#65 技術で拓く道標

 大地には、激しい爆炎に炙られた跡が無数に残っている。それと混ざるように散らばる、数多のひしゃげた鉄の塊。元の形が想像できないほど破壊されたそれらは、ジャロウデク軍の制式幻晶騎士シルエットナイト“ティラントー”の成れの果てだ。

 無数に散らばる残骸と破壊痕が、この場所でおこなわれた戦闘の激しさを如実に物語っていた。


「あの“黒騎士”が……ここまで破壊されるなんて。いったいあの連中、何者なんだろうな」

「さぁな。とにかく、今は心強いお味方なんだ。余計なことは考えずに作業進めろ」


 フォンタニエ近郊に広がる平野。

 ここに散らばる残骸の、約半数はたった一機の幻晶騎士が生み出したものである。強力な防御力を誇る黒騎士をここまで完膚なきまでに破壊する機体とは、いったいどれほどの力を秘めているのか。残骸の回収にあたるクシェペルカの騎士たちは、作業を続けながら戦慄を覚えていた。

 彼らが操るレスヴァントが、残骸を台車に載せては運んでゆく。平野のあちこちに散らばった残骸はあまりにも多い。最近普及し始めた幻晶甲冑シルエットギアのみならず幻晶騎士まで投入されているものの、作業は未だ終わりを見せなかった。



 新生クシェペルカ王国軍が、新王都フォンタニエ防衛戦にて空前の勝利を飾ってから、半月ほどの時が過ぎた。

 敗戦に敗戦を重ね、もはや風前の灯であったクシェペルカ王国。そこで得たこの鮮烈な勝利は、彼らを強く奮い立たせていた。しかしあの戦い以降、両国の間に目立った戦闘はおこなわれていない。意外なほど静かに時は流れゆく、その理由は彼らの戦力事情にあった。


 かの戦いにおいて、レスヴァント・ヴィードに続いて強力な新型機“レーヴァンティア”を投入したクシェペルカ王国であったが、それはあくまでも先行試作機を無理やり持ち出したに過ぎない。現在もフォンタニエと周辺の街では急ピッチで増産が進められているものの、いまだ十分な数がそろっているとは言いがたい状況にあった。

 残る戦力の多数を占める“塔の騎士レスヴァント・ヴィード”はといえば、極度の鈍足ゆえに進攻にはまったく向いていない。十分な数のレーヴァンティアをそろえるまで、彼らから打って出るわけにはいかなかった。


「ったくよぅ、どっちを向いても大忙しだ。おう銀色坊主エルネスティ、生きてるか!?」


 銀鳳商騎士団の鍛冶師隊隊長である、親方こと“ダーヴィド・ヘプケン”は目の前の小山の上へ向けて怒鳴り声を上げた。

 彼の前にあるのは、うずたかく積み上げられた大量の残骸である。単に斬り倒されたと思しきティラントーから、粉々に吹き飛んだ破片まで。中でも大きく突き出しているのは巨大な船の一部――飛空船レビテートシップの舳先だ。

 フォンタニエ周辺の戦場跡から回収された残骸たちが集められ、小山をなしているのである。


「エルくーん、親方さんが呼んでるわよ!」


 小山の天辺には、2機の幻晶甲冑がいた。

 幻晶甲冑のなかでも最初期型である、魔導演算機マギウスエンジンを搭載しない“モートルビート”型だ。片方に乗るアデルトルートは、足元へと向けて親方の言葉を中継する。

 それに呼応して、蒼く塗られたモートルビートが小山の中から飛び出してきた。圧縮空気が抜ける音と共に胴体の装甲が開き、搭乗者であるエルネスティの姿が露わとなる。彼とこのモートルビートは、異様なまでの器用さでもって残骸を手当たり次第に解体しながら、この小山を“掘り進んで”いたのである。


