#12 見学しよう

 場面は変わって、ベヘモスが現れる2週間ほど前のこと。

 

 ライヒアラ騎操士学園において、花形の学科といえばその名にも冠する騎操士学科であろう。

 騎士課程を修了し、高い能力を認められた生徒が騎操士になるべく日夜勉学に励んでいる。

 しかし、一口に騎操士学科と言っても操縦者――騎操士ナイトランナーが居るだけでは幻晶騎士シルエットナイトは動かない。

 当然ながら機体の整備を担当する人間というものが必要になる。

 

 騎操士学科とは幻晶騎士の操縦技術を訓練するための学科だが、それとは別に幻晶騎士を製造・整備するための人材も育てている。

 騎操士は操縦技術を学び、鍛冶師は外装、金属骨格の修理、製造技術を。

 錬金術師は結晶筋肉の製造、整備方法を学ぶ。

 

 直接機体の整備とは関係しないが、関係ある分野を扱うものとして刻印術師も含まれる。

 刻印術とは、魔法術式スクリプトの構成を魔術演算領域マギウス・サーキットで処理するのではなく、外部の物体に図表の形式で記述することで魔法を使用可能とする技術である。

 刻まれた物体とその魔法術式を合わせて刻印紋章エンブレム・グラフと呼ぶ。

 刻印紋章を使用して魔法を使う場合は、直接それに魔力マナを通すことで魔法が発動する。

 便利な技術に思えるが、魔法術式は実際に記述するとかなり嵩張る代物になるため、目的とする魔法に対して巨大な装置になりがちである。

 製造の手間や難易度を考えると日常での普及には難がある技術である。

 

 この技術が最も有効なのが幻晶騎士用の外付け式遠距離魔法攻撃用装備である魔導兵装シルエットアームズの術式実装としての利用だろう。

 意外なことに、幻晶騎士は単体では規模の大きい魔法を使用できない。

 幻晶騎士を制御する魔導演算機マギウスエンジンの機能は全身の制御、それに特化している。

 魔法を使用しようにも、魔法の単純増幅機能など搭載していないのである。

 そのため、幻晶騎士が魔法を使うためには内部の騎操士が直接魔法を構築する必要がある。

 しかし幻晶騎士が使用して有効な規模の魔法現象――それは戦術級魔法オーバード・スペルと呼称される――を発生させる術式の構築は、人間には極めて困難である。

 稀に構築可能な処理能力を持つ人間も居るが、それは時間をかければ可能という話でありとても戦闘中に構築できるものではない。

 

 よって、幻晶騎士が戦闘中に戦術級魔法を使用するためには、魔法術式のみをあらかじめ外部に用意するという方法がとられている。

 刻印紋章による術式構築は、術式を記述するだけの面積を確保できればいかなる魔法も用意できる。

 発動時には外部からの魔力マナを供給するだけで使用可能であり、魔力の塊とも言える幻晶騎士とは相性のいい技術である。

 欠点は、一つの術式につき刻印された一つの魔法しか使えないこと。

 そのため、魔導兵装は様々な状況に対応するため多数の種類が作成され、戦闘行動中の幻晶騎士は背中に複数の装備をつけていることもしばしばである。

 そういった訳で、直接は騎操士学科ではないものの、刻印術学科もほぼ併設に近い扱いを受けている。

 

 

 閑話休題。

 そういった背景から、騎操士学科では実際に幻晶騎士を運用することでそれぞれの職業ごとの技能を修得できるようになっている。

 騎操士学科は内部でいくつかのチームに分かれており、各チームごとに幻晶騎士を保持している。

 3年の間、定期的に模擬試合や野戦訓練を行い実技を磨くのである。

 

 学園で保有する幻晶騎士は2機ずつ10チームで20機。

 数だけ見れば2個中隊余に相当し、ちょっとした砦よりも戦力が整っているが、どの機体も長年に渡って運用されてきたものであり、戦闘能力は2線級のものである。

 さらには1機に対して複数名居る騎操士達が交互に訓練を行うため常に消耗を強いられており、騎操士学科で真に大変なのは裏方である、と言わしめるほど頻繁に整備が必要なのであった。

 余談だが騎操士学科を卒業した鍛冶師・錬金術師はそのまま最前線で働けるだけの能力を持っていることも多いという。

 

 

 

 ライヒアラ学園内の訓練場では今も幻晶騎士同士の戦闘訓練が行われていた。

 紅い機体と白い機体が、それぞれ剣を片手に激しく打ち合っている。

 幻晶騎士による模擬戦闘といえど、あくまでも授業であり、当然その時間は他の学科では授業がある。

 そのためその場に居るのは関係者ばかりであり観客などいようはずもないのだが、最近は事情が違った。

 

 ぶつかり合う幻晶騎士を指揮所から様々な人間が眺めている。

 ある者は戦闘の記録をとり、騎操士の操縦技術について調べている。

 ある者はダメージの様子から補修部品の手配をし、ある者は使用される魔導兵装の効果を検分する。

 慌しい様子を見せる指揮所に、非常に小柄な人影があった。

 その場の他の人間よりふた周りは小さなその人影は、他の人に遮られないように最前列で幻晶騎士同士の戦いを食い入るように見ている。

 その影はやはりエルネスティである。

 授業をサボっているわけではなく、自習になる魔法の時間と模擬戦闘訓練が重なっているときはこうして見学に来ているのだ。

 

 エルは、最初は可愛らしいその外見からマスコットのような感覚で出入りを許されていた。

 彼自身があくまで見学にとどまり大人しくしていたというのもある。

 そのうちに戦闘だけでなく整備も見学するようになり、機体の構造について質問もしだした。

 (あくまで男だが)見目麗しく、しかも礼儀正しい後輩からの質問に先輩達は快く答えていた。

 

 さまざまな知識を現場から吸収しながら、やはりエルが熱心に見ていたのは戦闘訓練である。

 巨大ロボットが現実に目前で戦闘を行う姿は、エルの胸にえもいわれぬ感動を呼び起こす。

 鎧騎士を象った巨大な人型の存在が鋼鉄の手足を打ち鳴らし、剣で斬り合い、魔法を撃ち放つ。

 その一挙手一投足を見逃すまいと、常に漲る熱意で模擬戦の様子を見つめていた。

 余談だが少女と見紛うような美貌の少年が、頬を上気させ憧れの視線を幻晶騎士へと注ぐさまは、周囲の人間を倒錯の世界に誘いかけたとかかけないとか。

 

 

「エル、今回の戦闘はどうみるんだい?」

 

 戦闘の記録をとっていた上級生がエルに横から話しかける。

 どちらも視線は訓練場から離さず、しかし会話は滑らかに続いていた。

 

「グゥエールの剣速が、以前より鈍く見えます。そのせいで何度か有効打を逃しているように見えますね」

「……なるほど。言われてみると今回はミスがやや多い。どうしたんだろうね」

「右腕の動きが渋いですね。恐らくは関節か、結晶筋肉クリスタルティシューを取り替えたのではないでしょうか」

 

 上級生は手持ちの資料の中からグゥエールと呼ばれた紅い機体の整備記録を確認する。

 確かに今朝方、疲労劣化により右腕の結晶筋肉を全交換していた。

 動きが硬いのは、その後の慣らしが不十分なのだろう。

 彼もグゥエールの動きが悪いことは把握していたが、右腕の不調までは見抜けていなかった。

 訓練を見るエルの熱心さ、細やかさは当事者たるチームメンバーよりも上だろう。

 彼はその熱意の元はなんだろうと不思議に思うのだった。

 

 

 訓練場ではグゥエールと対戦していた白い機体、アールカンバーが有効打をとり、戦闘に勝利していた。

 グゥエールは前述の不調による攻撃のミスをカバーし切れなかったようだ。

 学園に用意されている機体は操縦席のある胴部の装甲が特に分厚く、騎操士の生存性に重点が置かれている。

 それでも幻晶騎士同士が全力で戦闘を行うのは危険が大きいため、模擬戦闘では威力を抑えた訓練用装備を使用し、命中回数を競う競技的な形式で行われる。

 正式装備による戦闘は魔獣に対する実戦訓練の場合にのみ許可される。

 

 今しがた戦っていた機体が整備場に戻り、騎操士達が降りてくる。

 白い機体、アールカンバーの騎操士はエドガー・C・ブランシュ、威風堂々とした体躯をした偉丈夫だ。

 見た目どおりに質実剛健な性格をしており、騎操士学科内でも上位の実力を持っている。

 紅い機体・グゥエールの騎操士はディートリヒ・クーニッツ、エドガーとは逆にやや細身の優男だった。

 こちらも実力は中々のものだが、神経質な性格が災いして些細なことでペースを崩しがちで、実力に斑があるのが難な騎操士だった。

 負けた後だからだろうか、その表情は曇っている。

 

 彼は機体から降りるや否や、整備班と口論を始めた。

 どうやら今回の敗因についてやり合っているらしいが、原因を調べるというよりは責任の押し付け合いに終始し、傍から聞いていても埒の明かないものだった。

 見かねた観測担当の上級生が、先ほどわかったグゥエールの腕の調子について説明する。

 途端ディートリヒの表情は晴れ、皮肉げな笑いすら浮かんできた。

 対照的に整備班は苦々しい表情だ。

 

「ああ、どうにも今日は動きが悪いと思ったら、そういうことか。全く、整備班の奴らは中途半端な仕事しか出来ないねぇ」

 

 言外に負けたのは自分のせいではない、と含ませる物言いに、エドガーが険しい顔をしながら横から忠告した。

 

「ディー、それは言いすぎだ。腕の不調を感じたなら感じたで、それをカバーする戦い方というものがあるだろう。

 その上で負けてしまうのは仕方ないが、今日のお前の動きはとても工夫を感じるものではなかった。

 全てを整備班のせいにするのは良くないぞ」

 

 正面から正論で諭され、皮肉げに笑うディートリヒの表情が一気に不機嫌なものとなる。

 

「こちらの不調で勝ちを拾っておきながら随分と言ってくれるじゃないか」

「模擬戦は勝敗よりも内容が重要だ。必要な反省はしたほうがいいといっているだけだ」

「そうかい、だったら次はお前が不調を抱えて戦えば良いさ!」

 

 ディートリヒは付き合っていられないとばかりに捨て台詞を残し、足音も荒く立ち去った。

 整備場に居る面々はいつものことだという風に肩をすくめるだけだったが、その場で1人反応に困っている人物が居た。

 エルである。

 なにしろグゥエールの不調を言い当てたのは他ならぬ彼なのだ。

 それはさきほどのひと悶着の原因を作ってしまったに等しい。

 申し訳なさげな様子のエルをみた記録係の上級生は、苦笑いしながらその懸念を否定した。

 

「エル君は悪くないよ。むしろミスや課題を発見してもらえてありがたいくらいだ」

「ですが、先輩は納得されていないようですが」

「いや、口ではああいっているが奴も内心反省はしているさ。それに原因がわかったほうが本人もすっきりするだろう」

 

 本来ミスや問題点は、そこから改善することを思えば見つかるに越したことはない物である。

 しかし結果を出す当人にとっては必ずしもその限りではなく、悪い結果を嫌う人間というものは何処にでもいた。

 

「そうですね……今後も問題を見つけられるように注意します」

「そうしてもらえると有難いよ。正直、君ほどの眼をもつ人間は少ないからね」

「そろそろ自習の時間が終わるので、戻ります」

「ああ、そうだね。またおいで、いつでも待っているよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 辞去を告げ、エルはその場を後にした。

 

 

 

「野外演習?」

 

 見学を終え席に戻ったエルにクラスメイトが野外演習について聞いてきた。

 エルには全く聞き覚えがないが、何かしらのイベントのようである。

 クラスメイトが皆一様にそれについて話しているところをみるに、エルは話題に乗り遅れているようだ。

 興味のある分野にのみ異様に詳しい、ヲタ気質の弊害ともいえる。

 今生でのエルは、その辺ひどい事にはならぬよう意識して生きてきたつもりだったが、最近の騎操士学科参りの間ついぞ疎かになっていたようである。

 

「すいません、十分に内容を把握していなくて。できれば何のことか教えて欲しいのですけれど」

 

 困ったように言うエルに、クラスメイトは一瞬顔を見合わせたがすぐに口々に話し出した。

 単純にエルと喋るのが楽しいのか、エルに教えるのが嬉しいのか、てんでばらばらに喋る全員の話をまとめるのは根気の要る作業だったが、話を要約すると以下のようになる。

 

 ・魔獣と戦い実戦経験をつむため、騎士学科の中・初等部各学年合同で参加する遠征。

 ・毎年実施しており、目的地はヤントゥネンの近く、比較的小型の魔獣が多くすむ山林地帯。

 ・新入生は体験参加のようなもので、一緒についてゆき基本的な野営などのアウトドア技術を学ぶのが主。

 ・万が一を考え、騎操士学科から幻晶騎士が数機護衛としてつく。

 

「なるほど。それが2週間後にあると言うわけですね」

「つうかよ、今まで知らなかったのかよ」

「そりゃそうよね。さーいきんずーっと高等部に入り浸りだったしねぇ?

 ぜーんぜんこっち戻ってきてないんだもの」

 

 呆れた様子のキッドはまだしも、アディの不機嫌な様子にエルは首をひねった。

 

「アディ? その、なんだかご機嫌斜めのようです?」

「なんでよ。全然全くそんなことないわ。気のせいじゃないの?」

 

 腕を組み、強く言い放つその姿自体が不機嫌ですと公言しているようなものである。

 

「とても気のせいには思えません。僕、何かしましたか?」

「そうよねー。何にもしてないわよね。何せ居なかったんだもんねー」

 

 取り付く島がないとはこの事だ。

 エルは助けを求めキッドにアイコンタクトを送る。

 キッドは仕方ないなぁと言いたげな様子で強引に話題の転換を図った。

 

「で、野外演習じゃ班組んで行動すんだけどよ、お前はどうすんだ、エル」

「ああ、それは」

 

 横目に好奇心を隠しきれて居ないアディをみつつ

 

「特に指定がない限り僕達で集まっていたほうが良いでしょう」

「ま、だろうな。でもよ、1班5人なんだよな」

 

 あと2人なぁ、とこぼすキッドから視線を逸らし、エルが周囲を見回すと何故かクラスのほぼ全員が3人を見ていた。

 気圧されるものを感じたエルは引き攣った笑顔でキッドへ振り向く。

 

「それについてはおいおいですね。

 聞けば新入生はほとんどおまけですし、適当に決めても問題ないでしょう」

 

「ふーん、じゃあその間は一緒に居られるんだ……」

 

 ふと見るとアディの機嫌が明らかに好転していた。

 その様子に、前世から数えるとその精神年齢もそろそろ30代後半になるエルネスティは

 

「(俺にゃあいくつんなっても女心ってもんはわからんかもしれへん……)」

 

 ある種の戦慄を覚えるのだった。

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