#100 空まであと少し

 木々が鬱蒼と生い茂る、魔の森ボキューズ大森海だいしんかい


 巨大な身体を持つ魔獣が多く闊歩しているために、この森にある獣道は大きくなりがちである。

 決闘級を超える魔獣ともなれば、木々を倒すなど容易いことであり。

 そのため生き残った植物は、幹を高く伸ばす方向に進化していった。魔獣にぶつからない高さで枝を張り、葉を茂らせる。

 そうして、ボキューズにある獣道は木の葉の天井を持つトンネルのような形となっていったのである。


 木々によって形作られた自然のトンネルを、巨大な影が歩いていた。

 それは二本の脚で立つ、人型に近い形を持っている。

 ならば巨人族アストラガリであるかと言うと、そうとも思えなかった。


 カエルレウス、ルーベル氏族などの巨人たちに比べて、その巨人“モドキ”はいかにも奇怪な姿形をもっていた。

 まるで年老いた農夫のように背を丸くたわめ、妙に太く長い腕が地面に擦れそうになっている。

 その体は明確に首と分かれておらず、胴体の先端がとがり頭を形作っていた。

 キシキシと音を立てて小さな頭部が動き、複数ある小さな目がぎょろぎょろと周囲を探っている。

 さらに全身を甲殻で覆っており、柔らかな部分は見て取れない。


 甲殻を持ったひとつの生物のようにも思えるし、そういう形の鎧を着こんだ巨人のようにも見える。

 まったく不可解な存在であった。


 それが、5体。自然のトンネルを小忙しなく進んでゆく。

 やがて巨人モドキたちは森のトンネルを抜け、開けた高台へと辿りついていた。

 小さな目を瞬かせて見渡せば、森の一角に開けた場所が見える。そこにあるのは、小鬼族ゴブリンが暮らす村。


 そのうちに、巨人モドキたちはあることに気付いた。村の中、木々の間に垣間見える巨大な存在に。

 小鬼族の村に、巨人がいる。モドキではない、巨人族アストラガリだ。


 それに気付いた巨人モドキたちは、鳴き声ともとれるくぐもった音を漏らした。

 やがてそれらは、そろって高台を下り始める。歩みの先にあるのは、小鬼族の村――。




「あ、エル君だ! ねぇねぇ、今日は一緒にパールちゃんの訓練を……何してるの?」


 今日も今日とて小魔導師パールヴァ・マーガとともに訓練に向かおうとしていたアデルトルートアディは、途中でエルネスティエルを見つけて声をかけていた。

 いつも通り楽しげな様子も、すぐに訝しげなものへと変わる。エルはなぜか、大量の木板を載せた台車を牽いていたからだ。


「はい。皆さんに木板を用意してもらったので、これから紋章術式エンブレム・グラフを刻むところです。かなり面積が必要な術式で……よければ、アディも手伝ってくれませんか?」

