第21話 原因不明
「本当だ。顔つきがそっくり」
そう言ったのは山田だ。
「ええ。似ていると思います」
中野も同意し、生前の亜土を知るメンバーはやはり遺伝子だねと笑い合っている。それに、憲太は少し困惑していた。
「似てますか」
「似ているよ。ほら」
川口がスマホを憲太の顔の横に持ってくる。完全な酔っ払いだ。
「へえ。似てますね。そう考えると、亜土さんの顔が昔では珍しい方だったってことですね。今風です」
仕方ないなと、聖明がそう言って助け舟を出した。
すると亜土を知るメンバーがそれはそうだと騒ぐ。
「あの」
しかし、賑やかな雰囲気はまた止まることになった。吉田が困惑顔で戻ってきたためだ。
「どうしました。まさか復旧しないんですか」
そう言って立ち上がったのは中野だ。さすが、ここのシステムを研究しているだけのことはある。
「ああ。何度かトライしてみたんだが、顔認証をしてもエラーが出る状態になっている。つまり、鍵を開けることが出来ない」
「まさか」
中野がそれはないだろうと眉を顰めた。同じく立ち上がった小川も、考え難い話だと困惑している。
「メインシステムを調べる必要がありそうだ。二人とも手伝ってくれ。ともかく、鍵が開くようにしないと」
そこでついに、全員が深刻な事態に陥ったのだと気づいた。家から出られない。閉じ込められたのだ。
「あ、でも、いざとなれば窓から」
「センサーが反応して大騒ぎになる。これはすでに警察がやっているんだよ。まあ、システムを切れば問題ないんだろうけどな。うっかり窓から出るのは止めた方がいい」
辰馬の言い分に、辻は盛大な溜め息を吐いて言った。
この家の徹底した絡繰りに手を焼いている。それがありありと浮かぶ溜め息だ。
「それも、容疑者が絞られる理由ですね」
「ええ。外部からの侵入はほぼ不可能です。窓の開閉も感知しているんですよ。あの人工知能」
日常生活をサポートしているのだから、そういう些末な情報が人工知能にとっては大事なのだ。聖明はなるほどねと感心しつつ、グラスに残っていたビールを飲んだ。
何にしても、今は騒いでも仕方がない。プロがいるのだから、何とかなるだろうと思うだけだ。
その後しばらく、そわそわしながらも何もできないという時間が続いた。誰ももう馬鹿話をすることなく、手元にあるアルコール類やつまみに手を伸ばしたり、考え事をしたりという状態になった。
聖明はというと、川口が持って来てくれた論文に目を落としていた。数学の論文は物理学の論文と違う用語が多いため、読んでいても理解できない部分がある。が、今はアルコールも入っている状態だ。どういうものか、斜め読みしているようなものである。
ただでさえ、頭の中は今日起こった出来事、そして事件のことで一杯だった。
どれもこれも、まだ散逸した情報だ。それらが何を意味するのか、何も見えてこない。
一つはっきりしていることは、犯人はこの中の誰かだということだ。外部からという線は、なぜか作動しなかった防犯カメラのように、その時だけ作動しなかったと仮定しなければ、完全に除外されている。
「先生。こういう状況でも研究出来るんですね」
一通り読み終えて顔を上げたところで、辰馬の呆れた声がした。そしてどうぞと、コーヒーが差し出される。
「ありがとう。いや、同時に事件に関して考えていたよ」
「本当ですか。それに事件より、ドアの鍵の方が問題だと思いますよ」
何だかずれているよなと、辰馬はそのまま聖明の横に座った。辰馬の手にもコーヒーがあり、いつの間にか他の人たちにもコーヒーが配られていた。かなりの時間、集中してしまっていたらしい。
「ああ。そう言えば鍵、どうなったんだ」
「さあ。あれから一時間くらい経ってますけど、誰も戻って来ないですね。田村さんも、今日は帰るのを諦めたみたいで、そこで報告書を書いているくらいです」
辰馬が指し示した方を見ると、テーブルの上に小さなノートパソコンを載せ、何かを打ち込んでいる田村が見えた。
「すると、この家のWi-Fiは生きている状態なのか」
「でしょうね。誰も通信障害になったとは言っていません。ただ、スマホは5Gで入りますからね。詳しくは解らないです」
そう辰馬が保険を掛けた言い方をするので、聖明は自らのスマホを取り出した。すでに憲太からWi-Fiのパスワードは教えてもらっているので、繋がっている状態だ。
「うん。問題ないみたいだね」
「そうですか。じゃあ、本当にシステムトラブルってことですね」
「ああ。何らかの誤作動が起こっているんだろう。そうなると、すぐに復旧しなくて当然だな。もう寝るか」
聖明はそこで立ち上がった。ここでダラダラしていても仕方がない。考え事をしようにも、ここでは情報が不足していた。それにシステムのことは解らないとしか言えない。
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