#50 秘密を求めよう
そこにはまるで戦の跡地のような光景が広がっていた。
寸断され、砕け、かろうじて人を象っていたと判別できる部品がそこかしこに打ち捨てられている。
朽ち果て、形のおぼろげな手のひらは天へ向けて伸ばされ、兜の奥の瞳はもはや光を映すことはない。
錆に蝕まれた鎧にかつての輝きはなく、ただ赤茶けた色合いの中で野と同化せんとしていた。
これら、残骸たちの元の名は
あるものは旧く、中には新しい残骸も数多見受けられる。
折り重なるように積み上げられた亡骸は、そのままこの場所が歩んできた歴史の体現者であり、経過であり結果であった。
それが
「……少しは片付けねばならんか」
第一開発工房において少なくない面積を占有する残骸――試行錯誤の結果たちを眺めながら、工房長ガイスカ・ヨーハンソンはため息をついていた。
ここ最近の新型機開発により様々な試みが行われた結果、没となった部品が大量に発生し残骸は常の倍ほどまでも増えていた。うず高く積み上げられ、さすがに目に余る状態になりつつある。
新型機の量産が各地で始まったらまずはこの残骸を片付けよう、彼は密かに決意を覚えていた。
後始末にいくらか頭を悩ませながら彼は工房の暗がりを後にする。
外に出たところで目に眩しい日差しに怯んだが、やがて瞳が慣れるに従って笑みを深くしていった。
そこにあるのは膝を着いた姿勢で、操縦席である胸部の装甲を開いて並ぶ巨人の一団。
カルダトアではなく、カルダトア・ダーシュでもない、それはようやく完成に至った最新鋭量産機“カルディトーレ”だ。
カルダトア・ダーシュを基として、さらに
錆止めを塗っただけの鈍い金属地そのままの色合い。相変わらずフレメヴィーラ王国で作られる幻晶騎士は飾り気というものに乏しかった。
その代わりに防御効果と生産性を突き詰め、練りあげられたそれは機能性に導かれた美しさを漂わせている。
カルディトーレの後ろにはもう1機、別の機体があった。
フレメヴィーラ王国では一般量産機としてのカルダトアとは別に、指揮官向けの強化機体として“カルディアリア”という量産機種が存在している。
このもう1機は、カルディアリアの流れを汲む新型機である“カラングゥール”だ。
カラングゥールは、その前身に習って装甲を厚くし筋肉量を増やす近接格闘向けの思想の元に設計されている。
これもカルダトア・ダーシュを元としているが、銀鳳騎士団が設計に参加したことで同種のコンセプトを持つグゥエールの設計を随所に反映したものとなっていた。
両機種とも既に十分な稼動試験を終えており、準備は万全だ。いつ何時量産体勢へ移っても問題がない。
既に国内の各領地へと通達が回っており、鍛冶師を招聘しての教育も始まっている。今後は国内の幻晶騎士は順次新型へと移行してゆくことだろう。
彼ら、
ガイスカは凝りの溜まった首や肩を回し、最近いうことを聞かなくなってきた自身の身体を嘆いた。
彼と、彼が率いる第一開発工房は意気軒昂を以って開発に没入してきたが、そのぶん無茶も続いている。そろそろ休息をとるべきだろう。
彼は休息を含めた日程を練りながら、所長の下へと足を向けていった。
国王アンブロシウスとその家族、つまりはフレメヴィーラ王国の王族は、基本的に王城シュレベール城に住んでいる。
謁見の間の奥、さらに入り組んだ通路といくつもの部屋を越えて進んだ先に、彼らのための私的な場所があった。
内城とも呼ばれるシュレベール城最奥部。
中央に向けて高さを増す構造をした城の中で、最も高い塔を持つ部分でもある。
もともとこの場所は、かつて“シュレベール砦”と呼ばれていたころの砦そのものである。塔は後々の建て増しであるが。
それゆえに堅牢さを優先したつくりをしており、王族が暮らす場所としては些か華やかさにかけるといえた。
この区画は構造的に窓が少なく自然の明かりに乏しいため、高価な鱗獣油を用いたランプが昼夜を問わず灯されている。
