#49 量産機を決めよう

 時は、戦いが始まる前へと遡る。

 演習場の赤茶けた地面の上、共に最新鋭の幻晶騎士シルエットナイト・装備を持ち寄った2つの勢力は言葉を交わすこともなく、飽くことなく対峙し続けていた。


 銀鳳騎士団ぎんおうきしだん側の陣地中央からは、他の幻晶騎士より背の高い人馬騎士ツェンドルグの首が飛び出している。

 遮るもののないその視界にはカルダトアよりもほんの少し滑らかな鎧を纏った巨人の騎士、カルダトア・ダーシュが整列している様子が映っていた。

 戦いの始まりは目前まで迫っている。


 ツェンドルグの操縦席で、アーキッドとアデルトルートの二人は落ち着かなさげにそわそわとした様子でいた。

 彼らが感じているのは、かつて幻晶甲冑シルエットギアで戦ったときとは別種の緊張だ。

 思えばあの時は必死であり、また戦い方なぞ全く気にしなくていい実戦だった。そこにお行儀の良さなど求められはしない。

 対して今回は模擬戦であり、彼らはツェンドルグの力を見せ付けるという大役を仰せつかっているのだ。

 そこには説明しがたい、しかし大きな差がある。


 エドガーの説明によると相手の戦力は6機。ツェンドルグは3機相当の戦力とみなされている。彼らはそれを相手取り見事勝利せねばならないことになる。

 演習場から観客席まではかなり離れているにもかかわらず、彼らはなぜか場内の視線が一斉に向かってきているような、奇妙な錯覚を覚えていた。


 否が応にも緊張感が増す中、エルネスティがいつもと変わらぬ様子でのたまう。


「それなのですが。エドガーさん、ディーさん、少しの間だけ無理をお願いできますか?」


 ツェンドルグの戦い方についての話が、なぜエドガーとディートリヒに無理をかけることになるのか。いつものことながら、エルの言葉は突拍子もなかった。


「エルネスティがわざわざ言い出すからには何か考えがあるんだろうけど、どういったものだい?」

「単純な話です。まずテレスターレ部隊とツェンドルグに別れて、相手の反応を探る。おそらく向こうは部隊を分けてくるでしょう。テレスターレとツェンドルグでは必要な戦い方が違いすぎる……こちらが動けば十中八九彼らも応じてきます」


 白と紅と人馬の騎士が頷く。そこまでは簡単に予想できることであり、相手側の想定からも外れてはいない。


「僕たちとしてもツェンドルグの速さを生かすには単独で動かさざるを得ませんしね。とはいえ、そこで定石どおり3機を割り当てられてはいくらツェンドルグであっても苦戦は必至……。

 そこで初手で相手の想定外であろう手段、ツェンドルグを迎撃する戦力への先行打撃を仕掛けます」

「読めてきたぞ。それをお前がやるということか」


 エドガー機は首をめぐらし、エルの乗るテレスターレを視界に納めた。

 機体の両肩と腰周りに装甲と一体化した可動式マギジェットスラスタを搭載した機体。この改修型のマギジェットスラスタは小型化したものを複数搭載することで出力の調整を容易とし、さらに可動式とすることで全方位に対する機動性を得ることを可能とした脅威の装備である。

 その性能の代償として、複雑怪奇極まりないものとなった動作制御はもはや操縦に負担をかけるなどといったレベルではなく、実質上エルネスティ以外の誰にも扱うことのできない史上最大の欠陥品でもあったりする。


「はい、これの機動性を最大に発揮して奇襲を仕掛けます。そうしてツェンドルグ側の戦力を崩して、それから騎士同士の戦闘に復帰します……当たり前の話ですがその間、騎士側の戦力が低くなる。エドガーさんとディーさんには僕が戻ってくるまで数の不利をしのいで欲しいのです」


 相手の想像の埒外であろう、マギジェットスラスタという装備を持つエルだからこそ可能な強引な作戦。

 同時に戦力的な均衡をわざと崩す、奇策の一種である。それは、いくら数的な偏りがあるといっても少々強引に過ぎるものだ。


「わかった、全力を尽くそう」

「騎士団長様の仰せだしねぇ」


 エドガーとディートリヒは少し顔を見合わせ、即答で承諾を返していた。

 国立機操開発研究工房シルエットナイトラボラトリ謹製先行試作量産機カルダトア・ダーシュは侮ってかかれるほど弱い機体ではない。即答できるほどに彼らの負担は軽くないはずだった。


「こういうのは一番槍っていうんだっけか? つまりエルのあとに突っ込めばいいのか」

「まかせてよ! ツェンちゃんの勢いを見せてあげるわ!!」


 ある意味安心したのは双子のほうである。マギジェットスラスタについて知る彼らは、きっと相手が腰を抜かすだろうと思うと笑いをかみ殺しきれないでいた。


「みんな、いいやる気です。彼らを驚かせてあげましょう」

「ま、帰ってくるまではエドガーを盾にするから、彼が倒れないうちに頼んだよ」

「ディー、おまえ……」


 くすくすと、アディの笑い声と共にしまらない雰囲気が漂う。

 いつしかキッドもアディも緊張感などどこかに吹き飛んでいた。いつものようにエルが暴走して、それをきっちり抑えるエドガーやディートリヒもいる。これ以上に信頼できるものを彼らは知らない。