「おう、ご機嫌だな」

「ええ! もうとっても、とっっっっっても美味しそうですから。いやぁもっともっと、はやく食べ尽くしてしまいたいですねぇ」


 蕩けるような笑みで残骸へと熱い視線を注ぐエルの姿に、親方は深く溜息をついた。心配するまでもなく、彼はあまりにも元気すぎる。

 彼らがやっているのは単なるエルの趣味にあらず。これは、ジャロウデク軍の技術調査である。

 ここに集められた残骸の多くは、いずれは資材としてクシェペルカ軍の幻晶騎士建造に再利用される予定だ。その前に、新型機技術の開発者でありクシェペルカの技術状況を支える銀鳳商会への餌――もとい資料として提供されたのである。


「猫にマタタビ、坊主になんとやら……」


 積み上げられた残骸はエルにとってはまさに宝の山でありご馳走の山である。大方の予想通り、彼は文字通り寝食を忘れて残骸の解析に熱中していた。

 途中でアディが無理やり制止しなければ、本当に倒れるまで調査し続けていたかもしれない。彼女はエルの助手としてのみならず、制止役ストッパーとしてここにいるのであった。


「まぁ確かに調査も重要なんだがほどほどにしやがれ、おめぇが倒れるほうが問題がでかいぞ。レーヴァンティアの開発も一段落して、もう量産に入ってるしよう。そこまで急ぐこたぁねぇよ」


 彼の言葉通り、レーヴァンティアは先行試作機からの問題反映フィードバックも終わり、量産に耐えうる形で完成をみていた。

 現在は量産段階にあり、フォンタニエ周辺に存在する民間、軍属を問わず全ての工房が全力稼動を続けている。果ての見えない壮絶な作業に追われ続ける鍛冶師たちだったが、直前の勝利の影響もあり彼らの表情は明るく、意気は高い。

 その分、設計担当である銀鳳商会はいくらか余裕があるはずなのであったが、そんなことはエルには関係なく。


「もちろんわかっていますともそれにこれは決して決してただの好奇心から言っているわけではないのですがこの空飛ぶ船というのはいままで見たことのない種類の兵器でして空を飛びさらには幻晶騎士の輸送能力をそなえているなどきわめて脅威度の高い存在ですしこれを解析して実用戦力とすることは僕たちにとっても非常に有益なことであり主に僕がとっても嬉しいなと思ううえひいては人類全体の進歩にも役立とう勢いで皆そろって幸せになるには速やかにその原理までつぶさに完全に徹底的に調べつくすしかないと思うのですよ」

「お、おう、うん、ああ。わかった、もうわかったから。ぶっ倒れない程度に好きにやれい」


 親方も、この状態のエルは何を言っても聞きはしない、と理解できる程度には付き合いが長かった。

 幸いにも、しばらくの間は戦力を整えるため状況が動くことはない。エルの好きにさせておいたところで問題はないだろう――彼はそんな、諦めにも似た判断を下していた。


「おう嬢ちゃんよ、後ぁ任せたぜ。やりすぎそうなら幻晶甲冑モートルビート使ってでも引っこ抜け」

「まぁかせて! エル君の面倒はちゃーんとみておくから!」


 ぐるぐるとモートルビートの腕を回しながら応えるアディ。親方は投げやりな気分でその場を後にした。




 異様に上機嫌なエルが、人も殺してしまえそうな鈍器じみた紙の束を持って現れたのは、それからさらに一週間ほど経ってからのことであった。


「よくお集まりいただきました、皆さん。早速ですが、ジャロウデク軍の騎士やあの空飛ぶ船について調べた結果について、ご説明したいと思います!」


 彼に呼び出されて集まった、親方を始めとした銀鳳商会の鍛冶師たちとクシェペルカの鍛冶師たちは、なんとも言い難い表情で彼の説明を聞いている。


「もう調べがついたのかよ。やる気ありすぎだろう、坊主。空飛ぶ船なんざ、今まで見たこともないもんだろうによぅ」


 鍛治師たちの心境は、親方のこの一言に尽きるだろう。彼らにとって未知の技術が用いられた兵器である飛空船。その謎がこうもはやく解き明かされるなどと、誰にも予想できなかった。

