#13 出発しよう

 エル達が野外演習に出発する日、空は好天に恵まれていた。

 ライヒアラ騎操士学園の前には大型の乗合馬車がずらりと並び、生徒達が教師の誘導に従いそれぞれに乗り込んでゆく。

 野外演習の最終的な目的地はクロケの森と呼ばれる場所である。

 ボキューズ大森海だいしんかいほどではないが森林地帯と小高い山々が広がっており、比較的弱い魔獣が多くいる場所だ。

 わざわざ馬車を使い長距離を移動するのは、生息する魔獣の強さや拠点の確保などを鑑みると、クロケの森は様々な意味で都合が良かったためである。

 

 まずはクロケの森への最寄の都市であるヤントゥネンまで馬車で移動する。

 ヤントゥネンにて一旦物資を補給した後、馬車はクロケの森の手前まで向かう。

 森の浅い場所を全体のベースキャンプとし、後は学年や目的別にそれぞれ森の各所へ向かうことになる。

 

 

 ヤントゥネンは位置的にはフレメヴィーラ王国のほぼ中央に位置する。

 国内の流通の1大拠点でもあり、当然首都であるカンカネン、その付近にあるライヒアラからヤントゥネンまでは整備された街道が続いていた。

 ぞろぞろと連なる大型の馬車の群れがのどかな街道を進む。

 そして馬車の列を護衛する様に、一定間隔で合計10機の幻晶騎士シルエットナイトが歩いている。

 高等部の騎操士ナイトランナー達が乗る機体だ。

 

 学園で使用する機体は元々は軍で使用していた物の払い下げだが、長年に渡り学生達が自分でメンテナンスしてきた結果、その外見はかなり趣味的な物になっている。

 鎧に複雑な文様が刻まれた機体、頭部に矢鱈と大きな飾りがある機体、無闇に複雑な形式で装甲が接続されている機体……それぞれにこれでもかというばかりに自己を主張している。

 色もそれぞれに派手に塗り分けられており、勇壮と言うよりはひたすらに派手だった。

 10機のうちには、真紅の機体と純白の機体――グゥエールとアールカンバーの姿も見える。

 そしてライヒアラ騎操士学園で使用される幻晶騎士はどれも日々酷使されているはずだがどの機体も装甲に歪み一つなく、新品のように綺麗な姿をしていた。

 

 こういった幻晶騎士を伴なう演習が企画される場合は長距離の移動に耐えれるように、事前に機体の大規模なオーバーホールが行われる。

 学園側としても日頃の酷使を把握しているため、こういった機会ごとに特別に準備期間と資金が与えられ、機体は新品同様まで修復された後、慣らし運転を経て遠征に参加するのである。

 仮にも学園の外部に出すのだから継ぎ接ぎだらけの姿だったり動きに支障があっては困る、という見栄が入っているのは否定できない。

 

 この演習には大勢の騎士学科の生徒が参加している。

 まだ未成年の子供たちだがそこは騎士を目指すもの、多少の魔獣に襲われた程度ならば問題は無いだろう。

 演習の目的としても、小型の魔獣にまごつかれては困る。

 しかしフレメヴィーラ国内といえども、森や山には数m~十数mサイズの中型の魔獣が生息しており、何かの拍子に街道沿いに現れないとは限らない。

 その備えとしての幻晶騎士であった。

 とは言え例年さほどの問題も起こらない暇な行程であり、一応は騎操士達にも長距離移動の訓練は課せられている物の、全体的に緊張感ややる気と言った言葉とは無縁の旅になるのであった。

 

 

 

「仕方ねーってのはわかんだけどよ。さすがにこいつぁ暇すぎんだろ」

 

 馬車にゆられること約半日、キッドは腐っていた。

 別にキッドだけのことではなく、周囲に居る生徒も同様という感じである。

 到着まで約3日、基本的に馬車で移動するためどうしても暇な時間が多くなる。

 しかも何といってもここにいるのは子供の集団である。

 雑談こそいくらでも可能だが、動くこともままならない馬車の上では早々に飽きが来るのも致し方ないことだった。

 

「でしたらキッドも外の景色を眺めませんか?見ていると飽きませんよ」

「いや、そんなもんで満足できんのはおめぇだけだって。つうかよく飽きねぇなぁ。何時間見てんだよ」

 

 キッドが呆れ気味の視線をエルに送る。

 エルは所謂”電車で移動するとき、ずっと外を見ている人”であり、風景が続く限り退屈はしない人間だった。

 放って置くと3日間ずっと外を見ていそうな勢いだ。

 

「周り見てみろって。どう見たって暇そうな奴のほうが多いじゃねぇか」

「そうですねぇ……」

 

 エルは窓の外を見ていた姿勢から振り向き、そのままちょこんと座り直す。

 小首をかしげて考え込む姿は可愛らしく、一瞬周囲の雰囲気が和んだ。

 ややあって何かを思いついたふうに顔を上げた。

 

「僕の持ってきた本を読みますか? 暇つぶしにはなると思いますけれど」

「本かぁ……なんつうか体動かしたいんだよなぁ。まぁいいや、なんて本だ?」

「錬金術概論Ⅱ・上巻です」

「いや教科書だろ、それ」

 

 がくっと音がしそうな勢いでキッドがうなだれた。

 

「んなもんで暇潰すくれーなら寝たほうがましじゃねぇか」

「とはいえこんな場所では本当にやる事がありませんしね。アディを見習って大人しく寝るのもいいかも知れませんよ」

 

 キッドが胡乱げな視線を向けた先では、アディが実に気持ちよさそうに眠っていた。

 

「結局そうなんのかよ……」

 

 彼は思わず天を仰ぐ。

 そのまま、ふと何かを思いついたように視線を上に向けていた。

 

「まぁ、退屈しのぎには、なるか?」

 

 

 二人は馬車の屋根へと上がっていた。

 馬車の屋根の上には、元々生徒達の荷物が載せられている。

 内部とは違い座席などはないが、単に乗るだけならさほど問題はなかった。

 

「此処からのほうが景色がいいですね」

 

 晴れた空の下、のどかな街道を進む馬車の屋根の上は実にのんびりとした雰囲気が漂っていた。

 街道を吹き抜ける風がエルの銀の髪を揺らし、流れてゆく。

 エルは荷物の間に陣取り、早くも風景鑑賞モードへと入りつつあった。

 

「あー、結局暇だな。まぁ、狭い馬車の中よりゃ、ましか」

 

 どうせやることが無いなら、青空の下で寝るのも一興かとキッドが考え始めた頃。

 

「キッド、本当に退屈しているんですね。……んー、でしたら…時間も余っていることですし。

 本当はクロケの森についてからにしようと思ってましたが……」

「ん?」

 

 エルは馬車の屋根に括り付けられた荷物の中から一抱え程度の木箱を探し当て、キッドに差し出した。

 

「こいつは?」

 

 訝しむキッドを前にエルが箱を開く。

 中には金属製の道具が並んでいた。

 短く、直線的な金属パーツに握り手と思しき部分が”く”の字形についている。

 握り手には指を引っ掛ける輪がついており、その機構は前方のグリップ部分につながっていた。

 

「これはハンドガン……えーと、“ヴァーテックス”という名前の、“銃スタイルの杖ガンライクロッド”です」

「ウィンチェスターの小型版ってやつか! へえぇ。こいつが……」

 

 キッドは受け取った銃杖をまじまじと眺める。

 構造上先端部に重心が偏りやすく振り回すと慣性のつく杖に比べ、重心が手元付近にある銃杖のほうはその影響が小さい。

 また対象へのポインティングがやり易く、魔法の発射方向の調整が容易である。

 かなり小さな差ではあるが、戦闘という状況ではこのポインティングの難易度というのは無視できない要素になる。

 目標を正確に素早く狙うことが出来れば、それだけで遠距離戦闘でのアドバンテージになりうるのだ。

 

「馬車での移動中においそれと魔法を撃つことは出来ませんから、渡すのは森に着いてからにしたかったのですけれど」

「確かにな。でもよ、だべりっぱなしだの寝っぱなしだのよりゃこいつ見てるほうが遥かに楽しいぜ」

 

 キッドはエルの構えを思い出し、見様見真似でヴァーテックスを構える。

 

「どの道やることも無いのですし、ヤントゥネンに到着するまでは“抜き撃ち”の練習でもしましょうか」

 

 先ほどまでの腐りようはどこへやら、テンションの上がったキッドがニィ、と笑いながら応じる。

 

「そうこねぇとなぁ。これでやっとこの旅も面白くなってきたってもんだ!」

 

 

 途中起き出してきたアディを加え、3人で銃杖の習熟訓練を行う。

 勿論実際に魔法を撃つわけではないが、それでも馬車の中で振り回すわけにも行かず。

 結局3人はヤントゥネンまでの道中のほとんどを馬車の屋根の上で過ごすことになるのだった。

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