柔らかな灯りが、派手ではないが精密な彫刻が施された家具類と合わさり、室内には落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「クシェペルカには使者を出しました。エムリスにも時機を見て国許に戻るように伝えています」
室内には2人の人物がいる。
1人は国王アンブロシウス。もう1人はアンブロシウスよりも若く、線が細いもののどことなく彼に似た面影を持つ男性だ。
「ふむ、あれも久しく会っておらぬな。前に戻ってきたのはいつだったか」
「およそ3年前のことになります」
「……そうか、そういえば“アレ”と出会う前のことであったな。ずいぶんと昔のような気がするのぅ」
アンブロシウスは手の中のグラスに視線を落としながら、緩やかに中の液体を揺らす。
「……しかし陛下、やはり少々気が早いかと思うのですが」
「陛下はよせ、“リオ”。この場所で他に誰かが聞いているわけでもあるまい」
「わかりました……“父上”」
アンブロシウスの長子、第一王位後継者であるリオタムス・ハールス・フレメヴィーラは、ふぅと一息つくと張り詰めていた眉根を下げる。
「まぁ、良い頃合であると、思うのだ。
国機研からも報告が上がってきておる、銀鳳騎士団と共同で作り上げた新型機が完成しておるとな。エムリスが戻ってくるころには国中に報せが広まろう。誰もが新たな時代を予感する、大きな節目となるものよ」
リオタムスは一瞬反論に口を開きかけたが、すぐに閉じる。
アンブロシウスが何かを企んでいるような、楽しむような表情をしていたからだ。彼の父がこういう表情をした時は何を言っても無駄だと、経験から熟知している。
それにアンブロシウスの言葉にも一理はあるからだ。
「残る仕事は、あと一つ……いや、あれは約定であるか」
「銀鳳騎士団……いえ、彼ですね。大丈夫でしょうか、“彼ら”の元へ連れて行っても。その、彼らは“気難しい”わけですし」
外見は似ていても、彼らの雰囲気は対照的なものがあった。
アンブロシウスを特徴付ける、どこまでも剛毅な気質は彼の息子には受け継がれなかったようだ。
「くふ、まったく、お前は心配性にすぎるぞ」
「事が事ですからね。父上が乱暴すぎるのです」
何がツボにはまったものか、アンブロシウスはひとしきり笑いをかみ殺す。
逆にリオタムスは溜息をこらえていた。
「もっと大きく構えよ、リオ。そのように細かいことを言っておっては、この先苦労するぞ?」
「ですから、父上が大雑把すぎるのです」
噛み合いの良いような、悪いような親子の会話はしばらく続く。
王城の最奥部、それを聞く者は誰もおらず。
春、それは変化の季節だ。
長く寒い冬を越え草木が芽吹き、獣は眠りから覚め野へと躍り出る。
餌が増えると共に魔獣の活動も活発になる、困った季節でもあるが。
この年の春、銀鳳騎士団団長エルネスティ・エチェバルリアはライヒアラ騎操士学園中等部へと無事に進学していた。
実際はすでに騎士団や新型機開発などにより国家規模の作業に幾つも参加しているため、この時点での彼の出席日数は見るも悲惨な状況であり、一時は進学が危ぶまれるほどであった。
しかし、色々と高度な政治的判断の結果として彼の進学はつつがなくゴリ押しされることになる。この時点で誰も突っ込みをいれるものはいなかったが。
そして、ライヒアラ騎操士学園をはじめとしたフレメヴィーラ王国内の教育機関にとっては、在校生の進級と共に新たな学生を迎え入れる大事な季節ということになる。
例年ならば新入生を迎える準備に大わらわとなっているはずのライヒアラではしかし、困惑の混ざるなんともいえない空気が漂っていた。
学生たちは常と変わらず、その空気の源は教師をはじめとした学園上層部だ。
「エルや、わしもなんとかしたいのだがな、これは如何とも……な」
ライヒアラ騎操士学園の学園長室にて、学園長であるラウリ・エチェバルリアは申し訳なさそうに眉尻を下げたまま彼の孫と向き合っていた。