 そんな困惑を他所に、エルは一字一句間違いなしに残骸にへばりついて調べ上げた結果を意気揚々と掲げている。


「確かにあの船は謎の多い存在でした。ですが幸運にも、解き明かすための材料を早くに見つけることができたのですよ。……そうですね、すぐにでも船について説明したいところですが。まずは、彼らの主力騎士である黒騎士ティラントーについてお話ししましょう」


 エルはウキウキとした様子で黒板に向うと、紙の束にびっちりと書き込まれた調査結果をもとに全員の前にあらましを書き出してゆく。


「ティラントーは、外見からわかるようにかなりの重量機です。中身については、ざっと確認したところで蓄魔力式装甲キャパシティブレーム背面武装バックウェポン綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューと、お馴染みの機能が詰め込まれていましたよ。接続の構造などにも見覚えがありますから……彼らは丁寧に“テレスターレ”の技術を模倣したようですね。独自に工夫した点は、それを重量級の機体として出力に特化して組み上げた点でしょうか」

「ふん。忌々しいが、そのあたりは前からわかってたことだな」


 親方は腕を組むと、深く息をつく。この技術の元となったテレスターレがどのようにして持ち込まれたのか。それを思えば、楽しい感想など出てこようはずもなかった。


「ええ。ここでひとつ不思議なことがあります。綱型ストランド・タイプを使って出力に特化すると、燃費が非常に悪化するのですよね。僕たちも苦労したものです。ですが、ティラントーはかなりの長時間にわたって行動できる。となれば、なにかカラクリがあるはずです」

「燃費にはまぁ、えらく苦しめられたもんだ。あれが、ちょっとやそっとでどうにかなるたぁ思えんぞ」


 遠い目をする銀鳳商会の鍛冶師たちに、エルは苦笑を返す。それから彼は、黒板に奇妙な装置の図を描き出した。


「ここは、彼ら独自の技術が使われていました。魔力転換炉エーテルリアクタに直結するかたちで、このような感じの装置が見つかったのです。中身を調べたところ、中心部に“源素晶石エーテライト”が収まっていました。この装置には銀線神経シルバーナーヴがつながっていて魔導演算機から制御していたようでしたので、ちょっと“演算機の中身を調べ上げた”のですけど」


 とてもではないが“ちょっと”などという副詞に似つかわしくない話が聞こえたが、そこにツッコム者はすでにいなかった。


「この装置を動かすと、内部の源素晶石が反応して高濃度のエーテルを生み出すようになっていました。それを、魔力転換炉へと送り込んでいるようでして。この装置は仮に、“源素供給器エーテルサプライヤ”とでも呼びましょう」

「おい、そいつぁ……」


 鍛冶師たちに、理解の色が浮かぶ。同時に、そこには苦々しい色味が混ざっていた。


「ご存知のことと思いますが、源素晶石とはその名の通り“エーテルの塊”というべき鉱石です。ただし、掘り出して放っておくと周囲のエーテルに溶けて消滅しまうため、今までは大した使い道がないと思われてきたのですよね。ですが彼らはそれに用法を見出したらしく。これを使って高濃度のエーテルを精製し、魔力転換炉に供給することで、一時的に極めて多量の魔力を生み出すことができる。なかなかに面白い技術です。ジャロウデクには、独特な発想をもった方がいらっしゃるのですね!」


 ぱちぱちと小さく拍手をするエルに、その場の鍛冶師たちはがっくりと肩を落とす。


「ったく。敵を誉めてどうすんだよ、坊主」

「誉めているのは敵ではありません、“技術者”です。“使い手”は敵ですが、“作り手”までそうとは思いません。どちらにせよ良いものは良いのです。これほどいろいろな工夫に溢れているのだから、十分に賞賛に値しますよ! 確かに、味方でないことはとても残念ですけど」


