#48 新型機と模擬戦をしよう

 王都カンカネン郊外に存在する、近衛騎士団のための演習施設。

 そこで行われていた国立機操開発研究工房シルエットナイトラボラトリの新型量産機のお披露目は、突然の銀鳳騎士団ぎんおうきしだんの登場により混沌の坩堝へと叩き込まれていた。


 燦々と降り注ぐ日差しを鈍く反射し、演習場を我が物顔で走る人と馬をあわせたような異形の機体。

 巨大な質量を持つ鋼鉄の蹄が大地を打ち鳴らし、一足ごとに雷鳴のごとく馬蹄の音が響いては観覧席に居並ぶ見物人たちの鼓膜を震わせていた。

 人々は瞬きすら忘れ食い入るようにそれを見つめている。

 人が扱う最強最大の兵器、幻晶騎士シルエットナイト。その一種でありながら人からかけ離れた姿を持つ人馬の騎士――ツェンドルグを。


 ツェンドルグを見つめているのは、なにも見物人たちばかりではなかった。

 演習場の同じ大地に立ちツェンドルグとにらみ合う、カルダトア・ダーシュの騎操士ナイトランナーたちもまた興味深くそれに見入っていた。


「ツーヴァ、見てみろ。すごいな、幻晶騎士が馬の形をしているぞ」

「“衛使”殿が我らを呼ぶわけだ……徒人も侮れないものだな」

「まったくだな。しかし衛使殿ははめられたのか? これではこちらの新型機というより、まるであちらのお披露目だ」


 隣の機体からくっくっと皮肉げな笑い声が漏れるのを聞き、彼もまた腕を組み幻像投影機ホロモニターに映る人馬の騎士をにらんだ。


「さてどうかな……我らを呼んだということは、単にはめられたわけではないだろう。

 それよりも、今のうちにアレに対する戦い方を考えておいたほうがいいのではないか」

「貧乏くじかとおもったがどうしてなかなか、面白くなってきたじゃないか」


 カルダトア・ダーシュの眼球水晶が輝きを増し、人馬の騎士の一挙手一投足を見逃すまいと盛んに像を結ぶ。

 騎操士たちはすでに観覧席の喧騒とは遠く離れた場所にいた。見るべきものは敵の姿、知るべきものは敵の動き。

 静かに、しかし確実に戦いは始まっている。




 そんな騎操士たちの緊張も、ざわざわと抑えきれぬ喧騒に満ちた観覧席からは窺い知れなかった。

 観客である貴族位にある面々は、演習場を我が物顔で走る異形の機体と、何よりもそれを創り出した集団――銀鳳騎士団についての好奇に駆り立てられている。

 その焦点は国機研ラボという組織が既に存在するにもかかわらず新たな組織を立ち上げた、その意図について向けられていた。


 これがただの騎士団であるならば彼らもそう興味を持ちはしなかっただろう。

 およそ1年ほど前、外部からの大掛かりな襲撃事件があったことは彼らも聞き及んでいる。それに対する備えであるとすれば騎士団の一つや二つは増えてよさそうに思えるが、これはどうみてもそれとは違うものである。


 襲撃者、新型機、新たな騎士団。

 それらの断片が織り成す壮大な遊戯の中に、彼らはいる。

 ならば、次なる札が指し示すのは何か。手番を持つのは彼らの王、その動向を見逃すまいと彼らはじっと耳をそばだてている。




 激しい夕立のように、大きな驚愕は速やかに過ぎ去っていった。後に残るのは静けさと冷えた空気である。

 無関心からくるものではない。大きすぎる興味をもてあまし、しかしそれを面と向かって“国王”に問いただすわけにもいかず、その結果としての沈黙である。

 貴賓席の中を漂っているのは、そんな独特の雰囲気だった。


 アンブロシウスは小さな笑みを浮かべたまま走るツェンドルグを眺めていたが、ふと隣にいるオルヴァーへと視線を向けた。


「おぬしはあまり驚かぬのだな」

「滅相もありません。前々よりライヒアラ付近に恐ろしい魔獣が出没するとの噂を耳にしておりましたが、それがまさか新型の幻晶騎士のことだったとは。このオルヴァー、心底より驚き慄いております」


