#102 小魔導師、飛ぶ

 虹色の円環が輝きを増す。その上に浮かぶのは、この世のものとも思えぬ怪異。

 髑髏じみた貌をもち上半身しかない姿で宙に浮かぶ、幻晶騎士シルエットナイトの最果て。エルネスティの生み出した試作機体“カササギ”だ。


 虹の円環の上に鎮座したカササギは、首を巡らせ巨人モドキたちを睨み据えた。


「さて、あなたがたは何者なのか。魔獣か、巨人か、はたまたさらに異なる存在か。何であろうと関係はありませんが……」


 異形の機体の操縦席にて、エルは幻像投影機ホロモニターに映る小魔導師パールヴァ・マーガの様子をうかがう。

 吹き飛ばされた衝撃で意識を失っているものの、致命傷を受けた様子はない。さすが、巨人族アストラガリは頑丈であった。


「ここまでよく頑張りましたね、パール。弟子を傷つけた報いは、受けていただきますよ」


 カササギ本体と小魔導師を包み込む可動式追加装甲フレキシブルコートが、配置を変える。

 その間に織り込まれるようにして配置されたマギジェットスラスタが爆炎を吐き出し、異形の機体は空を滑るようにして進みだした。

 ちなみに、このマギジェットスラスタは木板に術式を刻んだ、手作りの品である。


 突然現れ、しかも虹色の円環をともなって宙を進む正体不明の存在を前に、巨人モドキたちは戸惑いを露わとしていた。

 小ぶりな頭部をせわしなく動かし、目をぎょろぎょろとまわしている。それは慌てているようでもあり、また巨人モドキ同士で何かを話し合っているようでもあった。

 それも、カササギが向かってくるのをみて迎撃の準備を始める。友好的であると判断するには、カササギの姿は禍々しさにすぎた。


「先手はいただきましょう」


 エルが軽やかに繰鍵盤キーボードを弾くと、可動式追加装甲が動き出す。

 その下からは魔導兵装シルエットアームズの切っ先が顔をのぞかせた。眼球水晶が動き、その視線と連動して魔導兵装が向きを変える。


 魔法現象に伴う発光を残し、法撃が放たれる。

 多くの魔導兵装は一撃の威力が高い戦術級魔法オーバード・スペルを放つものだが、これは低威力の炎弾を使用していた。その代わりに連続して放つことがでる。


 それは機銃掃射のごとく地面に爆発の線を描き、その進路上に巨人モドキを捉えていた。

 風雨のごとく浴びせられる法撃を、巨人モドキは避けきれず全身に浴びた。その外殻に、爆炎の花が咲き誇る。


 それは強かに巨体を打ち据えた――ように見えた。

 しかし、巨人モドキは何事もなかったかのように動いている。その外殻には焦げ目が残るものの、それほど被害を与えたようには見えなかった。

 むしろ明確な攻撃を加えたことで、巨人モドキたちの怒りを煽っただけの結果となった。


「まずいかもしれない。思ったよりも出力を喰われている……」


 エルはカササギの進路を変えながら、焦りを露わにしていた。

 カササギの主武装である速射式魔導兵装は、魔導兵装としては明らかに出力が足りていない。その代わり連射が可能になっているのだが、多くが堅牢な外殻と耐久性を備える決闘級以上の魔獣に対しては心もとないものだ。


 ならばなぜ、このように非力な魔導兵装を使用しているのか。

 これがこの場所で製造可能な武器の限界かというと、そういうわけでもない。現に、カエルレウス氏族の魔導兵装は十分な威力をもっている。

 それとは別に、カササギにはある制約が存在しているのだ――。



 上空を旋回するカササギへと向けて、巨人モドキたちが投石による攻撃を始めた。

 それら自体は遠距離への攻撃手段を有しておらず、できることといえば何かを投げつけることくらい。とはいえ、決闘級規模の存在が投げる石(むしろ岩と表現すべきか)である、当たればただではすまない。


 エルは推進器スラスタを操作し、投石を回避する。その動きは危なげなく見えて、強い慎重さがあった。

 推進器が放つ爆炎も抑え気味で、それほど速度を出してはいない。


 カササギの中枢を構成しているのは、元はといえばイカルガの心臓部。

 大型魔力転換炉エーテルリアクタ皇之心臓ベヘモス・ハートを擁するイカルガは比類なき高出力を特徴としていたはず。

 その面影は、カササギにはない。


開放型源素浮揚器エーテルリングジェネレータ! これ自体はうまく動いていますが……さすがに何もかも魔法で補うのは乱暴すぎましたか。いくらなんでも魔力を喰い過ぎです!」


