#40 逃走、遭遇
遠くから響く爆音と、部屋をかすかに揺らす振動を感じて、砦にある司令室にいたクヌート・ディクスゴード公爵は不愉快げに天井をにらんだ後、報告を持ってきた朱兎騎士団員へと視線を転じた。
「それで、侵入者の規模は?」
「はっ、襲撃時点では
部下の手前、表面上は落ち着いているクヌートだったが、胸中では腸わたが煮えくり返るような怒りが渦巻いている。
よりにもよって、侵入者は朱兎騎士団が保有する幻晶騎士を用いて襲い掛かってきているのだ。いや、まず工房を占拠したところから考えて、最初から幻晶騎士の奪取は予定されていたと見るべきだろう。
クヌートは業腹ではあるが、侵入者の行動は砦に対する破壊工作としては極めて効果的であることを認めざるを得なかった。
それと同時にクヌートは侵入者の目的に首をひねる。
砦への破壊工作、幻晶騎士の奪取。どちらも目的としては疑問が残る。
魔獣の被害が絶えないこの国では、各地にある砦と騎士団を害して得をする人間などほとんどいない。
幻晶騎士を奪うのも似たようなものだ。確かに幻晶騎士は一騎当千の戦闘能力を持つ最強の兵器である。しかし同時にそれはかなりの金食い虫なのだ。
継続的に運用するためには常日頃より多大な整備の手間を要し、また
これを動かして“利益”を得るには、領民の保護と引き換えに税を得る貴族となるか、商品を守り運ぶ商人となるしかない。
そのどちらもが、正当な手順を踏んだほうが益となり、わざわざこんな危険を冒す必要はない。
「モルテン団長が、“ハイマウォート”で出ます!」
思考に沈みかけていたクヌートは、部屋に飛び込んできた団員の報告に顔を上げる。
朱兎騎士団の長であるモルテンの出撃。現在、装備を押さえられた騎士団は劣勢にあるが、彼と彼のハイマウォートの戦闘能力があれば押し返すことも可能だ。
「……頼んだぞ、モルテン」
事態に光明を見出したクヌートが祈りに似た呟きを放った直後、ひときわ大きな轟音と振動が砦の内部まで響いてきた。
それを聞いた彼の表情がいっそう厳しいものになる。戦闘は、激化の一途をたどっていた。
それは朱兎騎士団のカルダトアの手前に着弾すると、術式に従い展開、土煙と共に盛大な爆炎を吹き上げた。
カザドシュ砦の工房の入り口付近にて、奪われたカルダトアと斬り結んでいた朱兎騎士団は、突然の法撃に盾を構えて慌てて後退へと転じる。
それとは逆に、彼らを押し込むように工房内部の暗がりより、5つの機影が現れた。
法弾を撃ちはなった魔導兵装を構えたままのテレスターレは、妙に慎重で不自然さの残るゆっくりとした動きで月明かりの下へと歩み出る。
それと対峙する朱兎騎士団員の間に動揺が走る。
現在、朱兎騎士団側に残っているカルダトアは6機、対する侵入者側は1機撃破されたためカルダトア4機、テレスターレ5機を動かしていることになる。
先ほどまでとは打って変わり、数的な優勢は今や侵入者の側にあった。
その上、テレスターレの性能は折り紙つきだ。朱兎騎士団員がテレスターレについて知っているのは、
実際に動かした事もない彼らは、新型機に乗るケルヒルト達が操縦に苦戦している事実を知らない。それゆえ彼らは、実態以上の過剰な警戒をせざるを得なかった。
朱兎騎士団が攻めあぐねている間、場に訪れた僅かな平衡のなかで、ケルヒルトと銅牙騎士団員たちは薄氷を踏む思いでいた。
たまらず、ケルヒルトは操縦席でぼやきの声を上げる。
「まったく、この国の機体は動かしやすいだけが取り柄じゃなかったのかい!? こんなザマじゃあ、まともに戦えやしないよ!
