚任せであるとはいえ、この辺りはきちっと覚えておかないと、どうしようもない。
努力あるのみだった。
そうして、しばらくのあいだ小魔導師の復習を手伝っていたアディだったが、唐突に立ち上がっていた。
険しい表情で、周囲に耳を澄ます。
「……パールちゃん、警戒して。何か、来る」
フレメヴィーラの騎士として鍛えられた感覚が、何ものかの接近を告げていた。
小魔導師はすぐさま立ち上がり、同じく周囲の気配を探る。
「獣か?」
「たぶんね。数匹くらいならどうってことないけれど、群れだとまずいし。ここは下がっておこうか……」
アディは途中で言葉を切り、森の奥を睨みつけた。
その方向から、重い音が連続して響いてくる。すぐに木々をかき分けるガサガサという音が混じり、それらが姿をみせた。
「……え。これって、魔獣?」
その全身を目にして、アディは驚愕を露わにする。小魔導師も意外さに、目を見開いていた。
それらはまるで
それだけなら鎧とも思えるが、さらに胸の先端についた頭部に小さな目が複数ついているのを見れば、そうでないことがわかる。
二人ともに、見たことのない存在であった。
そんなものが5体ほど、木々の間から顔を出す。
「知らぬ。しかし、瞳見つめ合える相手とは思えぬな」
「なんか可愛くないし!」
それら“異形の巨人”たちは、二人を前にしてあからさまに警戒しているようなしぐさをみせた。
長い腕についた爪をかまえ、彼女たちに向ける。
すると、それらは頭の下側にある部分を開いた。口だろうか、その中から低い唸りが聞こえてくる。そうして奇妙な調子で数回咆えると、じりじりと前進を始めた。
「む。こいつらは……戦うつもりか」
小魔導師は、掌を向けながらも動けずにいる。
魔法の特訓こそ積んできたものの、幼い彼女は戦いに関しては未熟そのものである。方針が決まらず、迷いが浮かんでいた。
すると、アディが肩に飛び乗ってくる。そして小魔導師の耳元で囁いた。
「パールちゃん。爆炎の魔法を放って」
「
今の小魔導師の魔力量では、これだけの数を相手に攻撃するのは難しい。すぐに魔力が尽きてしまうだろう。
「わかってる。法弾を足止めにして、すぐに下がって。戦いの音を聞けば、勇者さんがきっと来る」
「そうだな。勇者があればこの程度など、一目で終わりだ!」
四つの瞳に、腕に力がみなぎった。なにも彼女一人で立ち向かう必要などない。
近くにはカエルレウス氏族の皆が、村にはエルネスティがいる。
その肩の上で、アディは周囲に注意を配っていた。
彼女一人だけならまだしも、今は小魔導師をつれている。囲まれてしまえば、突破は困難だ。
「濁った瞳だ、獣に違いない。ならば遠慮はいるまいよ。
編み上げた
彼女は生み出した渦巻く火球を、異形の巨人へと向けて投げつけた。集団のど真ん中に突き刺さり、炎を噴き上げ炸裂する。
それは、異形の巨人たちの出鼻をくじく形になっていた。ぎゅぅん、ぎゅぅんと低い声で咆えながら、炎を避けて右往左往する。
その隙をついて、小魔導師は身をひるがえしていた。村へと、来た道を戻ってゆく。
「なんだかわからないけど、ここは逃げるが勝ちね!」
彼女の後を追って、アディも飛ぶように駆け抜けてゆくのだった。
小魔導師たちが訓練をしている場所から、少し離れたところにて。
しばし宙を睨んでいた彼を、
「どうかしたか」
「風だ。戦うものの風が、見える」
「我が瞳には映らぬ。どこに……」
従者が、大きな一つ目を巡らせる。それには答えず、勇者は三つの瞳をぎょろぎょろと動かしていたが、やがてはたと気付いた。
その気配のある方向に、誰がいるのかを。
「あれは、小魔導師のいる方向かっ! 我が氏族よ、急げ!!」
「ぬっ! おう、勇者に続け!!」
迷いなく走り出した勇者に続き、カエルレウス氏族の巨人たちが一斉に駆け出す。
その手には、訓練に使っていた
小魔導師は、小鬼族の村を目指して走る。
小柄な身体を生かして木々の間をすり抜け、一直線に走り続けた。しかし――。
「む、こいつらは!? 速い!」
異形の巨人たちは、その歪な形状によらず小魔導師よりも素早かった。最初は離れていた距離をわずかな間に詰め、小魔導師に追いすがる。
重々しい足音が背中に迫り、彼女は思わず振り向いて。
そこに、振り上げられた巨大な爪を見た。それは容赦なく、彼女の背中めがけ振り下ろされる。
「
とっさに拳をふるい、そこに圧縮大気の塊を生み出した。
衝撃が異形の巨人を打ち据え、攻撃をそらす。小魔導師はその隙にさらに距離を開けようとするが、他の個体が先回りして進路をふさいだ。
「ふあ、はぁっ……!! く、これしき……」
小魔導師は、まだ未熟だ。使う魔法の強力さに対して、十分な魔力があるとは言いがたい。
さらに、走りながら戦う術など心得てはおらず。すぐに息が上がり、冷静さもまったく失われていた。
にじり寄る異形の巨人を掌をかざして牽制しているものの、それもいつまでもつか。
そこに、木々を足場に移動していたアディが飛び降りてくる。
「パールちゃん、落ち着いて! まずは息を整えるの!」