 オルヴァーの糸のように細められた目元には一瞬だけ複雑な色彩が過ぎったのだが、彼はそれを周囲に気取られる前にすばやく消した。

 そして平素のごとくわざとらしい仕草で頭をたれる。その変わらなさは、この粘度の高い気配の中では逆に異常とすらいえた。


「相変わらずその耳はよく聞こえているようじゃな。それで“アルヴァンズ”を揃えてきたか」


 アンブロシウスは声を潜める。オルヴァーは目線だけで小さく頷き返した。


「新型機もそうであるが、わしはこの機会に“あれら”がどこまで戦えるものか知っておきたくてな。洟垂れの餓鬼と思うでないぞ、あれでなかなかに修羅場をくぐってきておる」


 すぐ横に控えるオルヴァーにすら届くかどうかといった、ほとんど独り言のような呟き。彼の“耳”でなければ捉えることは困難だろう。


「おぬしならば不足ない相手を用意すると思っておった。見事よ。舞台は十分に整ったようだのぅ」

「お喜びいただけたのなら、何よりです」


 オルヴァーは、今度は深く頭をたれた。


「その前に、あやつらのことを知らしめねばならんな……」


 アンブロシウスが誰へともなく呟いた直後、貴賓席の扉がノックされ警備の兵が銀鳳騎士団の到着を告げる。

 押し殺した吐息が部屋に満ちる。全員の視線が、一斉に扉へと集中した。



 よく油を挿された扉はわずかの軋みもなく滑らかに開かれた。

 床に敷かれた柔らかな絨毯が、現れた人物の重さの分だけ小さくへこむ。

 銀鳳騎士団――先ほど名乗りを上げた、騎士団長エルネスティ・エチェバルリア、第1中隊長エドガー・C・ブランシュ、第2中隊長ディートリヒ・クーニッツである。


 居並ぶ貴族たちは、思わずあがりそうになった呻き声を気合で飲み込んだ。

 いつもならば、その見た目から早速値踏みを始めているはずである。

 しかし今回ばかりは彼らは自らが混乱に陥る前にそれを切り上げた。


 左右を歩く2人の若者、エドガーとディートリヒはまだいい。その装いと鍛え上げられた様子を見れば良い騎操士であることがわかる。それは同時にただの騎操士以上のものではないということだ。

 問題なのは彼らの長であるエルネスティの姿だった。

 初見の印象はまず小さい、幼い。

 歩くたびにふわふわと揺れるセミロングの紫銀の髪、少女のように整った顔立ちに低い身長が合わさって、どこかの深窓の令嬢だと紹介されても信じてしまいそうな出で立ちである。

 それが国王直属の騎士団の長を称している。まったく悪い冗談であり、その場にいる誰もそんな人物を見定める眼を持ち得なかった。


 物理的に圧されそうなほどに集中した視線の中でも、彼にひるんだ様子はなかった。逆にぱっちりと大きめの瞳に強い意思を湛え、その目はまっすぐに国王へと向けられている。

 ただ、彼が国王へととった騎士の礼が些かぎこちなかったのが周囲にどこかちぐはぐな印象を与えていた。これだけ堂々と振舞っておきながらそこだけまるで“勉強途中の子供”のようである。


「陛下の仰せにより、最新鋭試作機体“ツェンドルグ”、および試作兵装群を搭載したカルダトアベース・テレスターレ、ここにお持ちしました」

「ご苦労であった」


 言葉の内容が、周囲の興味をさらに掻き立てた。

 ツェンドルグ、というのは先ほどの人馬の騎士であろう、それも興味深くはあるが問題はもうひとつの単語にある。“試作兵装群”とは一体何なのか? まだなにか隠し持っているのか――この時点で、彼らは既に完全に術中にはまっていたといってよい。

 彼らの手札はあからさまであり、ただ相手の手札だけが伏せられたまま。場の主導権がどこにあるかは明白だ。


 アンブロシウスには、そんな周囲の興奮と困惑が手に取るように察せられた。

 口元の笑みをどこまで隠せているか、本人にも自信がない。すでに彼の悪戯心は満杯を通り越して破裂せんばかりである。

 ここからは“ネタばらし”の時間だ。

 同時に国機研と銀鳳騎士団の立ち位置を決定付ける。ここまで派手に見せびらかしたのは単に悪戯心ばかりではなく、いや多分にそれも含んでいるが、この後の話を通してしまうための布石でもあった。

 すでに状況はワンサイド・ゲームと化している。


「さて皆の衆よ、そこにいる子供がエルネスティ・エチェバルリア……ライヒアラ騎操士学園の長であるラウリの孫であり、新型機、そしてその人馬の騎士の設計者よ。今はわしの命により、銀鳳騎士団の長でもある」