 ほわほわと笑みを浮かべるエルの姿に、クシェペルカの鍛冶師たちは唸る。彼らからすれば、自国を苦しめる技術を生み出した者は敵でしかなく、非難することはあれど称賛することなどない。

 しかしエルは新型幻晶騎士を奪われてなお、敵の技術にも誉めるべき点を見出しているという。これが銀鳳商会という、突出した技術力を誇る奇妙な集団をまとめる者の器かと、彼らは畏怖に似た感情を抱く。

 こいつは器がでかいんじゃねぇ、単に幻晶騎士以外に興味がねぇだけだと、親方だけが真実をかみ締めてあきれた表情を作っていた。わざわざ言葉にしないあたり、一応彼も空気を読んでいる。

 次いでエルは、「ところが」と前置きして、どこか方向性がおかしくなりだした場の空気を換えた。


「この源素供給器も、そうそう万能なものではないようです」

「あん? どういうことだ。聞く限りじゃあ黒騎士の燃費問題を解決する、夢の装置じゃねぇか」


 首をかしげる親方に、エルは困ったような、曖昧な表情を見せた。


「毒……とでも表現すべきなのでしょうか。魔力転換炉は、あくまでも大気に混ざる薄いエーテルの中で動くことを前提として作られています。そこに極めて高濃度のエーテルを送ると、炉に激しい負担をかけてしまうようでして。あまり使いすぎると、炉の劣化を招いてしまうのですよね」

「おいおい! 魔力転換炉ってなぁ、幻晶騎士のなかでも一番貴重な部品だぞ。なんてぇ贅沢な話だ。そう何もかも都合よくはいかねぇってか!」

「ええ。だからこれは本当の緊急用で、実は彼らもあまり使いたくはないのではないかと思います」


 銀鳳商会、及びその協力を得て作られたクシェペルカの新型幻晶騎士は、意図的に出力を抑え、魔力貯蓄量マナ・プールを多く確保することで燃費を補っている。

 しかしそれだけでは、突出して出力を求めたジャロウデクの騎士を支えきれない。そこで取り付けられた、魔力転換炉の劣化を招きかねない諸刃の刃。それがジャロウデクのとった方法であり、払った代償であった。


「それで、ここからが本題になります。彼らの空飛ぶ船……どうやら“飛空船レビテートシップ”というのが、正式な名称のようですが。この仕組みについても、いくらかの発見がありました」


 その場にいる全員が、息を呑んだ。

 飛空船、ジャロウデク王国が繰り出してきた史上初の実用航空兵器である。前代未聞の未知の存在である飛空船について、本当にこの短期間で解析が済んでしまったのか。

 周囲の動揺を無視して、エルはカツカツとチョークを振るう。黒板の上では、続々と未知が既知へと置き換わっていった。


「全体の構造は比較的単純なものでした。船体の大半は木材や金属により構成されていて、作りもそう複雑なものではありません。外観から、どうやら帆に風を当てて進んでいるようですね。このあたりは、水上を進む船の技術を流用しているのでしょう。だから、これの不思議は“空にある”という一点に尽きます」


 ついに、謎は核心へと至る。誰かが、ゴクリと息を呑んだ。


「飛空船の機能の中心には、魔力転換炉とは異なった独自の動力炉があるようです。残念ながら撃墜の時点で全て破壊されてしまっていて、完全な機能を残したものはなかったのですけれど。ここで面白いものを見つけまして」


 エルはカツッ、と黒板を叩く。そこに描かれていたのは、つい先ほど説明されたばかりの機器だ。


「これ。ティラントーにもついていた、源素供給器です。その機能は先ほど説明したとおり……だとしたら、これは大きな手がかりになるはず。しかもこの源素供給器は、一本や二本ではなく大量に取り付けられていたのです。つまり、飛空船の動力炉が“高濃度のエーテルを大量に必要とする”のは明白です」

