偏見
於田縫紀
偏見
「だからさ、やっぱり気になるんだ。ただ私はこんなだからさ。告白失敗して気まずくなるのも嫌だしどうしようかなって」
夕方というにはやや遅い時間。お洒落なオイスターバーというには少々庶民的な店のカウンター。私はほぼ一方的に話している千里の話を聞くふりをしている。
「でもこのままじゃ結局平行線だしね。どうしようかと思って。で、美和はどうすればいいと思う? やっぱりこのままが無難かな」
相談のように聞こえる。しかしこういう時に欲しいのは相談ではなく同意だ。真摯に考えた辛口の言葉より無責任だけれど後押ししてくれる同意の言葉。
ただここで直接的な指示をしてしまった場合、事が失敗した際に私のせいにされかねない。だから私は少し考えた上で彼女、そう、今は彼女である千里にこう返答する。
「このままじゃ進展がないのは確かなんでしょ。それでもいいなら何もしないでいいんじゃない」
「そうしたくないから迷うのよ。でも本当どうしよう……」
面倒な奴だ。そう思いつつ私は北海道厚岸産という小さな札がついた焼き牡蠣を1個皿にとって、レモン汁をつけて口に運ぶ。
千里は高校時代からの友人で、恋愛が絡むと面倒な奴となる。
彼女の恋愛が面倒なのには理由がいくつもある。彼女が異様なまでに惚れっぽく三ヶ月に一度は恋に落ちるからだけではない。
彼女は男女ともに恋に落ちてしまう。それもプラトニックな恋愛ではなく性愛希望で。しかも恋した相手ごとに自分の性別を変える。二刀流というかバイというか両刀使いというか。
彼女の出生時の性別は男性。しかし先々月はじめの金曜日からは女性になっている。少なくとも彼女の心では。
しかし今回、また新たな恋を見つけてしまったようだ。今年になってからはひいふうみい……5回目の恋だな。なお今回は性転換はしない模様。相手は女性と聞いたから今回は♀×♀か。
まあ私としてはどうでもいいのだけれど。
ところで私がそんな面倒な奴と何故飲んでいるか。それは彼女が金持ちだからだ。話を聞いて欲しくなると私をこうやって飲み屋に呼んで、話しこむ代わりにタダ酒をごちそうしてくれる。
つまり懐の寒い私にとって貴重な存在。だからこうして今回も牡蠣をぱくつきつつ、お高めの純米山廃仕込みなんて酒を飲みながら話を聞いている。
「はいはい、悩んでいるだけじゃ結果は出ないよ。そのうち誰かにとられちゃうかも。いい子なんでしょ」
「そっか、そうだよね」
うんうんと彼女は頷く。そうだ、そうやって自分で結論を出せ。間違えても結論を私に言わせるな。恋愛失敗を私のせいにされてはこまる。
「よし決めた。明日、話をしてみる」
「よーし、頑張れ!」
「ありがと。やっぱり美和と話すとすっきりする。それじゃ、今夜は景気づけにじゃんじゃんやろう!」
別に罪悪感は感じない。彼女はすっきりする。私は旨い酒が飲める。これは等価交換の原理という奴だ。
さしあたってこれで旨い酒を心置きなく飲める……
◇◇◇
3日後のやはり夕方というには少し遅い時間。今度の場所は海鮮系居酒屋。千里は今度は男性姿となっている。
「どうしたの? この前話していた彼女は」
「あれね、残念。女装した男だった。何だよくそ紛らわしいったら、迷惑だよな本当に……」
お前も同類だろう! なんて事は勿論言わない。彼女、いや今は彼か、は酒のスポンサーだから。
ただそんな彼に大して何かもやっとしたものを感じるのは仕方ないと思う。お前も同類だろう、全く。なのに迷惑だと! 偏見だろうそれは!
勿論そんな思いも態度に出さない。
彼が酒のスポンサーだからという理由だけではない。そんな私の感覚もまた偏見なのかもしれないと思うから。
彼と同類の偏見野郎に落ちたくない。タダ酒飲みにだってその程度の矜持はある。
この矜持すら偏見からくるものなのかもしれないけれど。
偏見 於田縫紀 @otanuki
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