#41 ひとつの決着
エドガーが操るアールカンバーがテレスターレを追いかける一方、カザドシュ砦では銅牙騎士団と朱兎騎士団の戦いが佳境を迎えていた。
打ち倒され、力尽きた
エルネスティ・エチェバルリアはその激しい戦闘の様子を、少しはなれた砦の屋上に座ってぼんやりと眺めていた。
いつもならば幻晶騎士同士の戦闘を眺める彼の表情は喜びに輝いているはずである。しかし今は傍から見ても容易にわかるほどの悔しさがそこに滲んでいた。
戦場の様子が一望できるその場所で、彼は先ほどから抜け出せぬ悩みの霧の中にいる。
「(目の前には幻晶騎士による大規模戦闘、しかして俺の手元に機体はなく……口惜しや、あな口惜しや。
もうこのまま突っ込もかな。だがこれほどの対ロボット戦、機体を持たずに参加するなど無粋の極み、ド許せぬ……が、肝心の機体がない!!)」
1機、また1機と双方の機体が倒れるのを見て、彼の眉がひくひくと焦燥に揺れる。
「(稼働中の機体を乗っ取れんかな。無理やな、流石に動きすぎ、手際いいな賊の人。
ああ早くしないと戦闘終わる、でも機体がない。幻晶騎士なんて贅沢はいわん……せめてモートルビート持ち込んでおくべきやったー!!)」
彼は人生最高の嘆きを籠めて天を仰いだ。
ロボットに全てを捧げた彼の人生において、敵対する勢力とのロボット戦を目の前にしながら何もせずに居るなど到底許せることではない。
しかし同時に、ロボットのない状態で戦闘に参加するなど、彼の美学が許さない。
矛盾、答えのない問題にひとしきり嘆いた末、彼は歯を食いしばって立ち直りを見せる。
これもいずれ愛機を手に入れるまでの我慢、今はせめてとばかりに彼は目の前の状況を観察し、解析することで慰みにすることとしたのだ。
その時、彼は視界の端で何かが動いたことに気付いた。
戦闘を行っている幻晶騎士ではなく、さきほどテレスターレが逃げる際に破壊された城門のあたりだ。
目を凝らせば、2台の馬車が城門の残骸をくぐり慌しく入ってくるところだった。
明らかに戦闘の気配を撒き散らす砦にわざわざやってくるとは酔狂な、と首をひねる間もあらばこそ、エルは入って来た馬車の荷台に見覚えのある“物”を発見する。
目を見開かんばかりに驚きを見せた彼だが、次の瞬間には思考より早くその身体は空中へと飛び出していた。
圧縮された大気が炸裂する乾いた音を残し、夜空に銀の輝きが舞う。
「おい、もっと急げんのか!」
「限界だ親方! これ以上は馬がひっくり返ってしまわぁ!!」
いかに石畳で舗装された街道を通っているとは言え、薄暗い夜道を異常なまでに急ぐ馬車があった。
その客車から身を乗り出した
彼らにより全力疾走を強いられた馬は、すでに泡を噴きつつ死力を尽くした走りを見せていた。
この様子では、あといくらかもすれば完全にへばって動けなくなるのは確実だ。だが親方達には、それを押しても急がねばならない理由があった。
ライヒアラ学園街を出てカザドシュ砦を目指す彼らの旅路は、途中までは順調そのものだった。
それが終盤へと差し掛かったところで、彼ら自身が作り上げたはずの新型幻晶騎士・テレスターレを使う集団に襲撃されると言う異常事態に見舞われる。
彼らと共に来たエドガー、ディートリヒがそれぞれテレスターレと戦い、その間に親方達は砦の騎士団に助力を請うため場を離脱していた。
だがアキュアールの森を抑える要害たるカザドシュ砦は今、各所から上がる炎によって闇の中にその姿を浮き上がらせている。
進行方向にその炎の赤い色が見えたところで、親方達は一様に絶句した。
「お、おい、なんだよありゃあ……」
彼らは幸運にも、馬が完全にへばる前にカザドシュ砦へと辿り着くことができた。
しかしそこで親方達が見たのは、破壊された城門、炎に包まれた建物、そして激しい戦闘を繰り広げる幻晶騎士の姿だった。
全く状況を把握できない彼らは、どうする事もできずに立ち往生する羽目になる。
幻晶騎士同士の戦闘に巻き込まれないためにも砦の中へと避難したかったが、そこが安全かすら彼らにはわからないのだ。
困惑する彼らの目前へ、一発の銀の弾丸が着弾した。
“逆噴射”を効かせ、
相次ぐ急展開に目を白黒させる親方達に、いま飛来したばかりの銀の弾丸――エルネスティが首をかしげながら問いかけた。
「どなたかと思えば、親方ではないですか。どうしてここに? 今ここは戦場ですよ」
「え、
エルは興奮のあまり掴みかからんばかりの勢いで駆け寄ってきた親方を軽くなだめると、ほんの少し困ったような曖昧な笑顔を浮かべ説明に入った。
「僕にも、正確なところは……。今わかっていることは多くありません。
砦が襲撃に遭ったこと、賊は朱兎騎士団が使用するカルダトアになりすまして侵入したこと。
それとまず工房が占拠され、騎士団の幻晶騎士が奪われたことが、この苦境の最大の要因ということくらいです」
説明の間にも
そんな戦闘を背に、エルの説明を聞いた親方と生徒達ははっと表情を変えた。
「……そうだ、テレスターレだ。ここに来るまでに、テレスターレに会ったが、いきなり問答無用で殴りかかってきやがった!!