「……結局のところ、どういうことだ」

「これ以上は推測になりますが。飛空船を浮かばせる力は、魔力マナではなく“エーテルそのものの振る舞い”に、何らかの秘密があるとみて間違いないでしょう。僕たちの知らない条理を発見した誰かが、いるのですよ」


 クスクスと、エルは楽しげに笑う。


「ああ、幻晶騎士で戦うからには殲滅、が僕の身上なのですけど。今度ばかりは、すこぅし手加減して動く状態の飛空船を捕まえたいですね」


 まるで愛しの相手について語るかのような、うっとりとした様子で呟かれた破滅の宣告に、クシェペルカの鍛冶師たちは顔色を青くしていた。

 エルの操るイカルガと、彼の部下である人馬の騎士が一〇隻もの飛空船を一方的に叩き落したことは、クシェペルカの兵士の間にも広まっている。いまさら一隻程度手加減するのに、難しいことはないだろう。彼の言葉は実行される。


「そうだな、残骸からここまでわかったってだけでも十分だろう。あとは実物がありゃあ何とでもならぁな」


 それに対して、銀鳳商会の鍛冶師たちはエルの言葉に普通に頷いていたのであった。




 新生クシェペルカ王国が着々と反撃の準備を進め、エルが貪欲に残骸の解体に勤しんでいる頃。ジャロウデク王国の内部にも、動きが見られていた。

 飛空船の生みの親であるオラシオ・コジャーソは、ジャロウデク軍の総大将であるクリストバルに呼び出しを受け謁見の間を訪れていた。

 黒顎騎士団の壊滅により、動揺するジャロウデク軍をなだめていたクリストバルはかなりの鬱憤を溜めた様子であったが、幸いにもまだ爆発するには至っていないようだ。一度爆発したのではあるが。

 オラシオは、これから自分は猛獣の尾を踏むのだろうなと、どこか諦めに近い心境で礼の姿勢をとった。

 彼を迎えたクリストバルは時間が惜しいと、早速話を切り出す。


「あの戦いからこちら、クシェペルカに動き出す様子はない。どうやら、やつらも戦力再編の時間が必要と見える……だが、あまり悠長にはしていられまい。それで、コジャーソ卿。飛空船への対策はどのようになっている?」

「は、少々申し上げにくいのですが……完全な対策をおこなうには飛空船の設計そのものを見直すこととなりましょう。しかしそれほど大きく改造するには、何より時が足りません。となれば、ある程度小規模な対策が中心となること、ご理解いただきたく」

「……とりあえず、内容を申せ。時間はかからない、だが効果もないではやる意味がない」

「は、では早速。まずは、飛空船に積むティラントーの数を減らそうと考えております」

「なにぃ!? それのどこが強化か。戦力の要たるティラントーを減らして、いったいどうしようというのだ!」


 意外すぎる言葉に泡を食うクリストバルをなだめ、オラシオは続きを話す。


「お畏れながら殿下。これまでの飛空船は、戦力の多くを搭載するティラントーに依存していました。しかし、あの戦いがこのままではいけないと教えてくれたのです。飛空船に求められているものは輸送力だけではありません、飛空船自体が十分な攻撃力を持たねばならない。確かに、すでにして飛礫の雨カタパルトがありますが、あれは動くものに狙い当てられるような代物ではございません。そこで、発想を変えることにしました。ここは敵の方法をそのまま返してやりましょう。やつらが使う“塔の騎士”と同じ法撃に特化した幻晶騎士を作り、これらを飛空船に積み法撃担当として使用するのです」

「……チッ。“また”やつらの真似をするのは癪だが、使えるものは全て使うしかないか。いいだろう、それはわかった。しかし飛空船を落としたのは怪しげな、強力な投槍と聞いている。その対策はどうした?」