「銀鳳騎士団に……学園を出て行ってもらうしか、手はなかろう」
苦渋に満ちた、しかし疑いない拒絶の言葉。
告げられたのは彼の孫であり、出て行く側でもある銀鳳騎士団長エルネスティその人である。
彼はそのぱっちりと大きな瞳にやはり困惑と諦めを浮かべながら。
「それしか、無さそうですね……」
目を伏せながら、ポツリと呟いた。
ことの起こりは、昨年に行われた新型量産機のお披露目へとさかのぼる。
人馬騎士ツェンドルグと数々の最新鋭装備を引っさげて殴り込みをかけた銀鳳騎士団。
国王アンブロシウスと共謀しての一大ビックリドッキリイベントは大成功を収めた。
銀鳳騎士団の存在を大きく知らしめ、その上新型機はより発展した形となったのだから、彼らはその目的を十分に果たしたといえよう。
しかし当然といえば当然ではあるが、話はそれだけでは終わらなかった。
まさに鳴り物入りで登場した銀鳳騎士団、あの場にいた貴族たちが彼らについて調べないわけがなかったのだ。
少し調べればわかることである――銀鳳騎士団は、騎士団といいながらも明確な拠点を持たずライヒアラ騎操士学園に間借りしていること、団長であるエルネスティは正真正銘まだ学生の身分であり現在進行形で騎士学科に通っていること――などの驚愕の事実が。
他の何者にも為しえない偉業をブチ立てておきながら、内実は学生に毛が生えたようなもの。
貴族たちは自分たちが受け取った報告を俄かに信じられず、情報を集める部下は二度、三度と確認を取らされ大変な目に遭ったとか遭っていないとか。
さておき、そのように浮ついた存在である銀鳳騎士団であるからして、一時は自分の手元に招聘しようとする動きが盛んに見られたが、それは全てが頓挫している。
何故といって、銀鳳騎士団は国王直属の騎士団だからである。
この際場所の問題はさておいても、国王の下から彼らを引っこ抜くのはどう考えても無理であった。
そこで彼らは戦法を変えた。
何も特別なことをする必要はない、考えてみれば答えは単純だ。“ライヒアラ騎操士学園に入学すれば、そこに銀鳳騎士団がある”のだ。
騎士団の一部が学生で構成されていることまでつかんだ彼らは、真正面から入り込むべく一斉に行動を起こし。
その結果が、前年度比30倍にも上る、ライヒアラ騎操士学園史上に輝く壮絶な入学志望者数である。
いかに国内最大の規模を誇るライヒアラ騎操士学園といえど、ものには限度があった。
国王に頼んで蹴散らすことはたやすいが、それにはラウリが難色を示した。何といっても(表向き)彼らは正式な手順を踏んで学園へ入ろうとしているだけなのである。
教育者という立場との板ばさみにあったラウリが憔悴してゆくのをみて、さすがのエルも強くは言えず。
もはや銀鳳騎士団を学園から切り離すしか、対処の術は無いと思われた。
騎士団長閣下が、起死回生の奇策を思いつくまでは。
ライヒアラ騎操士学園にある幻晶騎士のための訓練場には、今年度に騎操士学部に入った学生たちが一堂に集められていた。
例年は数十名程度なのだが、今年は百名をとうに越え優に数百名に上る。幻晶騎士を用いて訓練をするための広大な訓練施設も気持ち手狭に感じてしまうほどだ。
その大半はフレメヴィーラ国内の各地から送り込まれた15歳前後の少年少女である。
この人数のカラクリは簡単である。貴族たちがやったことといえば、各地の教育機関に進学する予定だった学生に対していくらかの支援を出し、ライヒアラへの進学を勧めただけだ。
つまり学生自身は“真っ当な”ものであり、それがラウリが頭を抱えた原因である。彼らは国内最大の学府へ進学する機会を得たことを純粋に喜んでいる。
それに混じって、何名か有力な貴族や騎士の家の子息が見受けられる。彼らは事情を把握しており、いわゆる“現場指揮官”役だ。
集まった新入生の大半が今後の生活やライヒアラ自体への興味を語り合う中で、彼らだけは冷静に、貪欲に周囲を観察している。
訓練場は暢気と剣呑が交じり合う、混沌とした場所と化していた。