 その、はずだった。


「……お、お前が、お前のような子供がアレを設計したというのか……!!」


 一人の男が、彼の言葉をさえぎるまでは。


 ガリガリと乱暴に白髪の混じる髪をかき乱し、血走った眼を見開いて歩み出たのは国機研第一開発工房長、ガイスカ・ヨーハンソンだった。

 振る舞いから一目で真っ当な精神状態ではないと知れる。それは目上も目上、国王の言葉を遮ったことからも明らかだ。


「違う……違うだろう!! あ、あんなもの、普通は動くはずがない。何か、何かあるだろう、誰かから聞いたのか、いや、誰かが作ったのだろう!? 違う、作れるはずがない、なんだ、ならばどうしたのだ……!?」


 もはや周囲のことなど彼の目には映っていない。支離滅裂な言葉を喚きながらどんどんとエルへと詰め寄ってゆく。

 その狂態を目の当たりにして、アンブロシウスは珍しく困惑を露わにしていた。


「(おお、これは少し荒療治が過ぎたかのぅ……対抗意識を持つ程度でよかったんじゃが)」


 言葉で制止できるか、束の間アンブロシウスは悩んだが完全に錯乱している様子を見れば通じるものとも思えなかった。

 彼は諦めて取り押さえるよう命令を下そうとしたが、その時に何かを言いたげな様子のエルと目が合う。興味を覚えたアンブロシウスは開きかけた口を閉じ、同じく目線だけで許可を下した。