「それは……難しいところでしょう。聞けば、十分な速度で飛ぶ槍はティラントーの外装アウタースキンすら貫いたとか。もはや、飛空船に積める装甲板で対処できる範囲を超えております。かといって、ひたすら装甲を厚くしては重さを増すばかりで、速度という船そのものの強みを殺すことにもなりましょう。ここはさきほど挙げた、法撃型にもうひと働きしてもらおうかと。その法撃にて撃ち落とすか、盾を持たせることで守護にあたらせます」


 オラシオの発案は驚異的なことに、原始的ではあるが艦載用の“近接防御火器”に近しい概念を示していた。

 逃げ延びてきた黒顎騎士団の人間からの聞き取りにより、彼はあの戦いで何が起こったのかを知ることができた。そこにはあまりにも独特な、多くの新技術が溢れていた。それが彼の発想を一段階押し上げたのである。

 しかしクリストバルは苛立ちを隠そうともせず、眉間にしわを寄せ肘掛を指で叩く。


「卿、本当にそれで対策と呼べるのか?」

「お畏れながら。先ほども申し上げたとおり、最も重い問題は時間にございます。根本的な対策をとろうとすればするほど多くの時を必要とします。クシェペルカがいつ反撃に出るかわからない今、飛空船を一から作り直すような作業をしていては、間に合わない恐れがございます」


 主の不興げな様子を前にしても、オラシオは平然としていた。

 クリストバルは苦虫を噛み潰したような表情で黙り込む。いくらか急場しのぎの感が拭えないが、彼の提案は一定の効果は見込めるものだ。さらに時間が何よりも重要である今、あまり大掛かりな方法を取れないのも事実であった。


「このまま何もせんよりはましということか……いいだろう、その方向で進めよ。しかし、飛空船の運用が大きく変わることになる! 生き残った鋼翼騎士団を集めて、戦い方を考えねばならんな……」


 クリストバルは、ひどく億劫な様子で周囲に様々な指示を出すと、オラシオにも退出を命じた。

 全員が指示に従い出払って、謁見の間に一人残ったクリストバルはひどく重たげに吐息をつく。


「あちらにある塔の騎士のおかげで、攻め込むのがひどく難しくなっている。次の戦いは間違いなく、我々が迎え撃つ形になるな。それならば、相応の準備をせねばならん。簡単にいくなどと、思うなよ……」


 獣の唸りのような声は誰もいない謁見の間に広がり、むなしく響くのであった。



 クリストバルから解放されたオラシオは、足早に工房区画へと舞い戻っていた。

 デルヴァンクール、旧クシェペルカ王国の都であったこの街には、様々な施設がそろっている。彼に割り当てられたこの区画も、その中のひとつだ。


 彼は工房にたどり着くなり部下を集め、今後の作業計画について伝える。

 残存する飛空船に対する改修が進められるのと並行して、“塔の騎士レスヴァント・ヴィードモドキ”の製造が始まった。その素体には鹵獲したレスヴァントが割り当てられる。この改造は法撃能力を重視しており格闘能力を問わないため、余りがちの旧型機が向いているのである。目的がほぼ同一である以上、ほぼレスヴァント・ヴィードそのものといった機体が完成するだろう。

 黒顎騎士団の大半を失ったジャロウデク王国にとって、鋼翼騎士団の飛空船は命綱である。作業は最優先で進められていった。


「よし、ここは任せた。私は奥の工房にいる」


 そんな部下の様子をしばらく見守っていたオラシオだったが、やがて彼はその場を後にした。

 向かう先は、彼のためだけに用意された工房だ。ジャロウデク軍大敗の報がもたらされたあの日より、彼はこの工房でとある実験を進めてきた。


「場当たり的な対応だ。このままでは残る飛空船も危ないな……」


 自らの呟きにも興味薄く、オラシオは工房の中央に固定された奇妙な形状をした機器へと歩み寄ってゆく。それは“筒状の装置”を中心として、銀線神経や紋章術式エンブレム・グラフを刻み込んだ銀板を固め合わせて形作られている。