 大型炉を持ちながら、カササギが魔力に困る理由。

 それは新装備であり最重要装備でもある、開放型源素浮揚器にあった。


 この装置は、浮揚力場レビテートフィールドを構成するために高純度のエーテルを抽出し、それを大気操作の魔法によって強引に空中に固定している。

 エーテルの原料とは、機体に保持された魔力マナである。さらにはそれを大気中で固定するために、常に大規模な魔法を行使し続ける必要があり。

 つまるところ、この装備は魔力貯蓄量マナ・プールを湯水のごとく消費することによって動く、尋常ではなく燃費の悪い代物なのである。


「装置も術式も煮詰まりきっていないうちから動かすのは、少し無茶だったかも! そもそも機体自体も急造品ですが……」


 ぼやきながらも、エルは忙しく機体を制御している。

 カササギは、未だ蘇りきっていない半死人のような機体だ。恐ろしく気難しい最新機器に、間に合わせの筐体。

 それらを強引にまとめながら、エルネスティという史上最強の騎操士ナイトランナーの能力でもってして無理に飛ばしているのである。

 彼は機体を操作しながら、並行して最適化を進めている最中であった。


「まぁ仕方がありません、戦いは待ってはくれませんから」


 そうしている間にも、巨人モドキからの攻撃が頻度を増してゆく。

 それらはカササギの非力さに気付き、さらに逃げ続けている姿を前にしてどんどんと大胆さを増していった。


 そこに、反転したカササギから速射式魔導兵装が浴びせられる。

 何発も直撃すればさすがに無視しえない被害が出ようものだが、数発程度ならば軽い。巨人モドキたちは、すでにその攻撃を脅威とは見なしていなかった。



 ひとしきり法撃を加えたカササギが、巨人モドキたちの頭上を越えてゆく。

 そんな時のことだ。


「…………うっ。痛っ……」


 カササギの腕の中では、抱きかかえられたままの小魔導師が意識を取り戻しつつあった。

 もうろうとしたままの意識が、ぼんやりと浮かび上がってゆく。

 彼女が目覚めてまず感じたのは、不可思議な浮遊感であった。そして、何かが身体を支えているような感触。

 まるで誰かに抱きかかえられているかのようである。彼女はまず、心当たりを思い浮かべて。


「勇者よ、きてくれたの……か……!?」


 すぐに彼女は、巨人モドキから攻撃を受けたことを思い出した。

 慌てて起き上がろうとして、目を見開く。すぐさま、その視界いっぱいに禍々しい髑髏面が飛び込んできた。


 それが自身の身体を抱きかかえていると気づいて、彼女は反射的に掌をかざす。


炎よ! 今すぐ来たれイグニアーデレ……!」


 術式に導かれた魔法現象が生まれ、輝きが揺らめいた。すぐにそれに気付いた髑髏面から、慌てた声が飛んでくる。


小魔導師パール! 待って、待ちなさいちょっと落ち着きなさい! 僕です、敵ではありません!! だから攻撃は止めなさい!」

「……!! そ、その声はエル師匠マギステル・エル? しかしこれは、なにがどうなって……!?」


 寸でのところで魔法を止めた小魔導師が、ひきつった表情で叫ぶ。

 それから彼女は、その髑髏面の全身を見回していった。


 凶悪な首の下には魔獣の甲殻を組み合わせたと思しき鎧を着こんだ身体が見える。周囲には甲殻を使った大型の装甲が巡らされており、それが彼女をも護るようになっていた。


「師匠、なぜこのような姿に……もっとこう、ちっこかったはずでは」

「あなたが僕のことをどんなふうに見ているのか、よーうくわかりましたよ。ひとまずあなたを抱えているのは、僕が操る機体です」


 小魔導師はもう一度カササギの全身を見回して、しみじみとつぶやく。


「しかしそれにしても、可愛くない」

「変なところだけ姉弟子アディに似て……。ともかく、目が覚めたのならばちょうどいいです。一緒に戦いましょう」

「そうだ! 奴らに借りを返さねば」


 そういって、彼女は敵の姿を探し求め。すぐに、己が宙に浮いていることに気が付いた。


「ひぃぃぃあぁっ!? 師匠よ! 空に、空にあるぞ!! お、落ちる!?」

「説明は省きますが、このカササギの力があるから大丈夫です」

「何が大丈夫なのか! 師匠よ! 説明は必要だ!」

「かまいませんが、まずはあれを倒してからにしましょう」


 恐ろしげな髑髏面が示して見せた方向に目をやって、彼女はようやく敵の姿を捉えていた。

 目覚めてからこちら、急転する状況に目を白黒させていた小魔導師だったが、倒すべき敵の姿を見定めて、急速に集中力を増してゆく。


「よかろう、師匠よ。勇者が来る前にかたを付けてやろう!」

「その意気です。少し事情があって、僕とこのカササギは攻撃力が十分ではありません。だからあなたに、攻撃担当をお願いしたいのです」

「我が? 望むところよ、だがこの状態では狙えぬぞ」


 カササギに抱きかかえられたままの格好で、小魔導師が困ってみせる。

 ただでさえ未知なる空を飛び、不自由な体勢で、離れた敵に攻撃を加えなければならない。魔法を習い始めて日の浅い小魔導師には、酷な条件である。


 幻像投影機に映る、小魔導師の困り顔をみてとって。

 エルは不敵に笑ってみせる。