 エルは要領を得ないうわ言じみた叫びをあげて迫るガイスカへと向き直る。

 彼の左右では、エドガーとディートリヒがもしもの場合に備えて全身を緊張させていた。いくら力に長けるドワーフ族とはいえ、現役の騎操士二人に敵うものではない。


「ツェンドルグは、魔力転換炉エーテルリアクタを2基搭載しています」


 もはや手を伸ばせば届きそうな距離、エルのつぶやきは確かにガイスカに届いた。カッ、と意味不明の音を吐き出して彼の動きが凍りつく。

 同時にオルヴァーが珍しく目を見開き、驚愕を表情に乗せていた。


 一拍遅れて、エルの放った言葉の意味を周囲の人間も理解していた。小波のように、驚きは周囲へ広がってゆく。


「なぜか、わかりますか?」


 エルはにこりと笑みを浮かべ、小さく首をかしげて問いかける。

 それに対してガイスカは間の抜けた姿勢のまましばらく凍り付いていたが、それもやがて溶け出していった。


「あ、あれは……そう、そうか、巨大すぎる。炉が一つでは、支えきれん……そこまでして、やっと」


 ぶつぶつと呟きながら、ガイスカの瞳に明瞭な知性の光が戻ってくる。

 問いに答えるために必要なものは、理である。どんなに奇妙に見えても、技術で作られているものは理と知で語れば、読み解けるものなのだ。

 二つの心臓を備えた人馬の怪物。正気を取り戻した彼を震えがくるほどの衝撃が襲うが、それ以上に洪水のような疑問と知識欲が湧き上がっていた。


「確かにそれで、形は維持できる……が、それだけで動くまい。まだ足りない。ほ、他にも何か仕掛けているのだろう」

「そうですね、もちろん他にも色々な案を盛り込んでありまして……えーとそうだ、図で説明しましょう。エドガーさん、ディーさんお願いします」


 エドガーはこの期に及んではもう何も突っ込むまいと覚悟を決め、無言で傍らのトランクケースを開いた。

 ディートリヒも同じく無言で持ち運んでいた木製の台を組み上げ、簡易の黒板を用意していた。

 エルは素早く何枚かの図面をそこに張り出すと、可憐な花が咲き誇るように満面の笑みを見せて。


「では解説いたしましょう! まずは基礎の構成からですね……」

「いやちょいと待たんか、この馬鹿者が。わしを無視して勝手に始めるでない」


 プレゼンテーションが始まる直前に慌てて待ったをかけたのは、当然アンブロシウスである。

 思わず流されかけていた周囲の人間も、その一言で我に返った。


「……陛下もごいっしょにどうでしょうか。大丈夫です、皆様にお聞かせするために大量の資料を持ってきましたからじっくりと全てですね……!」

「それのどこが大丈夫なんじゃ。後でゆっくりと聞いてやる、まずはそれを仕舞わんか」


 エドガーとディートリヒはやはり無言で、テキパキと台と図面を仕舞ってゆく。

 エルは実に残念そうにそれを見送っていた。


「ガイスカ、おぬしも控えよ」

「……!! あ、ああ、も、申し訳……あのような醜態を……」

「やれやれ、少々薬が効きすぎたようじゃな。まぁよい、正気に戻ったのならまずは話を聞け」


 一転、地に頭を擦り付けんばかりに平伏するガイスカへとアンブロシウスは投げやりに応じる。


「ぷっ、くく、ふふふ……」


 我慢し切れなかったのだろう、ついに横であがった笑い声にアンブロシウスは小さくため息をつくと、ゆっくりと振り返った。


「オルヴァー、おぬしまでもか」

「これは申し訳ございません。いやぁ、どのような子供かと思っていればずいぶんと面白くて……陛下を呆れさせる者などそうは見れるものではありませんし」


 笑顔で頭を下げるオルヴァーへまたも投げやりに応じるアンブロシウス。

 先ほどまでの緊迫した空気は完全に霧散し、なんとも緩い気配が場に漂い始めていたのだった。




 気を取り直して、アンブロシウスは咳払いをして場の空気を切り替えていた。


「そうな、順を追ったほうがよかろう。そも話の大本は、そこのエルネスティが趣味で新型の幻晶騎士を作ったことにある」


 一部に不自然極まりない単語が混じっていたように聞こえたが、そこは無視された。


「そのしばし後には新型機の強奪事件が起こりおった。どこの鼠が嗅ぎつけたのや知らぬがな、機体を取られてしまったのは痛恨事であるが、幸いにも作り出した本人は無事であった。

 そこでわしは銀鳳騎士団の結成を命じた。こやつの発案による幻晶騎士を作るための開発集団であり、そしてその護衛戦力をかねてもおる」


 銀鳳騎士団成立の経緯を聞いた周囲のものたちは最初は頷いていたが、次第にある疑問を感じ始める。


「それはわかりましたが陛下、開発集団であるというのならば私ども、国機研へと加わってもよかったのではありませんか? 銀鳳騎士団はただの護衛戦力でも良かったはずでは」


 尤もなオルヴァーの疑問にふむ、とひとつ呟きを返すとアンブロシウスは視線をエルへと向ける。

 いつの間にかエドガーが持っていたトランクケースはエルの腕の中にあり、その出番を今か今かと待ち受けていた。

 アンブロシウスはエルを目で押しとどめると、少し言葉に悩み。


「何せこやつはまだ子供であるからのぅ、最初はおぬしらのほうが馴染めるかが不安であったのじゃが……むしろ今はこれをそのまま国機研に放り込んでもよいものかと、思ってな」


 それを聞いた全員が、不可思議な納得を覚えていた。


「そしてこのたび双方が作りし騎士を見ておると、このまま違う組織とするのもよいかと思っておる。こやつは騎士を作れといわれて騎馬を作るようなやつよ、真っ当な組織に入れておける気がせん。

 それに、おぬしらにしてもこやつの“作品”はよい刺激になったであろう?」


 意気消沈したガイスカは、向けられた視線にたじろいだ。


「……っ、はっ、まことに……」

「それも理由のひとつじゃが、他にもある。こやつの作品は面白いものじゃがな……どうにも使い勝手が全く抜けておる。ガイスカよ、おぬしらが作り変える前の新型機とは、どのようなものであった?」

「は、それは……強力な筋肉構造と画期的な機構を積んでおり極めて強力な機体ではありますが、その、操るに難くすぐに息が上がるじゃじゃ馬でありまして」


 なぜかエドガーとディートリヒがその言葉に何度も頷いていた。


「で、あろう。おそらくはあのツェンドルグなる機体もまともな動かし方はしていまいて」

「はい、二人乗りで動かしています」

「……うむ、さすが無駄に徹底しておるな。このようにな、エルネスティの作品は様々な良き点がありながら、同時に粗削りに過ぎるのじゃ。なんじゃのぅ、まるで宝石の原石か。磨かねばその真価を発揮できん。そして磨けるだけの技を持つものは、国機研おぬしらを置いて他にはいまい」