これはさっさとトンズラこくのが正解だね……」
「性能はいいのかもしれませんがねぇ。不幸中の、ってやつで、この装備は中々具合がいいですぜ」
団員が
「それくらいしか使えないじゃないのさ。相手さんが警戒してる間に、一気に抜けるしかないようだね」
彼女達から見れば、朱兎騎士団は数がひっくり返ったことにより警戒して手控えているように見える。
それは逃すべからざる好機だ。
テレスターレを奪取したことにより数的には上回っているが、彼女達もこれだけ扱いづらい機体で戦闘をする気はない。
そもそも彼女達が危険を冒してまで実力行使に出た理由は、この機体を奪取するためである。5機あるとは言え、被害は少ないに越したことはないのだ。
元々、彼女達の作戦では新型機を奪った後は速やかに撤退する予定であり、当然そのための“仕掛け”も予め用意してあるが、それを使うには砦内から離脱する必要がある。
予想を超える新型機の動かしづらさにより、数で押し込むという当初のもくろみはやや崩れ始めているが、それでも数は数である。
彼女たちは、下手に朱兎騎士団に自分達の状態を察知される前に突破を試みるつもりだった。
「カルダトア、前に出な! 私らは後ろから援護だ!」
近接戦闘は自在に動き、かつ奪取目標でもないカルダトアの役目になる。
4機しかいないが、それでも背面武装の法撃による支援を受けた彼らは、朱兎騎士団にとって脅威だった。
テレスターレが入念に支援法撃を入れ、法弾の嵐がカザドシュ砦の中庭を耕してゆく。
法撃の間を縫って、侵入者のカルダトアが前進を始めた。
後手に回らざるを得ない朱兎騎士団機は、盾を降ろすことができずにじりじりと追い込まれてゆく。
「騎士団! 道を開けよ!!」
突如、猛獣が吼えたような声が、苦境の朱兎騎士団の後ろから轟いた。
直後に、ほとんど反射的な勢いで朱兎騎士団側の布陣が左右に割れる。
その中央を1機の幻晶騎士が、凄まじい勢いをつけて駆け抜けていった。
その幻晶騎士は、両手で構えた長柄のハンマーを大きく振りかぶり、自身の勢いを乗せて全力で振りぬいた。
それは、いましも朱兎騎士団へ斬りかからんとしていた敵カルダトアのうち1機へと、吸い込まれるように直撃する。
質量を衝撃として叩き込む、重量級の武器であるハンマーの威力に耐え切れず、カルダトアが胴から“く”の字に折れ、派手に装甲を撒き散らしながら大地へ沈む。その衝撃たるや腹部の装甲、結晶筋肉のみならず
痛恨の一撃に、まさに出鼻を挫かれた侵入者が、悪罵と共にたたらを踏む。
「賊どもめが! これだけの事をして、簡単に逃がすと思っているのか!!」
ハンマーを一回転させ再び構えたその機体は、カルダトアではなかった。
所々に朱色を配した滑らかで精密な造形の外装と、豪華な
朱兎騎士団長専用幻晶騎士“ハイマウォート”だ。それはカルダトアとは別の専用の待機場をもつが故に、襲撃の被害に遭わずにいたのである。
「随分と好き勝手してくれたようだ、これは返礼せねばならんなぁ。遠慮はいらん、受け取って逝け!!」
ハイマウォートを操る朱兎騎士団長モルテン・フレドホルムは操縦席の中、まるで空腹で機嫌の悪い熊のような形相で今にも噛み付かんばかりに唸っていた。
混乱に翻弄されていた朱兎騎士団のカルダトアが、今は完全に秩序を取り戻し、ハイマウォートの左右へと展開する。
騎士団の象徴であり、最強の存在であるハイマウォートの圧倒的な存在感が、彼らに強い安定感をもたらしていた。
「騎士団前進。薄汚い泥鼠どもを、粉砕せよ!!」
ハンマーを儀仗のごとく掲げたモルテンの力強い言葉を受け、朱兎騎士団が攻勢に転じる。
未だ数的有利は侵入者の側だが、その勢いと統制を考慮すると、とてもうかうかとしていられる状況ではなくなっていた。
