第37話 不要なもの

「あの中も捜索しましたが、ゴミばかりでしたね。この暑さでかなりの臭いがありましたよ。本当なら、今日の朝に麓のゴミステーションまで運ぶ予定だったそうです」

 これも宮下が説明してくれた。辻は部下がいると説明をしないらしい。そういうシステムのようだ。

 そのゴミ袋から直線的に進んだ木々の生えているところ。そこに小さな木製の小屋が立っていた。ここに大きな工具や、使わない料理道具などを置いておくという。

 三人が近づくと、中にいた警官たちが出てきた。四人入るとぎゅうぎゅうになる隙間しかないのだ。

「本当に物置きですね」

 聖明がまず覗き込み、中の造りを確認して頷く。

 尚武の使っていた作業場と違い、窓も天窓しかない、本当に物を保管するための空間だ。鋸がこの中にあったというのは、自然の流れなのだろう。様々な大きさの鋸がある。ここに紛れ込ませればいいだけだ。

「これでも前回よりすっきりしたんですよ。以前に調べた時は足の踏み場がぎりぎりあるくらいで、あの鋸の山を見落としていたんです」

 宮下は困ったものだと言うが、物置きなんてそんなものだ。片付いている方が稀だろう。それよりも

「犯人が今回、わざと置いて行ったのかもしれないですよ。腕の処分にここを採用する時に、ついでにとね」

 聖明はこちらの可能性が高いのではと思った。

 犯人は腕を捨てると同時に、余計な道具である鋸も置いて行った。もともとここにあった、と強調したいのかもしれない。どちらにしろ、証拠が増えたと、楽観的に考えておくべきだろう。

「面倒な犯人であることは間違いないですよ。そして、この家をよく知っている。腕はどこに」

 辻は面倒な要素が増えたと考えているようだ。

 それよりも、どこに置いてあったのか。そっちの確認が先だと宮下に訊く。

「その端です。別に隠すような感じではなく、ここにあって当然みたいな、堂々と置いてありましたね」

 宮下の表現は、聖明の意見に引っ張られているものの、非常に解りやすかった。やはり、放置されていたに等しいのだ。隠す様子はなく、一応の腐敗を遅らせる処置だけ施し、ここに置いて行った。

「犯人からすると、尚武の腕は要らなかったってことですかね。ほら、怪物の腕として相応しくなかったとか」

「もしくは、コレクションする必要がなかったか。いや、あの怪物の発想から離れた方がいいですね。やはり脳と腕。この事件において犯人の考えは真逆なのかもしれない。考えると、被害者にとって最も重要な部位を切り取っているんです。それなのに、扱いは対極的だ。栗原亜土へは敬意を抱いているが、尚武には違う負の感情がある。そういうことではないですかね」

 聖明の分析に、なるほどと辻も宮下も頷いた。たしかに、どこを捜索しても出て来ない脳みその方は、大事に保管されているはずだ。それに対し、腕は物置きに放置。明らかに異なる動きをしている。

 切り取られた脳と腕。それは二人の仕事を象徴するものでもある。

 それなのに、異なる動きをしている。

 それは犯人の考え方の差を如実に表しているのではないか。

「まあ、一つの可能性です。かなり高い可能性になりましたけどね。ただし、まだ誰が犯人か。たしかにシステムの問題があるのであの三人でしょうけど、特定できていません。それに亜土を敬愛しているっていう点では、吉田さんが急浮上します」

 その指摘に、たしかにと、再び頷いた辻だが複雑な表情だ。さきほど、完全に信用して取り調べをしているので、ここで覆ると、もう一度身体検査の必要があるのではと思ってしまう。

「調べるのは無駄でしょう。腕に関してここに放置しているということは、凶器に関してもどこかに捨ててあるはずです。あの事件において、犯人はシステムに痕跡さえ残さなければばれない。そういう自信があるんですよ。だから数値に置き換えるという、あれさえ気づいていなかった。ううん。複雑です」

 考えることがまだ多いと、聖明は肩を竦めるしかない。事件を彩る要素は徐々に明らかになって来たが、犯人へと繋がるものは、まだはっきりとしないままだ。

 しかし、今まで考えていなかった要素。これは調べる価値があるのではないか。腕が出てきたことで、考え方を転換することが出来た。

「これはもう、はっきりと問う。そしてデータを集めるのが一番ですね」

 犯人が再び引いた境界条件を利用しない手はない。

 どうしてそんなことをするのか。これは考えても無駄だ。

 調査しようという聖明に、辻も宮下も協力しますと頷いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る