 オルヴァー得たりとばかりに合いの手を挟む。


「……では陛下、今後は彼らが新型機を作り、わたしたちがそれを他のものでも扱えるよう“仕立て直す”ということでしょうか?」

「有り体に言えばそういうことじゃな。よろしく頼むぞ、オルヴァーよ」


 彼をはじめとして貴賓席にいた人間が一斉に頭をたれた。


 こうして銀鳳騎士団の存在は周知のものとなり、この日列席した者たちを起点として、フレメヴィーラ王国の貴族のあいだにエルネスティの名が静かに広まってゆくことになる。

 その名前にはひとつの注意が付帯していた。

 曰く、銀鳳騎士団騎士団長エルネスティ・エチェバルリアなる者は、凄まじいまでの開発能力を持つと同時に想像を絶するほどの幻晶騎士バカである、と。




 そうして話が終わってからしばしの後。


「さて諸君、彼らが何者かわかったからには、次は新型機の力を知りたかろう。これより国機研と銀鳳騎士団による模擬戦を行うこととする。双方準備せよ」


 アンブロシウスの命に従い、銀鳳騎士団は準備のため演習場へと降りていった。

 降りる間にも、一緒に移動しているガイスカとエルがひたすら意見交換をしている声が廊下から響いてくる。

 ガイスカも元をただせば叩き上げの技術者であるからして、未知なる技術への貪欲さは他に引けをとらない。エルにしても趣味の話は止まらない性質とくれば、それは整備用の工房につくまで続くことだろう。


 そのころの観覧席には、もはや最初のような尖った様子はなかった。

 今はただ、互いの組織が持てる力を振り絞った機体の力について盛んに議論を交わしている。要するに単なる野次馬と大差ない状態だ。



 ゆったりとした場の空気の中、貴賓席に残ったオルヴァーは国機研の今後について考えていた。

 先の一幕は、国機研側から見れば新型機開発という重要業務を引き抜かれたに等しく、一見すれば大きな打撃を受けたように見える。

 だが考えようによってはそれも悪くはない話だ。


 新型機開発の焦点たるあの暴走気味の子供。彼はこのまま国王直属の騎士団の長にある。それは言うなれば、国王自らが手綱を取るということだ。

 先ほど横から見ていただけでも、この子供は才はあれど恐ろしく癖が強いことは見て取れた。そんな難物を操るよりは国王に任せてしまったほうがはるかに良いだろう。

 さらには彼の作るものが多くの問題点を残したものである以上、国機研の役目がなくなることはない。つまりはその重要性は少しも揺らいではいないのだ。

 とは言え、彼はそれを説明する労を思い、些か暗鬱な気分になったわけであるが。



 表情を変えないままとめどない思考に没していたオルヴァーだったが、その鋭敏な耳が彼を呼ぶ声を拾った。

 彼は顔を上げ、隣にいる国王へと振り向く。


「オルヴァー、いずれ遠くない先に、あの者を連れて“里”を訪れることになろう」


 やはりか、うすうす予想していたオルヴァーの心中に納得が広がってゆく。

 彼は努めて無表情の仮面を維持して。


「陛下は、あの子供をずいぶんと評価しておいでなのですね」

「結果は十分すぎよう……それもあるがな、約束をしたのだ」

「約束とは?」

「うむ、十分な功と引き換えに魔力転換炉の秘を教える、とな。王たるもの約定を違えるわけにはいかん」


 オルヴァーはしばし瞑目し、取るべき行動について考える。

 アンブロシウスは決して急かすことはなかった。そこには配下のものに対する態度としても、少々丁寧にすぎる印象があった。


「……陛下からのお言葉、“衛使”として里へ伝えておきます。しかし決定を下すのは“大老”なれば……いかに陛下におかれましても“法”には従っていただきたく」

「わかっておる。しかしあれほど愉快なものであれば、大老どもも拒むまいよ」


 オルヴァーは曖昧な笑みだけをその回答とした。

 それを締めくくりとして、2人は演習場に展開してゆく2つの部隊へと視線を転じていた。




「これより、国機研と銀鳳騎士団による模擬戦闘を始める。なお戦力は均衡をとるため銀鳳騎士団、騎士1個小隊(3機)及び騎馬1騎! 国機研、騎士2個小隊(6機)とする!!」


 観客の歓声を背景に、アンブロシウスが対戦規定を告げる。

 盛り上がる観覧席とは対照的に、演習場内に布陣するグゥエールの操縦席ではディートリヒが億劫そうにぼやいていた。


「ツェンドルグは騎士3機分と判断されたわけだね。1つの騎馬は3の歩兵に等しく、か。幻晶騎士にも当てはまるものかな?」

「どうだろうな。この場合、国機研むこうの新型機はこちらのものを改良したものだ。それが3機……正直、戦力負けに思えるがな」


 ディートリヒが乗るのは改修型グゥエール、エドガーとエルが乗るのはカルダトアを基としてテレスターレと同様の改修をおこなったものである。

 つまるところ3機ともテレスターレから大差ないものであり、対してカルダトア・ダーシュは“テレスターレを基に”全面改修を施したものだ。伝え聞くだけでも性能的には相手のほうが上である。


