第36話 発見

「警部。ありました」

 辻と聖明が揃って廊下を歩いていると、そう大声で呼び止められた。今まで気にしていなかったが、辻の階級は警部だったのか。声を掛けたのはスーツ姿の若い男性刑事だった。

「あった。つまり」

「はい。両腕とも、裏の物置きに放置してありました。傷口が特徴的なので間違いないと思いますが、すでに鑑識が鑑定に回しています」

 刑事はきびきびと伝えると、写真ですと現場の写真を辻に渡した。十枚ほどの写真は、どこか薄暗いところで撮られたものだと、遠目に見てもそれが解った。

「あ、先生も見ますか」

「できれば遠慮したいですが」

 遠慮する聖明に、気になるだろうと辻は見せてくれる。嫌だったが、差し出されてしまった以上、見ないわけにはいかなかった。ひょっとして嫌がらせの続きだろうか。

「ビニールに包まれて置いてあったと」

「はい。一応、臭い対策のためってところでしょうか。横には保冷剤やドライアイスもありましたが、この暑さですからね。ほぼ溶けてしまって意味のない状態でした」

 そこで若い刑事は、宮下博みやしたひろしと名乗った。聖明のことはすでに捜査本部では公認のようで、全員が知っているので安心して質問してくれとまで付け加えた。

「ははっ」

 聖明はそれに笑って応えたが、目はぎろっと辻を睨む。完全に嵌められた。

 その辻は平然としたもので、写真のチェックを続けていた。

「すぱっと切られた切り口。たしかに栗橋尚武の腕で間違いなさそうですね」

 さらにほらっと、追加で写真を見せてくる。この男、本当に無神経なのかそれは計算なのか。聖明は判断に苦しむところだ。

「たしかにそうでしょうね。他にこんな綺麗な断面のある死体が発見されているならば別ですけど」

 どうやら犯人は、腕の搬出を諦めて戻って来た。そう考えるべきだろうか。一応は保存しようとした形跡から考えると、それが妥当のように思える。

 しかし、連続殺人に見せかけるためだったという可能性も、同じくらいに浮上した。

「難しい事件のようですね。どうして腕を切り落としたのか」

 同じ性質の事件のようで実は違う。どうやらそう考える方がしっくりくる。しかし、その根拠がない。

「まあ、そうですね。同じように丁寧に扱っているようで、何かが違う感じがしますね。おい、脳みそはどうだ?」

「そっちは見つかっていません。しかし、のこぎりは同じ物置きにありました。そっちはまだ現場にあります」

 そこで宮下はどうぞと、二人を物置きのあるところへ案内するという。ここでも遠慮したい聖明だったが、都合のいいところだけ見たいというのは虫のいい話だ。仕方ないと腹を括るしかなかった。

 物置きは家の外。水回り関係のある方向だった。つまり、泊っている部屋からはどこからも見えない位置にある。

 一度玄関まで行き、そこから外へと出る。

 外に出ると、九月の青空が眩しかった。どうにも、あの家の中には外の光が入って来ない。それは動きを感知する上で、太陽光が邪魔になるからだろう。窓はあるのだが、それも部屋の中の奥まで入らないといけない位置だ。なかなか外を見ようという気にもならない。

「外に出ると安心しますね」

 爽やかな風が吹き、辻もほっとしたように呟く。

 SFが苦手な辻からすれば、聖明以上に外と隔絶されている気分なのだ。機械がない、森林の広がる光景は心が休まる。

「こっちです」

 そんな二人の気分に鈍感なのか、職務に忠実なのか。宮下はすぐに裏側へと案内していく。

「ああ、こっち側は気にしたことがなかったですね」

 裏側は洋風部分であっても来たことがないのだと、今更確認することになる。

 食堂や応接室があるのも、泊っている部屋と同じ側だからだ。こちら側は階段があり、その裏側にテラスがあるという話だったが、用事もないので行かなかった。

「ああ、これがテラスですか。結構しっかりしたものなんですね」

「ええ。しかし、ここも下手に乗っかるとセンサーが反応して大変です。前回の事件の時に現場検証していた鑑識が知らずに乗って、警報が鳴って大変でした」

 宮下がそう説明してくれた。なるほど、警察がこの屋敷にほとほと手を焼いているのが、よく解るエピソードだ。現場検証一つでも何が起こるか解らず、普段と勝手が違うと困惑するのだ。

 そのまま奥へと進むと、台所の位置なのだろう。勝手口があった。あそこの認証はどうなっているのかと聖明は不思議になる。

「あれは」

「ああ。ほぼ三浦さん専用になっているものですね。使われるのはほら、ああやって生ゴミを捨てる時くらいです。あそこは顔認証ではなく指紋登録でした。俺たちも何人かやりましたよ」

 宮下はドアの横に積まれたゴミ袋を指差し、そう説明する。人数が多いからゴミも多いのだろう。ポリバケツの横にも積まれていた。

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