エドガーとディーが迎え撃ってるが、どうなってるかはわからねぇ。あいつは、その賊が奪ったってことか!?」
話しながらだんだんと腹が立ってきたのか、拳を握り締める親方の横で、エルはしきりに頷き何かに納得している。
「なるほど、では賊の目的はテレスターレ……いや、“新型機”自体と考えるべきですね。
…………。
そうかぁ、“強奪イベント”かぁ。盲点でしたね、ある種“お決まり”とは言え、まさかそれが我が身に降りかかることになろうとは予想外でした」
幸いにも、ぼそぼそと呟かれたエルの台詞の後半は、戦闘による騒音にかき消され親方まで届いていなかった。彼らがそれを聞けば何と思ったことだろうか。
それとは別に拳を握り締めて怒りに耐えていた親方だが、ふと気付くとエルへと振り返る。
「それで、おめぇは何をしているんだ?」
「幻晶騎士を、探していたのですよ」
親方がそれに首を捻るのを見て、エルが苦笑を浮かべる。
「賊はまず工房を押さえたといいましたよね? その時に奪った機体以外を破壊してしまったのですよね……。
おかげで幻晶騎士同士の
賊の行動は理に適っていますが、実に腹立たしい限りですよ。
動かす幻晶騎士がなくてはできる事もありませんしね、隙を見て何とかちょっかいを出せないかと、さきほどまで飛び回っていた次第です。
それでですね」
エルは説明は終わりとばかりに親方達の後ろへと視線を向ける。不吉な笑みを顔全体に滲ませながら、彼は荷馬車を指さした。
「荷馬車に載せてあるその鎧……モートルビート、ですよね?」
親方が乱暴に髭をゆする。
荷馬車に残る最後の荷物、エルにしか動かせない、彼のためだけの蒼い鎧。
「おぅ、
「二人も来ているのですか? しかも、逃げたテレスターレを追って?
なんとうらや……エォッホン、それは危険です、ただちに
「おい、なんか楽しそうじゃねぇかおめぇ……って聞いちゃいねぇし」
既にエルはその場におらず、いそいそとモートルビートに乗り込んでいる。モートルビートの前面ハッチが閉まり、彼の姿は甲冑の中へと消えてゆく。
彼の
親方達から鎧の下のエルの表情は見えない。しかしそれが容易に想像できる、酷く愉快げな声音が鎧の中から聞こえてくる。
「起動完了……機体があれば何も、何も問題はありません。存分に挑みましょう戦いましょう。
ひとまずここに止めを刺してから、皆を助けに行きましょう……か!!!」
台詞を言い終える前に、荷馬車を踏み砕きそうな衝撃を残してモートルビートが飛び上がる。
巻き上げ機構の回転音と圧縮大気の噴射音が重なり、撃ち伸ばされたワイヤーアンカーが夜空を切り裂く。それはモートルビートを戦場まで導く道しるべだ。
空中にあるモートルビートの蒼い装甲が、周囲を染め上げる炎の赤に負けじと月明かりを反射した輝きだけを残してゆく。
親方達は、凄まじい勢いで壁を駆け上がり屋根の上を走り出したモートルビートの後姿をしばらく追っていたが、やがて多分に呆れを滲ませた溜息と共に振り返った。
「決闘級魔獣でも、あそこまでおっかなくはねぇだろうよ。ま、賊相手じゃ同情する気にもなれねぇな……俺らに出来ることはもうねぇ、逃げんぞ」
彼らはその言葉に我に返ると、すぐさま砦の入り口へと駆け込んでいった。
時折思い出したように聞こえてくる梟の鳴き声に気づき、下草を掻き分けながら進む夜行性の獣が首をもたげる。
くっきりと輝く月の光の下、常ならばそんな穏やかな空気を漂わせているであろうアキュアールの森は今、騒がしい争いの気配に侵されていた。
鉄と結晶でできた巨大な乱入者が木々の間を駆け抜ける。時たま引っかかる枝葉を折り飛ばし、地にあるもの全てを均し、地を揺るがしながら。
走る巨人――幻晶騎士・テレスターレの操縦席で、銅牙騎士団長ケルヒルト・ヒエタカンナスは苦々しげな顔で操縦桿を強く握りなおし、目一杯まで押し込んでいた
「チッ、これ以上はよろしくないねぇ」
カザドシュ砦からここまで、彼女がテレスターレを動かしてきた距離はそれなりのものになる。だからこそ、彼女は機体の走りが当初の力強さを失いつつあることに気付いていた。
それはテレスターレの
ヴェンドバダーラとの合流を予定している場所までは、まだいくらか距離がある。このままでは辿り着く前にテレスターレは魔力切れをおこし、動きを止めることだろう。
いかに出力が高くとも――いや、高い出力を持つが故に、新型機は燃費に問題を抱えている。さらに現在のテレスターレは十分な魔力貯蓄量を確保できていない、唯一最大の欠陥を解決しきれていないままなのだ。