「安心してくださいな。ちゃあんと、狙いやすくする方法がありますから」


 そういうやエルはカササギに命じ、小魔導師を抱き支えていた腕を離した。


「師匠!? なに……を?」


 驚愕の表情を浮かべた小魔導師が、思わず手を伸ばしかけて。すぐに、己の身体が落下などしていないことに気付いた。

 カササギの腹の下にある虹色の円環は、彼女もその効果範囲に収めていたのである。


「こ、これはなんだ……!?」


 支えもなく宙に浮遊する落ち着かない感触を覚え、小魔導師は戸惑いを露わとする。


 その間に、カササギは小魔導師に覆いかぶさるように移動していた。

 カササギの胴体部に折りたたまれていた補助腕サブアームが展開をはじめる。

 それは小魔導師の胴と両肩をがっしりとつかみ、しっかりと固定した。


「ひぃぇぇっ!? ま、師匠! なんのつもりか!?」

「そろそろ、制御にも慣れてきたところです。パール、腹に力を込めなさい」


 小魔導師の慌てようを無視して、エルは容赦なく機体の出力を上げた。

 虹色の円環が輝きを増し、皇之心臓が唸りを高める。エルの制御能力が各部の術式に干渉し、すこしずつ余力をかき集めていった。


 可動式追加装甲がざわめきだす。

 それは小魔導師を中心として、その周囲を覆うような配置をとった。


 そうしてわずかな間に、カササギは小魔導師を護る鎧のごとき、あるいはローブのような姿へと変貌していた。

 ただ彼女のまといものとしてみるには、背後から伸びる骸骨じみた頭部が恐ろしい違和感を漂わせているが。


 当の小魔導師はといえば、いまだ混乱抜けきらないままわたわたとしている。


「ううううう師匠! これは、落ち着かぬ!!」

「良い子だから、我慢してください」


 小魔導師は視線を下へと向けた。

 宙に浮いた頼りない足の下、地面が高速で流れ去ってゆく。およそ巨人族の中で、空を飛ぶ経験をしたことのある者など皆無である。

 カササギの力を借りたとはいえ、彼女は今まさに未知なる世界にいるのだ。


「パール、動きと防御はこちらで補います。あなたは好きなだけ、あれらを攻撃してください」

「! 攻撃……すればよいのだな! 色々と良くわからぬが、全て奴らのせいだ! 恐ろしき景色を見せてやる!!」


 小魔導師を抱えたカササギは空中で旋回し、巨人モドキへと向けて進んでゆく。

 彼女も半ば以上ヤケを起こしながら、巨人モドキへの敵意をさらに高めていった。


 彼らは空中を滑るように進み、敵の頭上に差し掛かる。

 カササギが速射式魔導兵装から法撃を放ち、小魔導師も魔法を放った。

 しっかりと演算をおこなった、十分に威力のある魔法だ。しかしそれは大きく狙いをそらし、無駄に村の中に大穴を開けた。


 巨人モドキたちは、それまでとは違い威力のある攻撃が来たことに警戒を強めている。


「パール。落ち着いて敵の動きを見て、ようく狙ってください。このままでは村に被害が出てしまいます」

「師匠、この状態で落ち着くのは無理だ!」


 カササギに抱えられ、未知なる空を進む状態で、さらに魔法を使い狙う。さすがに試練が多すぎた。

 ヤケを通り越して半泣きになっている小魔導師をみて、エルはふむ、と唸る。

 空中を旋回すると、再び巨人モドキへと向かい。接近したところで、いきなり速度を落とし始めた。


「師匠、何を!?」

「大丈夫ですよ、パール。そもそも頭上を取った僕たちが有利ですし……」


 エルの解説を聞いている暇などない。動きの鈍ったカササギめがけ、反撃の投石が飛んでくる。このままでは、正面から直撃する。

 小魔導師は思わず腕をかざして、身を護った。


「パール。眼開いて、ようくみなさい。これが僕たちの力です」


 その眼前に可動式追加装甲が立ちはだかり、投石を弾く。

 表面に火花が散り砕けるが、装甲はビクともしなかった。


「攻撃は、僕とカササギが防ぎます。何も恐れることはない。あなたは思う存分あれらを狙い、倒せばいいのです」


 教え諭すような言葉を耳に、小魔導師は四つの瞳を開く。

 攻撃を防ぐ装甲を。空にある力を。背を支える師匠の助言を。そして己の役割を。


 彼女は意を決すると、腹に力を籠めて敵を睨みつけた。


「わかった、師匠よ。教わりし魔法マギア、いまここに示して見せよう!」


 その掌に、淡い光が宿り始める。




 魔獣の森に、破壊音がこだまする。

 魔法現象によって引き起こされた爆発は、戦闘の証だ。


「小魔導師は、移動しているか」

「眼にはうつらぬ。魔法の音をたよるしかないな」


 カエルレウス氏族の巨人たちが、走りながら言いあっている。彼らは小鬼族ゴブリンの村まで、あと少しの距離にいた。


「空中に、何かがいる。獣か!?」


 巨人の一人が、突如として宙を指さす。その先を、何かが高速で横切っていった。

 さらに地上に向けて攻撃が放たれ、爆音が重なる。


「ぬぅ! 小魔導師よ、無事であれ!!」


 焦りを抑え、彼らは走り出す。

 そうしてカエルレウス氏族の戦士たちが、戦場へと辿りついた。

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