#26 工房へいこう

「そら、見つけたぜ」

「エル君確保ー!!」

「えーと、キッド、アディ? 何故こんなところにいるのですか」

 

 バトソンと別れ、ライヒアラ騎操士学園を目指して移動していたエルは、途中でオルター兄妹に捕まっていた。

 二人とも現時点でエルより頭一つ分背が高いため、両腕をそれぞれ持ち上げるようにして捕まえるとエルの体が完全に宙に浮く。

 エルの銀髪も相まって、まるで連行される某宇宙人状態だ。この世界に宇宙人がいるかは不明だが。

 

「いや、此処にいるのは単に偶然なんだけどよ」

「見つけたからには捕まえないとね!」

「え? 僕は珍獣か何かですか?」

「似たようなもんだろ。あー、んで、どこに行こうとしてたんだ?」

 

 二人の間でぶらーんと浮いたエルが観念したように溜息を吐く。

 

「いま学園では壊れた幻晶騎士シルエットナイトの修理が行われているはずですから。

 ちょっと見学に行こうかと言うところです」

「そうなんだ。じゃ、このまま学園まで行っちゃおう!」

「二人とも、行くのはいいですけどその前に離してください」

 

 

 そうして3人は授業のある日でもないのに学園へと辿り着いていた。

 しばしば騎操士学科に出入りしているエルにとって、この場所は勝手知ったる何とやらである。

 迷いなく目的地にたどり着くと、慌しく作業に勤しむ整備科の生徒達の邪魔をしないように、こっそりと工房の内部へと侵入する。

 

 工房の内部は喧騒に満ちていた。

 槌を振るう音、部品を吊り上げるクレーンの滑車の音、怒鳴り声、そして幻晶騎士の駆動音。

 エルにとっては組み上げ作業を近くで見学したいのはやまやまだったが、鬼気迫る様子で作業する整備科の生徒達を見ていると、邪魔をするのは流石の彼でも気が引ける。

 そのため、勢い作業の行われていない方向へと進むことになる。

 

 彼らはまだ作業の行われていない機体の前に来ていた。

 そこに据えられた幻晶騎士整備用の巨大な椅子の上には、天井からクレーンで吊るされた残骸としか表現できない金属の塊が鎮座している。

 恐らくは幻晶騎士の胴体部なのだろう。

 しかし外装がひしゃげ中身は骨格から歪んでいるため、エルはともかく双子はそれが一体何なのか、即座には把握できなかった。

 それが置かれた場所、そしてこびり付くように僅かに残る装甲の紅い塗装がヒントとなり、彼らは漸くそれの正体に思い至る。

 

「こいつが……その、エルが乗ったグゥエール、ってやつか?」

 

 じっと残骸を見上げるエルの横顔を伺いつつ、キッドがぽつりと問いかける。

 

「ええ。この装甲や、壊れ方には見覚えがあります。

 本当に派手に壊れたことで……さすがに修理は後回しにされたようですね」

 

 アディは言葉もなく、その完膚なきまでに破壊された残骸に見入っていた。

 目の前のそれは、万の言葉よりも尚雄弁に、陸皇亀ベヘモスとの戦いの激しさを物語っている。

 それは幻晶騎士を操ったことのない双子にも、容易に想像できるほどだった。

 

 キッドもアディも、以前にエルの話を聞いて、彼がどれほどの危険に立ち向かってきたか、わかっているつもりだった。

 しかし現実に目の前に示された残骸を見て、その想像以上の姿に言葉を失っていた。

 まるで飴細工のように滅茶苦茶に歪んだ巨大な金属の塊。

 それを為しえる力とは、果たしてどれ程強力なことであろうか。

 それに立ち向かうという事は、果たしてどれ程危険なことであろうか――。

 

 キッドは自分がいつの間にか血が引き真っ白になるほど強く拳を握り締めていた事に気付いた。

 アディの目には、うっすらと涙すら浮かんでいる。

 ほんの少し何かが違っていれば、エルはあの戦いで死んでいたかも知れない。

 唐突に思い至ったその考えは、彼らの背筋を一瞬で寒からしめた。

 何よりも、エルがそれだけの危険に立ち向かっている間、知らなかったとはいえ何もせずに居た自身への憤りが、彼らを内側から圧迫する。

 言葉を失ったかのような二人の耳へと、エルの漏らした微かな呟きが届く。

 