「楽しみですね。どこまで“まともに”なっているのでしょう? 使い勝手は大分と改善されたようですし……そうだ、後で乗せてもらいましょう!」

「……ああうん、君はいつもどおりで羨ましい限りだね」


 ずれた感想を漏らすエルの様子にディートリヒはやれやれと首を振る。


「まぁ、俺たちとて以前のままではないさ」


 腕周りがやや大型になったグゥエール、装甲のケープを纏ったエドガー機、そして追加装甲を加えたエル機。

 彼らの機体とてただテレスターレのままではない。それぞれにいくらかの試作兵装を搭載し、強化が施されたものだ。


「ねぇ、それで私たちはどーすればいいの?」

「やっぱ3機相手にやりあうのか?」


 背後に控えるツェンドルグから双子の声が届く。

 彼らの最大の勝機であり、また不安要素でもあるのがこのツェンドルグだ。

 これまでに身内での戦闘訓練は積んできているものの、双子にとってはこれが初陣にも等しい。何が起こるか予想は困難だ。


「そうだな……手堅く定石に従うか、それとも」

「それなのですが。エドガーさん、ディーさん、少しの間だけ無理をお願いできますか?」


 彼らの団長の指示を、二人は操縦席の中で不敵な笑みを浮かべて聞いていた。




 高らかな喇叭ラッパの音が演習場に並んだ双方の部隊の間を駆け抜けてゆく。

 さらに戦闘の始まりを告げる銅鑼ドラが打ち鳴らされ、大きな歓声が後に続く。


 直後、大地を揺らしながら巨人の騎士が突撃を開始した。

 最初に動きを見せたのは銀鳳騎士団側だ。3機の騎士が前に走り出て、ツェンドルグはその後ろを速度をあわせてついてゆく。


 国機研側――カルダトア・ダーシュを操る騎操士集団である“アルヴァンズ”。

 彼らのリーダーであるアーニィスは銀鳳騎士団の動きを見てふむ、と鼻を鳴らした。


「同時突撃を狙ったか……? まぁ、想定の範囲内だ。槍壁陣構え、前進する」


 彼らは2個小隊を横並びにして、全員で盾と槍を構えてゆっくりとした速度で前進を始める。

 明らかに人馬の形をもつツェンドルグを意識した陣形である。突撃力の高い魔獣に対する常套手段でもあり、穂先を潰してあるとはいえ長く突き出た槍は速度をつけての突撃を躊躇わせるには十分だ。


 銀鳳騎士団が接近の速度を上げた。さらに部隊の後ろにいたツェンドルグが単騎で横に距離を取ると、先行する3機を追い抜いての襲歩を開始する。


「第2小隊は右へ向かい槍壁陣を維持、第1小隊格闘準備!!」


 突出し始めたツェンドルグにあわせて、アルヴァンズは部隊を二つに分けた。

 そのまま槍を構えてツェンドルグを迎撃する部隊と、槍を捨てて騎士と格闘をする部隊である。長い槍は突っ込んでくる相手には有効だが、小回りに長けた騎士を相手にする場合は不便が勝る。