彼らが飽きを感じ始める前に、ぎりぎりと音を軋ませながら訓練場の門が開き始めた。
いよいよ来たかと、新入生たちはさっと姿勢を正して表情を引き締める。
これから騎操士学科の先輩や教官、そして幻晶騎士がやってくるのだろう。ある者は期待と緊張を滲ませ、ある者は油断なくその時を待ち構えていた。
直後に現れたものは、彼らの予想を軽く超えていた。
轟音、雷鳴のごとく地を打ち鳴らしながら巨大な鋼鉄の騎馬がやってくる。
全高は15mほどになろうか、褐色の鎧を身に纏った半人半馬の幻晶騎士が、巨大な
金切り声のようなブレーキ音と盛大な火花を撒き散らしながら荷馬車が停止する。訓練場の半分ほどが、人馬騎士がおこした盛大な土煙に覆われた。
新入生の大半は、唖然とした表情で人馬の騎士に見入っている。
人馬騎士ツェンドルグ、事前に話としては聞いていても実際に見るのでは大違いだ。
指揮官役の者たちでさえ、恐るべき迫力と威圧感を持ったそれを前にして冷静を保つような余裕を持ち合わせてはいなかった。
圧縮空気が抜ける鋭い音が突き抜け、ツェンドルグの馬体部分の背中、腰の後ろ側の装甲が開いてゆく。
操縦席が開いたのだ、新入生が理解に到達する頃には開いた装甲の下から小柄な人影が飛び出していた。
普通の幻晶騎士の肩ほどもある高さから躊躇なく飛び降りた人影を見て、全員が小さく息をのむ。
彼らの危惧が現実になることはなかった。飛び出した銀色の影は、土煙をさらに吹き飛ばしながら柔らかく地面に着地する。
「初めまして、騎操士学科の新入生の皆さん。僕は銀鳳騎士団の団長をしています、エルネスティ・エチェバルリアといいます」
色々と衝撃的にすぎる登場を果たしたエルネスティに、即座に反応できる者はいなかった。
例年ならば彼ももう少し丁寧な段取りを心がけるのだが、今年はどうにも意地の悪い対応になってしまうことを頭の片隅で自覚している。
「そして事情を知らない皆さんへ。最近のライヒアラ騎操士学科は、僕たち銀鳳騎士団がその活動内容を決めていますので、その辺りご理解をお願いします。
さて、早速ですが皆さんに集まってもらったのは他でもありません、今後の活動についてお知らせするためです」
圧倒的な迫力を持つツェンドルグを最初に見せ付け、そこから一気に話を進めきる。制圧作戦は順調そのものだ。
エルの説明の終わりを待たずして、がしゃりがしゃりと騒がしい音が溢れ始めていた。
彼が横手を指し示したのにつられ、新入生たちはツェンドルグが牽いて来た荷馬車へと視線を転じる。
よく見れば、それは荷馬車というには少々奇妙なものだった。
箱組みの車体に車輪が並んだ形をしているが、側面には小さな扉がずらりと取り付けられている。
そこでは、騎操士学科の先輩たちが荷馬車側面の扉を次々に開いていた。そこから覗く内部には、三角座りのような体勢で小さく折りたたまれた
彼らが幻晶甲冑の横手にある取っ手を大きく引くと、連動した機構により幻晶甲冑が前に押し出される。彼らは手馴れた様子で正面の装甲を開いてはテキパキと乗り込んでいった。
さほどの時間もかからずして、呆気に取られた様子でいる新入生の前に、幻晶甲冑モートラートを身に纏った集団が姿を現す。
「かいつまんで説明しますが、これは幻晶甲冑といいます。幻晶騎士の小型版みたいなものですね。最近は少しずつ普及し始めているので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません」
モートラートは戦闘用の幻晶甲冑であり、全身鎧の親戚のような形をしている。一般に普及し始めているのはもっと構造の簡素なモートリフト型だ。
そこでエルは一端言葉を切ると、ふとわざとらしい笑みを浮かべて全員の顔を見渡す。
「訓練内容は単純です。皆さんの全員で“砦をひとつ造ってもらいます”」
誰一人として、その言葉を正確に理解できたものはいなかった。エルの言葉が彼らの脳味噌に届くまでの間、世界から音が消える。