「えっ? ……えーと。ほら、私は、パールちゃんに教えないとだから!」

「そうですね。最近は任せっきりで申し訳ないです」


 エルの身長よりも嵩高く積み上がった木板を見て、アディは即座に撤退した。いかにエル大好きな彼女と言えど、ものには限度があるらしく。

 彼は気にした様子もなく、ふむふむと頷いていた。


 アディの後ろで、四つの瞳を輝かせながら小魔導師が胸を張る。


「かまわん、エル師匠マギステル・エルよ。アディ師匠マギステル・アディが良く教えてくれる。いずれ我の成果を目に入れよう」

「それは楽しみですね。僕のほうは、まだまだかかりそうですけど」

「最近、色々作ってるね」


 後ろの台車を見ながら、アディがいう。

 一度何かにとりかかったエルが止めどないのはいつものこととはいえ。今回はまた、大掛かりなもののようだった。


「ええ、とても面白い仕掛けを思いついたのです! 何しろですね……」

「え、エル君! ほら、種明かしは後のほうが、ね?」


 これは確実に長くなる。アディの避け方も慣れたものだ。


「む。それもそうですね。ふふふ、出来上がりを見れば、アディもきっと驚くと思いますよ!」

「私まで驚くんだ……。これは久しぶりに、エル君の歯止めが飛んでる予感」


 そうして乾いた笑いをその場に残して、アディと小魔導師は森へと向かっていった。

 ここのところカエルレウス氏族による近辺の森林破壊が著しく、彼女たちの練習場もだんだんと村から離れている。


「うん、僕も負けていられませんね。ガシガシ作りましょう!」


 一人残ったエルはウキウキと手足に“身体強化フィジカルブースト”の魔法を漲らせると。

 軽快に台車を牽きながら、工房へと向けて走り出したのであった。



 広大なる魔の森の片隅にある、小鬼族の村。

 ほんの少し前までは、いずれ絶えてしまいそうにか細くしなびた日々を送るだけだったこの村は今、空前絶後の熱気の中にあった。


 熱気の中心となるのは、村の奥にある、唯一の工房である。

 ここは巨人族のための鎧を作る場所であり、そのため例外的に巨大で設備が整っていた。


 この村で暮らす男たちは、ほとんどがこの工房で働く工夫である。

 かつての彼らは、ただただ義務として課されるがまま、ここで金属や魔獣の素材を加工していた。


「これは、どうなっているんだ。覚えておかないと……」

「なんて細かな細工だ。こんなものを、この大きさまで組み上げているのか」

「組み付けかたを、ようく見ておくんだ。“騎士様”のお役に立たないと、先はねぇぞ」


 それがいまや、彼らは総出で巨大な残骸に取り付いている。

 それは、カエルレウス氏族の手によって運ばれてきた、幻晶騎士シルエットナイトの残骸たち。イカルガと、シルフィアーネである。


 作業をする彼らの横には、半ばまでばらされた降下甲冑ディセンドラートがあった。これらを実物教本として、彼らは技術の習得に躍起になっている。

 ここで得た成果のいかんによって、自分たちの生活が今後大きく変化する。以前のように、飢えながら半死半生のまま暮らすなど、もうまっぴらごめんであった。

 そのため誰も彼もが必死の様子だ。


「似た部品ごとに、並べてゆくんだ」

「使えそうなのを優先にしな! ボロボロなのは、炉に持ってくんだよ!」


 力仕事にうなる男衆の横で、女衆もあくせく動き回っていた。

 ばらし終えた後の部品を仕分け、それぞれに集めているのだ。そう、彼らの目的はばらすことだけではないのだから。


「うへぇ。この鎧の裏地は、ほとんどが板状結晶筋肉クリスタルプレートとやらになっているのか」


 巨大な装甲にタガネを打ち込み、裏地として付けられていた部分を引きはがす。

 これらの鎧は、シルフィアーネであったものだ。イカルガは、穢れの獣クレトヴァスティアの瘴気を受けて、心臓部以外は失われている。


 フレメヴィーラ王国における最新式の幻晶騎士は、鎧の一部に蓄魔力式装甲キャパシティブレームを採用している。

 魔力貯蓄量マナ・プールを増やすための仕掛けであるこれは、装甲と板状結晶筋肉の単純な組み合わせでなっており、錬金術の知識に乏しい彼らにも流用しやすい。

 そのためもっとも慎重に、材料を分別されていた。



 そうしてあらかたの部品がばらされたところで。


「へぇ、騎士様。これから、どのようにしますんで」


 工房に残った男衆は、小さな“騎士”の前に並んでいた。

 彼らの周囲、工房の床は大量の鋼材・魔獣の素材に埋め尽くされている。分解したものや、これまでに蓄えてあったものだ。


 それら中央には、金属の配管を固め合わせた、臓物めいた物体があった。

 手つかずのまま残った、イカルガの心臓部である。


「まずは。この心臓部はそのまま使います。吸排気管を直しつつ、周囲を補強しましょう」


 心臓部にあるものは、幻晶騎士技術の心髄であり、これを再生産することは不可能である。

 ここが傷つくようなら、エルは無事には済まなかったであろうとはいえ。これがあるからこそ、彼は再び歩き出せる。