朱兎騎士団のカルダトアを追い抜いて、ハイマウォートが先陣を切って走る。
ハイマウォートは盾を持っていない。代わりに恐るべき重装甲と両手もちの長柄のハンマーを持っている。
迎撃のためにテレスターレから放たれた数発の法弾がハイマウォートに直撃する。外套型追加装甲が弾け、華美な装飾を施された装甲板がばらばらと吹き飛ぶが、本体はさほどのダメージもなく突き進む。
カルダトアより一回りは大柄な重量機であるハイマウォートは、それに見合った強靭な装甲を備えている。いかに高い法撃能力を持つテレスターレとは言え、容易に撃ち倒せるものではなかった。
爆音と聞き紛うような音を立ててハンマーが振るわれる。
先ほど直撃したカルダトアが撃破されるのを見ていた敵カルダトアは、冷や汗と共にその一撃を回避した。
「ようし、雑兵は道を開けい!!」
それは逆に、モルテンの狙い通りだ。
ハイマウォートは振り切ったハンマーをするりと回転させ、再び振り上げた構えを取るとそのままさらに前進する。
彼の目標は敵の背後にいるテレスターレだ。
貴重な新型機ではあるが、このまま奪われては目も当てられない。戦力的にも邪魔な存在である以上、彼は一気にそこまで進出し、これを破壊してしまうつもりだった。
金属製のハンマーが、唸りを上げてケルヒルトの乗るテレスターレへと襲い掛かる。
彼女は悪態をつきながらも自由にならない機体を必死で操り、あわやのところでハンマーをかわした。
しかし、モルテンの攻撃は一回で終わりではない。先ほどと同様にハンマーをするりと回転させると、再び攻撃へと転じる。
彼も伊達や酔狂で騎士団の長を勤めているわけではない。
自在に操るハンマーによる、爆発的な連続攻撃が彼の十八番である。それは重装甲・大出力の機体と相まって、正面に立つ者を全て粉砕する必殺の攻撃と化していた。
「くっ……こいつっ!!」
短い攻防の間にも、徐々にではあるがケルヒルトは機体の操縦に順応しつつある。
しかし彼女が十分に機体の動きを把握する前に、破壊的なハンマーの一撃が終わりを告げようとしていた。
「隊長ォ!!」
ハイマウォートのハンマーが十分な加速を得る前だった。盾を構えた別のテレスターレが、その軌道上へと割り込む。
操縦技術もへったくれもない、ただ力任せに突撃しただけの動き。だが十分な威力を持つ前のハンマーは、中途半端な打撃音と共に盾に受け止められる。
「小癪なっ!!」
重量機であるハイマウォートが、その出力に物を言わせて盾を持ったテレスターレに圧力をかける。
体型としてはカルダトアと大差ないはずのテレスターレだったが、その身を動かす
モルテンは、愛機のパワーに拮抗するテレスターレを見て、驚愕とともに髭に囲まれた口元を歪める。
「ほほう、これが新型機というものか。まさか我がハイマウォートに匹敵しようとは。
是非我が騎士団にも配備したいところだが、今は恨めしいものだな!!」
敵に回った新型機のなんと厄介な事か。カルダトアと同ランクでありながらハイマウォートと同等のパワーを持つなど、ほとんど悪い冗談である。
同時に、もつれ合う彼らの横をすり抜けてまた別のテレスターレが断続的に法撃を放ちながら、乱戦を続けるカルダトア同士の戦場へと突撃する。
それは勢いに乗った朱兎騎士団を、何とか五分へと押し返していた。
「隊長、今が好機です!!」
部下の言葉を待つまでもなく、ケルヒルトは状況を把握している。今がこの砦を突破する唯一最大の好機であることを。
ハイマウォートの存在は脅威である。出力だけなら拮抗できるが、一度自由になれば格闘戦では手も足も出ないだろう。仮にも一団の長を相手に、不慣れな機体で挑む気など毛頭ない。
銅牙騎士団が奪ったカルダトア部隊も、朱兎騎士団の猛攻の前にいつまで耐えれるかはわからない。