そこまでは彼女の与り知らぬ事だが、彼女にとっては詳しい理由よりも魔力貯蓄量がなくなりかけているという事実のほうが重要である。
「このまま逃げるのは無理そうだね……あんまりこいつで戦いたくはないんだけどねぇ」
無理をして走り続ければ、魔力が干上がりきったところで追っ手に追いつかれることになりかねない。そうなれば、例え既存機を相手にしても彼女たちの負けは目に見えている。
彼女はそうなる前に追っ手を完全に排除することを決意する。もはや逃げることに勝算は見出せない状態だった。
彼女は舌打ちと共に部下に合図を送るとテレスターレを停止、反転させる。後には魔力転換炉の唸りだけが残され、森に急速に静けさが戻ってくる。
テレスターレを追う純白の幻晶騎士・アールカンバーの操縦席で、エドガーはテレスターレが速度を緩めるのを見て取り、口元に微かな笑みを浮かべていた。
「……どうやら、魔力貯蓄量がきつくなってきたようだな」
その進路上では、逃げることをやめた2機のテレスターレが待ち構えている。
かつて同様の問題に直面した“経験者”であるエドガーは、テレスターレが立ち止まった理由をほぼ正確に推測していた。
「まだこちらには余裕がある、今なら少しは有利に戦えるだろう。
俺が正面に出る、お前達は撹乱か、支援を優先して動いてくれ。間違っても突っ込むなよ!」
エドガーの言葉に雑な敬礼を返すと、足元を走っていた双子の幻晶甲冑が木々の暗がりへ消えてゆく。
彼は思わず出そうになる溜息をかみ殺しながら注意をテレスターレへと戻すと、おもむろに機体の進路を木々に隠れるように左右に振った。
直後、テレスターレが発射した戦術級魔法が木々の間を飛んでゆき、何発かが木に直撃して盛大に爆発を咲かせる。
法弾を盾に掠らせすらせず、アールカンバーはさらに距離をつめていった。
「ちっ、こっちの手はお見通しかい!!」
朱兎騎士団の騎士とは逆に、学生騎士は経験が浅い代わりにテレスターレについての知識が深い。
それは彼女が予想したよりも遥かに厄介な問題だった。彼女が思いつく戦法はその大半が相手の予測の範疇であり、その
結果として、機体性能では明確なアドバンテージがあるにも拘らず、彼女たちはここまで追い詰められる有様だ。
「左右に別れるんだ、あいつを挟み撃ちにするよ!」
ついに彼女は奇をてらわず正攻法でかかることにした。数の差は単純にして最も効果的な要素である。
団員機は頷きを残し、アールカンバーを迎え撃つべく素早くその場を離れていった。
暗さを増す森の中でも、ちらちらと鈍く光を反射する幻晶騎士を見つけることはそう難しくない。何より全高10mもの巨体が放つ存在感は、闇をもってしても完全に覆い隠すことが困難だ。
エドガーはすぐさま、挟み撃ちにでたテレスターレの動きを察知していた。
彼は一方的な射撃の的にならないように巧みにアールカンバーを操ると、敵のうち片方、ケルヒルトが乗るテレスターレとの距離をつめる。
テレスターレも棒立ちで待っているはずもなく、アールカンバーの接近に応じて位置を変えていた。
アールカンバーは木々を間に挟むことで2機同時に相手することを避けようとし、銅牙騎士団員が乗るテレスターレはアールカンバーの背後へ回り込むべく移動する速度を上げる。
一度も切り結ばぬまま、互いにとって少しでも有利な位置に立とうと、3機の幻晶騎士は森の中を駆け巡る。
3機の幻晶騎士による騒々しい足音に紛れるようにして、木々の間を駆け抜ける存在があった。
幻晶騎士の1/4程度の大きさの鎧、
幻晶騎士の攻撃圏のやや外側で、キッドは木の裏側に隠れて様子を伺いながら、弾む息と心臓を落ち着けていた。
「(でかいな……)」
彼はエルに付き合って騎操士学科に出入りしていたため、幻晶騎士と接する機会が多く、その姿は馴染みもあり見慣れてもいる。
だが、いざ実際に敵に回すとなるとその巨大さ、戦闘能力は激しい緊張をキッドに与えていた。
そもそも幻晶騎士とは人が操る最高の戦力だ。それは裏を返せば人が操る力の中で、幻晶騎士に匹敵するものは存在しないと言うことである。
幻晶甲冑の能力はまだ未知数だが、単純な戦闘能力で幻晶騎士に匹敵するものではないのは明らかだ。
「(でかくて強い敵か……
キッドは大きく息を吸い込むと、自分の中の怯えを断つように、彼の機体の背に装備された剣を抜き放つ。
刃の長さが2mに届こうかという剣――ツーハンデッドソード。中でも
幻晶甲冑に見合う武器がなかったため、出発前に倉庫から急遽引っ張り出してきた代物だ。人間には扱いづらい特大の剣も、幻晶甲冑が持てば丁度いい大きさに見える。