 壁を作るように横並びの陣形をとるテレスターレとグゥエールが目配せを交し合う。

 エルがここまで強引な作戦を言い出した理由を、エドガーとディートリヒは敏感に察していた。

 なんだかんだといって彼らは先輩であり、少なくない数の激戦を潜り抜けてきた戦士だ。

 エルネスティのような特例中の特例を除けば、初陣を飾る新兵のために働くのも役目のうちと心得ていた。


 意気を上げた彼らが作戦会議を終えるころ、戦いの前触れとなる高らかな喇叭ラッパの音が鳴り響いてきた。


「では、いきましょうか」


 彼らの中央に陣取る人馬の騎士から、ふざけた「ヒヒン」という答えが返ってくる。

 始まりを告げる銅鑼ドラとともに、銀鳳騎士団は全員で駆け出していった。




 そして現在。エルネスティは鋼色のテレスターレの操縦席の中で多量の諦めを含んだ溜息をついていた。


「(あっかーん、魔力貯蓄量マナ・プールが、死んだ)」


 作戦通りにマギジェットスラスタによる高速奇襲攻撃を敢行したエルと鋼色のテレスターレ。まず相手の1機を倒し大きな動揺を与えることには成功したが、その無理の代償は莫大な魔力マナの消費として跳ね返ってきていた。


「(加速の時はいいけど、減速がなぁ。機体壊さんようにするには、やっぱスラスタ噴かさなあかんし)」


 以前の“流れ星事件”の反省から、マギジェットスラスタの長時間噴射は危険であると思い知ったエル。彼はそれを補うために、機体が走るのにあわせての短時間噴射により効率的に加速する方法を編み出していた。

 だがそれも加速の場合であって、減速はいまだ力任せ。特にここは減速に利用できそうなものもなく、広さに限りのある演習場なのだ。

 マギジェットスラスタを逆噴射しての強引な減速は莫大な消費と隣りあわせである、それも元から大喰らいのテレスターレで行うとなればその負担は計り知れないものになり、当然の帰結としてエル機は動きが鈍っていた。


「(まぁしゃあないけど……残存魔力は3割を割ってる、同じ攻撃はそうそうできんと思たほうがいいな)」


 派手に突っ込んだ分、エル機の位置は主戦場から大きく離れてしまっていた。走って戻るにはいくらか時間が必要となるだろう。

 マギジェットスラスタが吸気を再開する。空気が渦を巻いて集まってゆく、特徴的な音が場の緊張感を煽り立てていた。


「(ひとまず歩いて魔力の回復、5割超えてきたら……少しだけ噴かして戦線に復帰しよかな)」


 鋼色のテレスターレは一際大きな吸気音を奏でると、戦場目指して歩き出した。




 アルヴァンズのリーダー、アーニィスが操るカルダトア・ダーシュが勢い込んで剣を振り上げる。

 エドガーが操る白いテレスターレがそれを盾で受け、攻撃後の隙を突いて反撃に出た。鋭く突き出された剣を、アーニィス機は引きざまの剣で払いのける。


 2機の距離が離れるが、アーニィス機は背面武装バックウェポンを撃たない。可動式追加装甲フレキシブルコートを装備したエドガー機を相手にしては、弾かれる一方で効果が薄いと既にわかっているからだ。

 そのため2機の幻晶騎士は剣と盾を用いての斬り合いという、基本に立ち返った戦いを続けていた。


 だがその戦いは地味さなど欠片もなく、激しい剣戟の応酬が続いている。

 気迫に満ちた斬撃が叩き込まれ、僅かなフェイントを織り交ぜた連撃が閃く。激突のたびに火花が舞い飛び、剣が、盾がぶつかるたびに衝撃波が大地を揺らす。

 アーニィスとエドガー、二人とも確かな技量、また一歩も退かない豪胆さの持ち主だ。一太刀ごとに攻撃は鋭さをまし、更なる一太刀を重ね相手を上回らんとする。

 観衆が固唾を飲んで見守る中、2機の戦いは激しさを増してゆく。



 ディートリヒには、そんなエドガーの様子を気にする余裕など全くなかった。

 彼と彼のグゥエールの前には2機のダーシュ、ツーヴァ機とイドラ機が立ちはだかっている。

 盾を持たず、攻撃に特化した構成のグゥエール。裏を返せばそれは守りが薄いということでもある。

 そう考えたアルヴァンズは、アーニィスが白いテレスターレを抑えている間に2機がかりでグゥエールを落とさんとしていた。


 鈍い唸りを上げて金属塊が宙を薙ぐ。

 グゥエールが腕から伸びたライトニングフレイルの先端部を、鎖分銅のようにして振り回す。

 篭手からの発射は一度見せてしまっているため、今更隠し武器としての効果は望めない。そのかわりディートリヒは間合いの広い打撃武器としてそれを用いていた。

 横殴りに飛んで来る金属塊をツーヴァ機が僅かに下がって避ける。間合いが離れたところで背面武装で反撃するが、グゥエールは回避動作と見せかけてそのままイドラ機へと斬りかかっていた。


 盾を前に身を守ろうとするイドラ機、その盾をグゥエールの背面武装・風の刃カマサからの真空波が打つ。

 砲身の短い風の刃は、射程が短い代わりに近距離でのとりまわしに長けている。法弾も細長い刃の形をしており、威力こそ低いが当て易いという特性を持っている。


 たまらず姿勢の揺らいだイドラ機へ、2刀を構えたグゥエールが肉薄する。

 させじとツーヴァ機が法弾を撃ち放ち、グゥエールの進路を妨害した。グゥエールは接近を諦めたが、回避に移る前に置き土産とばかりに収納していたライトニングフレイルを発射する。

 加速しながら飛翔する金属塊はイドラ機の側頭部を掠め、その背面武装へと痛打を与えた。


 アルヴァンズは予想外の苦戦を強いられていた。

 ツーヴァ機が最初の奇襲により視界が狭まっていたこと、イドラ機が鋼色のテレスターレを警戒しながら戦っていることなど色々な原因があるが、最大の誤算はグゥエールの戦闘能力が想像以上に高かったことであろう。

 風の刃、ライトニングフレイル、そして剣。

 複数種類の武装を見事に使い分け、常に自分の有利な距離を保って攻めてくるグゥエールに彼らは手を焼きっぱなしである。


 彼らの背後からは鋼色のテレスターレが放つ独特の吸気音が聞こえてくる。

 何かしら理由があるのか、あの超絶的な高速移動をしては来ないがそれがむしろアルヴァンズに常に警戒を強い、さらに集中力を奪っていた。

 悪循環――観衆はアルヴァンズが不利だと考えている。エル機が見せた攻撃は、それだけ大きな印象を残している。


 ほんのしばし後に、この戦いは大きな転機を迎える。




「アディ! 回りこんで仕掛けるぜ!」

「りょーかーい! ツェンちゃんいくわよー!!」


 人馬騎士ツェンドルグが演習場の土を蹴立てて駆ける、リズミカルな馬蹄の音が戦場に音楽を刻んでいる。

 アルヴァンズ第2小隊を蹴散らした後、ツェンドルグと双子は再度攻撃に移ろうとしていた。

 ここから先はエル機の支援はない。マギジェットスラスタの燃費の悪さは彼らも十分に知るところだ。


 ツェンドルグの馬体部分には、可動式追加装甲と同様の機構を持った可動装甲が装備されている。

 その大きさゆえ、ツェンドルグの重量は一般的な機体の倍以上はある。しかし騎兵は機動性が命綱であり、ある程度を維持するためには軽量化が必要だった。そのため、ツェンドルグは全体的に装甲を薄めに作ることで対処している。

 可動装甲の採用は、低下した防御力を効率的に高めるための仕組みだ。2人乗りにより処理能力に余裕のあるツェンドルグならではともいえる。

 そして、可動装甲は防御の他にも重要な利用方法が見出された。それが機動時における“カウンターウェイト”としての役割だった。


 アディは勢い込んであぶみを蹴り飛ばす豪快な操縦を見せ、ツェンドルグの速度をほとんど落とさないまま旋回機動へと突入する。

 強烈な重量と速度が激しい遠心力を生み、ツェンドルグに大回りな軌道を描かせようとする。それに抗い、キッドはツェンドルグの上半身を大きく傾けると共に可動装甲を一斉に動かし、驚異的な重心制御をやってのけた。

 ツェンドルグは騎馬に似た形を持つものとしては信じがたいほどの機動マニューバを見せつけ、体勢を立て直す最中のアルヴァンズへと襲い掛かる。


 直線機動に入ったツェンドルグは、走りながら腰部装甲の一部を展開させていた。内部より万力のような手を持った、大型の補助腕が現れる。

 ツェンドルグは片手に持った斧槍ハルバードを補助腕に握らせ、しっかりと固定する。これは騎槍突撃ランス・チャージを補助するためのランス・レストと呼ばれる機構だ。

 がっしりと固定されたハルバードの切っ先が第2小隊を見据える。両者の距離は瞬く間に縮んでいった。



 たった1騎の騎馬の突撃とはいえ、それが幻晶騎士と同様のスケールともなれば威圧感は相当なものがある。

 決闘級魔獣との戦いとはまた違う、操る人間の気迫が乗ったその攻撃に対し、第2小隊のゼルクスとユンフは長槍を構えたまま待ちの姿勢を見せていた。

 第2小隊の残る1機、フィリア機は最初に鋼色のテレスターレから攻撃を受けた後そのまま沈黙している。攻撃と転倒の衝撃で騎操士ナイトランナーが気を失ったのだろう。

 彼らは倒れたままのフィリア機を相手の攻撃に巻き込まないよう、じょじょに距離を離しながら迫り来る騎馬を睨む。


「ユンフ、俺たちの槍でアレを迎撃できると思うか?」

「心もとない。ゼルクス、それよりも提案がある」


 僅かな時間で数言交わした彼らは、間をおかず思い切り良く動き出した。

 いきなり、長槍を捨てたのだ。それが人馬騎士に対する大きな対抗策になると考えていた観衆たちは、予想外の行動に大きくどよめいた。

 彼らはそうして身軽になると、急いでお互いの距離を離す。その意図は明らかだった。


「片方は囮かな? それとも挟み撃ち?」

「そんなとこだろう。んじゃ“右”のを狙うぞ!」


 ツェンドルグは僅かに進路を修正すると、そのまま右側に動いたユンフ機へと突撃を敢行する。


「この機を!」


 狙われなかったゼルクス機は猛然と背面武装を放っていた。ここで魔力貯蓄量が尽きても構わないというほどの勢いだ。

 甲高い飛翔音を放ちながら、ツェンドルグの進路を塞ぐように法弾群が飛来する。そしてそのままツェンドルグの無防備な横っ面を直撃……することはなかった。

 ツェンドルグは油断なく左腕に装備した細長い盾を構えると、法弾を次々に弾き飛ばしてゆく。盾をすり抜けた法弾もあったが、その下の可動装甲が的確に防いでいた。

 速度を落とすことすらなく、ツェンドルグは突撃を続ける。普通の幻晶騎士は言うに及ばず決闘級魔獣ですら、横合いからの攻撃には怯みを見せるものだ。ゼルクスはその底知れぬ性能に恐怖に近い感情を覚えていた。


 一方、狙われたユンフ機は特に動揺を見せるでもなく淡々と行動に移っていた。機体を素早く飛び退らせ、騎槍突撃をかわす。

 彼の乗機、カルダトア・ダーシュは機敏な反応速度と高い脚力を発揮し、破壊的な突撃に僅かに先んじてその脅威から逃げおおせた。

 横っ飛びの姿勢になったユンフ機は、そのまま起き上がるのももどかしく背面武装を展開する。ツェンドルグが突撃するには再び反転する必要がある、背を見せた今が絶好の機会だった。


 その時、彼の鋭敏な耳が何かが炸裂する音を捉えた。

 狭い場所で空気弾丸エア・バレットの魔法を使用したときのような、ややくぐもった音。それに続いて大気を切り裂いて何かが飛翔する音。

 直感的に脅威を感じたユンフは、咄嗟に攻撃を中断してさらに機体を飛びのかせる。

 これ以上は望めないほどの素早い行動。しかしそれも間に合わず、ユンフ機を突然の衝撃が襲った。


 ユンフ機とすれ違った直後、ツェンドルグの後部からはとあるものが発射されていた。

 牽引索トーイングアンカー、元来は荷物運搬などに用いるために搭載された射出式ワイヤーである。ワイヤーアンカーと同様の機構――圧縮大気の噴出による自力加速能力、結晶筋肉クリスタルティシューによる可動式鍬形くわがた等――をもつそれは、アディの操作により自在に空を舞いユンフ機の脚部へと喰らいついていた。


 ツェンドルグ後部の巻き上げ機構が全力でワイヤーを引き込み、たちまちのうちにワイヤーのたるみが失われる。

 元々重量物の牽引を想定した装備である牽引索は十分な強度を持ち、強固にくらいついたユンフ機の脚を強烈に引っ張っていた。ユンフ機はスライディングのような格好で勢いよく宙を舞う。

 ツェンドルグの恐るべき出力は幻晶騎士1機を牽いても全くひるむことなく、ユンフ機は抗うこともできずに土煙の中を滑ってゆく。


「まずい、体勢を立て直せない、勢いがありすぎる……が」


 ユンフは引き摺られながらも強引に反撃を試みていた。背面武装を起動させ無理矢理に上半身を起こす。

 そんな必死の努力もむなしく、機体から返ってきたのはひしゃげた部品がひっかかる異音だけだった。脚を掴まれて転倒し、さらに引き摺られ地面との衝突を繰り返すあいだに背面武装は機構に異常を来たしてしまっている。


「万事休す、か」


 ツェンドルグはユンフ機を引き摺ったまま再び旋回機動に入る。今度は大きく弧を描く軌道だったが、引き摺られたままのユンフ機は遠心力に導かれ飛び出してゆく。

 牽引索が喰らいついていた脚部を放すとユンフ機は地面を転がってゆき、そのまま動かなくなっていた。


「これは全く、冗談じゃないな……」


 有効な手を打てず、仲間が倒れるのを見届けることになったゼルクスはいっそさばさばした心境でのんきな苦笑を浮かべていた。

 相手は単純な騎馬や、ましてや魔獣などの範疇には到底収まらない多彩な能力を保有している。その上あの巨体、格闘戦であっても不利は否めないだろう。彼自身、もはや勝機はないに等しいと理解していた。

 だからといって彼に退くつもりは毛頭ない。むしろせいぜい最後まで堂々としていようといった心境だ。

 彼は敢えて機体の姿勢を正すと、盾と剣を美しく構えて真正面から切り込んでいった。


 何を思ったのかツェンドルグは誘いに乗って突撃を中止し、ゼルクス機との格闘戦に応じる。

 激しい打ち合いの末にゼルクスの乗るカルダトア・ダーシュが倒れたのは、それからしばらくしてのことだった。




 渾身の力をこめたひときわ強烈な一撃を叩き込みあい、アーニィスのダーシュとエドガーの白いテレスターレは飛び退りながら距離を離していた。

 2機からは激しい吸排気の音が響き、運動による熱が装甲から揺らめき上る。

 どれほど長い間戦っていたのだろうか、彼らは大きく息をついていた。実際は短い時間なのだが、余りに濃密な内容が二人に時を錯覚させる。


 アーニィスは幻像投影機ホロモニターに映る白い騎士を眺めながら、言葉にはせずに賞賛を送っていた。

 なんという相手であろうか、彼の剣捌きはアルヴァンズでも1,2を争うものであり、全力を出して仕留めきれなかった相手など久方ぶりのことだ。当然、彼はここまでの戦いで手加減など一切していない。


 しかも彼は、最初は全力を出すつもりではなかった。

 白い騎士は明らかに防御を優先した装備を持っている。落とすには手間がかかるだろうし、無理をせず足止めと牽制を意図してかかったのだ。

 それが、数合と打ち合ううちに予想以上の手ごたえについ力が入ってしまった。


 この相手は“堅い”。それは単に機体の防御が厚いという意味ではない。

 むしろ守りを重視しているが故に敵の攻撃を受けに回ることが多くなる。攻撃を受け続けることは大きなストレスを生み、生半な兵ではいつしかそれに耐えられなくなる。

 だが白い騎士はアーニィスの苛烈な攻めを全てしのぎ、あまつさえ隙あらば彼すらもぞっとするほどの反撃を返してきた。

 彼は白い騎士を操る騎操士に、鉄のごとき強靭な精神を見出していた。技量と精神力をかね揃えた騎操士、それを素晴らしいと呼ばずしてなんとするか。

 荒い息をつきながらも、アーニィスの顔にはこの上ない笑みが刻まれる。


「いい騎士だ。それだけに惜しいな……」



「強い。それだけに惜しいが……」


 ダーシュとの間合いを調整しながら、エドガーは表情が険しくなってゆくのを自覚していた。

 彼と一騎打ちを続けるカルダトア・ダーシュ。彼らの戦いは均衡の兆しを見せていた。

 果敢に攻めあいながらも傷は浅く、互いに有効打となる一撃を入れることができない。

 可動式追加装甲を装備する代わりに背面武装を搭載していない自身の乗機が、やや攻撃力に欠けることはエドガーも十分に承知している。それを鑑みてもここまでもつれこんだのは相手の力量の高さによるものだ。

 ダーシュの騎操士の技量は素晴らしい。一撃が重く、鋭く、隙がない。エドガーの乗るテレスターレが防御を重視したものでなければ、果たしてここまでしのぎきれたであろうか。彼は自信を持つことができない。

 同時に、彼は自身の抱く確信を深めていた。


「やはり改修型だけあって、相手の機体のほうが動きがいい」


 単純な機体の特性の問題だ。テレスターレは最大出力に優れるがその分操縦が難しく、カルダトア・ダーシュは最大出力こそ譲るものの操縦性に優れている。

 それが、互いの技の限界に迫るような戦いにおいては無視しえない差として浮き上がってきていた。

 力で押し込むような真似を許してくれる相手ではない。力任せに暴れないよう機体を制御するエドガーに対し、相手の攻撃は全てが滑らかに、全力で放たれている。

 どこか引っかかりを覚える自機の動きに、彼が苦々しさを感じたのは一度や二度ではない。


 問題はもうひとつあり、ある意味こちらのほうが致命的だ。それはテレスターレの燃費の悪さである。

 短期決戦ならいざ知らず、双方が拮抗するこの戦いではそもそもエドガーが圧倒的に不利なのだ。

 可動式追加装甲とて魔力を消費する装備である以上、元々からの燃費の悪さに拍車がかかった状態だ。

 テレスターレの魔力貯蓄量はあと3割もあるまい。このままではエドガーが先に膝を折るのは明白であった。

 何か変化が必要である。事態を打開する変化が。


 それと、とエドガーは睨み合いを続けながら頭の片隅で考える。

 この戦いがどちらの勝利になるにしろ、エルにはせめて操縦性のいい機体を作るよう進言してみよう、彼はそれだけははっきりと決意していた。



 紅の騎士が1歩、2歩と後ずさる。機体を動かす結晶筋肉はどこか悲しげな音色を奏で、それも喧騒の中に消え入りそうだ。

 相手へ向けるべき腕は中途半端に下がり、その動きからは力強さというものが失われていた。


「さて、グゥエールはもう空腹で動けない、か」


 ディートリヒの声音は軽いものだったが、その表情は間違っても楽しそうとは呼べないものだ。

 エドガーがアーニィスと戦っている間、紅の騎士・グゥエールとディートリヒはアルヴァンズの2機のダーシュを相手取って大立ち回りを演じていた。

 攻撃型のグゥエールは攻めなければ相手を押し返すことができない。エドガーよりも早く魔力貯蓄量が尽きるのは自明の結果であった。

 だからといって、それを素直に納得できるかは別の問題である。


「悔しいね、流石に2機を相手にして立ち回るには、まだまだ修練が必要かな」


 グゥエールの吸排気機構は限界まで悲鳴を上げ、魔力転換炉エーテルリアクタは最大運転を続けている。それでも魔力の供給は全く追いついておらず、グゥエールは後一撃を放てるかどうかといったところだ。

 ディートリヒは、ここから逆転する手段を見出せないでいた。



 実は苦々しい思いを抱いているのはアルヴァンズの2人も同様だった。

 それは2機がかりで仕掛けたにもかかわらず、結局相手が魔力切れガス欠を起こすまで倒すことが叶わなかったからだ。

 どころか、ツーヴァ機もイドラ機もそれなりに損傷が増えている。紅い騎士の攻撃性能は驚異的と評してもいい。

 もし1対1で戦うことになっていたら――彼らはそう考えると表情を和らげることなど、とてもできそうになかった。


「……こいつは俺がトドメを刺す、イドラは隊長に加勢してくれ」

「了解だ。倒れかけとはいえ油断するなよ」

「わかっている……機体の傷をそう簡単には忘れはしない」


 ツーヴァ機がゆっくりとグゥエールへと歩みを進め、イドラ機は白いテレスターレへ狙いを定める。


「うん、さすがに万策尽きたね。でも、ただでやられると思ってもらっては困るよ」


 ディートリヒは機体に残る最後の魔力の使い道を決めていた。

 ライトニングフレイルと風の刃を放ち、アルヴァンズの進路を妨害する。彼が倒れては残るエドガーが不利になることは避け得ないが、それでも僅かでも時間を稼ぐつもりだった。

 稼いだ時間の先に、彼はまだ賭けることができる。彼の団長が戻ってくることに。



 一拍の後、全てが一斉に動いていた。

 ツーヴァは自分の事を全く無視したグゥエールの動きから、敵の最後の悪あがきを悟った。イドラは背面武装を展開し、トリガーへと指をかけていた。ディートリヒは動き始めたところで彼らの背後に迫る“ソレ”に気付いていた。

 全てに重なるようにして、彼らの背後で激烈な爆発音が鳴り響く。


 アルヴァンズが最も恐れていたこと。

 警戒していたはずである。しかし紅と白の騎士との激戦の間に、いつしか油断が生まれていた。集中しなければ戦えない相手だったともいえる。


 警戒の任を負っていたイドラは、ぎょっとして音のほうへと振り返っていた。律儀ともいえる行動をとった彼の視界に映ったのは、ホロモニターいっぱいを埋め尽くす鈍い鉄の色だった。

 イドラの理解が追いつく前に、それはイドラ機へと到達する。


 それ――見事な膝蹴りの体勢をとった、鋼色のテレスターレが。


 めしゃり、という紙を一斉に丸めたような音と共にイドラ機の頭部が破砕される。

 幻晶騎士の頭部は重要な部品である眼球結晶を保護するために強固な兜に覆われている。しかしそれも機体の中で最も大きな負担に耐えるよう作られた脚部、中でも頑強な膝装甲の前にはひとたまりもない。


 時間をかけて魔力貯蓄量を回復させたエルは至近距離まで走って接近してから、最後の一歩をマギジェットスラスタを使って爆発的に加速したのだ。

 巨人の重量と勢いを一点に集中させる、必殺の真空飛び膝蹴りである。

 恐らくは歴史上初となる攻撃を受けたイドラ機は、エル機の勢いを存分に叩き込まれそのまま錐もみ状態で吹っ飛んでいった。



 エルの攻撃は強烈極まりなかったが、同時に周囲の全員を無駄に驚愕させるものだった。

 一瞬時が止まったかのような、その間隙を縫ってアーニィス機が走る。

 エドガー機との間合いを素早くゼロとすると、極めて強引に攻めに出ていた。

 勢いを乗せた突撃。僅かに出遅れたエドガーは已む無く剣でそれを受け、両者はつば迫り合いへとなだれ込んでいた。


 結晶筋肉が絶叫をあげ、ダーシュとテレスターレは共に相手を圧倒せんと全力を振り絞る。

 互いの脚部が地にめり込み、巨人が放つ莫大な力を刻み付ける。

 気迫は熱を呼び、彼らの周囲では空気の密度が上がったかのように揺らめいていた。

 じょじょに、白いテレスターレがダーシュを押し始める。最大出力に関してはテレスターレに軍配が上がるのだ。

 ダーシュの剣が押し戻され、その体勢が苦しいものになってゆく。


 だが、そこで限界が訪れた。

 突如としてテレスターレが勢いを失う。力に溢れていた脚部は折れ、結晶筋肉の叫びも長く低い悲しげなものへと変じてゆく。

 間もなくして白いテレスターレが完全に膝を折った。

 ダーシュが剣を引く。白いテレスターレは剣を支えた格好のまま、沈黙していた。



 力を失ったのはグゥエールも同様だった。

 最後までディートリヒの前に立ちはだかるツーヴァ機が突撃してくる。グゥエールは残る全てをつぎ込み、1門の風の刃、ライトニングフレイル、そして剣による多段攻撃で迎撃を試みた。

 真空の刃を受けたツーヴァ機の盾が吹き飛んでゆく。委細気にせず前進したツーヴァ機はライトニングフレイルの間合いの内へと滑り込み、グゥエールの剣ごと弾き飛ばすような勢いで剣を振りぬいた。