彼女はその時点で全てのテレスターレを確保することを諦めていた。
「仕方ないね、動けるやつはついてきな!!」
彼女は、数の有利で戦うよりも、無事な機体を確保することを優先する。
それは“騎士”と“間者”の意識の違いとも言えた。
彼女たちの目的は敵を倒すことではない。戦闘は、あくまでも時間と安全を確保するための手段なのだ。
戦闘中の部下全てを“足止め”として利用した彼女は、闇雲に法撃をばら撒いて牽制としながら戦場を迂回すると、守るもののいなくなった城門へと走る。
連続して放たれる法撃が城門を内側から破壊し、カザドシュの門はその機能を喪失した。
城門を突破したケルヒルトと彼女の部下が乗る3機のテレスターレは、ようやく砦を脱出すると夜の帳が落ちた街道を走り、逃亡を開始したのだった。
混乱の只中にある砦を突破した今、ケルヒルト達を追うものはおらず、あとは予定していた逃走ルートで姿を消すだけだった。
全ての新型機を奪取するには至らなかったが、3機がほぼ無傷で離脱することが出来た。
逆に銅牙騎士団はその大半が時間稼ぎのために残っており、ほぼ壊滅といっていい状況だったが、それは彼女にとって想定内の被害である。
元々、銅牙騎士団は主に諜報を任務とする集団であり、純粋な戦力はほとんど所持していない。
莫大な苦労をかけて、国許から極秘裏に持ち込んだわずか数機の幻晶騎士“ヴェンドバダーラ”が、彼女達の持つ直接戦力の全てである。
それがこの遠く異国の地で、仮にも砦一つに乗り込み機体を奪取するという困難を可能としなければならなくなったのである。
さらにテレスターレの動かしづらさと言う悪条件を鑑みれば、騎士団の壊滅“程度”で済んだのは僥倖とすら言えるものだった。
首尾を果たしたとは言え、ケルヒルトは安堵と満足と不満と悔恨の混ざったなんとも複雑な吐息を漏らす。
彼女は被った被害については今は考えないでおき、頭を振ると次の行動を思い起こしていた。
アキュアールの森の中には、ヴェンドバダーラの部隊を待機させてある。まずは、そこへと合流するのだ。
彼女達は
空には薄い雲が流れ、真円に近い月が足元を照らす。
3機のテレスターレは無言のまま街道をひた走り、街道には幻晶騎士の脚部が地を抉る音だけが響いていた。
そろそろヴェンドバダーラとの合流のために、森へと入る地点である。
彼女がテレスターレの速度を落としたところで、その視界にぼんやりと紅と白の色を持つ何かが飛び込んできた。
月明かりの明るい夜は、街道の先をかなりの距離まで見渡すことが出来る。
そうでなくとも、彼女は夜間の行動のために訓練を積んでいる。彼女は淡く光を反射するその正体にすぐに気付いた――幻晶騎士だ。
彼女達の逃げる先から、紅と白の2機の幻晶騎士が、砦へと続くこの道を進んでくるのだ。
「(チッ、どこかから戦力がやってくるなんて話は聞いてないよ!! 何でこんなところに幻晶騎士がいるんだい!?)」
カザドシュ砦が保持している戦力の全てが破壊、ないしは足止めされている以上、しばらくの間彼女達を追うものは居ない。
またそれぞれの砦ごとの距離はそれなりに遠く、例え伝令が別の砦に駆け込んだとて、戦力が駆けつける頃には彼女達はフレメヴィーラを出ているだろう。
さらに、本来は夜間の行動というものはリスクが高く、彼女達のような事情がない限り普通は避けるものである。
こんなところで幻晶騎士に出会う理由を、彼女は思いつけなかった。
余りにも致命的な場面で現れた予想外の要因に、彼女は苛立ちを抑えられない。
砦にて足止めをしている部下も、どれほどの時を稼げたかはわからない。彼女達にはとにかく時間がないのだ。
取り繕っている余裕はない、彼女は即座に進路上の邪魔者を排除することを決める。彼女が小さく合図を送ると、二人の部下は無言で頷きを返した。