 2個小隊を抱えるアルヴァンズは小隊ごとに役割を分けることで、数の有利を生かしてきた形だ。


 両者の動きを見ていた観客の大半も、歩兵同士の衝突と騎馬を相手にした戦いに綺麗に別れたと、そう考えていた。

 直後に銀鳳騎士団の騎士の1機が、異常な行動を始めるまでは。


「マギジェットスラスタ、起動……積層配置から展開。吸気圧縮開始……」


 突如として歓声とも轟く足音とも異なる異音が場内に響き渡りはじめる。

 急激に集められた空気が渦を巻く、独特の甲高い音。魔力転換炉の吸気音を数倍に激しくしたような音が、銀鳳騎士団のうち1機から放たれていた。


 金属地そのままの鈍い鋼の色をした機体。

 その肩と腰周りに追加された装甲が、がしゃがしゃと配置を換えていた。

 装甲を支える可動機構により、向きが真後ろへと変えられる。階段状に重なった装甲の裏側につけられていた、板状の弁が開いてゆく。

 重なった装甲の内部は中空になっており、そこには紋章術式エンブレム・グラフがびっしりと刻まれていた。


 それを見ていた観客に戸惑いが広がった。何故装甲を動かすのか、あれでは守るべき部分が剥き出しではないか、と。いまだ謎の音を立てるその装置の意味を知る者はいない。

 それだけ怪しげな動作をしていれば当然、アルヴァンズは警戒心を抱く。


「なんだあれは?」

「空気を集めている……空気弾丸エア・バレットを撃つ魔導兵装シルエットアームズか? 何か新兵器のようだが……わからん」

「ツーヴァ、イドラ、何が飛んできてもいいように警戒しろ。そろそろ射程内だ、こちらも魔導兵装で仕掛けるぞ」


 槍を持たない第1小隊が背面武装バックウェポンを起動する。

 同時に、槍を構えた第2小隊も背面武装を起動していた。高速で移動するツェンドルグは騎士よりはるかに突出している。既に完全に魔導兵装が有効な間合いの中だ。



 そうしてまさに法撃戦の火蓋が落とされようとする直前、それは起こった。

 鋼色の騎士が膝をたわめ、身を沈めて力を溜める。騎操士であるエルネスティの意思をそのまま反映する直接制御フルコントロールにより操作されているその機体は、綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューの力を余すことなく発揮する。踏み込みが大地を抉り機体が疾走へと移る瞬間、紅蓮の炎がその身から噴き上がった。


 輝きと、爆音を伴う炎の尾が追加装甲から長く伸び、今まさに加速へと踏み切ったその機体へと尋常ならざる推力を与えていた。

 人の5倍の大きさを持ち全身を金属と結晶で構成した、莫大な重量を持つ幻晶騎士。それがまるで法弾のごとき圧倒的な速度に到達する。


 炎の尾が現れていたのは僅かな時間だった。鋼色の騎士が二歩目に入る頃にはそれは陽炎へと変化し、機体の背後の空間を揺らめかせるばかりだ。

 鋼色の騎士が二歩目を踏み切る瞬間、再び背後に炎が顕現する。当然、騎士は更なる推力を得て速度を増してゆく。



「ゼルクゥーーース!! 気をつけろ! あれはそちらヘ……!!」


 誰もが眼前の未知なる光景に動揺している中、最初にそれに気付いたのは第1小隊のアーニィスだった。

 鋼色の騎士はもはや異常なまでの速度に達し、先行していたはずのツェンドルグすら追い抜いてアルヴァンズへと迫っている。そう、“槍持つ第2小隊”へと。


「ばっ……なんだこいつは!?」

「槍では間に合わん! 撃て!!」


 ツェンドルグにばかり注意していた第2小隊は、法弾と見紛うほどの速度で接近する鋼色の騎士に対する反応が遅れた。

 それでも彼らは咄嗟に魔導兵装を撃ち放ち、迎撃を試みた。一瞬の行動であったにもかかわらず、飛翔する法弾が正確に鋼色の騎士を捉えていることが彼らの技量の高さを証明している。


 大きな驚愕に襲われつつも、第2小隊の小隊長であるゼルクスは頭の隅の冷静な部分で相手の失敗を確信していた。

 異常極まりない速度の奇襲は賞賛に値するものだが、逆にあれだけの速度を出してしまっては攻撃の回避などできたものではない。敵は自らの速度で自滅するのだ。


 だが、そんな彼の思惑を上回る者がいる。

 銀鳳騎士団団長エルネスティ。その身体的条件から、彼は訓練の大半を高速戦闘に対応すべく費やしてきた。

 そんな彼の鍛えられた反射神経と圧倒的な演算能力が、刹那の間に行動を差し挟むことを可能とする。


 鋼色の騎士の肩に装備された追加装甲。可動式マギジェットスラスタともいうべきその装備が、噴射口を一斉に横へと向ける。

 短い爆音と、炎の煌き。

 急激な横方向のベクトルを加えられた鋼色の騎士は、一瞬で進行方向を斜め向きに変化させた。


「は?」


 敵は第2小隊の予想をはるかに超えていた。

 ちゃんと狙いが定まっていたことが災いし、法弾は鋼色の騎士に掠ることすらなくその横を通り過ぎてゆく。


「うわぁああぁぁぁぁぁぁ!?」


 白刃が閃く。

 鋼色の騎士は第2小隊の左側を通り過ぎざま、剣を振るった。圧倒的な速度をもった斬撃は決闘級魔獣の突進にも匹敵する威力を発揮する。

 機体の左手に盾を構えていたことが、左端に位置していたフィリア機を救った。それでも強大な衝撃に盾が弾き飛ばされ、フィリア機は大きく傾いて後ろへ倒れこんでゆく。


「フィリア! まずいな、私があれを抑える、ユンフは後ろを……」

「ゼルクス、敵はあれだけではないぞ。下手に動くな」


 その言葉に、ゼルクスは自分達が元々何と対峙していたのかを思い出した。

 爆音を轟かす鋼色の騎士に隠れて、人馬の騎士はもはや眼前に迫っている。土煙を跳ね上げ、圧倒的な迫力を持った騎馬が突撃してくる。

 鋼色の騎士の攻撃により大きく体勢を崩した今の第2小隊では、あれを迎撃するのは無理だ。ゼルクスはそう素早く判断すると「避けろ!」と小さく叫んで無理矢理飛びのいた。ユンフ機も僅かの遅れもなく同じ行動を取る。


