第22話 栗橋家だけ

「まあ、そうですね」

 部屋の中にはまだ全員が残っている。ということは、自分たちが先に出ることになるのかと、辰馬はまず憲太に声を掛けることにした。その憲太はゆっくりと、自分の気持ちを落ち着かせるかのようにコーヒーを飲んでいる。

「憲太。俺たちは部屋に戻るけど」

「あ、うん。俺はもう少しここにいるよ。吉田さんから、詳しい話を聞きたいし。何かあったんだったら、協力しないと」

 一応、この家の持ち主の一人だからと、憲太は無理に笑う。たしかに、美典にしても尚武にしても、対応できるかどうか怪しい。辰馬は頷いた。

「じゃあ、悪いけど先に休むな」

「ああ」

 そうして、その日の夜はシステムの異常が確認されただけだった。しかし翌朝、それが深刻な状況であることが明らかになるのだった。




「人工知能が正常に動いていない可能性がある」

 朝食のために食堂に聖明が現れると、すぐに吉田がそう言ってきた。これには、聖明もどう反応していいのか困る。

「正常に動いていないとは?」

「まだ総てが調べられたわけではないです。しかし、この家にいる人間を判別できなくなっているようなんです。それで田村さんの顔認証や私の顔認証が通らなかったみたいです」

「ううん。それって、結局は動いていないってことですか」

 何だかよく解らないなと、聖明は自分の席に着きながら首を捻った。その席は未来が確保していてくれたもので、未来と辰馬の間だ。

「いや。動いてはいるんです。というのも、栗橋家の皆さんの認識は出来ていました。しかし、研究者やゲストである先生たちのデータが、上手く作動していないようなんです。なんせ、相手は人工知能。すぐにここが間違いだと指摘できないんですよ」

 今朝までに解ったことはここまでだと、吉田はそこで自分の席へと歩いて行った。彼の席は小川の横だ。

 そこに座っても、吉田は小川と、さらに遅れてきた中野と話し合っている。どうやら外に出られない状況は解決していないようだった。

「あれ。憲太君は?」

「ああ。あそこです」

 すでに用意されていたパンとスクランブルエッグを食べようとしたところで、憲太の姿がないことに気づいた。すると辰馬が入り口にいると指差す。そちらを見ると、憲太が焦った顔で近づいてくる。

「先生。父を見ていませんか」

「えっ」

 憲太はすぐに本題を切り出した。今、尚武の姿が見えずに探している最中だという。

「家の中のどこにもいないのかい?」

「そうみたいなんです。初めに気づいたのは三浦さんです。いつも、朝早くにコーヒーを飲む習慣があるので、三浦さんに朝の五時に持って来てもらうよう、昨日の夜の段階で頼んでいたそうなんです。それで今朝、三浦さんが部屋に届けたところ、布団はもぬけの殻だったということです」

 その場合、普通に考えられるのはトイレだ。もちろん、三浦もそう考えてしばらく待ったという。しかし、戻ってくる気配はなかった。そこでトイレを確認したが、尚武の姿はなかったという。

 そこから、すでに二時間。時間はもう七時だ。

「不思議だな。ああ、でも、さっき栗橋家の人は正しく認識されていると言っていたな。ということは、外」

「本当ですか。ちょっと、試してみます」

 普段ならばここでついて行こうと言うのだが、あの玄関が問題だ。一人ずつ、認証をしないと抜けられないようになっている。今、尚武を探して出ることが出来るのは憲太だけだ。

「何かあったら、すぐに電話を」

「はい」

 憲太はそのまま玄関へと駆けて行った。よほどの異常事態であることは、その慌てようから解った。

「尚武さんの生活リズムは一定なんだろうな」

「でしょうね」

 聖明の呟きに、コーヒーを飲まずに出掛けるのはおかしいと憲太は考えているのだろうと未来も頷いた。五時と時間指定していることからも、三浦が来ると知っているのだから、何も言わずに出掛けるというのはおかしい。

「おっ」

 そこに憲太から無事に外に出られたとの連絡があった。律義にメールを送ってくれたのだ。やはり栗橋家の人間は普通にあの顔認証も出来るらしい。

「どうしましたか」

 そこまでのやり取りをじっと見ていた辻が、ようやく話し掛けてきた。絶対に総て聞いていて、そこから質問している。

「警察はどう考えますか」

 だから、聖明は説明の一切を省略し、質問で返していた。

 この場合、どう動くのが正解なのか。それを聞かなければならない。

「どう、とも。まだ事件性のある内容ではないですからね。それに栗橋家の人たちが顔認証を通れるとなると、尚武さんは自主的に出て行ったんでしょう。家出人の捜索は課が違います」

 辻は面白いなと、聖明の反応を楽しみながら答えた。

 普通、目の前に警官がいたら、何か頼ろうとしたりアドバイスを求めるものではないのか。それなのに考え方を訊ねるとは。明らかに一般的な反応とは違った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る