彼女と部下が操る3機のテレスターレは、背面武装を展開すると、問答無用で紅と白の幻晶騎士へと襲い掛かっていった。
ライヒアラ騎操士学園を出発した、
道のりにはさしたる障害もなく、目的地も近いとあって彼らの意気は高かった。
「前回に比べて随分と順調なもんだな」
「まったく、酷い目に遭ったもんだね。当分ミミズは勘弁だよ」
「……ミミズを歓迎できる時っていうが、いつなのかわからないわよ」
すでに周囲はすっかり日が落ちて暗闇に包まれている。明るい月夜であることを幸いに、月明かりを頼りにして一行はゆっくりとした速度で進んでいく。
本来、移動する場合は日が落ちてからの行軍はご法度である。
夜行性の魔獣に襲われた場合、明るさに乏しい場所での迎撃は困難を極める。それよりは、野営を敷いたほうがまだしも安全だからだ。
しかし彼らはカザドシュ砦を目前にして、多少の強行軍でたどり着いてしまおうとしていた。
幻晶騎士が居るとは言え、彼らは馬車1台荷馬車1台という小規模な集団であり、身軽さを生かしたと言ったところである。
そうして旅路を気楽に雑談を交わしながら進んでいた彼らは、進路上に異変を察知した。
闇の向こうから、連続する重い金属音が聞こえてくる。それと共に甲高い気流の響き、
彼らは自分たちの無茶を棚に上げて、一体なんだろうと首をひねった。
足音は急速に大きくなる。それはついに月明かりでも相手を視認できる距離まで近づいてきた。
そこに現れた幻晶騎士の姿を見て、彼らは大きく息を呑む。
テレスターレだ。彼らが作り、そしてカザドシュ砦にて保管されているはずの新型機。
それが全力疾走とでも言うべき速度でこちらへと向かってくることに、彼らは驚くと共に疑問を感じた。
仮に何かしらの事件が発生し、砦の戦力をどこかへ派遣するのだとしても、それにわざわざ数の少ない新型機を当てる理由がわからない。
さらに言えば、砦詰めの騎操士達はテレスターレへの機種転換訓練などやっているはずもなく、癖の強い機体をわざわざ用いる理由も思い当たらなかった。
「どういうことだと思う? ディー」
「わからん、とりあえず聞くしかないだろう」
状況の確認を行おうとした、彼らの判断は至極当たり前のものであろう。
しかし事態は彼らの予想を大きく外れた方向へ進む。接近するテレスターレが問答無用で背面武装を構えたのだ。
テレスターレに乗っているケルヒルト達はここで立ち止まるわけにはいかない。当然の成り行きとして目の前の機体を排除する必要がある。
そこで彼女達は背面武装による先制攻撃を試みる。いまだそれは、格闘戦よりは効果的なのだ。
仰天したのはエドガーとディートリヒである。
彼らはまさか味方であるはずのテレスターレに攻撃されるなどとは夢にも思っていなかった。
彼らがその攻撃に対応することができたのは、偏にテレスターレという機体を良く知っているが故であり、背面武装という最新の装備の効果を知る故だった。
また、新型となったグゥエールに乗るディートリヒはもとより、既存機であるアールカンバーに乗るエドガーもたゆまぬ訓練により素晴らしい反応速度を見せる。
グゥエールはすばやく両腰の剣を抜き放つと、鋭い剣捌きで飛来した法弾を打ち払う。
アールカンバーは盾を構えると、グゥエールが討ち漏らした法弾を防御し、彼らの後ろにいる馬車を守った。
奇襲のはずの攻撃に対応され、ケルヒルトは舌打ちと共に立ち止まることを余儀なくされた。
テレスターレと距離をとって対峙したアールカンバーの操縦席で、エドガーが拡声器のスイッチを入れる。
「……私達はライヒアラ騎操士学園所属の準騎士、朱兎騎士団に所用がありカザドシュ砦へむかう最中だ。しかるに、名乗りも待たずに突然攻撃するとは何事か!