 グゥエールに、それを耐えるだけの余力はない。力を失った紅の騎士はよろけ、ついにその身を大地に横たえた。




 それまでは静かに戦いに見入っていたアンブロシウスが立ち上がったのは、その瞬間だった。


「そこまで! 双方剣を納めよ!!」


 素早く、連続して銅鑼が打ち鳴らされる。それは喧騒を打ち抜き、戦場の騎士へと届いた。

 残る戦力で決戦へ移らんとしていた両軍勢は僅かに遅れて剣を引き、場にいる全てが動きを止めてゆく。


「両者ともいずれ劣らぬ素晴らしき機体である! それぞれの良きところ、悪しきところ、存分に見せてもらった!! さすがよ、両者に惜しみない賛辞を送ろう!!」


 いまだ戦場に立つ騎士たちへ、観客席から盛大な拍手が送られる。

 突然の終了に思考が追いつかないのか、勝ち鬨も上がらぬまま、騎士たちは夢から覚めたような心境でしばらくの間立ち尽くしていた。



 助かったのは我々なのだろうな――アーニィスは状況を確認すると心中で一人ごちていた。

 数の上では互いに2機ずつが残っている。しかしツェンドルグとあの鋼色のテレスターレが残る相手に対し、ダーシュ2機で立ち向かうのは無謀に思えた。アーニィスをして、必勝を信じることができない。

 それに銀鳳騎士団の騎士を2機倒す間に、アルヴァンズは4機が行動不能になっている。損耗率では完全にアルヴァンズの負けである。

 観衆の目にもそう映るだろうが、あえて結果を有耶無耶にしたのは多分に政治的な理由であろうと想像がつく。そこまではアーニィスの興味の外だが。


 演習場に併設される控えからは予備の幻晶騎士が現れ、演習場に残る動けない機体を回収してゆく。

 アルヴァンズ側のカルダトア・ダーシュはなかなか酷い有様だ。アーニィスは少し、仲間の無事が心配だった。



 その時、彼の目前で沈黙していた白い騎士が僅かに身動ぎした。

 時間を空けて魔力貯蓄量が回復し始めたのだろう。剣を支えた姿勢のままだった腕を下ろし、胸の装甲が開いてゆく。

 中から騎操士が出てくるのを見たアーニィスは、自分も機体の外へと出ていた。


 エドガーとアーニィスは互いの姿を視界に収める。

 どちらからともなく、相手へと最上の敬意をこめた礼をとった。

 ふと、そこで彼らは交わす言葉に詰まった。先ほどの戦いで必要な言葉は、全て剣の間に交わしつくしている。いまさら何かいう必要があるとは思えなかった。

 単にお互いの顔を確認できただけでいい、そう思いつつもアーニィスはあえてこれからを言葉にする。


「今回は俺のほうが有利だった。叶うなら、次は同じ機体でまみえたいものだな」


 エドガーは少し驚いたが、すぐに首を横に振る。


「いいえ、機体を言い訳にする気はありません。もっと魔力を温存する戦い方もあった、それができなかったのは貴方の力によるものです。守勢でいては耐えられなかった……。この敗北は私の未熟、結果ははっきりと出ています」


 アーニィスは小さく笑う。クソ真面目な対戦相手の様子が、遠く昔の誰かを彷彿とさせたからだ。


「はは、真面目なのも結構だが、少しは力を抜け。前を見るばかりでは気づかぬものもあるぞ」

「……ご忠告感謝いたします。ですが、大丈夫です。私の友が常に死角を見てくれていますので」


 そういう意味ではないのだがな、アーニィスは心中で苦笑しながらそれを曖昧な表情の中にもみ消していた。



「もしかして、私がその死角の担当なのか?」


 ディートリヒは横たわるグゥエールの上で胡坐をかきながら、納得のいかなそうな表情でぼやいていた。


「エドガーの死角とな。ありすぎて面倒じゃないか」


 その時、重量のある足音が聞こえディートリヒの頭上を影が覆う。

 振り向いた彼の前には鋼色のテレスターレとツェンドルグの姿があった。


「すいません、間に合わなくて。やっぱり無茶すぎましたか」

「まったくだね。しかしまぁ、向こうさんとやりあうとこちらの欠点が丸見えだね」


 カルダトア・ダーシュはテレスターレと並ぶ性能を持っているがゆえに、テレスターレの欠点がよりはっきりと目立つ格好になっていた。

 ディートリヒはしばし腕を組んで考えていたが、やがて意を決すると考えを述べる。


「なぁエルネスティ、ツェンドルグはともかくテレスターレは少し粗が多すぎる。元々試作だし仕方ないことなんだろうけどね。多分、陛下もダーシュのほうを評価すると思う……」

「はい、僕もそうすると思います。うーん、そうすると量産機を仕上げるには僕らがダーシュをもらったほうがいいのか、それとも今ある装備を国機研に渡してしまったほうがいいのでしょうか?」


 テレスターレの大きな欠点を晒し、エルネスティが落ち込んでいるかと気を遣っていたディートリヒは、あっけらかんとした彼の様子に拍子抜けしていた。


「……悔しいとか、そういうのは?」

「うーん? テレスターレは負けちゃいましたけど、それはどちらでもいいかな。ダーシュはテレスターレの改修型でもあるわけですしね。素直にすごいと思いますよ、僕が作ったものじゃなくてもいい物はいい。