「……しい」

「え?」

「壊れた機体もまた、美しい……」

「「……」」

 

 ほう、と溜息をつくエルの横顔はまさに恍惚のそれ。

 二人の表情が一気に曰く言いがたい微妙なものになっていく事に気付かず、エルは言葉を続けている。

 

「そう、形あるものが崩れ、後には残骸だけが残る……これが詫び寂びというもの。

 この漂う寂寥感、廃れたものの想い……ふつくしい……」

 

 双子の視線が一瞬だけ交錯し、第132回オルター兄妹会議は満場一致を見て無言のままにエルへの攻撃を決定した。

 

「!? いっ……いひゃいいひゃい、いひはりらにするんれふは」

 

 両側から頬をつねられたエルは珍しく涙目で抗議の声を上げる。

 それを聞く双子は無表情で頬をつねり続けていた。

 

 

 

「やれやれ、どこのどいつだ、こんなとこではしゃいでやがるガキは」

 

 しばらく頬をつねり続けられた後、漸く開放されたエルが両頬を押さえて二人に抗議していると後ろから声がかかる。

 彼らが振り返るとそこには、頑強な体躯のドワーフ族……親方の姿があった。

 野太い親方の声は、騒音の絶えない工房内でもよく響く。

 

「なんだ、銀色坊主エルネスティじゃねぇか、まった入り込んでやがるのか。

 おめぇも好きだな、おい。あんま作業の邪魔すんじゃねぇぞ」

 

 しかし、エルはやや呆れた雰囲気の親方を見てもおらず、その視線は親方の隣にいる人物へと注がれていた。

 そこに居るのは幽鬼も斯くやとばかりの蒼白な顔色を浮かべ、目の下には色濃く隈が残り、以前は丁寧に撫で付けられていた金髪は見る影もなくボサボサとなった――ディートリヒだった。

 一瞬記憶の中のディートリヒと印象が合わず、エルは思わず目を擦るものの、何度見直しても目の前のディートリヒはボロボロだった。

 その雰囲気にも覇気はおろか、尊大ともいえた自信の一欠けらも残ってはおらず、ただ焦燥だけが感じられる有様だ。

 

「え、えーと……ディートリヒ……先輩?」

 

 微妙に引き攣った笑顔で問うエルも自信がなさそうだ。

 それくらい、今のディートリヒは変わり果ててしまっている。

 

「…………ああ、エルネスティか」

「え、えっと、一体何があったのですか?」

 

 エルの言葉にディーは軋むように笑顔を作り、錆び付いたような声で話し始める。

 

「ふ、ふふ……少し……そう、少し、ちょっと、だ。

 最近よく悪夢を見るんだよ……医務室の悪魔が、来る……。

 おかげで、最近、寝不足でね。

 そう、気を抜くと、奴が、く、やつが、奴がぐぶべっ」

 

 喋っている間に悪夢の記憶がよみがえったのか、徐々に目の焦点が怪しくなり、世界の向こう岸へと届きかけたディートリヒを親方のチョップが引き戻す。

 ディートリヒはしばらくその場で悶絶していたが、親方の一撃が効いたのかちゃんと正気に返っていた。

 

「ぬごぉぉぉ……ハッ、私は今どこへ……。

 

 うおっほん!

 

 まぁ私の事は良い。それで、エルネスティも居るという事は、君も説明に呼ばれたのか。

 それなら手間が省けそうだな」

「ああ? 銀色坊主が何を説明するんだ?」

「何って、グゥエールが壊れた原因が知りたいのだろう?

 だからその原因・・を呼んだんじゃないのかい?」

 

 彼はしばらくの間怪訝そうにディートリヒとエルの顔を交互に見ていたが、言葉の意味を理解するにつれ、むしろ怪訝な表情が深まってゆく。

 

「待て、ディートリヒ。それだと銀色坊主が原因でグゥエールが壊れたように聞こえるぞ」

「えっ? その通りじゃないか………もしかして、知らずに呼んだのかい?」

「いや、そもそも呼び出したんじゃなくここに勝手に居たんだがな」

「「……え?」」

 

 微妙に噛み合わない会話に全員が首を捻る。

 数瞬の間を空けて、ディートリヒがぽん、と手を打った。

 

「ああ、これはひょっとして非常に余計なことを口走ったのかね?」

「見事にその通りだと思いますよ」

「まぁ、何でも良いが」

 

 親方は長く伸ばした髭を撫でつけながら、二人に向けてギロリと鋭い視線を送る。

 

「この際、洗いざらい説明してもらおうか」

 

 全身の筋肉を唸らせながらにたりと笑う親方に反論できる者は、その場にはいなかった。

 

 

 

 エルがグゥエールを操縦していた時、ディートリヒもその場にはいたものの、彼はエルが行った操作の具体的な内容を把握しているわけではない。結局は説明の大半をエルが受け持つことになった。

 しかしいざ説明を進めると、間を置かず問題へと突き当たる。

 

「…………すまんがもう一度言ってくれ」

「ええ、ですから。僕が乗っても操縦桿や鐙に手足が届きませんから。

 魔導演算機マギウスエンジン内の魔法術式スクリプトを転写して、自分で演算して・・・・・・・幻晶騎士を動かしたのですけど」

 

 豊かな髭を蓄え、普段からいかめしい表情を崩さない親方が珍しいことに目を見開いて驚愕している。

 それも無理なからぬことで、そもそも幻晶騎士を動かす魔法術式は到底人一人の力では制御しきれないからこそ魔導演算機というものが存在するのである。

 それを使わず自力だけなどと言われても、普通は信じられるものではない。

 実際に背後でグゥエールの動きを見たディートリヒはともかく、親方が半信半疑の表情となってゆくのを誰が止めれようか。

 

「……百歩譲って、それはまぁいいとしよう。

 それで? それとこいつが魔力マナの途絶で自壊してるのと、どういう関係があるんだ?」

「つまり魔導演算機を代替すると言う事は、ありとあらゆる機能を自由に操作できると言うことです。

 それでベヘモスにトドメをさす際に安全装置リミッターを解除して、機体の持つ全ての魔力を攻撃に回しまして。

 構造の強化を維持できないほど魔力を使ってしまったのですよね」

「無茶苦茶じゃねぇか!! そんなもん如何やって対策しろって言うんだ!!

 そもそもが対策としての安全装置だってのに」

 

 口調は荒くとも、親方はエルのしでかした無茶にしきりに頭を振っている。

 彼が吐いた、諦めを多量に含む吐息はどこまでも深かった。

 

「確かに。それについてはこの操作は僕くらいしかやらないでしょうし、対策はいいのでは?」

「当たり前だ! そんなもんぽんぽんと出来てたまるか!!

 ああもういい、後は、だ。脚の結晶筋肉が疲労断裂してやがったが、アレもお前のせいか。

 いやお前のせいだな?」

「間違っては居ませんが……何だか言い方が釈然としません」

「うるせぇ、やっぱりお前のせいか!!」

「あれは、直接制御フルコントロールの反動ですよ。

 幻晶騎士のレスポンスを最大にして、普段想定される以上の負荷をかけてしまったために限界を超えて、断裂してしまったのです」

「お前なぁ……全身張り替えなんぞやった日にゃ、普通一月は無事に動くってのによ」

 

 親方はついに額に手を当て天を仰いだ。もはやここまで来ては処置なし、の一言に尽きる。

 この時点でも十分に頭が痛いが、彼はふと最悪の可能性に気付いてしまった。

 

「するってぇと何か、坊主が本気出せばどいつもこいつも壊れるってのか?」

「現時点ではその可能性が高いですね。

 騎士団のカルダトアならば結晶筋肉の品質が高いので、もう少し長持ちはするかもしれませんけど」

 

 結局は負荷の問題ですしね、などとのんびりと呟くエルを横目に、親方は渋い表情になる。

 

「ちっ、そいつぁ改善しねぇと鍛冶師の面目ってもんが立ちゃしねぇ。

 とは言えそんなもんを今すぐどうにかする手段なんてねぇしな」

 

 これまでにこんな無茶をした騎操士など存在しないため、対策が存在しないのも当然と言えば当然の話だ。

 その上これほどの問題に対応するためには応急処置ではなく、相当根本的な部分での対策が必要となる。とても一朝一夕に改善できるものではなかった。

 一先ずは今回の修理での対策は見合わせよう、後から対応策を練れば良い……そう親方は現実的な方針を心の中で決めようとしていたが、あいにくとその場には非現実的を地でいく存在が居る。

 

「ある程度の対策は考えてあります。要は結晶筋肉の耐久性を上げればいいのですから」

 

 さらりと言ってのけたエルに、全員の視線が驚愕を乗せて集中する。

 

「結晶筋肉の耐久性をあげるだと?

 簡単に言うがお前、それをするために錬金術師の野郎どもがどれだけ研究に没頭してると思ってるんだ。

 実際の話としてここ数十年はほとんど改良されてねぇんだぞ」

「ああいえ、耐久性をあげるのですけど、結晶筋肉自体は変えません。

 僕も、錬金術に関する経験は乏しいわけですし。

 なので、結晶筋肉の使い方に一工夫してはどうかと思いまして」

「使い方で?」

「ええ、一先ずですね……」

 

 疑問符を浮かべる面々を前に、エルが解説を始める。

 彼が提案したのは結晶筋肉の繊維を束ねて編み、つなとする、と言うものだった。

 1本1本では脆弱な繊維も、縒り合わせて使えば耐久性が上がる。

 さらに縒り合わせて捻りを入れた事により、結晶筋肉の繊維ごとの全長を長く取れるため出力の増大も見込める。

 例えるならゴム紐をそのまま使うよりも、捻って使ったほうが強い力が出るようなものだ。

 

「名付けて綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューと言ったところですか」

 

 一通り説明したエルは実際に結晶筋肉の繊維を編み、その場で伸び縮みさせている。

 双子は良くわかっていないようで、そういうものなのか、と言った感じだったが幻晶騎士に関わってきた人間の反応は劇的だった。

 これまで少なからず幻晶騎士の改良を試みてきたであろう親方が、綱型結晶筋肉を手に取る。

 それを調べつつ、何かに悩むようにしきりに頭を振っては考え込む、しばらくの間はそれを繰り返していたが、やがて諦めたように息を吐いた。

 

「結晶筋肉の繊維を縒って使う……こいつは盲点だ」

 

 日頃から重々しい彼の言葉だが、その一言はまさに万感の思いが篭ったものだった。

 

「そうなのですか? 今までやっていなかったのも不思議でしたけど」

「確かに坊主の言うとおりだ。言われて見れば、無かったのが不思議なくれぇだ。

 ……でもよ、幻晶騎士の改良ってのは普通、骨格の形と筋肉の張り方を考えるもんだ。

 後は材質そのものを向上させるか。筋肉の組み方まで変えるなんて発想は、ねぇんだよ」

「(幻晶騎士ってのは良くも悪くも生物……人間に類似し過ぎてる。

 感覚的な扱い易さや理解のし易さを優先したのかも知れんけど、そのおかげで発展性が阻害されてる。

 人体の常識から外れるって発想がないんやな……)」

 

 金属で骨格を作り、結晶で筋肉を構成しているというのに、幻晶騎士は根底では生物的な肉体と類似した扱い方をされている。

 一種の矛盾ではあるが、それが長きに渡る慣習として染み付いているため、幻晶騎士の設計に携わる人間には根本的な変更を行うという発想がなかったのだ。

 ほんの単純なアイデアで新たな方法を得た親方は早速周囲を走り回る生徒達を集め始めた。

 彼の表情は髭に埋もれわかりづらいが、中々見られない獰猛な笑顔が浮かんでいる。

 

「はは! わかってみりゃこいつは面白ぇな!!

 ちょうど良い、今修理中のやつに早速こいつをぶち込んで見るか!!」

 

 珍しく上機嫌極まりない親方の様子に、集まり始めた生徒達が軽く引いているが、彼は気にした様子もなく周囲を見回し。

 

「でしたらついでに」

 

 これから行われる幻晶騎士の改良に思考を埋められかけていた親方の耳に、悪魔の囁きが届く。

 

「少し、人の形から離れてみませんか?」

 

 ゆっくりと、言葉を咀嚼しながら時間をかけて親方が振り向く。

 果たして振り向いた視線の先には、眩しいほどに輝く笑みを浮かべたエルの姿があるのだった。

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