正当な理由があるならば、今ここで教えてもらおう!!」
激昂するエドガーの通告に、テレスターレは不気味な沈黙を守り通した。
当然、ケルヒルト達に何か言うべきことなどあろうはずもない。ただ、今の口上で紅と白の幻晶騎士の素性は知れた。
彼女は本職の騎士を相手にするよりは楽であろうと、高をくくる。
本来ならば彼女達はなるべくならば交戦は避けたいはずだが、相手はたかだか学園の実習機が2機であり、戦力的にも優勢であることから一気に押し込んでしまえると考えた。
また、テレスターレの高い出力は他の機体にとって脅威である。小細工を抜きにでもぶちかませば、騎士団の機体であろうが学園の機体であろうが、無事にはすまないはずだ。
じょじょに機体の動きにも慣れつつあった事もあり、油断した彼女達はほとんど真正面から斬りかかって行った。
彼女達は失念していたのだ、自分達が奪おうとしている、新型機を作ったのは誰なのかを。
「エドガー」
「わかってる、任した」
無言で襲い掛かってくるテレスターレは、もはや疑う余地なく敵である。
自分たちが苦労して作り上げた機体に剣を向けるのは、彼らにとって少し心苦しいものがあったが、だからと言って黙ってやられるつもりなど毛頭ない。
彼らは極めて簡潔なやり取りを交わすと、迷いを振り切って前に出た。
紅い幻晶騎士が力強く大地を蹴り、それに少し遅れて白い幻晶騎士が後に続く。
先行するグゥエールに合わせるように、テレスターレの1機が突出する。
やや乱暴ながらもその剣の一撃は相当の力があり、受けることは困難である、はずだった。
グゥエールは両手に構える剣の一方を、合わせるようにして振るう。
同等のパワーを持つグゥエールはまったく当たり負けすることなく、正面からテレスターレの剣を受けきった。
それは銅牙騎士団員が動かすテレスターレとは比較にならないほど滑らかで、精緻な剣だった。
グゥエールはそのまま力の向きをそらし、互いの剣を合わせたまま横へとはじく。
勢い込んで振るった剣をそらされ、テレスターレの上半身が浮つく。銅牙騎士団員はぎょっとして機体の腕を引こうとするが、伸びきった腕を戻すのは容易なことではなかった。
大きすぎる隙を晒すテレスターレへと、グゥエールの二の太刀が襲い掛かかる。
テレスターレの右腕が、剣を持ったまま肘の辺りから両断される。もう片方には盾を持つテレスターレは、これで近距離の攻め手を大きく欠くことになる。
銅牙騎士団員の顔に驚愕が浮かぶ。
彼は先ほどモルテンが抱いた感想を、自らも抱くことになる。まさか、同等の出力を持つのか、と。
しかしさすがと言うべきか、彼も伊達にここまでやってきた訳ではなかった。彼は崩れそうになった機体を無理矢理建て直し、背面武装を起動して反撃を試みる。
「確かに、背面武装は強力だ。だがね!」
ディートリヒは叫びつつ、先んじてグゥエールに装備された背面武装を展開していた。
テレスターレが持つそれとは異なる、やや幅広の短剣のような形状の魔導兵装が、グゥエールの両肩の上で静止する。
操縦席のディートリヒは、
それに応じ、魔導兵装から魔法が投射される。
グゥエールが持つ魔導兵装は“
それは丁度、法撃を放とうとしていたテレスターレの背面武装を直撃した。真空の断層による衝撃波が炸裂し、テレスターレの魔導兵装を折り砕く。
元々体勢を崩していたところに、さらに上半身に激しい衝撃を受けたテレスターレが、そのまま真後ろに吹っ飛ぶように倒れてゆく。
それは双方が走り出してから、僅か数秒後の出来事だった。
テレスターレの1機とグゥエールが衝突している間に、残る2機の前へとアールカンバーが躍り出ていた。
突出して組み合っているところに横から手を出せば、味方を攻撃に巻き込む可能性が出る。
自然と、残る2機はアールカンバーへと狙いを定める。
ただでさえ2対1、しかも敵は新型機が2機である。エドガーの行動は、誰の目にも無謀としか言いようがないものだった。
その上、ケルヒルトは全く手加減なく敵を葬るべく、彼女が操るテレスターレが剣を構え、もう1機が背面武装を構える即席の連携で襲い掛かる。
しかしグゥエールとは逆に、アールカンバーはいきなり途中で停止する。そうしてある程度の距離を取ったまま、魔導兵装・