 というわけで、いじるために何機かもらえないか、陛下と交渉してみましょう」

「……ああうん、ああ、うん。そうかい、そうだね。さすがうちの団長様だね。ついでにそろそろエドガーの機体も、きっちり作ってあげたらどうだい」


 胡坐の上に頬杖をつき、ディートリヒはとても投げやりな気分になっていた。


「そうですね……このあと、量産機開発は大詰めを迎えるでしょう。完成すれば国内の幻晶騎士は順次入れ替わってゆく。みんなの機体を揃えるのは、それからでも遅くありません」


 少しの砂埃を含む風が、演習場を吹き抜けてゆく。

 エルネスティは僅かに目を細め、それから立ち上がると彼らを見回した。


「そろそろ僕たちも引き上げを。ディーさん、動けますか?」

「ああ、魔力も少し回復しているだろうしね。歩くぶんには問題ないよ」

「なんだったら俺らが牽いてくぜ。脚つかんで、だけど」

「止めたまえ。せっかく生き残ったのに、壊れる」


 にぎやかに言い合いながら、銀鳳騎士団も移動を開始するのであった。




 演習場に併設された整備工房で、修理の進むカルダトア・ダーシュを眺めながらガイスカ・ヨーハンソンは長く、深く息をついた。

 目を閉じれば先ほどの戦いがまざまざと脳裏によみがえる。

 新型機同士による激しい戦い、見たこともない装備の数々、それを操る騎操士たち。そのどれもが目を見張るほどの輝きに満ちていた。


 結果など彼にとって重要なものではない。

 戦いの中で煌いた、数多の技術こそが最大の関心事である。確かに驚くことも多かったが、それは彼にとって喜びになりこそすれ、問題にはなり得ない。



 今日この出会いを迎えるまで、彼の心中には常に不満が渦巻いていた。


 鍛冶師である彼にとって、国立機操開発研究工房での機体開発は誇りある仕事だった。

 しかしそれも、あまりにも変化に乏しい毎日のなかでじょじょに擦り切れてゆく。幻晶騎士の開発スパンは非常に長く、新型機が生まれるのは数百年をあけてのこと。

 彼らの仕事が形を持って報われるのはだいたい次の世代、次々の世代になってからになる。そのときに居合わせることが出来た者は幸せだ。……では、居合わせることが出来なかった者は?


 始めは叩き上げの技術者の到達点として、誉れであった工房長という地位。それがどんどんと歪みを見せたのはいつからのことだったのだろうか。

 気付けば彼は、己の立場に固執するようになっていた。他に守るものがなかったからだ。

 その末に、いつしか彼は国機研の長として“若造”が自分の上に立つことに我慢ができなくなっていた。



 そんな彼を青天の霹靂が襲う。

 幾百年か後のことだと思われていた新型機の開発。突如として始まったその計画は、積もり澱んでいた彼の欲望に火をつけた。

 新型機を完成させ、その功績をもって国機研の長へと上り詰める。

 冷静に考えれば多くの穴がある浅はかな考えだったが、それすらわからぬほどに当時の彼は視野狭窄に陥っていたのだろう。

 その熱意がカルダトア・ダーシュを生み出したことを思えば、あながち無駄ともいえないが。



 そしてカルダトア・ダーシュを国王へと披露する晴れの舞台で――“彼”が現れた。

 人馬の騎士を従え、数多の新装備を身に纏ったその姿。ガイスカが縋るカルダトア・ダーシュすら、元をただせば彼の発案であるという。

 最初は混乱した。次第にそれは錯乱へと至り、最後には狂乱となった。

 それを切り裂いたのは、やはり“彼”の言葉だった。


 常識を常識とも思わず、望むままに、何の躊躇も迷いもなく、ただひたすら作ることを求める愚かな賢さ。

 燃え盛る太陽のような輝きを目にした彼は、己が目指した先がただの陽炎であると気付いてしまった。



 彼は閉じていた目を開き、強張っていた身体をゆっくりと動かすと、自らの手をもたげ皺に覆われたそれをじっと見つめた。

 鍛えられてはいるが、すでに多くの老いが刻まれた手のひら。いま再び鎚を握ったところで、そこに往時のような力強さはないだろう。

 だが、彼には蓄えた経験と知識がある。それを生かせば更なる高みが目指せることは、カルダトア・ダーシュという存在が証明済みだ。

 部下を采配しよう、技術を伝えよう、そうすれば彼も、彼らもあの輝きを目指せるかもしれない。


 ガイスカは、今自分が国機研の開発工房の長という立場にあるということに、初めて感謝を覚えていた。


「……若造めが……まだまだお前らには負けぬぞ……」


 思わず漏れ出したその言葉は、かつて放たれたときとは全く違う響きを伴っていたのだった。




 長きにわたってフレメヴィーラ王国の制式量産幻晶騎士であったカルダトア。

 その登場からおよそ100年の時を経て、この模擬戦が行われた翌年に後継機である“カルディトーレ”が世に現れる。


 時にエルネスティ・エチェバルリア12歳。

 彼が初等部を卒業して中等部へと進学する、その春のことであった。

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