「(なら、逃げるわけにはいかねぇよなぁ。テレスターレ持ってこうって奴らもむかつくし、これで退いてちゃ永遠に
いっちょう、気合入れていくか!!)」
キッドは一つ大きく息を吸うと、ツーハンデッドソードを肩に乗せるようにして保持する。
「キッド」
小さく、呼びかける声。
キッドは少し離れた場所で同じように隠れているアディ機が携行型攻城弩砲を構えているのを見て、軽く剣を振って応じた。
「おし、やるぜ!」
気合を入れてキッド機が腕を振り上げると同時に、そこから軽い炸裂音をたててワイヤーアンカーが飛び出してゆく。
内部に
巻き上げ機構の咆哮を残し、キッド機が上空へと舞い上がってゆく。アディ機がそれに少し遅れて隠れていた木から飛び出し、携行型攻城弩砲をがっしりと構えた。
「しっかりと“援護”しないとね!」
「“無茶”はしない程度にな!」
木々の上層まで上がったキッド機が幹を蹴り飛び出すのと同時に、アディ機による遠距離攻撃が開始される。
混迷の度合いを深める戦場の空気を切り裂くように、鋼鉄の
2機のテレスターレが連携してアールカンバーを追い詰めていく。
数の差はやはり簡単に埋まることはなく、これまでアールカンバーは何度も後退を強いられていた。不利な状況が続くと、それだけで
だが操縦席にいるエドガーの表情はきつく引き締められ、少しでも気を抜けばたちまち倒されてしまうであろうこの状況でも、まったく途切れぬ高い集中力を見せていた。
圧倒的に不利な状況にも係わらず、彼はまったく諦めを見せることなくただじっと反撃の機会を待つ。
その驚異的な粘りは、数的に有利なケルヒルトたちに苛立ちを与えるほどだった。
そして、転機が訪れる。
このとき、ケルヒルトと銅牙騎士団員の注意はただアールカンバーのみへと注がれていた。他に機影は見えないのだから当然だ。
これで何度目になるだろうか、アールカンバーの背後から襲い掛かるべく団員機が剣を構える。
距離をつめ、その背に剣を。一歩目を踏み出した瞬間、突如としてアールカンバーとテレスターレの間の空間を何かが横切った。
木々の間に漏れる頼りない月明かりの中、それは一瞬だけ獰猛な鉄の輝きを反射する。
豪快な飛翔音を引き連れて現れたそれは、団員機の前にある木へと突き立ち、重い打撃音とともにその激しい威力を以って幹を震わせた。
「攻撃ッ!? 敵の増援だと!!」
団員機は驚愕とともに踏み出した足を戻す。
この場に彼ら以外の戦力があり、しかもそれは明らかにテレスターレを狙っている。その事実が彼らに与えた衝撃は決して小さなものではない。
数的に有利なればこそ、彼らは悠々と挟み撃ちを狙えるのだ。敵にまだ戦力があるのでは、その前提が覆ってしまう。ゆえに彼は前進をためらい、姿の見えぬ敵の位置を探る行動に出た。
それを見たキッドとアディは鎧の下でこっそりとほくそ笑む。
先ほどの攻撃は団員機の動きを一時的に止める、それこそを目的として放たれたのである。
幻晶騎士の頭上の高さを移動するキッド機が、次々に木を蹴りさらに加速をつける。ツーハンデッドソードを構え、狙う先はテレスターレの頭部だ。
「うぅぅおりゃあああああ!!!」
周囲を見回すべく振り返った団員機の視界に、凄まじい速度で飛来する、人型の何かが飛び込んでくる。
予想外の攻撃に驚き、団員は無理やり機体をひねって回避を試みたが、立ち止まり、振り返った不自然な体勢からでは十分に避けることができなかった。
耳障りな金切り声をあげ火花を散らしながら、突き出されたツーハンデッドソードが兜の表面をえぐる。
さすがに強化魔法を適用した幻晶騎士の装甲は生半可なものではなかった。
攻撃を受けたものの傷は浅く、頭部や眼球水晶にもダメージは与えられない。その代わりに無茶な回避行動に大きく姿勢を崩したテレスターレがよろめく。
それを逃さず、双子の攻撃はまだ続く。
少し離れた場所にいるアディの乗る幻晶甲冑が、両脚に力を入れて腰を落として照準がぶれないようにしっかりと携行型攻城弩砲を構えると、遠慮なくその全力を解放した。
それは綱型結晶筋肉を動力とすることで、連続的な発射を可能とした改造弩砲。
しなり、たわみ、蓄えた力を解放する重い音が響くたび、槍と見紛うような巨大な矢が空へと撃ち放たれる。
すでに先ほどの射撃で大まかな狙いはつけてある。体勢を崩し大きな隙をさらすテレスターレへと、仮借ない槍矢の嵐が襲い掛かった。