いま彼は誰に何を作ってもらうと言ったのか。疑問を差し挟む前にエルの説明が再開していた。
「僕たちとしても困ったことに、今年の新入生は学園の予想を遥かに超えた人数に上ったのですよね。これではいかにライヒアラが国内最大といえど手狭で仕方がありません。
折りしも僕たち銀鳳騎士団もそろそろ拠点の用意を考えねばならないところでしたし、この際一挙に解決することにしました。
それに銀鳳騎士団と騎操士学科の共通の活動方針として、新入生の皆さんにはまず幻晶甲冑に慣れてもらうことになっています。
今年は訓練内容が“ちょっとばかり大掛かり”ですけど、大丈夫。魔力の増強と共に幻晶騎士にも通ずる操縦感覚を養えて素晴らしい訓練になること請け合いです」
否応なく現状を“理解させられてしまった”新入生たちがだんだんと顔色を青くし始める。
ニコニコと春の日差しのように柔らかな笑顔を浮かべるエルから、真夏の酷暑のように凶悪な何かが放たれているような気がしてならなかった。
「さて、皆さんにやってもらうのは実際の建築部分でして、砦の設計自体はこちらにいらっしゃいます城砦建築の専門家、ペッレルヴォさんが担当されます。先生、お願いします」
おっかなびっくりとした様子で、恰幅のよい腹を揺らしながら現れた人物を見て、新入生たちは本日何度目かの衝撃を味わっていた。
ペッレルヴォ・カイタラ、その名はフレメヴィーラ国内では有名な城砦建築の専門家だ。ボキューズ大森海に面する重要な砦のいくつかも彼の仕事であり、任されている仕事の重要性を考えればその評価も自ずとわかろう。
彼ほどの重要人物が1個人のわがままで動くことはない。彼が招聘されているということは、自然とこの仕事は国家として正式な通達の元に計画されたということになる。
「いやぁ、これが最新型の幻晶騎士かい。荷運びには便利そうだね! それに今までとは全然違う姿なんだね。これを収納し、運用する施設を作る。いやはや、これは興味深い題材だよ!
あ、コレ、今後は国内に普及するのかい? それじゃあ、今後似たような施設を作ることになりそうだね! 今回は色々と試行錯誤させてもらうよ。
で、キミたちが作るんだね。砦の建築に騎士を使うなんて驚きだけど、これも訓練なんだろう? 頑張ってくれよ! それで幻晶甲冑だっけ、これも面白いよねぇ! 結構工夫できたりする? それに……」
話を向けられた瞬間、立て板に水とばかりに話し出したペッレルヴォ氏の独演会は、辟易としたエルがいい加減にとばかりに制止するまでしばらく続いた。
その後も気を取り直したエルにより、既に資材は手配されていること、立地の候補は絞ってあること、建設計画などについてと様々な説明が続く。
一通りの説明が終わることには、新入生たちは、既に逃げ場など残されていないことを、はっきりと悟っていた。
こうして、史上初となる幻晶甲冑を投入しての砦建築が始まることになる。
経緯を考えればかなり自棄じみた始まりではあったが、これをみた建築学科が幻晶甲冑を本格的に導入する契機になったというのだから、世の中わからないものである。
ちなみに新入生を送り込んだ貴族たちはこの結果を聞き、翌年からは同様の方法をとらなくなる。
砦建設を急ぐ原因になったとして、砦の建設費の一部が関係した貴族に請求されたというのも大きかった。
砦の建設は、最終的には幻晶騎士も投入しての作業となる。
彼らは慣れない作業に苦心惨憺することになるが、なんだかんだと2年の後にはライヒアラ学園街近郊の森に一つの小規模な砦が完成することになる。
その間さんざんに幻晶甲冑を動かして作業をし続けたことにより、この時の新入生たちは卒業までには十分に鍛えられた操縦技術と高い魔力を持つ屈強な兵士となっていた。
後に彼らは正式な
この年のライヒアラ出身の騎操士は、異様に粘り強く、また少々のことに動じない心身ともに鍛え上げられた騎士として各地で逸話を残すことになるが、それはまた別の話である。