地面に直撃した法弾が爆炎と土煙を噴き上げる。それは即席の煙幕となり、一瞬テレスターレの視界を遮った。
「小癪なことをしてくれるじゃあないか!」
ケルヒルトは機体を下げ、もう1機が放った法弾はアールカンバーを捕らえることなく宙へと流れてゆく。
さらにアールカンバーは後退に転じ、盾を構え防御に専念した構えを取った。
明らかに誘いをかける姿勢に、つかの間ケルヒルトは逡巡を覚える。その時、横で轟音と共に何かが吹っ飛ぶのが見えた。
振り向くとそこには、悠然と構えを取るグゥエールと、攻撃の直撃を受けて倒れこむテレスターレの姿があった。
まさか新型機が学生相手に簡単に打ち破られるなど、彼女は予想していなかった。
そこで彼女はある可能性に思い至る。
「こいつ……まさか新型なのかい!? 聞いてないね、まだあったのかっ!」
彼女には知る由もない、本来ならこの機体は組み上げられることはなかったのだと言うことなど。
ある双子の、たった一つの我侭が紅の騎士をこの地に導いたなど。
自分たちが相対するものの正体に気づいた時、彼女は己の置かれた窮地にも気づいた。
相手はテレスターレと同仕様の新型機。その上、状況から見るにそれを操るのは十分に操縦に慣れた騎操士だ。
いまだ十分に操縦に慣れない彼女達に対し、新型の性能の全てを生かす相手など悪夢でしかない。
そして彼女達はまんまとしてやられたのだ。
白い機体は明らかに囮である。片方が数をひきつけ防御に専念している間に、強力な紅い機体が敵を狩る。
敵の思う壺に嵌ったことに、彼女は思わず歯噛みするが、それで事態が好転することはない。
思うように動かない機体を操り、あの紅い機体を退けることができるのか。それを可能と思うほど、彼女は自惚れてはいなかった。
だが、窮地に追い込まれた彼女達は同時に、僅かな突破口をも見出していた。
紅い機体は新型機だが、白い機体はそうではない。それは先ほどの動きからも、恐らくそうだろう。ならば紅い機体を足止めできれば、白い機体は突破できる公算が高い。
ここから先は彼女達にとっても賭けになる。
エドガーとディートリヒは、味方を倒されても動揺せず、むしろ気迫を増す相手に対し油断なく構えを取る。
互いに相手の隙を探り、俄かに状況は硬直の兆しを見せ始めていた。
しかし、もしも運命の神がいるならば、それはまだケルヒルト達を見放していなかった。
そこでその場の誰もが予想しなかったことが起きる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
雄叫びと共に、グゥエールに倒された機体が起き上がる。
幻晶騎士の機体が倒れるというのは、言うほど生易しいことではない。
10mもの全高を持つ幻晶騎士の操縦席は、相応に高い位置にある。そこに座ったまま勢いを付けて地面に叩きつけられると言う事は、騎操士に相当なダメージを負わせることになる。
幻晶騎士は内部の騎操士を保護するため、ある程度の強化魔法を適用しているが、それでもすぐに動けるほどダメージが緩和されているわけではないはずだ。
そう考え、倒れた機体がすぐに動くことはないと思っていたディートリヒは完全に不意を突かれた。
「なっ!?」
かわしきれないグゥエールに、横合いからショルダータックルが炸裂する。
そのままグゥエールとテレスターレはもつれ合うように倒れてゆく。
当然、大きく動いた状況に、残る者たちが反応しないはずはなかった。
「なんと往生際の悪い!」
「よくやったよ!」
アールカンバーは防御を優先する。
今再び、状況は2対1に戻ってしまった上に、相手はテレスターレである。エドガーは身を守ることを優先せざるを得ない。
ケルヒルトと残った部下は、迷わず背面武装を“地面へと”撃ち放った。
先ほどのアールカンバーの行動のお返しだ。月明かりを頼るただでさえ暗い夜道に、さらに激しい法撃による噴煙がもうもうと立ち上がる。
エドガーはさらに大きく後退する。このまま背面武装を乱射されるだけでも、十分に脅威だからだ。
盾を構えるアールカンバーに、法撃は飛んでは来なかった。代わりに噴煙の向こうから、遠ざかる重い足音が聞こえてくる。
ケルヒルトはグゥエールが抑えられている僅かなチャンスを生かし、逃亡を選んだのである。
「くっ、逃がすか!」