銅牙騎士団員が乗るテレスターレが幻晶甲冑の攻撃に翻弄されているのを見たエドガーは、それまでの慎重さを捨てて一気にケルヒルト機との間合いをつめる。
双子がどれだけ団員機をひきつけられるかはわからない、この機会を最大限生かすべく、エドガーは獰猛なまでにアールカンバーを加速させる。
「覚悟しろっ!」
突然の伏兵、攻めに転じた学生、ケルヒルトの苛立ちは頂点まで達していた。
「ガキがっ!! 舐めんじゃないよ!!」
それまで扱いづらさに困惑していたなどと信じられるだろうか、テレスターレの剣の一撃は凄まじい鋭さと、恐るべき威力を持っていた。
それを、アールカンバーはかわさない。正面から剣を合わせる。
テレスターレのパワーは重装型の従来機に匹敵するのだ、そのままでは当然アールカンバーはパワー負けする。
だからエドガーは腕の力だけではなく、さらに大きく踏み込むと全身の勢いを全て剣に乗せた。
一瞬だけアールカンバーの剣の威力がテレスターレのそれに匹敵し、両者に均衡がもたらされる。
エドガーがかつての経験から編み出した、対新型機用の技。警戒されると無意味となるため多用できる技ではなく、隙も大きい諸刃の剣だ。だからこそエドガーは初手で相手に“目に物を見せる”事を選んだ。
テレスターレが力をこめればすぐに崩れる均衡。その前にアールカンバーは剣を押し込み、テレスターレの剣ともども下へと落とす。
「こいつっ!?」
アールカンバーは盾をつけた左腕を大きく引き、そのままテレスターレに突き出す。
カイトシールドと呼ばれる、凧のような形をした盾は先端部がとがっている。勿論鋭さなどまったくないが、簡易の打撃武器として利用することは可能だ。
狙う先はやはり腕だ。攻撃能力に大きくかかわる上に、何より構造上、耐久性に劣る部分だからである。
ゴキッ、という異音が盾に打ち据えられたテレスターレの肘からあがる。エドガーの脳裏を追撃の誘惑が掠めるが、彼は即座に機体を退いた。
直後に、アールカンバーがいた場所へと背面武装からの法撃が叩き込まれる。
「そう上手くはいかないか……」
エドガーは冷静に相手の状態を観察する。
背面武装を収納しつつ、テレスターレは追っては来ない。先ほどの攻撃は致命傷には至らず腕はまだ動作するようだ、剣を落とした様子もなかった。
「…………」
激昂することもなく、不気味に沈黙するテレスターレにエドガーは警戒感を募らせる。
「謝ろうじゃないか、学生君」
声に感情が見えない。淡々とつむがれる言葉がエドガーの警戒感をさらにあおる。
「正直侮ってたよ、たかが学生とね。それがどうだい、あんたは大した騎士じゃないか」
むしろゆっくりともいえる動きで、テレスターレが構える。
そこにこれまでの不自然さはない。いくら扱いづらい機体とは言えこれだけの距離を走ってきたのだ、ケルヒルトは機体の癖をだいぶと理解してきたのだ。
そう、彼女は銅牙騎士団団長――例えそれが純粋な騎士を意味しなくとも、その称号は実力なき者に与えられるものではない。
「お詫びにさ、見せてあげるよ。最近ちょっと鈍ってるかも知れないけどねぇ……“銅の蛇”の牙を!!」
言葉が終わるより早く、最初の一撃よりさらに鋭い動作で、テレスターレがアールカンバーへと襲い掛かる。
突然の強烈な反撃に、アールカンバーは受けきるだけで精一杯だった。
「さすがに、一筋縄ではいかないか!!」
アールカンバーは慎重に間合いを計りながら、盾をしっかりと構えると次の手を模索する。
白と鋼、2機の幻晶騎士が同時に動き、咆哮のような駆動音を立てて走り出した。
アールカンバーとテレスターレが戦う音を遠くに聞きながら、銅牙騎士団員は思うようにいかない状況に怒りの声を上げていた。
「こいつら、ちょこまかと!」
彼の周囲から聞こえる、敵が木を蹴りつける音。それは森の中にこだまし、居場所を特定しづらくなっている。
彼は苛立ちまぎれに当てずっぽうで剣を振るが、当然かすりもしない。
そうこうしているうちに森の奥から再び巨大な槍矢が飛来し、テレスターレの外装で火花を散らす。
先ほどから、ずっとこの調子だ。
敵は2体おり、片方が近接武器を使用して木々の間を飛び回り、片方は槍のように太い矢を遠距離から撃ってくる。
その連携は完璧だ。恐ろしいほど息のあった動きで、団員機を翻弄し続けている。
敵の大きさは幻晶騎士に比べれば遥かに小さい。だがそれはむしろ森の中にあって高い隠密性を発揮し、この神出鬼没の攻撃を支える要因になっている。
