#47 新型機をお披露目しよう
日の出からしばしの時が経った時間帯、朝霧けぶる西フレメヴィーラ街道に馬車の群れの姿があった。
多くの荷を積んだしっかりとした作りの馬車が列を成し、その周りには巨大な人型の影も見える。
彼らはフレメヴィーラ王国で活動する商人と、その護衛戦力である
素早く行動すればそれだけ時間に余裕が生まれ商売の機会が増える。その信念の下、商人たちは恐ろしく早起きで精力的だ。それは朝夕にはしばしば霧の出るこの季節ですら例外ではない。
「……なんだ……? 何かがいる、止まれ!」
商隊が霧に覆われた街道をゆっくりとした速度で移動していると、突如として最前方を歩く護衛の幻晶騎士から鋭い警告が飛んだ。
彼の言葉に従い商隊は速やかに停止する。護衛として雇われる
護衛機の騎操士は油断なく機体の腕を剣へと伸ばし、うすぼんやりとした視界の代わりに耳を澄ませた。
商隊が止まったことで周囲は急に静けさを増し、遠くから何者かが立てる音が届いてくる。
護衛機の騎操士はかすかに眉根を寄せる。彼の耳はそれを馬蹄の音であると判断した。だが不思議なことに、距離から判断して馬蹄の音としては大きすぎる。
まるで恐ろしく巨大な馬が走っているかのように。まるでとてつもない重さをもった馬がいるかのように。
うっすらと霧の中に動く大きな影が見え始める。馬蹄のものと思しき轟音を響かせながら走る何か。
影のみでは正確な正体は知れないが、護衛たちはそれが魔獣であると判断し剣を引き抜いた。後ろに商隊をかばい、迂回しながら離脱することを検討する。
彼らがそう判断するのも無理はない、霧の中に浮かんだ影の大きさは幻晶騎士に匹敵する。それほどの大きさを持つ馬のような何か。彼らの知識にはないが、そのような存在は決闘級魔獣しか思い浮かばなかった。
そうして商隊を迂回させるための時間稼ぎとして、護衛機が前に出ようとした時である。
魔獣のほうも彼らの存在に気付いたのであろう、豪快な音を立てて速度を緩めると彼らと対峙するかのように立ち止まっていた。
護衛機の騎操士たちは緊張に喉を鳴らす。霧にぼやけた中でもわかる、馬のような形。それから想定される動きの速さを考えると、護衛機を置き去りに本隊を襲われる可能性があるからだ。
だが緊張感は長く続くことはなかった。対峙するかと思いきや、魔獣があっさりと踵を返したのだ。
「ヒヒーン」
呆気にとられた様子の護衛たちを置き去りに、魔獣はまるで少女のような甲高い鳴き声を残して遠ざかってゆく。
なんだか馬鹿にされたような、そこはかとなく釈然としない気持ちを抱えつつも護衛たちは油断なく警戒を続けていた。
やがて馬蹄の音が完全に聞こえなくなるころ、彼らは再び次の街へと急ぐのだった。
その事件を皮切りに、西フレメヴィーラ街道では度々謎の魔獣との遭遇が起こるようになった。
回数を重ねるに従い、街道沿いの街では奇妙な馬のような魔獣の噂が急速に広まってゆく。
それは
「最近、あちこちで噂が広まっているようですよ。馬のような謎の魔獣が現れた、と」
「うん、私たちすごい有名人だね!」
「いやちょっと待て、“俺たちだ”って知られてねーんだから有名人は違うだろ」
「そう? 似たようなものじゃない?」
鬱蒼とした森の中、暗がりに潜むようにして3人の少年少女が居た。
そのうち2人は
「どうでしょうね。ともあれ丁度いい時期にさしかかってきました。“これ”は十分に試し終わりましたし、隠すのだって限界です。そろそろ仕上げにかかりましょう」
彼らが立っている場所は地面でも木の上でもない。
木々の間に巨大な身体を押し込むようにして置かれた金属の塊。一定の秩序に沿って作られた形は、それが幻晶騎士であることを示している。
だがその大きさは並みの幻晶騎士を凌ぎ、さらに奇妙なことに下半身が馬のような形をしていた。つまりはこれが“街道の魔獣”の正体なのである。
「じゃあ、いよいよやるのか?」
「ええ、陛下の命を果たすがため……度肝を、撃ち抜きにゆきましょう」
かくて一時“街道の魔獣”の噂は潮が引くように少なくなり、巷から遠ざかることになる。
次にその噂が流れるとき、それはまったく別の形をとっていたのだった。
正体不明の魔獣の噂が西フレメヴィーラ街道近辺を賑わせるのと時期を同じくして、王都カンカネンより南にある城塞都市デュフォールは静かな熱気に湧き上がっていた。
デュフォールは国内の幻晶騎士開発施設の総本山ともいえる
第三群までを数える開発工房群、開発から製造にまで使用するための様々な資材を貯蔵する広大な倉庫群、そして幻晶騎士の動作試験のための訓練場。
特に訓練場などは、国内でも屈指の規模を誇るものであった。
その訓練場には今、十数機の幻晶騎士が佇んでいる。
それがこの熱気の源。この街の存在意義の象徴ともいえるものだった。
訓練場は比較的オーソドックスな石造りの施設である。
四方を同じく石造りの壁で囲んだ長方形の空間。壁にはいくらかの観客席と、利用目的が目的であるために施設の横には鍛冶場が併設されている。
その中央に陣取る、同一の機種で統一された一団の幻晶騎士。結晶と金属の巨人たちはそれぞれが膝立ちの姿勢をとり、物言わぬまま主の命令を待ち続けていた。
創り上げた機体の大半が、飾り気に乏しいものになるのはこの国の気風なのだろうか。
特徴といえる部分は少なくあくまでも耐久性を優先したと思える堅固なつくりは、どことはなしにカルダトアと近しい雰囲気をかもし出すものだった。
しかし全体を見れば確かにカルダトアとは異なっている。鎧の形状は滑らかさを増し、継ぎ目や分割部分にも更なる工夫が見られすっきりとした印象を受けるものになっている。
似ているのも当然だ。これはカルダトアを基としてテレスターレの技術を応用して作られた次期量産機、その先行試作機体“カルダトア・ダーシュ”である。
カルダトア・ダーシュは見た目こそカルダトアの親戚のようなものであるが、中身はほとんど別物といっていいものである。
カルダトア・ダーシュはテレスターレに搭載された新機能――すなわち
勿論ただ載せただけに留まることはない。
まず全身を構成する綱型結晶筋肉は、単純に全身の筋肉を置き換えるといったものではなくその配置や量に入念な調整が施されている。
ガイスカたちは筋肉の出力を上げることは攻撃力の増強へとつながるが、同時に操縦性へと悪影響を与えるものであることを見抜いていた。
簡単にいえばテレスターレは出力が高すぎて操縦が暴れがちなのだ。
そのため筋肉の量を減らし、ダーシュは従来機の3割強程度の出力増に抑えられた。
筋肉を減らした分、機体の容量に多少の余裕が生まれる。それは機体の装甲の大半に蓄魔力式装甲を採用することで埋められた。
それによって、テレスターレで問題視されていた燃費と
それだけではない。
出力を抑えられた筋肉の構成と、国機研の鍛冶師たちのほとんど執念ともいえる執拗な調整により、ダーシュの操縦性はテレスターレから劇的な改善が図られている。
新型機について回る“暴れ馬”の異名とは縁遠く、ダーシュはカルダトアに近い素直な操縦性を獲得するに至ったのだ。
この時点でテレスターレが抱えていた問題の大半が大きく改善されたものになった。
着実に作業を進めていたガイスカと鍛冶師たちが最後まで苦心した部分がある。
意外なことに、それはテレスターレではすでに完成の域に達していたもの――背面武装だ。
これまでの要素は乱暴な言い方をすれば既存の幻晶騎士を強化するものだ。
だが背面武装は違う。異彩を放つ未知の装備であり、また既に完成されているがゆえに変更を加えるのも容易ではなかった。
そもそもエルネスティ印の
ダーシュの背には突き出た2本の魔導兵装・
それは機構も動作制御もテレスターレのコピーであり、鍛冶師たちが些かの不満を残す部分でもある。
とはいえ既に完成に近い構成を持つ背面武装は問題なく動作しており、量産には成功している。
高い出力と強化された装甲、様々な最新技術、そしてフレメヴィーラ王国のお家芸ともいえる素直な操縦性を持つカルダトア・ダーシュ。
国立機操開発研究工房の技術力の粋ともいえるその完成度に、開発に当たった第一開発工房を始めとして多くの人間が深い満足と大きな自信を抱いていた。
普段は偏狭な性格で知られるガイスカすら浮かれた様子だったのだから、他は推して知れよう。
このカルダトア・ダーシュであれば次期制式量産機としての採用は間違いなく、100年ぶりとなる新型機の完成に立ち会えたことは至上の名誉である。
彼らは今後のダーシュの活躍と国機研のさらなる繁栄を微塵も疑ってはいなかった。
開発工房とは別の建物から、訓練場に並ぶカルダトア・ダーシュの姿を眺める影がある。
国機研の所長であるオルヴァー・ブロムダールだ。室内にはもう一人、別の人物が居た。
熱狂渦巻く訓練場とは違い、この場所は遠く静かだった。それはオルヴァーが黙っているからか、もう一人が静かに控えているからか。
オルヴァーは窓の覆いを下ろすと、肩をすくめて部屋に備えられた立派な机につく。
「今日の良き日を、共に祝うべきなのだろうね」
「“衛使”殿は参加されないのですか?」
「いやぁ、あの喧騒は私たちの“耳”には少し酷だよ。ずっと覆いを被るのも大変だしね」
その間もう一人の人物は静かに部屋の真ん中にたたずんでいる。彼はどことなく似通った雰囲気をもっている。
それは顔の作りが似ているからかもしれないし、両者に共通するきめ細やかな金髪がそう思わせるのかも知れない。
あるいは長く伸びた耳の形が原因かもしれない。いかにも音を集めそうな耳は、確かに喧騒の中にあってはさぞかしつらいであろうと思われた。
「さてさて、それに我らがライバル君の活動を知ったからには、うかうかとしていられないだろうね。
これでも私は、この組織の長をやっているのだからね」
初めてもう一人の男にわかりやすい表情が浮かんだ、それは困惑である。
「衛使殿は本当にこれが、その、噂の“街道の魔獣”がそうであるとお考えなのですか?」
「戸惑う気持ちはわかるよ、私もできれば疑いたいのだけどね。この時期に“ライヒアラを中心に”広まった正体不明の魔獣の噂……疑うなというほうが無理さ」
糸のように細めた目元に同じく困惑を乗せながら、オルヴァーは苦笑をもらす。
「朱兎騎士団の一部がライヒアラにカルダトアを運び込んでからずいぶんと時間が経つ。新型機の原型を……テレスターレだったかな? 作った者たちが今に至るまで何もしないでいるなんて思えないよ。
まぁ、噂のとおりならば実に恐ろしいものを作っているということになるけどね」
オルヴァーの背を、実に表現しにくい感覚が這い上がってゆく。
これまでに集めた情報だけでも、この騎士団は何から何まで型破りで桁外れな存在であることがわかっている。“街道の魔獣”の正体は、おそらくはその極め付けになるだろう。
「でしたら、このまま座しているのは危険では? 何か手を打ったほうがいいと思いますが」
男の問いかけに、オルヴァーは自らを捕らえる悪寒を払いつつ、首を横に振った。
「いいや? 私たちは何もしないさ。ああ、引き続き情報の収集は行っておいてちょうだいよ」
「いいのですか? そこまで怪しんでおきながら何もしないなど」
「“そこまで怪しんだ”からさ。私は騎士じゃあないけどね、陛下に仕える身としてはお楽しみを邪魔するのも野暮というものだ。
とはいえ、このままだと少しガイスカ君に悪いね」
彼はしばしの間悩んでいる風だったが、ややあってぽんを手を打つ。
「よし、“アルヴァンズ”を動かす用意をしてくれないかな?」
「あ、アルヴァンズですか……つまり彼らと戦うことがあるとお考えで?」
「念のためだよ。彼らはどうにも何歩も先を歩いているようだからね、追いつけない部分であがいても仕方がないさ。ここはその後を詰めておこうか」
「……わかりました」
男は一礼すると静かに部屋から出てゆく。
オルヴァーはしばらく自らの机で物思いにふけっていたが、やがて何かを決断すると非常に億劫そうに立ち上がった。
「さて、少しは顔を出しておかないとまた出不精といわれてしまいそうだ。立場ある者とは辛いものだね」
彼は傍らに引っ掛けてあった被り物を手に取ると、頭の大半と耳が見えないように巻きつけていった。
そうして準備を整えると、いかにも嫌々といった重い足取りで開発工房へと向かうのだった。
事の起こりは、国王からの召喚状が届いたことだった。
「“報告にあった新型機の性能を確認したい。ついては王都カンカネンにて内々のお披露目を行うこととする”」
国機研の人間が、それに意気揚々と応じたことは言うまでもない。
カルダトア・ダーシュの性能は従来のカルダトアを凌駕している。単純な比較は難しいが、攻守を総合すれば従来の倍近い性能を発揮できると彼らは確信していたし、事実それは過言ではない。
大半の難題には応えうる能力があるし、仮に戦闘であっても問題はない。
そこでまさか騎士団長専用機が並んでいることはあるまいが、仮に専用機を相手取っても同数ならば勝算はある。
彼らは成功を確信し1個中隊(10機)のカルダトア・ダーシュを送り出した。
王都カンカネン。
オービニエ山裾のゆるい傾斜を生かした、砦としての風格を色濃く残す街である。
この街を守る騎士団は“近衛騎士団”と呼ばれ、都市守護騎士団の一つではあるが特例的に国王直属の騎士団として扱われる。当然、カンカネンには彼らのための設備があり、郊外に存在している演習場もそのひとつだ。
国機研の試験幻晶騎士部隊が向かったのは、その演習場であった。
演習場の中央はむき出しの地面が平らに均されている。それを取り囲むようにしてすり鉢状に観覧席がならんでおり、その一角が特に高くなっていた。
高くなっているのは貴賓席だ。そこには国王アンブロシウスの姿がある。
内々のお披露目ということでこの場にいる人数はそう多くない。その中には、ヨアキム・セラーティ侯爵とクヌート・ディクスゴード公爵の姿があった。
「国機研が作った新型機、ですか……」
「ああ、件の試作機体を基に作られている。詳しくはこれからとしても、大まかに聞いているだけでも十二分な性能を持っているな」
彼らは演習場に続々と入場してくる、見慣れない機体を眺めている。
カルダトア・ダーシュの動きは滑らかで、少しの危なさも感じられない。それは動きのそこかしこに荒さが感じられたテレスターレから、かなりの進歩を感じさせるものだった。
ヨアキムは国機研の技量を素直に賞賛する。
彼以外にも、この場に集まった人間はさかんに新型機について語り合っている。事前に伝えられた性能だけでも、彼らの興味をかきたてるには十分なものだったからだ。
「ほほう……これが新型機というものですか。カルダトアを元としながらカルディアリアのように力強い形をしておりますなぁ。
さらにあの背に立つ
「それだけではない、力たるやかの朱兎騎士団のハイマウォートに匹敵するとか」
「ほう! わが国でもかの御仁は力自慢で通っていたというものですが……恐ろしいものですな」
がやがやと、観覧席の興奮は少しも収まりそうにない。
ふと、ヨアキムは集まった観客のなかにあるべき人間の姿がないことに気がついた。
「ディクスゴード公、この場に“彼ら”の姿がないのはどうしてでしょう。新型機も元をたどれば彼らが作ったもの、陛下が呼ばなかったとは思えないので……」
ヨアキムは途中で言葉を中断せざるをえなかった。隣でクヌートが眉間を押さえながら、天を仰ぎ始めたからだ。
クヌートは強烈な自制心を発揮して、搾り出すようにしてなんとか答えを返していた。
「……それは、じきにわかるだろう」
それだけで、ヨアキムは十二分にろくでもない予感を確信するに至っていた。
フレメヴィーラ王国国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラは貴賓席の中央から演習場に並べられた幻晶騎士を睥睨する。
「……と、いったところになります。いかがでございましょうか、陛下。我が国が誇る制式量産機カルダトア、その新たなる姿は。このカルダトア・ダーシュは従来のものに比べありとあらゆる点で秀でております。我ら国立機操開発研究工房の一同、最上の結果を出したと自負しております」
「うむ、流石は我が国が誇る鍛冶師の最高峰よ、見事である」
横に控える国機研所長オルヴァー・ブロムダールが一通りの説明を述べあげるのを聞き終え、アンブロシウスはひとつにたりと笑みを浮かべた。
その言葉に、後ろに控えるガイスカがぴくりぴくりと反応を示している。
「これは素晴らしき力を持っておる。おぬしらの自信のほども当然のことであろう。して、此度の催しにはその力を見せるにふさわしき“相手”を呼んである」
喉の奥で意味深な含み笑いを漏らすアンブロシウスに、オルヴァーは苦笑を浮かべ答えとする。
事前に調べのついている彼はさておき、周囲の人間はアンブロシウスの言葉を近衛騎士団あたりと模擬戦をおこなうのだと解釈していた。
「ところでおぬしらがアレを作るのに基にした、学生の機体があったであろう。あれを作り出したものたちに、会いたくはないかのぅ?」
成り行きが多少おかしな雲行きを見せ始めたことに、周囲の人間は疑問を感じ始めていた。
彼らは思う、話のつじつまが合わないではないか、それではまるで、対戦相手とは――。
「あのものが言うには
どこからか、馬蹄の音が響いてきた。
蹄鉄が大地を蹴る音。しかしそれはただの馬が立てるにはあまりにも重く、あまりにも大きい。
「門をあけよ! すぐに“彼ら”がやってこよう! かつて新型機の基をつくりし者、我が命により新たに騎士団と成した者たちよ!」
近衛騎士団のカルディアリアが動き、演習場の門が開け放たれる。
幻晶騎士が5機は並んで歩けそうな、巨大な門の向こうに土煙を上げながら爆走する何者かの影が見える。
先ほどから続く、異常な重量感を持つ馬蹄の音は全く止む気配がない。一体何が現れるのか、全ての人間が固唾を飲んでそちらを注視していた。
アンブロシウスは腕をあげ、堂々と彼らの名を告げる。
「来い……銀鳳騎士団よ!!」
“ソレ”が現れた瞬間、絶叫の唱和が大地を揺らした。
「なんだ……!! なんだ、なんだあれは!?」
観覧席にいた者、控えの工房にいた者、その場にいた全てがあまりの驚愕に声を上げ、そして立ち上がった。
立ち上がらないものは単に腰を抜かしていただけである。
“ソレ”は堂々と、大地を揺らす轟音ともうもうとした土煙を引き連れて門をくぐる。
全ての人の視線を奪うソレは人であり、馬でもあった。
決闘級魔獣と並ぶであろう、巨大な馬。胴の位置など幻晶騎士の肩ほどもあり、それを支える脚は太くとてつもない力を感じさせる。現に相当な重量があるだろう巨躯は軽快なリズムで轟音を打ち鳴らしている。
何よりその場にいた全員を驚愕せしめた原因は、本来馬の頭部が備わっているべき部位に“人型の上半身”が生えていたことだ。
人と馬を掛け合わせたような、異形の存在。
御伽噺にしか存在し得ない、魔獣とは別の新たな魔の形。
驚きのあまり思考を凍りつかせていた彼らだが、やがて少し冷静さを取り戻すとその正体をすぐに理解した。
人馬の騎士が纏うは鋼鉄の鎧。
額に突き出た一本の角、優美な意匠を組み合わせた鎧の形は、決して自然に出来上がったものではなく人の手でのみ生み出される芸術品だ。
右手には長大な
にわかには信じがたい光景だったが、それでも人々は一つの道理を導き出した。
――あれは人の手による創造物だ。幻晶騎士と同じく、人造の巨人なのだ、と。
最初とは別の戦慄が背を這い上がると同時に、彼らは人馬の騎士が何かを牽いていることに気がついた。
土煙の中にまぎれるようにして存在する何か。強堅な作りを持った鉄骨と木材を組み合わせたもの、荷車だ。
その上には布の覆いにくるまれた何かしらが載せられている。決闘級魔獣に比肩するような巨大な人馬の騎士で牽く荷物。その場にいる全員が、ほぼ同時に同じ発想にたどり着いていた。
それはやはり、幻晶騎士なのだろうと。
「ふふ、ふはははは……やりおったわエルネスティ! それでこそわしが見込んだものよ! いや予想以上か、これほどとは! まったく、まったく楽しいぞ!!」
熱に浮かれたようになっていた彼らを正気に戻したのは、彼らの王の高らかな笑い声だった。
そこで彼らは国王の最初の言葉を思い出す。
すなわち新型機の基を作りし者、新たなる騎士団――銀鳳騎士団。
彼らは理解した。もはや国機研の新型機どころではない、今日この日は歴史が変わるその時であると。
観覧席が阿鼻叫喚に陥っているなどと露ほども知らず、人馬の騎士“ツェンドルグ”を操るアーキッドとアデルトルートの双子は定められた手順に従い、たどり着いてからの仕事に取り掛かろうとしていた。
「
「動作術式、最終工程いくわ!
遠くから見ていた者にはわかりづらいが、ツェンドルグ本体とキャリッジをつないでいた4本のワイヤーが切り離され、ツェンドルグに収納されていった。
キャリッジ側でブレーキが動き、速度を落とし始める。車輪付近で火花が飛び散り、摩擦による絶叫が周囲へ鳴りわたる。
同時に補助腕を組み合わせたような接続部が展開を始め、ツェンドルグとキャリッジの距離がじょじょに離れてゆく。速度の落ちるキャリッジはツェンドルグよりどんどんと遅れ始め、ついには接続部がその長さの限界まで伸びきった。
「距離よし、最終切り離し!」
接続部に使われているのはまさに補助腕と同様の機構になっており、その先端部の固定部分が次々にツェンドルグから離れてゆく。それは最後の命令に従い、キャリッジ側に折りたたまれていった。
ブレーキ機構はロックされたままとなっているため、キャリッジはすぐに速度を落とし、そのまま土煙を伴って停止した。
それまで微動だにしなかった“荷物たち”が動き始めたのは、それからだった。
カンカンと軽い音を残して荷物を固定していた鋼線が外れてゆく。完全に自由を取り戻した巨人は、膝立ちの姿勢から大きく体を伸ばして立ち上がっていった。
土煙避けにかぶせられていた布の覆いをマントのように翻し、鮮烈な真紅の鎧が日の光の下に露になる。見慣れない、派手な装飾の施された機体だ。背には幅の広い短剣のような形をした魔導兵装を持ち、腰には4本の剣を挿している。
その後ろで立ち上がったのは眩いばかりの純白の装甲を持つカルダトアだった。白く塗られている以外は見た目にカルダトアだとわかる。しかしその肩から背にかけて装甲が追加されており、妙な重々しさを感じさせるものになっている。
さらにもう1機、最後に立ち上がったのもカルダトアだった。色こそ元々から変わらず鋼色だが、これも肩や腰周りに装甲が追加されている。階段状に何枚もの装甲を外に向かって広げるように装着したその装甲は、それまではなかった意匠だ。
キャリッジから3機の幻晶騎士が立ち上がっている間にツェンドルグは大きく弧を描きながら速度を緩めていた。常歩をとって戻ってきたツェンドルグを迎えるように、鋼色のカルダトアが前に出る。
いつの間にか、演習場は静まりかえっていた。
しわぶきの音ひとつ聞こえず、場内の緊張が高まってゆく。全員の注目が人馬の騎士と、それに並ぶ3機の騎士へと集まっていた。
3機の騎士は貴賓席の前までくると、機体に膝をつかせてから胸部の装甲を開く。
出てきたのはまだ若く、青年といってもいい年頃の騎士だった。中でも鋼色のカルダトアに乗っていたのは、まだほんの子供というべき少年だ。
観覧席に並ぶ者たちは、もはやどのような反応を返すべきかわからずにただ硬直していた。
圧縮空気を噴出する、甲高い音が続く。見れば人馬の騎士もその場に膝を着いて操縦席を開いていた。
腰というべきか、人型の部分の付け根よりやや後ろ側、馬の背にあたる部分の装甲が開いている。中から出てきたのはこれまた年若い少年少女であり、しかもなぜか二人いた。
全員が出てきたのを確認すると、鋼色のカルダトアを操っていたその少年がその場の全員を代表するように前に出て、優美に騎士の礼をとった。
「陛下より御命を受け、銀鳳騎士団団長エルネスティ・エチェバルリア、同1番中隊隊長エドガー・C・ブランシュ、同2番中隊隊長ディートリヒ・クーニッツおよび最新鋭の人馬騎士ツェンドルグ、ここにそろいましてございます」
銀色の髪を翻し、エルは顔を上げて満面の笑みを見せる。
それはどう見ても自慢の玩具を見せびらかす子供の姿なのだった。外見上は確かに子供なのだが。
「ご苦労である。エルネスティよ、見ただけで色々と愉快なものを持ってきよったな。それがいかなるものか、じっくりと聞かせてもらうぞ」
ふっふっふ、と不吉な笑い声を漏らしあう二人を、周囲の人間がいわく言いがたい表情で眺めている。
立場的なものとは別の意味で、その場に二人のやり取りに口を差し挟めるものは、いなかった。
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