かっぽかっぽと、緩やかなペースで進む馬の足音が静かな森に広がってゆく。
冷たい空気の漂う森を1台の馬車が行く。そこには馬と、馬につながれた客車が立てる僅かな音しか存在しなかった。
森に動くものは見えない。天を突くほどに高く旺盛に茂る巨木が日差しを遮り、周囲は薄暗かった。馬車は備え付けのランプの明かりを頼りに歩みを進めている。
光を遮られた地面には草木は茂らず、巨木の幹だけが墓標のように立ち並んでいる。長く溜まり、澱みを含む空気はどこか廃れた雰囲気をかもし出していた。
エルネスティは
この森に入ってからかなりの時間が経過しているが、ほとんど進んでいないように思えるのはこの変わり映えのしない風景のせいだろう。
ここまで単調だと景色を見て過ごすこともできず、さすがのエルも飽きを感じ始めていた。
「退屈そうじゃのぅ」
エルは声のした方向へと向き直る。馬車の向かいに座っている国王アンブロシウスが、傍らのチェストからボードと駒を取り出していた。
「どれ、少し
「ええ、お付き合いいたします」
馬車に乗っているのはエルネスティ、アンブロシウス、そして国機研所長オルヴァーという異色の取り合わせである。
あとは外で馬の手綱を握る御者たち、それがここにいる人間の全てだった。
いくら自国内であるとはいえ仮にも国王の地位にある人間が外出するというのに、同行する人間がこれほどの少人数というのは異常極まりない事態だ。護衛すらつけていないあたりあまりにも徹底している。
エルすら不信感を覚えるほどだったが、いっても仕方がない。ひとまず彼は頭を振って余計な考えを追い出すと、目の前のゲームへと向かった。
いくらかのボードゲームをこなしふと息をついたエルは、窓の外に広がる暗闇の中に蠢く影を見かける。
巨きな人のような形をした影。ほんの一瞬、巨木の間に見かけた影はすぐさま視界の外へと霞んで消えた。
「見慣れない幻晶騎士がいます……カルダトアじゃ、ありませんね」
エルがぽつりともらした台詞に、アンブロシウスは面白そうな表情を見せていた。
「ほう、“アレ”を見つけたか。相も変わらず目ざといのぅ」
ほんの一瞬影を拾っただけで見知らぬ機体だと断定している辺り、エルの観察眼(ロボット限定)は伊達ではない。
「まぁ、密かに供はつけておるということよ。心配は無用じゃ」
安心させるようなアンブロシウスの口調とは裏腹に、そこには無視できない単語が含まれていた。
つまり、彼らは“エルの知らない機種を運用するような護衛を密かにつけてまで、少人数で向かわなければならない”場所へと、向かっているということだ。
さらにはそこに当然のようにオルヴァーが同席していることに、エルは密かに首をひねっていた。
彼はこの旅の行き先すら知らない。
いきなりアンブロシウスに呼び出されたかとおもうと、普段より少し表情を引き締めた彼に「約束を果たそう、ついてまいれ」とだけ命じられたのだ。
約束というのが何を指すかはともかく、どこへ行くかを問いかけたことはここに至るまで一度もない。アンブロシウスが自分から言わないということはそれなりに意味があるのだろうと、エルは考えていた。
どこまでも続く変化のない風景、さらには時間の感覚もあやふやで、いつの間にか方位の把握すらも困難になりつつある。
まるで巨木の迷路か、あるいは――結界か。
何かの意思が働いているかのように人を惑わす巨木の森、その奥には何があるのか。
悩んでも答えは出ない。そうして言葉少なに馬車にゆられているうち、いつしかエルはまどろみの中に落ちていった。
エルが目を覚ましたころ、周囲の景色は一変していた。巨木の森は既に終わりを告げ、荒涼とした山肌が広がっている。山を流れてきた薄い霧がたなびき、視界はあまり良くなかった。
オービニエ山地のうちどこかだ、そうエルは当たりをつける。これほどのスケールを持つ場所を、彼は他に知らない。