 そうして開いた空間を、ツェンドルグが走り抜けてゆく。

 ツェンドルグはすれ違いざまに、その左手に持った細長い盾を振り回し殴りかかってきたが、ユンフ機は盾で受け流すことで損害を最小限とした。


 その隙に、爆発的な速度で駆け抜けた鋼色の騎士は機体を停止させていた。

 両脚を踏ん張り、同時にマギジェットスラスタを前方へと向ける。今度は一瞬ではなく長時間の噴射が行われ、自らが持つ速度をその推力で打ち消していた。

 もうもうとした土煙と、揺らめく陽炎をまとって鋼色の騎士が動きを止める。

 ややゆっくりとした動きで振り返ったとき、そこには総崩れになった第2小隊の姿があった。




「な、何の冗談だあれは……!?」


 第2小隊の惨状とそれをもたらした鋼色の騎士の存在は、第1小隊に強い動揺を与えていた。

 彼らはすぐに第2小隊の救援に向かおうとしたが、それをアーニィスが押し止める。


「落ち着け! 残りの騎士が迫っている、今第2小隊に向かえば我らも背中を突かれるぞ!」


 その言葉で、彼らは残る“歩兵”2機のことを思い出す。鋼色の騎士のあまりに派手な攻撃は、彼らの注意を完全に奪ってしまっていた。


「こちらもすぐさま前進する。2対3だ、可能な限り素早くあの2機を倒す! ゼルクスたちはそう簡単にはやられん。今ので守りを固めるはずだ!」


 3機のダーシュが走り出す。銀鳳騎士団の2機との間があっという間に縮んでゆく。


「イドラ、あの鋼色のに注意しろ! またあの音が聞こえたら迎撃に回る!!」


 アーニィス機、ツーヴァ機が先行し、走りながら背面武装を発射する。対して銀鳳騎士団は紅白2機のうち、白い騎士が前へ出る。

 殺到する法弾が突き刺さるかと思えたそのとき、白い騎士の肩周りに配置された装甲が動き始めた。補助腕が蠢き装甲を前方へと集中させてゆく。さらに盾を構えて完全な防御形態をとった白い騎士は、勢いを落とすことなく飛来した法弾を全て弾き飛ばした。


「あれも、ただの機体ではないということか……」

「鋼色のは動いていない、今のうちにやるしかないぞ。あの妙な装甲とて、全てを覆えるわけではあるまい!」


 アルヴァンズの3機はさらに法弾を撃ち続け、圧力を加えながら剣の間合いへと入った。

 白い騎士の陰から、今度は紅い騎士が飛び出してくる。盾を持たない、攻撃型の重装機だ。それは剣を振るうと見せかけて、ツーヴァ機へと腕を振り上げた。

 その篭手の根元から、炸裂音と共に何かが飛び出した。

 剣を交えることを想定して構えていたツーヴァ機の顔面に、飛び出してきた金属の塊が直撃する。衝撃は眼球水晶に届いたと見え、操縦席ではホロモニターの映像の半分が歪んでいた。


「こいつらは、どれだけ妙な装備を!!」


 ツーヴァ機が怯んだ隙に紅い騎士はイドラ機と切り結び、力任せにそれを押し返す。

 その横ではアーニィス機と白い騎士が切り結び、同じく一旦間合いを離していた。


「倒し……きれないか!」


 アーニィスは密かに歯噛みする思いだった。数ではアルヴァンズが勝っているが、攻撃と防御に特化した性能を持つ紅と白の騎士はなかなかに手ごわい。

 その時、彼らの背後から大量の空気を吸い込む異音が響いてきた。鋼色の騎士が再び動き出したのだ。


「これは窮地だな……イドラ、後ろを警戒。ツーヴァ、いけるか」

「ああ、動きには支障ない。ゆくぞ」


 アルヴァンズは再び攻勢に移る。紅と白の騎士もそれを迎え撃つべく動き始めていた。

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