「次も勝てるかはわからないなぁ。やはり、早急に完成させにゃあならない。この“推進器”を……!」


 オラシオは、黒顎騎士団の生き残りから情報を聞き出した。その中でも、彼が最も強く興味を抱いたものがある。


「全身から爆炎を噴き上げ、異常な加速を。あまつさえ、空まで飛んで見せた幻晶騎士……!!」


 黒顎騎士団が壊滅した直接の原因とも言える、異常という言葉だけでは語れない、鬼神のごとき力を示した幻晶騎士。


「飛んだ、飛んだんだ! 幻晶騎士が! 馬鹿馬鹿しい。幻晶騎士が空を飛べるなら、俺ぁ源素浮揚器エーテリックレビテータなんて作らなかった!!」


 彼は苛立たしげに、装置に取り付けられたレバーを操作する。外部に置かれた魔力転換炉、そして結晶筋肉に貯められた魔力を喰らい、装置は目覚めを迎えた。魔力転換炉の仕組み自体を応用した吸気機構が、けたたましい音をあげて大気を吸い込み始める。

 組み込まれた紋章術式にしたがって、魔法が発現した。火の基礎式系統に連なる魔法、噴き上がる爆炎は、しかし術式の記述に従い一方向へと誘導される。


「炎を噴き出し空を飛び……炎! 爆炎の系統魔法! それを……こいつは“爆発を我が身で受けて、反動で移動した”!! は……ははは……これはぁ、なんという天才的な馬鹿がいたものだ! こいつを作ったやつは、絶対に頭がイカレてやがる!!」


 発現した爆炎の魔法は、その威力でもって装置を吹き飛ばさんとする。もし強固に床に固定していなければ、この装置は今頃工房の壁に猛烈な体当たりを仕掛けていたことだろう。


 およそ爆炎の魔法を使用する場合において、爆発を手元で発生させるなどということはありえない。爆発の衝撃を受ければ、使用者が無事にはすまないからだ。その衝撃を自ら受けようなどと、それは決して真っ当な思考をもつ者の発想ではない。あまりにも狂気的で、歪な思考だ。

 オラシオの表情は歪み、口からはけたたましく哄笑が漏れ続ける。彼自身もまったく正気とは思えない。一歩間違えば自滅行為ですらある方法を形にしてしまった敵の技術者に、彼は尊敬と嫉妬を隠しきれなかった。


「飛空船は! “純エーテル作用論”に従って空にある! だがこの馬鹿は、ただ炎の勢いだけで空を翔けた! ははは! 俺の一族が考えてきたことは、馬鹿にも劣るものだったか!?」


 彼は少し勘違いをしていた。

 聞き取り調査により、“敵は炎を噴いて動いていた”ということだけを知ったオラシオ。たったそれだけの情報から爆発の反動を利用することを思い至った、その発想力は驚異というほかない。

 しかしイカルガが装備するマギジェットスラスタはいわば“ジェットエンジン”であり、彼が考え至ったものは“パルスロケットエンジン”の原理に近しいものだ。


「魔力を用い、強力な力を持つ推進器! この力を利用できれば……これならば、“アレ”を動かすのに十分な力が得られる!」


 たとえそうであっても、従来には存在していなかった強力な推進機関になりうるものだ。それが導き出す結果はただひとつ――。

 いつの間にか、結晶筋肉の魔力を使い果たして推進器は停止していた。その近くへと歩み寄り、オラシオは深く笑みを刻む。


「ああ、勝っても負けてもいいからさ。さっさと終わらねぇかねぇ、この戦い。早く帰って“アレ”を完成させたいものだ」


 空を目指した技術者は、ただ自身の望みのためだけに行動する。そこには、国の勝敗など毛ほども考慮されていなかった。

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