双刀のロック侍

千崎應鷹

One more again!!

 小さなライブハウス。期待と熱気を内包したその空間はかつてない程の盛り上がりを見せていた。今このステージは観客の魂と熱量で満たされそれを凌駕する演奏と歌声で満たされていた。バンドと観客二方向からの風が激しくぶつかり合い嵐が巻き起こる。



 "一ヶ月前"

 未知のウイルスの影響でかつてない程の危機に見舞われた音楽業界。音楽一本で数多のファンを魅了してきたメジャーバンドやアーティストも収入源を絶たれ、そう言ったバンドの活動を陰から支えてきたライブハウスは更に深刻な状態に追いやられる。長年に渡り多くのバンドを迎え入れてきた名だたるライブハウスもこの状況には抗えず不本意ながらも店を畳む所まで追い詰められる店舗も少なくなかった。


 "とあるビルの一室"

「クソッ!何で俺達ばっかこんな目に合わなきゃいけないんだよ!!」

 学生時代からバンド活動を続けてきた名本佳祐は悔しげに机を叩く。

「まあまあ、落ち着いてよケイちゃん。悔しいのは俺らだけじゃなくて今回の件で不況に立たされてる人みんなそうなんだからさ」

 そう言って佳祐をなだめるのは同じく学生時代からメンバーとしてギターを奏でてきた光田佑樹だ。

「まあ、でも実際厳しいのは確かっしょ」

 隣で佳祐に同情するのはベース担当の駿辺晃。

「でも、お前はそこそこ名のある企業の正社員じゃねぇか」

 晃に対して愚痴を言うのはドラムの我演清文だ。

「晃以外は全員フリーター。このバンドで夢を追い続けてきたロック馬鹿達だからな」

 佳祐は自分達が辿ってきた軌跡を振り返る。

 学生時代に四人で行った大規模なフェス。国内海外問わず様々なバンドが揃ったその夢の舞台は四人の人生に大きな影響を与えた。

 特に十年振りに復活を果たした伝説的ロックバンドのライブを最前列で鑑賞した時の興奮は今でも鮮明に覚えている。圧倒的な迫力を前に四人は自分達で世界を震わす程のバンドをやろうと誓った。

 それから五年。大学も卒業し年齢的にもいい歳になった現在、未だにその夢を叶えることは出来ていない。それどころか無名のインディーズバンドのままでメンバー三人はフリーター。バイトと掛け持ちして何とか生計を立てていた所に未知のウイルス騒動の影響で活動は滞ってしまった。

「やっぱ、あん時のオファー受けとくべきだったんだよ。そうすりゃ、俺らのバンドも有名になってさ。こんな状況でもグッズとかライブ映像の売り上げで安定した収入があったかも知れねぇし」

「今さらそんなこと言っても仕方ないでしょ。それにその時メジャーデビューのオファー断ったの佳ちゃんじゃん"俺はぜってぇメディアには出ねぇ!!"ってさ」

 佳祐の愚痴に佑樹が正論を返す。

 実際、ロックバンドの中にはメディア出演を嫌う者も多い。自分達の力だけで名を上げることでバンドとしての活動が本当に世間に認められた証だという考えがあるからだ。

 数ある有名なバンドの中にはそうしてインディーズのままレーベルを立ち上げ脅威のセールスを記録した猛者達もいた。

 各言う佳祐達もそんなバンドに憧れそんなバンドを目指して今まで活動してきたのだ。

「取り敢えずフリーター勢は就活してまともな仕事見つけるしかないな」

 晃がフリーター三人に向けて言う。

「その通りだな。てことでバンドはこれにて解散!また落ち着いたら四人で集まって演奏しようぜ」

 そう言いながら我演は長年使ってきた活動拠点を後にしようとした時…

「これで終わりかよ!このままで良いのかよ!!」

 佳祐が怒鳴り声を上げる。

「今まで五年もやってきて社会状況が変わったからってあんだけ頑張ってきたバンドを止めんのかよ!お前らそれでいいのかよ!!」

 室内に響き渡る怒号に佳祐以外の三人は沈黙する。

 数秒間、永遠にも感じられた沈黙の後、佑樹が口を開いた。

「じゃあ、佳ちゃんはどうすんの?バイトのシフトも減ってただでさえ厳しかった生活がもう成り立たなくなってる。そんな状況でも食っていけないバンドを続けろって言うの?」