馬車は相変わらずのゆっくりとしたペースで、谷間の道に沿って進んでいる。
「ふむ、ここまで進んだか。目的地までいま少しじゃ、辛抱せよ」
果たしてアンブロシウスは休息をとったのだろうか。
エルはもごもごとその場で伸びをする。国王を乗せるための馬車だけあり、内装はかなり豪華だ。特に柔らかなソファーは、彼らの退屈な旅の大きな助けになっていた。
あくびをかみ殺しながらも歩みを進めていると、突如空気が、変わった。
おぼろげにたゆとう霧のなかに、漠とした影が浮かび上がる。
圧倒的な、視界をさえぎるほどの大きさを持つ壁のごとき存在。
事実、それは壁だった。
正確には谷間の全体を完全にふさぐ形で、巨大な防壁のような関所が立てられていたのだ。視界を埋め尽くす、石材で作られた壁が周囲へ静かな圧力を与える。
王都を覆う城壁とも比肩する存在感に、さすがのエルも圧倒されていた。
馬車は変わらぬペースのまま、関所の中央にある門へと進む。
門の両側には護衛と思しき幻晶騎士が立ち、手に持つ槍を交差させてゆく手を阻んでいた。
外見的には見たことのない機体だったが、エルはどこか見覚えを感じて首をかしげ、すぐにそれが巨木の森で見かけた機体だと思い至った。
なるほど、護衛を連れて行ったのではなく目的地の側から呼び出したのか、と彼は妙な納得を覚える。
「お待ちしておりました」
謎の機体が敬礼と共に槍を構えなおし、馬車が通る道を作る。
低いうなりと共に門の開閉機構が動き、鋼鉄製の巨大な門を開いていった。
「アルチュセール山峡関……この地の守護の任につく者は選り抜きの騎操士でのぅ、彼らはアルヴァンズと呼ばれておる」
門を通り抜けざまにアンブロシウスがつぶやいた言葉に、エルがはっとして振り返る。
もしかしたら先ほどの護衛機の中には、見知った顔がいたのかもしれない。
関を越えてからはまたしばらく上り道だった。その途中で霧も引いてゆき、じょじょに視界が明確になってゆく。
やがて峰を越え、彼らの前には山向こうの景色が大きく広がっていた。
馬車の窓越しにそれを目撃したエルは、思わず絶句する。
山裾からはなだらかな平地が広がり、その大半を青々と茂った木々が埋めている。
森の向こうには再び山の連なりが見える。左右を見ればそれぞれが山に囲まれていた。つまりこの平地は四方を山に囲まれた盆地になっているのだ。
峻峰オービニエによって守られた、天然の要害ともいえる立地。
唯一行き来の容易な道には強固な関が設けられている。それだけでこの場所がどのように扱われているか、おのずと知れよう。
盆地にあったのはただの森だけではない。
エルの視線をもっとも惹き付けるもの、それは森と絡み合うようにして広がる、巨大な都市であった。
中央には巨大な尖塔があり、そこから放射状に街が広がっている。建築物は木々を駆逐せずに、まるで絡み合うようにして森と溶け合っていた。
そこに見える建築物は、これまで見たことのない不思議な様式にしたがっている。
少なくとも、エルがこれまでに見たことのあるライヒアラ、カンカネンやヤントゥネンといった都市のどれとも異なっているのは確かだ。
そこには明らかに、フレメヴィーラ王国とは違った形の“文化”の存在を見て取れる。
「あれがわしらの目的地、“アルフヘイム”である」
人工と自然が織り成す雄大な景色に気を取られていたエルは、アンブロシウスの言葉に我に返った。
「アルフヘイムとは秘匿者の末裔、魔と技の民“エルフ”の住まう地」
アンブロシウスの言葉に次いで、オルヴァーは言いつつ自らが頭に被る布を取り去ってゆく。
被り布の下からは、金色の髪の間から長く尖った形状を持つ耳が伸びているのが明らかとなる。それ以外は徒人と変わらない姿であるのに、明らかに形状の違う長い耳があることで彼が“違う民”であることが強く感じられた。
「そして幻晶騎士の心臓部である
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