 エルの采配に従い、村人たちが一斉に動き出す。ここからが、本当の戦いだ。


「魔獣の骨を、しっかりしたものから持ってきてください」


 心臓部の周囲に、魔獣の骨材が組み合わせられてゆく。

 この辺りはとにかく強度が優先される。そのため鋼材を使って小さな受け部品を作り、骨材を強固に固定していった。

 本来の幻晶騎士ならば可動のために柔軟性を持たせるところだが、今回はそのようなことを考慮しない。


 さらに、隙間を縫うようにホワイトミストーを削りだした木材が組み込まれていった。

 これは銀線神経シルバーナーヴの代わりだ。

 結晶筋肉クリスタルティシューを使わず、可動はしないのだから魔力さえ通れば何を使っても良い。


 本国の鍛冶師たちが目にしたら卒倒しそうな代物が、着々と組み上がってゆく。


「腕の具合は、どうでしょうか?」

「騎士様。へぇ、できる限りはやってみましたが……」


 材料の闇鍋じみた胴体が作られた後は、そこに首と腕が取り付けられる。

 ここは、可動のための仕組みが考えられていた。


 とにかく強固に固めればいい胴体とは違って、ここからは難産である。

 何しろ彼らの技術は稚拙なのだ。少しでも難易度を下げなければいけない。


 やはり魔獣の骨を骨格として流用し、降下甲冑の構造をもとにして慎重に綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューを取り付ける。


「ここは失敗すると危ないところですから、じっくりと試しましょうか」


 剥き出しの操縦席についたエルが仮止めの腕を持ち上げてみせると、周囲から歓声が湧き起こった。

 彼らの手による騎士が、着実に形を成していっているのだ。

 何もできないと思われていた、下村に住む彼らが。魔の森に挑むための力を、その手に掴みつつある。

 これで黙っていられるものか。彼らはより一層士気を上げていった。


「もう少しだけ、強度を出しましょう。この調子ならば、完成も遠くはありません。このまま仕上げまで頑張りましょう!」


 応、と力強い声が、工房にこだましたのであった。




 そうして、村人たちが必死に組み上げを進めている間を縫って。

 エルは一心不乱に、ホワイトミストーの板へと紋章術式を刻み込んでいた。


「とにかく強力な大気操作が必要です。ここは“真空衝撃ソニックブーム”の魔法を分解して、基礎式を拝借しますか」


 彼は並べられた木板を縦横に用いて、風の系統に属する魔法を組み上げてゆく。


 どれほど強力にしようとも、推進力として用いたいのならば爆炎と組み合わせてマギジェットスラスタとしたほうが、効率がよい。

 にもかかわらず、彼は他には目もくれず風だけを極めに極めていた。


拡大式アンプリファをーいっぱいつけてーいっぱいーいっぱいーもっともっともっともっともっと」


 よくわからない歌のような何かを呟きながら、ひたすらに術式を刻み続けるエル。

 あまりにも不気味なので、ここしばらくは村人はおろか、アディすら近寄ってこない。


 それはともかく。

 時と共に、木板にはある意味で悍ましいほどの術式が並び、破壊的な力を描き出していった。

 それは、単純な出力だけでいえば金獅子ゴルドリーオに搭載された“獣王轟咆ブラストハウリング”を上回るほどのものだ。

 そんなものを使えば、生半可な魔獣ならば一撃で“なくなって”しまうことだろう。


 しかし恐ろしいことに。これは、攻撃のための装備では、ない。


「さて。これくらいの出力があれば、上手くゆくでしょうか」


 エルは変わらず上機嫌のまま、組み上げ途中の機体へと線をつないだ。

 イカルガの心臓部は生きている。魔力を生み出すことはいまでも可能なのだ。


 久しぶりに目覚めを命じられた皇之心臓ベヘモス・ハートが、むさぼるように大気を吸い込み、大量の魔力を吐き出し始める。

 工房を震わせる大音量の吸気音に村人たちが目を回す中、エルだけは愉しげに木板を見つめていた。


「……蓄魔力を再変換。エーテル放出」


 溢れるほどの魔力の輝きが、木板に刻まれた術式を流れてゆく。その淡い光はやがて、虹色の輝きへと変じていった。

 生み出される、虹色の渦。

 エルのうっとりとした笑顔が照らしだされ、虹色に染まる。


「ふふふ……思った通りです。いいですね、これはとてもいいです。さぁ、どうやらちゃんと動けそうですよ、次なる君」


 およそ幻晶騎士としては中途半端で貧しい躯体。

 それに、恐るべき魔法を加えて。彼の望む新たな獣が、じょじょにその輪郭を確かなものとしてゆく。


 そこで彼はふと、何かに気付いて腕を組んだ。


「そうか! これはもう、イカルガとはまったく別の形になるではないですか。だとしたら、新しい機体には新しい名前を考えてあげないと。どうしようかな……」


 そうして彼は小首をかしげ、鼻歌交じりに悩みだしたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る