 佑樹は冷静に返す。

「夢ってのはそんな簡単に割り切れるもんじゃねぇんだよ…今止めたら俺達の努力が無駄になるみたいで、悔しくってさ。俺は諦め切れねぇんだよ!」

「じゃあ、佳ちゃんはバンドを続けなよ」

 そう言うと佑樹は部屋を出ていく。

「ちょっ、待てよ佑…」

 引き留める声も虚しくドアは閉まる。一人佇む佳祐の肩に手を置いて晃が言う。

「まあ、この五年間俺らがやってきたことは無駄にはならないよ。経験やスキルってのは人間を作る大きな要素だからさ」

 そう佳祐を励ます晃。しばらくすると肩から手を放し佑樹の後に続いて部屋を出た。

 残ったのは佳祐とドラムの我演清文。

 清文は佳祐に同情する様に語りかける。

「正直、俺はバンドを続けても良いと思ってる。でも、就活して仕事見つけたら今までみたいに時間を取ることは出来なくなるけどいい?」

 これまでも唯一、正社員だった晃は休日しか時間を取れなかったがそれでも活動は続けていけた為無理な話ではない。

 しかし、比較的時間の取れるメンバーが三人いるのと一人の時とではどうしても意気込みに差が生じる。

「ありがと。ちょっと考える」

 そう言うと部屋を後にする佳祐。

「おう、今日はゆっくり休めよ」

 清文は佳祐の背中に向かってそう言った。


 その夜、自室の壁に貼り付けられた一枚のポスターを見つめる佳祐。そのポスターにはフェスで出会ったあのバンドが写っていた。

 一人ポスターを見つめながら鑑賞に浸る。四人でバンド結成を誓ったあの日、そこから曲を作成し大学のキャンパスで初めて演奏した日のこと、しばらくして小さなライブハウスで演奏することが決まり期待に胸を踊らせながら舞台に立った初デビューの日、それから様々な苦難を四人で乗り越えた思い出の全て…

「なあ、教えてくれよ…俺らなんでこうなっちまったんだ?」

 佳祐は今にも泣き出しそうな声でポスターに向かって語りかける。

「俺はこれからどうすりゃいいんだ?夢を諦めて賢い方法を選ぶしかないのか?」

 いくら語りかけようともポスターの中のレジェンドは答えてくれない。

 佳祐は静かに俯く。

 その時、何か落ちる音が聞こえた。俯いた視線を少し前方へ移動させるとそこには小さな額縁に入れられた一枚の写真があった。どうやら、目の前の棚から落ちた様だ。

 その写真を手に取り見つめる。そこにはバンド結成当時の四人の姿があった。

 写真にはピースサインをしながら笑顔で写る佑樹、ピースの指が顔に当たり不機嫌な様子の晃、それを横目に笑う清文、そして中央で腕を組み得意気な表情の佳祐が写っていた。

 ふと写真から当時の会話が響く。

「始まったな~!!」「最初のCDはどんぐらい売れるかな?」「まだ、早いでしょ(笑)」「でも、楽しみだね~」

 あの日の活気はもうない。あの日に戻ることは出来ない。あの日から状況は一変してしまった。

 「俺は…」

 顔を上げた佳祐の目に部屋の隅に置かれたギターが映った。

 ギターの佑樹とベースの晃はバンドを去った。残ったのはボーカルの自分とドラムの清文だけ。

 佳祐はメインボーカルとしてバンド活動をしてきたが別に他の楽器を弾けないという訳ではない。サブとしてギターを弾いたこともあった。しかし、ベースはやったことがない。

「そう言えば…」

 ふと思い立って部屋に置かれたCDラックの方へ向かう。今はスマホ一つあれば配信サービスで音楽を楽しむことが出来る時代。長らく使われていなかったであろうCDラックは埃を被っていた。

 そのラックの中から一つのCDを取り出しCDプレイヤーに掛ける。佳祐は一晩中その曲を聴き続けた。


 翌日から佳祐はギターの練習に打ち込んだ。バイトで何とか生活を食い繋ぎながら何度も何度も練習した。それから一年の時が流れ…




 一年後。まだまだ以前の状況には戻っていなかったが少しずつライブが出来る様になってきた頃、ファンからの支援により何とか運営を維持してきた小さなライブハウスで久々のイベントが行われていた。

 本来であれば最大収容人数500人のライブハウスではあったが観客は150人程しかいなかった。歓声を上げることも禁止され誰もが以前の様な活気あるライブは戻らないと思っていた。

 しばらくするとアナウンスが入り、ついにライブが幕を開ける。

 最初はそこそこ知名度のあるバンドが登壇し観客を盛り上げる。続いて迫力のある演奏で熱気を上げライブはどんどん勢いを増していく。

 出演するバンドの出番が次から次へと終わり、とうとう最後のバンドを残すのみとなった。ハウス内が暗転し舞台上では楽器の調整が行われメンバーが交代する。

 暗闇の中、ボーカルの歌声が響き渡り会場はざわめく。明かりが灯り始めるとバンドのロゴが現れ、それに続いてメンバーも姿を現わす。

 そこにはドラムの清文とギターを持った佳祐の姿があった。

 意外なメンバー構成に観客はどよめく。それを余所に軽快なリズムでギターを刻みながら歌う佳祐。よく見ると親指でベースラインをその他の指でコードを弾いている。

 その姿は正にギターとベースの二刀流だ。

「へぇ、カーターファミリーピッキングねぇ。今時、珍しい」

 それを見ていたライブハウスの主任が言う。

 カーターファミリーピッキングとはアメリカのカーターファミリーというバンドが編み出した奏法でギターでベースラインとコードを混ぜて弾く特殊な技だ。現在ではこれを使うギタリストは少なくそれ故に希少な演奏法とも言えるだろう。

 ギターとベースを失った佳祐はカーターファミリーからその解決策を見出した。

 ギター一つで織り成すリズムはカントリー調で軽やかな印象を観客に与えた。

 中々お目に掛かれぬ奏法にライブハウスにいた全ての人間が引き込まれる。熱量冷めやらぬまま今日、最後のライブはこうして幕を閉じた。


 佳祐のライブの噂は瞬く間にSNSで拡散され話題を呼んだ。彼らが日本屈指の名バンドになるのはそう遠くない未来の話であった。

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