「師匠……」
「魔法を使うのは少しだけ。敵を退けるとき。敵を倒すとき。いちばん価値のあるときを狙って!」
「承知した、師匠。この四眼に懸けて見極めよう!」
小魔導師は、一人ではない。導くものがいるならば、未熟さは補える。
彼女は息を落ち着けながら、その四つの瞳を巡らせた。
周囲には異形の巨人が立ちはだかり、間もなく包囲が完全となる。
その前に、彼女は包囲の一方へと向かった。立ちはだかる異形の巨人へと正面から立ち向かい、掌を振り上げて突っ込んでゆく。
異形の巨人は長い腕をしならせ、爪を広げた。そうして、飛び込んでくる幼い巨人族を突き刺そうとして。
「残念。狙いはそっちじゃないよ」
その視界に、小さな人影が飛び込んでくる。アディだ。
異形の巨人の頭部へと飛び乗った彼女は、目とおぼしき部分へと向けて遠慮なく炎弾をぶちかました。
人間一人の攻撃では、大した傷を与えられないかもしれない。しかし炎は確実に視界を遮り、異形の巨人を動揺させた。
攻撃の狙いがそれ、爪が宙を泳ぐ。
「
その懐に、小魔導師が飛び込んだ。
師の助力を得て、無防備になった胴体へと掌を叩きつけ。余計な魔力を削り取り、単純さを極めた圧縮大気の塊を叩き込む。
それは集中し強烈な衝撃と化し、異形の巨人を吹き飛ばした。
道が開く。
小魔導師を遮るものはなくなった。彼女は渾身の力で走る。村は、もう目前である。
「
小鬼族の村へと飛び込んだ彼女は、息を落ち着ける間もなく叫び声を上げる。
そこに仲間がいると信じて。
だが、その叫びに応える者はいなかった。小鬼族の村人たちが、ぎょっとした表情で見上げるばかりだ。
「誰か! いない、のか……!?」
落胆が、そこに隙を生み出した。
「パールちゃん! 危ない、避け……!」
アディのせっぱつまった叫びを耳に、振り返った瞬間。小魔導師の胴を、異形の巨人の拳が捉える。
背後から追いついてきたそれが、勢いのままにふるった一撃を受けて、彼女の体が宙を舞った。
息が詰まり、彼女は受け身も取れないままに村の奥にある建物に激突する。
壁をぶち抜いて中に突っ込み、彼女は土煙の中に消えた。
「ひ、ひぃっ! あれは……!!」
「に、逃げろ!!」
村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。巨人を一撃で吹き飛ばす相手に対し、小鬼族が何の役に立とうか。
彼らにはそれ以外にできることがなかった。
追いついてきた異形の巨人たちが、続々と村へと乗り込んでくる。
ぎぎ、ぎぎぎと唸りを漏らしながら、周囲に首を巡らし。
次の瞬間、村の奥で、爆発が巻き起こった。そこは、さきほど小魔導師がつっこんだ建物――工房だ。
異形の巨人が攻撃したわけではない、内側から壁が吹っ飛んだのである。それらは警戒心を湛えながら、土煙の中を睨んだ。
緊張をはらむ静寂が、村に満ちる。
小鬼族の村人たちは固唾をのんで成り行きを見守り、異形の巨人たちは警戒を露わに。
張りつめた空気の中を、強烈な吸排気音が突き抜けた。
土煙の奥に、ぼうっと光が揺らめく。ぎしり、ぎしりと音をあげ、何かがそこで蠢いている。
瞬間、光が湧きいでた。虹色の輝きが駆けまわり、周囲を照らす。
強烈な爆音とともに土煙が吹き飛び、“ソレ”は姿を現した。
「な、なにアレ……」
アディが、思わず呻く。それは、あまりにも異常な形をしていた。
見たままを表現すれば、人型の上半身だけが浮いている。
まったく作りかけ――あるいは、死にかけ――にしか見えない物体が、堂々と宙にあった。
「エル君、だよね……? これ、まだ未完成なんじゃ」
そんな疑問は、次の瞬間に吹き飛んだ。
ソレがひときわ強く吸排気音を高鳴らす。すると本来なら腹があるべき空間に、光が生み出された。
虹色に揺らめく光はやがて強さを増し、それとともにはっきりと形を成してゆく。
――
それは、虹色に輝く円環であった。みるまに径を広げた円環の上に、上半身だけが悠然と浮いている。
果たして何が起こっているのか、まったく誰も理解できない。
次にソレは両腕を伸ばし、気を失ったままの小魔導師を優しく抱え上げた。
それまでは背後に折りたたまれていた装甲が蠢きだし、
額から一本角を伸ばした、ソレの頭部が動いた。その顔面を見た瞬間、アディは思わず叫んでいた。
そこにあるのは、まるで“骸骨”のような形をしていたからだ。ぽっかりとあいた眼窩の奥に、眼球水晶の光が揺らめいている。
「え……エル君! さらに趣味が悪くなってるよ!」
予想外の状況を前に、異形の巨人たちもにわかには動けずにいた。
そんな巨人たちに向けて、おぞましき怪異から声が飛ぶ。
「……何ものかは知りませんが、
そのおぞましい機体の操縦席で。エルネスティ・エチェバルリアは静かに怒りを露わとしていた。
「
操縦桿を握れば、彼の意思と
「“
吐き出される爆音が唸りを高め、おぞましき怪異が、動き出した。
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