第43話 まさか
「へえ。つまり、小川さんの目から見ると、それほど二人は仲良く見えたと」
「ええ、まあ。でも、先生に一目惚れしていたくらいですから、栗原先生には興味なかったってことでしょうね。それとも、天才肌の学者が好みなのかも」
小川はそこで意地悪く笑う。
あの時の出来事を、小川はパソコンの前で聞いていたのだ。それで思いついたのだろう。
「ははっ。その皮肉は横に置いておいて、まあ、中野さんが非常に女性らしいってのは解った」
聖明はこんなところで話題にするなよと、先ほどの後悔が蘇る。
それにしても、中野は惚れやすい体質のようだ。
「ということは、君は亜土さんとはあまり親しくなかったのか」
苦虫を噛み潰したような顔をする聖明に代わり、辻が聞き取りの続きをする。
「そうですね。必要最低限ってところでしょうか。メインの研究ではないので、手伝えるところだけって割り切っていましたよ」
吉田もいないことで、小川はついに片手間だったことを認めた。
研究のやり方の合う合わないは、やってみなければ解らないことだが、吉田のお節介は、いい形では実らなかったようだ。
「なるほどねえ。じゃあ、尚武さんに関してはどうだった?」
「どうって。一度話したことがあるだけですよ。自然言語処理に関して、あの人の論文は優れていましたね。素直にそう思います。それと、研究環境は大事だなって」
これまた率直で、今までとは違う意見だった。
小川は数学側の研究者とも違う、第三の視点で見ていたのかもしれないなと、聖明は興味を持った。
「尚武さんの研究は、君の目から見ても意義のあるものなんだね」
「ええ。そうですよ。それは吉田先生も、それに中野さんも思っているでしょうね。まあ、ここでの研究のメインが画像処理なので、あまり話題の上ることはなかったですけど」
これもまた環境の差なのだろう。聖明はじっと小川を見てしまった。
見られた小川は、先ほど嫌味を言ったためか、居心地悪そうにその視線を受け止める。
「ううん。君はあの数字だけに切り替わるデータに関して、どう思う」
「せ、先生」
急に関係のない、しかし事件には重要なことを言い出すので、未来が慌てて止める。しかし、質問は取り消せない。すでに発せられた言葉だからだ。
「いいじゃないか。誰が犯人であっても、この事件が解ければいいんだろ。仮に目の前の小川君が犯人として、すでに知っていることのはずだし、データは彼も見ているんだからね。意見を聞いてマイナスになることはないよ」
聖明はそこに神経質になる必要はないだろうと、そのまま質問を続ける。
辻と田村は、呆れたような顔をしたが、確かにそのとおりだと頷くしかなかった。
「というわけで、小川君。この数字、実は一足りない部分があるんだ。どうしてだと思う」
聖明は、自分の部屋である利点だが、さっさとあのデータの書かれた紙束を掴むとテーブルの上に広げた。そしてより具体的に意見を求める。
「一ですか。たった一だけ」
「そう、一だけ。それも事件の前後も、そして昨日も有効に働いているんだ。急に一、数が足りなくなる」
聖明の説明に、失礼と小川はデータの紙を自分に近づけて、記憶と数字を確認していく。すると確かに、四人いた時だと記憶しているのに三となっていたり、三人の時に二になっていたりする。一ずつ足りないのだ。
「誰かのデータが加算されていないってことですか」
「みたいだね。すると、その操作をしたのは犯人ではなく、栗原さんだったのではないかと思うんだが」
「何かを調べるため、ですか」
なるほどと、小川の顔が研究者のものへと変わった。可能性を頭の中でシミュレーションしているのだ。
「あり得るとすれば、データとして扱っている変数と、実際が合っていない。その差異が数字として表れているってことですね」
「なるほど。見た目と」
そこで未来が息を飲むのに気づき、聖明はおやっとなる。
そしてそれから、ああなるほどと頷いた。
「そういうことか。解った。小川君、君のおかげで謎の一つは解明したよ」
「は、はあ」
一体何が解ったのだろうと、小川は首を傾げながら部屋を後にすることとなった。
未来に確認したかったことを問い、聖明の疑問はこれで解決した。それともう一つ、確認することがある。
「まずは三浦さんに話を聞くか。それとも人見から意見を聞くか」
「その二人から意見を聞くことに、何か意味があるんですか」
すでに犯人は決まったようなものではないか。それなのに全く関係ない二人から意見を聞こうとするので、辻はやきもきしてしまう。
「まあまあ。どうせ宮下君が付いているんだろ。ちょっとくらいは大丈夫さ」
「まあ、そうですけど」
犯人かもしれないという状況で、そのまま放置することはない。すでに警察としては手を打ってある。
「しかしまあ、犯行動機として、そうなんだろうな。が、ちょっと確認したいことがあるんだよね」
聖明は一人でぶつぶつと言い、さっさとスマホを取り出して電話をした。相手は亜土の論文を調べてくれている、人見将大だ。
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