それぞれの攻撃はたいしたことはない。幻晶騎士の装甲は単なる分厚い金属の塊であるだけでなく魔術的な強化が適用されており、見た目よりも遥かに頑丈だ。しかしいかに幻晶騎士とて、全身隙間なく金属で覆われているわけではない。まかり間違って関節部などに当たろうものなら、さすがに幻晶騎士にとっても危険な事態になるだろう。
一撃で致命傷を負うことはないが、完全に無視するには危険な存在。
敵はたいした大きさではなく、攻撃を当てることができればすぐに倒せるだろう、と一気に排除しようとしたのが彼の間違いだった。
上空を飛ぶ敵を狙った際に、無防備な背中へと槍矢の集中攻撃を浴びてしまった。
悪くしたことに、彼が操っているのはテレスターレ――その背中には魔導兵装が装備されているのだ。
刺さる槍矢が数発を数えたところで、紋章術式に致命的な損傷を負った魔導兵装がその機能を喪失した。
彼は事態に気づき慌てて防御するが時すでに遅く、テレスターレの大きなアドバンテージを失う羽目になってしまった。
それ以来十分に守りを意識しているが、その代わりにこうして一方的に攻撃されるままになっているのが現状だ。
操縦席の銅牙騎士団員は、ケツをぶっ刺された猛獣のように凶暴な表情を浮かべ、この厄介で忌々しい敵を倒す方法を考えていた。
遠距離担当の敵は相当注意深く距離を保っており、近づいたところでどこかに逃げられるだけである。倒すならば先に近距離担当の敵だ。
それにはとにかく動きを止めるか、せめて相手の姿をきっちりと捉えられないと話にならない。
怒りで焼け付きそうな脳みそを何とか回しながら、彼はその方法に悩んでいた。その間にも敵からの攻撃は続き、彼の怒りにますます油が注がれてゆく。
不意に、一筋の月明かりが木々の間を突きぬけテレスターレの眼球水晶に届いた。
その表情は獲物を狙う獣のそれとなり、舌なめずりをしそうな様子で、彼はその思い付きにとりかかった。
何度目かの攻撃がやはり弾かれ、キッドはいい加減に幻晶騎士の硬さにうんざりとしていた。
根本的に人力の範囲を出ない幻晶甲冑では攻撃力が足りていないのだ。何とかそれを補うべく十分な勢いをつけたり、弱点となる関節などを狙ったりもしているのだが、さすがに易々とそれを許すほどテレスターレも愚かではない。
「(エドガーさんの言ったとおり時間稼ぎにしかならねーな……十分だけどなんか釈然としねー)」
ワイヤーアンカーを使った振り子運動の原理で加速したキッド機は、そのままの勢いで通り過ぎると木に固定していた鏃を外し、次の木にぶつかるようにして停止する。
多少緩みそうになっていた気合を入れなおし、キッドは再び木の幹を蹴り加速する。
アディ機が撃った槍矢を防ぎ、背を向けたテレスターレに攻撃をかける。肩の関節を狙ったそれは、やはり動かれて失敗に終わった。キッドは離脱にかかるが、その後のテレスターレはそれまでとは違う動きを始めた。
自棄でも起こしたのか、無茶苦茶に剣を振り回して暴れはじめたのだ。
当然周囲には生い茂った太い木々が並んでいる。そんな無茶苦茶な攻撃がそのまま有効となることはない。
それでも綱型結晶筋肉によるパワーはいくらかの木と、それ以上に枝葉を切り倒していた。
「なんだありゃ、あぶねー」
パワーに物を言わせて振り回せば当たると考えたのだろうか? キッドはテレスターレの騎操士がだいぶと苛立っていることを感じ、小さく笑う。
気持ちはわかる、こちらもお前が倒れなくて苛立っている、と。
もう何度も繰り返した攻撃の動作。いくらかテレスターレ周囲の木が切り倒されているが、移動に支障があるほどではない。
加速したキッド機がテレスターレへと肉薄する。
そして、木々が開けた場所に飛び込んだキッドの幻晶甲冑は、銅牙騎士団員の思ったとおりに射し込む月明かりを反射した。
それは薄暗い森の中で眩しく煌き、周囲を警戒していた団員にはっきりとその位置を示す。
「そこかぁ!! 見つけたぞぉ!!」
煮え湯を飲まされ続けた団員機が、億万の恨みとともに全力で剣を振るう。
暗い森の中と言う地形と、小型であることの利点を生かしていた幻晶甲冑にとって、それは致命的な状況だった。
次の木を蹴って向きを変えるより、剣が振るわれるほうが速い。恨みに研ぎ澄まされたその一撃は、皮肉にもそれまでの攻撃より遥かに激しい轟剣と化し、唸りを上げて襲い掛かってきた。
「キッドーーー!!!」
目を見開いてアディが絶叫する。思わず携行用攻城弩砲を取り落としそうになるが、仮にそれを撃った所で間に合う間合いではない。
わずかな希望をかけて、彼女は全力で走り出す。
キッドは、全身の血液が逆流してゆくような感覚の中、恐るべき速度で接近する巨人の剣を睨みながら、とある事を思い出していた。
それは彼の師匠であるエルのことだ。身軽さと、尋常ならざる魔法能力を身上とした彼の動きだ。
そうだ、エルは“何もない空中で方向を変えて”移動していなかったか。彼から“何もない空中で加速する”、その方法を教えてもらったことがあるではないか。
「うぅおぉぉぉぉぉぉるあっ!!!!」
幻晶甲冑の仕組みは、金属製の骨格を結晶筋肉で動かすものだ。
結晶筋肉とは触媒結晶の一種であり、魔法を発現させる触媒として使うこともできる。
裂帛の気合と共にキッド機が足を突き出す。
脚部を駆動する結晶筋肉へと魔力が流れ、
手加減も十分な制御をしている余裕もなく、ほとんど暴発とも思えるような勢いで、その足元で圧縮大気の塊が炸裂した。
エルが
逆袈裟がけ気味に振り上げられた巨人の剣が、瞬くほどの直前までキッド機があった空間を圧倒的な破壊力を持ってすり抜けていった。
「おぉぉぉうわーーーーっ!?」
間一髪、絶体絶命の窮地を脱したキッドは、しかし空中で制御不能に陥っていた。
年がら年中宙を舞うエルとは違うのである。慣れない手段を無理矢理使った彼は、その後の動きまで完璧とはいかない。
ほとんど錐揉み状態で飛ぶキッドは起死回生を賭けて無理やりワイヤーアンカーを撃ち出した。
幸運にもワイヤーアンカーは上手く木へと食いつき固定される。
これを巻き上げれば何とか体勢を整えられる。必死の思いでキッドがそれを実行する前に、不幸にも吹き飛ぶ勢いのままに腕から伸び続けていたワイヤーアンカーが長さの限界を迎えた。
「んっごっ」
伸びきったワイヤーに引っ張られるガクン、と言う強烈な衝撃と共に、新たな力を加えられたキッド機はその進行ベクトルを横方向へと変える。
ワイヤーアンカーは固定されたままだ。キッド機はそれに振り回されるようにして、大きく木々の周りを回り込んで宙を舞う。
遠心力に引っ張られるキッドは混乱する思考の中で、かなりの速度を持ったまま地面が近づくのを見て、小さく叫んで必死に機体を立て直す。
再び圧縮大気推進。先ほどの反省から十分に制御したそれで減速する。
そして
危うく地面でひき肉になるところだったキッドは、あわやのところで何とか軟着陸を決める事に成功するのだった。
「うおお……今のはヤバイ……本気でヤバイ……」
立て続けに無茶な威力で魔法を発動したため、減少した魔力を補うべく呼吸が咳き込むように荒くなる。さらに悲鳴を上げる己の心臓を静めながら、キッドはよろよろと立ち上がった。
魔力の減少だけではないだろう、限りなく致命的な状況を逃れたという安堵感が、彼の体に震えとなってあらわれていた。
だが状況は彼に息つく間すら与えなかった。地面を揺らす振動と、大重量の存在がたてる足音が接近してくる。
当然、先ほどの動きはテレスターレからも見えていた。普通はそのまま地面にぶつかって死んだと思うところだろうが、テレスターレに乗る銅牙騎士団員は確実にその死を確認するまで油断しない程度には、キッド達の厄介さを認めていたのである。
わざわざその手で止めを刺すべく、彼のところへと向かっていた。
逃走、他に選択肢は無い。キッドは無理矢理大きく呼吸して、息を落ち着けると再び幻晶甲冑を動かす。
彼は大きく移動するためにワイヤーアンカーを使おうとして、機体の腕をみて愕然とした。
吹っ飛んでいる間に木々に絡まったそれは、もはや使用など望むべくもない状態と成り果てていた。引っ張ってもびくともしない。
キッドは歯を食いしばると腕についた巻き上げ機を無理矢理引きちぎる。もはやこれは足手まといでしかない。
彼は巨人から少しでも距離を取るべく、最後の力を振り絞って走り出した。
土を蹴立ててアディ機が森の中を駆け抜ける。
彼女はそのまま携行用攻城弩砲を構え、キッド機を追うテレスターレへと目掛けてひたすらに槍矢を撃ちまくっていた。
だが無情にも槍矢はただ装甲に弾かれるばかり、テレスターレの足を止めることはおろか、大した効果も上がることがなかった。
双方が動いている状態では、恐るべき運と偶然が起こらなければ有効な一撃など望めない。
アディは募る苛立ちをかみ殺しながら、それでも弩砲を撃ち続ける。ただその足が止まることを願いながら。
テレスターレは飢えた野獣のごとき勢いでキッド機に肉薄してゆく。目の前の弱った獲物の姿に舌なめずりをしそうになりながら。
キッド機は傍目にも消耗し、とても逃げ切れるように見えない。
ここでテレスターレを止めることが、キッドを助けることができるのはアディだけなのだ。
祈るような気持ちを籠めて、彼女は攻撃を続けた。
祈りは、通じない。
完全にキッドを捕捉したテレスターレは、まるで食いつかんばかりに走る速度を上げ、再び剣を振り上げる。
あと数歩進めば、剣はキッド機をその間合いに捉えるだろう。
テレスターレは最後の一歩を、大きく踏み出した。
アディの視界に涙があふれ、キッドが諦めを感じ、銅牙騎士団員が復讐の愉悦に笑みを深くしたそのとき、誰もが予想だにしないことが、起こった。
逃げるキッド機の手前、追うテレスターレの進路上に、とあるものがあった。
それは、キッド機から切り離されたワイヤーアンカーだ。
木々に絡まり強固に固定されたワイヤーが幻晶甲冑の高さ――つまり、テレスターレの足元に張られているのである。
何の注意も払わずに、全力で踏み込んだテレスターレの足首にワイヤーが絡まる。
びくともしないほどガッチリと固定されたワイヤーが、情け容赦なく巨人の足を受け止め、その勢いに強烈な待ったをかけた。
それは人と同じく2本の足を使用して動的歩行を行う、幻晶騎士の逃れえぬ宿命的弱点ともいえる。
完全に重心を動かしたところで足を引っ掛けたテレスターレは、自らの勢いのままに大きく前につんのめった。
操縦席の銅牙騎士団員は頭に血が上っていたのもあり、咄嗟に反応することが出来なかった。
それはもう理想的なまでに綺麗な前のめりの姿勢で頭から木に突っ込んだテレスターレから、ゴキッ、という鈍い音が響く。
全力疾走の勢いを乗せての突撃である。
人間ならば死にかねない角度に頭部を曲げたまま、巨人は猛烈な土煙と轟音を撒き散らして大地に倒れこんだ。
「…………どうなってんだ…………?」
自身の背後で起こった大事件を、キッドは大口を開けた間抜けな表情のまま、全て見届けていた。
轟音と共に凄まじい勢いでぶっ倒れたテレスターレは、その後ピクリとも動かずに土煙の中にその身を横たえたままだ。
「キッド! キッド! 大丈夫!? 生きてる!?」
少し遅れてアディがキッドの下へと駆け寄ってくる。彼女は呆然と立ち尽くすキッドの様子を確認し、大きく安堵の息を吐いた。
「よかった、もう駄目かと思ったのよ!! ああもう、よかった……!!
でも、あの間にこんな罠を用意してたなんて……すごい、やるわねキッド!!」
「んあ? ……え? ああ、うん? おう、どんなもんよ」
斜め上を見ながら乾いた笑いを漏らすキッドとは対照的に、アディは喜色満面のまま大きく腕を振り上げて喜びを露にする。
「とりあえず、こいつをきっちり片付けるか」
キッドは少し震えの残る手を握り締めた。
テレスターレが倒れてゆく。
途中で木に突っ込み、錐揉み状態になる機体の中で一緒にもまれながら、銅牙騎士団員は状況を把握できずに凄まじい混乱に陥っていた。
受身を取る間もなく、テレスターレはそのまま地面に激突する。
木に突っ込んだことにより多少勢いが緩和されたとは言え、激しい転倒のダメージは操縦席の騎操士まで伝わった。
彼は背中から突き抜けるようにやってきた衝撃に肺の中の空気を押し潰され、激しく咳き込む。
固定帯によりシートに固定されていた彼の身体は振り回されるだけで済んだが、そうでなければ操縦席の中で飛び回り挽肉にでもなっていたかもしれなかった。
機体が停止した後、彼は頭を振って朦朧となる意識を無理矢理立て直すと、必死に状況を把握しようとした。
機体の頭部に致命的な損傷を受けたためか、ホロモニターにうつる映像は激しく歪み今にも消えそうだ。
全身のダメージはすぐには把握できないほどだ。唯一、座席の下から伝わってくる一定の振動が、炉が無事であることだけを彼へと伝えてきた。
とにもかくにも機体を立て直すことが最優先である。彼は痛む体に鞭打って、操縦桿へと手を伸ばす。
その時、鋭い空気の噴出音が、彼の耳を打った。
歪んだ景色を写していたホロモニターが光を失い、装甲と共に開いてゆく。代わりに冷たい夜気と生の景色が彼の視界に飛び込んできた。
そこにあるのは月だ。
彼はぼんやりとした思考のまま、少しの間それに見入る。すると、真円に近い形の酷く明るい月を、何者かの影が遮った。
彼はまとまらない思考の中で、ただそれが先ほどまで戦っていた大柄な鎧の騎士であることに気づく。
「とどめのお仕置きパーンチ!!」
彼の記憶は、ひどく甲高く幼い声と共に特大の鉄拳が視界を埋めたところで、完全に途切れた。
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