いささか出遅れてアールカンバーが走り出す。目的は不明だが、テレスターレを操る敵をこのまま逃がすことなど出来ようはずもなかった。
「待てエドガー!! くっ、ええい邪魔だ貴様!!」
倒れながらかろうじて機体に受身を取らせたディートリヒは気絶することはなかったが、グゥエールはすぐに動ける状態ではなかった。
ぶつかってきたテレスターレは半壊しているとはいえ、腐っても新型機である。
密着した間合いでは操縦技術の差を生かす事もできず、ただ同等のパワーを持つが故に完全に押さえ込まれる格好になってしまったのだ。
「ぐっ、ふはは……学生さんよ……そう慌てなさんな、もう少し俺に付き合ってもらうぜ……」
焦りがディートリヒの背を這い上がる。
アールカンバー1機では明らかに戦力不足だ。いかにエドガーが技量に優れるとはいえ、テレスターレ2機を相手に出来ようはずもない。
「止むを得ん! 吹き飛べ!!」
極至近距離で、ディートリヒは自らのダメージも構わず、背面武装・
真空の断層へ流入する大気が爆発となり、衝撃波が2機を襲った。
グゥエール、アールカンバーがテレスターレを迎え撃っている間、親方達が乗る馬車はその場を離脱し、カザドシュ砦へと急行していた。
幻晶騎士同士の戦闘に巻き込まれては、馬車などひとたまりもない。
テレスターレが飛び出してきたということは、砦も何らかの異常事態に襲われている可能性が高いが、それでも他に向かうべき場所はなかった。
馬が泡を噴くほどの全速で走る荷馬車から、ばさりと音を立ててかけられた布の覆いが吹き飛んでゆく。
その下から立ち上がった、鎧を着た人影が固定のための鋼線を弾き飛ばした。
全高2.5mほどの歪な体型の鎧――
彼らは一緒に積み込まれていた武器、携行型攻城弩砲を脇に抱え、ついでにたんまりと追加弾倉を背負うと、そのまま荷台から飛び降りて全力疾走を開始する。
凄まじい速さだ。
“馬よりも速く”の言葉そのままに、傍目には重厚な金属鎧にも拘らず不自然なまでの速度をたたき出す。
エルと共に訓練を重ね、また日常的に幻晶甲冑を動かしてきた彼らにとっては朝飯前のことだった。
逃げ出したテレスターレを追うエドガーは、いつの間にか足音が増えていることに気がついた。
アールカンバーの左右に、幻晶騎士にしては小さな足音が増えている。彼はゆっくりと機体の首をめぐらせた。
そこに、幻晶騎士の膝を越えるほどの大きさしかない幻晶甲冑が走っているのを見たエドガーは一瞬、状況も忘れて怒鳴り声をあげた。
「なっ……お前達! 一体何をしているんだ!?」
「見ての通りだよ、エドガーさん。俺達も一緒に泥棒を追う」
「片方は私たちが引き受けるわ」
侵入者が森へと逃げ込んだことにより途切れがちになる月明かりの中、鈍い鉄色の背中を追って1機と2人はひたすらに走る。
「馬鹿を言うな! いくらお前達であろうと、相手は幻晶騎士! 人が操る最強の兵器なんだぞ!?
危険すぎる、アレは俺に任せて引き返せ!!」
「だったら、エドガーさんはそれを2機相手にすんのかよ?」
ぐ、と呻き声じみた音を立ててエドガーが答えに窮する。
今は侵入者達が動かしづらい機体での戦闘を嫌い逃げに徹しているが、ひとたび2機がかりで襲い掛かられると不利になるのはエドガーのほうである。
些か生真面目に過ぎるエドガーは、こういう時に都合のいい言葉を言えずに詰まる癖があった。
「俺達もすっげぇ怒ってんだよ」
「あれは皆で作ったものなのよ? それを掻っ攫っていこうだなんて、ぜーーったいに許さないんだから!!」
心情的には全く同意見であるエドガーは、双子を説得するに足る言葉を持たない。
彼は深く悩んだが、状況に余裕がないのも事実であり、それに言って聞く二人でもない。彼は決意すると搾り出すようにして言った。
「…………絶対に、無茶はするな。正面から相手をするな、やるとしても俺の援護に徹して、自分の安全を最優先しろ!! いいな?」
「ああ、絶対に“無茶はしない”ぜ、エドガーさん」
「ええ、とにかく“援護に徹する”わ、エドガーさん!」
森は深くなり、夜は更けてゆく。
新型の幻晶騎士にまつわる事件は、さまざまな登場人物を巻き込みながら、その最終場面へと差し掛かろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます